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この作品 「星降る夜を歌おう」 は「相葉夕美」「木場真奈美」等のタグがつけられた作品です。

小学生アイドル・橘ありすは、とある新人アイドル・夢見りあむと共に、数ヶ月後のライ...

まいてぃん

星降る夜を歌おう

まいてぃん

2019年4月30日 13:13
小学生アイドル・橘ありすは、とある新人アイドル・夢見りあむと共に、数ヶ月後のライブを目指すことになる。
ありすはりあむという存在に振り回されながらも、互いに影響しあい、互いに成長をみせる。
信じ、認め、声に出そう。貴女がそこに居る間に。

デレマス二次創作ですが、原作をご存じない方でも楽しめるように頑張りました。
初めての小説で至らない点もあるかもしれませんが、よろしくお願いします。

なお、独自解釈や独自設定を含みますので、ご了承下さい。

※「はしがきシンデレラ#02」にエントリーしてました。私にしてはいい感じの順位でした。
 結果はこちら(外部リンク)→ http://paper-view.net/hs/02.html

夢を編む者

 私、(たちばな)ありすは少しだけ憂鬱でした。だって、イチゴの季節が過ぎてゆくから。

 五月五日、日曜日、事務所前。
 とても長かった大型連休も、もうすぐ終わります。アイドル少女・橘ありすが、小学生アイドル・橘ありすへと回帰するのです。……どういう意味ですか、私。
 頭上のスッキリと晴れた青空には、楽しげに日差しを振りまく太陽が浮かんでいます。でも、彼が上機嫌になるほど私のイチゴは力尽きます。街でイチゴを見かける機会は減りましたし、イチゴフェアやイチゴビュッフェもほとんど終了してしまいました。連休に気を取られている間に、彼は私の幸せを奪ってゆきます。止める術はありません。いまいましいです……。
 視線を下ろせば、事務所前の生け垣の前にあるプランターたちが目に入りました。そこに植えられた色とりどりのパンジーたちも、なんだか元気がありません。彼女たちにとってもこの太陽は、少し暑すぎるのかもしれません。
 でも、過ごしやすい季節にはなります。それに、お仕事だって増えますし、悪いばかりではないはずです。きっとこれから、良いことも起きるはずです。

 今日はレッスンがある、とだけ聞いてます。トレーニングウェアに着替えて、レッスンルームにやって来ました。
「おはようございま──あれ?」
 そこにはトレーナーさんではなく、プロデューサーさんだけが居ました。他には誰も居ません。彼は壁いっぱいの鏡を独り占めしながら、そこに映る自身の顔を覗き込んでいました。
 私はそんな呑気な彼に近付いて声をかけました。
「プロデューサーさん?」
「ん? おはようありす、今日もいい天気だな! 昼飯は旨かったか!?」
「き、急に大声で叫ばないでください!」
「でも、声を出すと元気になるよな。パーフェクト!」
 相変わらず太陽よりも騒がしい人です。彼は良い人ですけど、時々元気過ぎます。
「ところで、今日は私以外に誰とレッスンをするのですか? それに、トレーナーさんは今どちらに?」
「あー。それも含めて、今日はいくつか報告がある! 順番に説明するぞ」
 彼は私に向かって、誇らしげにVサインをしました。
 なぜVサインなのでしょうか? よほど大きな報告があるのでしょうか? それとも、報告が二つあるという意味でしょうか? まだ分かりませんし、この人のことなので少し不安です。
 私はあえて冷たい顔をして、彼に続きを促しました。
「まず第一! 七月中旬に開催するライブに、ありすも出演することが決定した! おめでとう!」
「あれ? 私、そんなオーディションなんて受けてましたか?」
「いや、これはうちの事務所が主催するライブの話だ。詳細は追々だが、都内のとある国立公園で開催する予定だ。オッケー?」
 彼は格好つけながら親指を立てました。
 事務所主催の七月中旬のライブ。楽しみですね。ただ、その程度でははしゃぎません。私は大人ですから。
「なんかリアクション薄いな。やっぱ、さっき大声出したのを怒ってるのか?」
「それはもう良いですから。それより、次の報告は?」
 彼は元気よく「それだ!」と叫びながら、私を指差しました。
「次に第二! 今の所、ありすには何曲か歌ってもらう予定だ。で、その中の一曲ほどを、とある新人とのデュエットで歌ってもらうぞ!」
「し、新人さんとですか?」
「おう、新人アイドルちゃんだ! 最近スカウトされた子で、今日からはお前との合同レッスンも始まる! ……どうか、あいつと仲良くしてやってくれ」
 これが、彼のVサインの理由だったようです。

 確かに、少し驚きました。まだ顔も名前も知らない相手なのに、先にデュエットが決まっていたんですから。
 その新人さんは一体どのような方でしょうか? 最近スカウトされて、数ヶ月後のライブ出演が既に決まっているほどです。それならきっと、凄い才能を持つ方なはずです。既に音楽関係で受賞歴があるとか? 逆に、ボーカルを鍛えるだけで十分なほどの、スポーツ特待生さんだったり?
 私の期待は少しずつ膨らみますが、プロデューサーさんとの会話は膨らみません。
「で、ご説明の続きは?」
 彼は首を傾げながら「ん?」とだけ言いました。
「……はあ。その新人さんの詳細は? まず、お名前は?」
「ユメミリアムだ」
「梅ミディアム?」
「ゆーめーみー、りーあーむー」
「ゆめみりあむ……」
「夢を見る、ひらがなでりあむ。で、夢見(ゆめみ)りあむちゃんだ。よろしく頼むぞ!」
 夢見りあむさん、ですか。私が言うのも変ですが、珍しい氏名です。本名と芸名のどちらでしょうか? 私が不勉強なだけで、事務所のモデル部門などで既にご活躍の方だったり──ではないですね。最近スカウトされた子だと言ってましたし。
 では、次は何を質問しましょうか。

 そんな私の思考を遮るように、後ろからノックの音が聞こえました。振り向くと、トレーナーさんがこのレッスンルームに入ってくるところでした。
「おはようございます。夢見さんをお連れしました」
 彼女に手を引かれながら、一人の女性が入ってきました。この方が夢見さんのようです。
 見た感じでは、彼女の身長は私より少し高い程度です。おそらく百五十センチほどでしょう。年齢は分かりませんが、手や指先は健康そうな色をしています。事務所の支給品らしきオレンジ色のジャージ姿。その上からでも分かる程の、とても主張の強い胸。
 そして、髪がとてもピンク色です。ドが付くほどのピンクです。ステージ上でも非常に目立ちそうです。ますます、彼女の年齢が分からなくなりました。
 彼女はずっと俯いていて表情が見えませんが、少しぎこちない歩き方と握りこぶしを見れば、彼女の緊張が十分に伝わってきます。

 トレーナーさんが立ち止まり、続いて夢見さんも慌ただしく立ち止まりました。その時に、彼女のまだ綺麗なトレーニングシューズが良い音を鳴らしました。
 そして、彼女は俯いたままゆっくり深呼吸をして、震える声で床に向かって叫びました。
「あ、あの、夢見りあむです! よよよ、よろしくおねがいします!」
 彼女は更に深くお辞儀をしました。その時にふわりとなびいた彼女の髪をよく見ると、毛先に水色のインナーカラーが見えました。当たり前ですが、地毛ではなさそうですね。
 とても異彩を放つその髪を、トレーナーさんが優しく撫でました。その手に吸い上げられるように、夢見さんの頭は持ち上がりました。そして、彼女は口を半開きにしながら室内をキョロキョロと見回しました。
「……えっ、二人だけ?」
「はい、私とプロデューサーさんだけですね」
「てか! あ、ありすちゃんじゃん!?」
 彼女は「すごい!」と叫びながら、私を目掛けて突進してきました。私は身構える暇もなく、彼女にガッシリと抱きつかれてしまいました。
「ホンモノ、ホンモノのありすちゃん! 体めっちゃ細い! 髪の毛も長いしマジきれい! ホントに小学生? やばいな!?」
「ななな、なんですかあなたは、急に抱きつかないでください! 髪の毛をガシガシしないでください! というか胸デカっ! 苦しいです! 離れてください!」
 私は呼吸困難になる前に、彼女の肩を掴んで力任せに引き剥がしました。はあ、苦しかったです……。
 とても馴れ馴れしい方ですが、私は彼女と面識があったのでしょうか? これだけ印象的な外見なら忘れないと思いますが、記憶にありません。
 私から引き剥がされた彼女は、どこか不安そうな表情で私を見ています。まつ毛が長くて、宝石のように綺麗なルビー色のその瞳は、少し潤んでいます。よく見たら、体も少し震えています。
 息が苦しくて少し焦ってたとはいえ、キツく言い過ぎました。彼女の恐れが見て分かるほど、肩や胸がぷるぷると揺れて──いや本当、大きいですね。背は私とあまり変わらないのに、どうしても目が行ってしまうほどのボリュームです。
 胸のサイズも、髪の色も、瞳の色も、色々と宇宙のような方ですね……。

 そんな、まるで吸い込まれるような宇宙が叫びだしました。
「……また、きらわれた。うわーん! やむ! めっちゃやむ!」
 夢見さんは自身の頭を両手で強く掻いた後、プロデューサーさんの方へ駆け出しました。そして、彼の目の前で顔を上げた彼女は甲高い声をあげ、踵を返して今度はトレーナーさんに飛びつきました。彼女はトレーナーさんに正面から顔を埋めながら、ピンク色の髪を震わせています。
 彼女はとても慌ただしくて、見た目だけでなく内面までもがまるで宇宙のような印象です。私はそんな彼女に関して、少し気になる事がありました。
 私が彼女に声を掛けると、彼女はゆっくりとこちらを向きました。その動きはとても弱々しくて、まるで飼い主に叱られて怯える飼い犬のような、不思議な愛らしさもありました。
「あの、夢見さん。おいくつですか?」
「……きゅうじゅうご」
「えっ? ……ああ、すみません。失礼ですが、夢見さんの年齢を教えていただけますか?」
「……じゅーく」
 じゅーく。十九歳ですか。……十九歳ですか!?
 このコズミックパワー全開の震える女性が、私よりもずっと年上ですか? こんな大人と子供と宇宙を合体させたような彼女と、これからライブに向けてレッスンをするのですか?

 橘ありすは、また少しだけ憂鬱になりました。


速まる呼吸

 夢見りあむ、十九歳。はじめましての彼女と私は、早速これから共にレッスンを受けます。今はその前段階のストレッチの最中です。
 私はプロデューサーさんに背中を押してもらいながら開脚前屈をしています。私は呼吸を兼ねながら彼に質問をしていました。
「すう……つまり彼女は。すう……完全な新人ですか?」
「ああ、完全が何かはよく分からんが、確かにりあむは素人だな。ありす、色々と頼むぞ」
 早くも先行きが不安です。せめて歌か運動のどちらかでもお得意なら嬉しいのですが。
「ういうい。ありす、次は左足の方に押すぞ」
 すう……ふうう……。すう……ふうう……。ゆったりとした呼吸音が室内に響きます。息を吐くたびに体が伸ばされてゆく心地よさ。昔の私よりもうんと近い床を見るのは、成長を実感できるので好きです。
 それにしても、プロデューサーさんに背中を押されるのは不思議な感覚です。彼は他に担当しているアイドルが何人も居るために忙しくて、レッスンに顔を出すのは珍しいからです。それに、彼が先程言った「色々と頼む」という言葉も気になります。七月中旬のライブ以外にも何か頼まれるのでしょうか?
 ストレッチの姿勢を変える時に、夢見さんと目が合いました。彼女はトレーナーさんとペアを組んで開脚前屈をしています。初めの方こそ「痛い、やむ!」などと騒がしかった彼女ですが、今は落ち着いた様子です。
 こうして静かにしていれば、十分に真面目なアイドルのたまごに見えます。言動や行動はそそっかしいですが、これからのレッスンなどに対する姿勢は期待できそうです。
 でも、少し目つきが怖いです。私を観察するためなのか、前屈の姿勢で瞳を潤ませながら私を睨んでいます。あと、呼吸も大きくて、ちょっと怖いです。まるで私を狩ろうとする獣のようで、彼女のその外見も相まって静かでも少し騒がしいです。

 ストレッチを終えて、本題のレッスンに移ります。
 今日は夢見さんのための特別メニューを行うそうです。ビジュアル、ボーカル、ダンスなどのアイドルのライブに求められる要素を、現状の夢見さんがどの程度できるのかを確認します。彼女にとっては、少しハードなレッスンになるかもしれません。
 夢見さんのビジュアルに関しては、未知数ですね。なにより凄いお胸ですから。
 彼女が口を滑らせた数字を信じるなら、バストサイズ九十五ですよ。ジャージの上からでも分かるほどの大きさですし、おそらく事務所内でもトップクラスのサイズです。正直に言って羨ましいです。
 さらに、およそ百五十センチという小柄さが、その胸を更に強調させています。髪色も含めて非常に特徴的な外見です。この希少価値の高さは、それだけでファン獲得に有利でしょう。磨けば光る存在かもしれません。
 ボーカルに関しては、良くも悪くも普通の女性という印象です。下手ではありませんが、お腹から声が出ていません。呼吸も妙に浅いように感じます。とても一般人です。でも、声量に関しては、コツを覚えて体を鍛えれば改善するでしょう。時間は掛かりそうですが問題ないはずです。
 ただ、体を鍛える、ですか……。

 ダンスレッスンを終えたところで、今日の特別メニューは終了しました。夢見さんは最後までレッスンをやり遂げましたが、床にうつ伏せになっていて息も絶え絶えです。
「はぁー、もうむり! ひいい……」
 彼女は顔だけをなんとか持ち上げながら、声をひねり出しています。
「しんじゃう、やむ……。ひゅうう。ありすちゃん、小学生なのに、しゅっごい……勝てない……」
 そう言うと彼女は力尽きたように顔を下げました。その時に彼女の額が床とぶつかったみたいです。彼女は「ぐええ」と声を漏らしましたが、体は微動だにしませんでした。
 今日のレッスンを見るに、彼女は根性がありそうですが想像以上に体力がないです。大人ならもう少し動けると思いましたが、普段は運動をしないのでしょうか?
 そんな彼女にプロデューサーさんが近付き、飲み物を手渡しました。
「りあむ! スカウトした頃と比べると、随分と成長したな! 取り敢えず水分だ、ほら」
「はあぃ……んぐ、んぐ、んゲホッ! ゴホッ!」
 まだ息の荒い彼女は飲み物を飲みながら、むせ返ってしまいました。やはり落ち着きがありませんね……。私は近くに座り込んで、彼女が床にこぼした飲み物をタオルで拭き取りました。

 それより、プロデューサーさんが聞き捨てならないことを言いました。
 夢見さんはどうやら、今日が初レッスンではないみたいです。スカウトされたのが少し前らしいので当然といえば当然ですが、それでこの体力はかなり危険水域だと思います。
「プロデューサーさん。この人、ライブまでに間に合うのですか? かなりハードな練習が必要だと思いますが」
 彼は少し考える様子を見せましたが、あっけらかんと笑いました。
「まあ、なんとかさせるさ! りあむ、体力づくり等に関して、今後も我々からトレーニング内容を提示する。その与えられた内容を、キチンと守るように」
「うわーん! ふぁい……やむ……」
 夢見さんは力なく返事をすると、床の上で溶けたゾンビのようにウネウネとうごめきました。
「トレーナーさん。彼女は本当に大丈夫なのでしょうか?」
「それを何とかさせるのが、私達、トレーナーの役目ですから♪」
 彼女はにこやかに、自身の胸に手をあてました。

 この事務所の方々は信頼できます。プロデューサーさんやトレーナーさんが笑うのですから、きっと大丈夫だとは思います。
 でも、肝心なのは本人の行いです。ほんの一曲や二曲を歌うだけだとしても、たった二ヶ月半という期間は短く思えます。それに彼女は、レッスン中に「もっと楽にアイドルなれると思ったのに!」と嘆いていました。そんな、アイドルを楽観視しているようにも見える彼女に対して、大人の方々は何を根拠にそう笑えるのでしょうか。私にはまだ、分かりません。
 夢見さんの方を見ると、彼女はまだうつ伏せのまま、隙間風のような呼吸をしています。まるで赤ちゃんみたいで、少しだけ可愛いです。
 ……確かに、彼女は少しハードな今日の特別メニューを、嘆きながらも最後までこなしました。多少は見込みがあるのかも? た、多少ですけど、ええ。
 私は彼女の手に触れながら話しかけました。
「えっと……頑張ってくださいね? 一応は、期待しておきます」
「えっ!? ありすちゃん、それ本当? ぼく、期待の新人!? チヤホヤされちゃう!?」
 急に元気を取り戻した彼女は、私の手を振りほどきながら足元にすがりつきました。
「ぼく、マジメなりあむちゃんになります! だから見捨てないで、ありす様!」
「な、なんですか急に! ちゃんと、真面目に、練習、してください、ね!」
 やはり不安です。彼女の代わりに私が頑張る必要があるのかも……。


夜が聴こえる

「──で、この廊下の突き当たりの右手側が、夢見さんのお部屋になります」
「ありがとありすちゃん! じゃあ行くよ!」
「待ってください、寮の案内はまだ終わっていませんよ」
 私は遠ざかる夢見さんの腕を、ジャージの上から掴みました。それだけで、彼女は私の方にフラフラとよろけました。私に寄りかかるようにして止まった彼女は、私の顔を見ながらなぜか笑いました。少し引きつった笑顔ですが、嬉しそうにも見えます。

 同日、夜、事務所近くの女子寮内。
 私は夢見さんとの初めてのレッスンを終えて、今は彼女に女子寮の案内をしています。
 彼女はこれまで実質一人暮らしだったそうですが、プロデューサーさんの勧めで今日から入寮するそうです。アイドルに専念するのならば、寮生活はなにかと便利でしょうね。
「ありすちゃん、案内してくれてありがと!」
「ですから、まだ終わっていませんよ」
 初めての女子寮に感動しているのか、彼女は事ある毎に走り出そうとします。少し考え事をすると、彼女はどこかへ居なくなってしまいそうです。
 本当はプロデューサーさんに彼女の案内をしてほしいです。でも、彼は男性です。ここは女子寮ですから、仕方ありません。でも、なぜ私が? 今日のレッスン中の彼の発言を思い出します。どうやら彼は、私に夢見さんの教育係のようなものをさせたかったのかもしれません。
 確かに、私は子供じゃありません。新人アイドルのお手伝いだってやってみせます。でも、私も一応は小学生です。対して彼女は十九歳。立派な大人です。教育係やパートナーにしても、私よりもっと年上の、せめて彼女と同年代の方が良いでしょうに。
 それに、彼女自身はどう思っているのでしょうか。いい大人が小学生に教わるのは、気分も良くないはずです。むしろ恥ずかしく感じるでしょう。実際に彼女の表情を見ても──あれ?
「夢見さん? ちゃんと付いてきてください!」
「ありすちゃん、アイドルめっちゃいるぞ! みんな天使オブ天使! ここ、天国だな?」
「女子寮ですね。そして、その扉の先が食堂で、上へと続く階段とエレベータはこちらです。どちらも現界と繋がっていますよ。ほら、こっちです」
 私は先に階段を登って、踊り場の手前で振り向きました。
「ちょ、ちょっと待って! 置いてかないで!? やんじゃうよ!?」
 彼女はまるでウサギさんのように、ひょこひょこと私を追ってきました。その動きにあわせて、彼女の綺麗な髪や胸も、ふわふわと機嫌よく振る舞っています。言動は少し物騒ですが、見た目は可愛らしいです。

 正直に言えば、夢見さんの胸が羨ましいです。大きすぎるのも大変そうですが、ゆくゆくは私だって彼女の胸のように、大人の魅力が溢れるような女性になりたいですから。事実、彼女は階段を数段登るだけでも、胸から溢れんばかりの大人を解き放っています。彼女のビジュアルは侮れません。
 ただ、あの身長に対してのあの胸は、少し大変そうですね。確かに男性は魅了されるでしょうが、変な方も寄ってきそうです。なりたいような、なりたくないような……?
「ありすちゃん。振り向いたままぼーっとして、どしたの?」
 彼女の間の抜けた声が聞こえました。気付けば私は追い抜かれていて、踊り場の上から彼女に見下ろされていました。
「な、なんでもありませんよ。次へ向かいますから」
 私はすぐに階段を登ろうとして、段差に足を引っ掛けてしまいました。慌てて手を出しますが間に合わず、私は顔を強打──してません。
「えへへ……。ありすちゃん、大丈夫?」
 顔を上げると、彼女は踊り場から手を伸ばして、私を支えてくれていました。は、恥ずかしいところを見せてしまいました。
「あ、ありがとうございます……」
 私は彼女の手を借りながら立ち上がりました。それを見た彼女は柔らかく微笑むと、鼻歌を歌いながら一人で先へと進んでいきました。

 この女子寮の一番高い所へ辿り着きました。
「最後に、ここが屋上です。と言っても、見たままですけど」
 奥の方に物干し竿が何本も掛けられているだけで、特に何もない広々とした空間です。視界を遮る物がなくて、夜空が綺麗に広がってます。月は見えず電灯も出入り口に一つだけで少し暗いですが、その分だけ星々も降り注いで見えます。初めてここに来ましたが、良い所ですね。
 他のアイドルたちの情報では、この広い屋上では日中、寮生が自主トレをしたり遊んだりもしてるみたいです。さすがに夜間はしないでしょうが。
 そんな情報を一通り伝えて、私の役目は終わりです。私はやっと、女子寮の案内から解放されます。この人が真っ直ぐ付いて来てくれていれば、もっと早く終わったのに。そう思って私は夢見さんの方を見ました。
 口を開けたままの彼女は、美しい星空を見上げていました。
「この朔の闇に浮かぶ星々の中に、ぼくを見つけてくれる光はあるだろうか……」
「夢見さん、ちゃんと聞いていましたか?」
「えっ? うん、夜は暴れんなよ、だよね?」
 彼女はピンク髪をふわりとさせながら、私に向かって笑顔を見せました。

 レッスンの時もそうでしたが、夢見さんと一緒にいると、どうも私の調子が狂います。
 彼女はそそっかしいので、全ての行動が気になってしまいます。目を離すとどこかへ行ってしまう気がして油断なりません。七月のライブでも少しだけとはいえ私のパートナーになるのですから、彼女にはもっとしっかりしてほしいです。
 かと思えば彼女は、急に真面目になったり、大人の魅力を醸し出したりもします。今だって、天に吸い込まれそうな彼女の佇まいが、逆に気になります。その時々でギャップが大きすぎます。彼女は大人なのか子供なのか分かりません。
 それに、私との距離感がおかしいというか、近すぎます。アイドル同士仲良くするのは問題ないですが、またあの胸にきつく抱きしめられるかと思うと、少し怖いような緊張するような気持ちです。

 そんな私のやきもきなんてつゆ知らず、夢見さんは大きく両腕を広げながら星空を仰いでいました。
「アイドル生活二週間にして寮生活。ぼっち生活もつらいけど、今度は寮ぼっちで毎日レッスン漬け……。りあむちゃん、新展開だな?」
 夜空に美しく包まれている彼女ですが、言葉遣いはふにゃふにゃとしています。
「……そういえば、夢見さん。これまでは自宅から通っていたんですよね? 学校からは遠くなったりしませんか?」
 私の問いかけを聞いた彼女は、表情を見せずに私に対してすっと背を向けました。
 興味本位でした。本来なら、他人のプライベートにはあまり踏み入るべきではないです。でも、つい彼女のことが気になってしまいました。今後のライブのためにも、彼女のことをもっと知りたい。そんな気持ちでした。
 悪いことをしたかもしれません。あんな宇宙みたいな彼女にだって、当然悩みはあるはずです。アイドルになるのなら──いえ、女の子なら当然です。進路だって大変でしょうし、彼女も何かの覚悟をしてこの世界に飛び込んだはずです。
 彼女の小さめの背中が、更に小さく感じます。……ごめんなさい。

 少しの間、夢見さんは私に背を向けていましたが、いきなりこちらへ向き直りました。
「ありすちゃん、ありすちゃん! そういやぼくのこと、ずっと夢見さんって呼んでるな?」
「えっと、はい。芸歴はともかく、夢見さんの方がずっと年上ですから」
 彼女は不満そうな顔をしながら、私の目の前まで駆け寄ってきました。
「ちゃんと! りあむちゃん、って呼べし!」
「えぇ……」
 彼女の顔が目の前まで迫ってきました。ピンク色の髪の毛が私に少し触れて、シャンプーの良い香りが鼻をくすぐりました。彼女の必死そうなルビー色の瞳を見ていると、なぜか目を逸らしたくなります。
「えっと……夢見さん」
「り、あ、む、ちゃーーん!」
「よ、夜ですから静かにしてください。その、りあむ……さん」
「もう……それでいいし」
 今度の彼女はふてくされながらも、くるくると回りながら私から遠ざかりました。そして、静かに鼻歌を歌いながら、ゆったりとしたリズムで体を左右に揺らしています。星降る夜に、聞き慣れない歌が響きます。
「えっと、夢見……りあむさんは、夜空がお好きなのですか?」
「……夜が、聴こえてくるんだ」
 彼女はそう呟くと、私に背を向けながら片膝立ちをしました。そして、まるで王子様が愛の告白をするみたいに、遠くに輝く星空へと手を伸ばしながら語りかけました。

「お星様は、道を繋ぐ。夢へと繋ぐ。光に導かれし旅人が、必死できらめく場所。でも、届かない。地球からは、全ては見えない。だからこそ輝こうとする。光るまで、光り続ける。燃え尽きるまで、燃え続ける。そうすれば、いつかきっと、地球まで届く。そう信じて。だって、本当にお星様になれるなら、見捨てられたりなんて、しないはずだから……」

 彼女はゆっくりと手を降ろして、星空を見続けています。
 ポエムが趣味なのでしょうか? それを私に見せられても、反応に困ってしまいます。
 会心の出来に気分が高揚したのか、彼女はすっと立ち上がってぴょんぴょんと飛び跳ねました。下の階に迷惑なので止めてほしいです。やっぱり私、この人が少しだけ苦手です。
「あの、私、もう帰っても良いですか?」
「ありすちゃん!」
「な、なんですか?」
 彼女は私に向かって気をつけをすると綺麗にお辞儀をしました。
「えっと……本日はありがとうございました。何もできない、いいとこなんて一つもないぼくだけど、めっちゃ頑張ります。どうか……きらいにならないでください……」
「え、ええ……。こちらこそ、よろしくお願いします……?」
 彼女は表情も見せないままにくるりと方向転換をして、屋上の端まで駆けていきました。
 すぐに遠くへ行ってしまった彼女は、屋上のフェンスに寄り掛かりました。彼女は綺麗なピンク色の髪をなびかせながら、キラキラと光り輝く星空を見上げました。なんだか、そのまま宇宙へと吸い込まれていきそうです。
 彼女は夜を感じながら、また不思議なポエムでも考えているのでしょうか。



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