ワン・ライフ・オンライン

1巻 1階~2階

一階①(挿絵あり)

 ピンと張り詰めた空気。  『場の調停』スキルは効果が切れてしまったらしい。終了かどうかのウィンドウもでなかったが、そんなことはどうでもよかった。  しばしの静寂が場を支配した。  やがて、カズヤは答えた。 「あいつらと一緒だったから、ここまでこれたんだ」  小学校からずっと一緒だった四人。ケガをしたカズヤを必死に励ましてくれた仲間は、もうどこにもいなかった。 「そ。じゃあ、死ぬ?」  グイ、と首に突きつけられた刃が食い込んだ。安全地帯にいるはずなのに、押し込まれればゲームオーバーになると思った。 「また仲間と現実に戻って、また一緒に始めればいいじゃない?」 「いや、もう来ることは」  ないだろう。  相当無理してリュウタはチケットを用意してくれたと言っていた。  それにほかの三人には進路がある。一度だけのチャンスだったのだ。  そして、自分は就職が待っている。一生走れない呪縛付きだ。 「……もう、嫌だ」  身体が震える。声が震える。漏れるように吐き出されたのは、心の奥底に沈んだ本音だった。 「もう、死にたい。現実ではサッカーも仲間も奪われて。ゲームでも期待だけさせて、こんな仕打ちで。なんなんだよ。オレ、何かしたかよ? もう……疲れた」  目の前の少女は黙ってカズヤを見ていた。 「こんなつまんねーゲームに期待した自分がバカだったんだ」  伏せた顔から涙がこぼれた。地面に落ちて小さなシミをつくる。 「その言葉、ホントにそう思っていってるの?」 「!?」  少女はカズヤの襟首をつかんで、グイっと持ち上げた。危害を加えるのでなければ、安全地帯の人間にも干渉ができるらしい。  強引に顔を上げさせられて、視界がにじみながらも見えた少女の顔は怒っていた。 「で? 自分の思い通りにならないからゲームはつまらないって?」  激怒しているようだった。 「……だって、そうだろ? ゲームは楽しむためにあるんだ。こんなわけわかんねーやられ方して、楽しいなんて思える方がどうかしてるよ」 「ゲームの外の現実はどうなの?」 「……」  現実は嫌なことばかりだ。つまらない。逃げ出したかった。  ゲームの世界に来てもカズヤは奪われるばかりで、楽しいことは何ももうなかった。結局現実世界の焼き増しだった。 「現実にも、戻りたくない。どこにもオレの居場所なんかねえんだよ」 「現実逃避して。ゲームで少しだけ楽しんで、やられたらつまらないって。結局それって逃げてるだけじゃないの? 理不尽なことに傷つくのが怖くて、自分の殻にこもってるだけでしょ?」 「お前に何がわかるんだよ」  つまんねーんだよ、人生なんか。  負け惜しみのようにつぶやいた。  少女の握る手の力が増した。 「ゲームにだって真剣になれないヤツが、何に本気になれんのよ!?」  激昂だった。  見間違いだろうか? 少女の瞳もどこか潤んでいるような気がした。 「……ごめん」  謝ると少女は手を離して、カズヤを座らせた。  どうしてこれほど彼女は怒っているのだろう? わからない。でも、彼女の言葉と態度は真剣で、カズヤの一番弱いところを突いてきて――だから、しっかりと心に響いた。  少し、冷静になった。 「チュートリアル始める前に、アンタたちのこと見てたの」  少女はいった。 「アンタのためにみんな来てくれたんでしょ」 「……ああ」  四人でまた一緒に遊びたい。  このままでは一生溝が埋まらないまま別れてしまうことになるカズヤへの、三人からの最大のプレゼントだったのだ。 「仲間の気持ちはまだ生きてるんじゃないの?」  セーフティエリアの外の、少女の足下に道具袋が三つ落ちている。注視すると袋の上に『238秒』と出ている。 「安全地帯の外のアイテムは五分で消えるわ。消える前に、三人の分を背負って生きるのが託されたアンタの役目でしょ」  そうなのだろうか?  わからない。もう自分の気持ちの灯火は消えてしまったと思ったのに。 「現実に戻りたくないのなら、精一杯足掻いて生きてみなさいよ。まだ、四人で戦える」 「四人……」  勢いばかりで猪突猛進のリュウタ。  心優しく、いつだってチームのために守ってくれたタカシ。  隣に立つナルミ。一番の親友。  最後に振り向いたナルミは、口を動かしていた。  あの動きは―― 「ああ」  カズヤに言葉を贈ろうとしていたことに今更気がついた。 『生きろ』  何のことはない、最初から三人はカズヤのためにこのゲームに来てくれていたんだ。 「ありがとう、えっと」 「アタシはサキ」 「あ、うん。オレはカズヤ」 「そ。よろしく」  少女――サキは三つの道具を指さした。  カズヤは促されて、初めてセーフティゾーンを抜けた。 『 ゲーム開始!   思うがままに行動して生きましょう!   この世界は、一つのあなたの人生なのです 』  ゲームが始まった。どれだけ考えても最悪の状況からのスタートだ。  それぞれの袋には、『包帯』『透明バッグ』『弾創成』のスキルが入っていた。 「倒した・倒された人のバッグには装備品、持ってたアイテム、持っていたスキル――習得済みのスキルと他人のスキルの継承権が入ってるの。だからあなたは今自身のスキルと、三人のスキルの継承権を持っている。拾えるのはチームの人間か、全員倒した相手チームだけ。  今あなたを倒せばあなたと仲間四人のスキル継承権を落とすって感じって言えばわかる?」  なめらかにサキは続ける。 「スキルの継承はするか、しないか。する場合はレア度に応じたSPスキルポイントを用意しないといけない。ポイントがなければキープすることができる。逆にしない場合は元から一〇〇分の一SPがもらえる。一つレア度が下がると考えても可」  説明のウィンドウが補足した。 『 スキルレア度一覧      必要SP   ノーマル・スキル         レア・スキル        100   エピック・スキル      10000   レジェンド・スキル     1000000   ワン・ライフ・スキル    100000000 』 「初心者狩りが横行するのは、最初は誰もライフを複数持っていないから。簡単に一ライフ奪って最初のスキルを自分のものにでき、かついらなければSPにできるから。育っていなければいないほどプレイヤーのキルは容易いでしょ?」  チュイン! と、サキの真後ろで弾丸がはじける音がした。背中越しには草原が広がっているばかりで、どこから狙ってきたのかはまるでわからなかった。 「こんな風に、初期プレイヤーを狙ってギルド総出でスキル集めをしているの。まあ、そんなことしてる時点で大したプレイヤーじゃないわ。自分の力でメインクエストも越せなくて他人に力を求めるようなヤツだから。すぐに倒せるようになる」 「わかった」 「さあ、アタシとチームを組みたいと思いなさい」 「え、あ、おう」  組みたいと思いなさいとはずいぶんな言い方だ。  カズヤは静かに『サキとチームを組みたい』と思いながら、目の前の少女を見る。  小柄な体格。それに反して傲岸な態度と性格。でもそれは決して悪意があるものではない。見てくれからは想像もつかない、なんだか不思議な雰囲気の女の子だと感じる。  『サキとチームを組みました!』と表示される。彼女の足下に、アイテムバッグが表示された。 「さ、にっくき仇のアイテムが見えたかしら? さっきまではあなたは取得に関係なかったからね。チームなら仲間がキルした道具袋もとれるようになるわ。レア度に比べてショボスキルだから継承しなくていいけど、拾ってとっとと行きましょう」  カズヤがアイテムバッグを開けてレジェンド・スキル『爆破』の継承権を取得すると、 「わっ!?」 「さあ、出発!」  サキはカズヤのお腹に手を回して肩に担いだ。  ダンッ!!  と、弾けるような音が聞こえるより前に、カズヤとサキはその場を後にした。  最初はワープをしたのかとカズヤは思った。  草原が後ろに飛んで行ったみたいに、高速で画面が切り替わる。  しかし顔に吹き付けるとんでもない風で、自分が超高速で移動しているのだとカズヤは気づいた。 「ざびぃ、しむ」  必死にそれだけ口にすると、「我慢しなさい」とつまらなそうな声が返ってくる。マジで死ぬかもしれんと覚悟した瞬間に、ピタリと二人は止まった。 「おえ、ぅおぇっ」  たまらず地面に転がりながら吐こうとするが、何も出てこなかった。 「状態異常じゃないんだから、吐けるわけないでしょ。『気持ち悪いと思ってるだけ』よ。っていうか、PK集中地帯からなるべく離れてあげたんだから感謝してほしいくらいなんだけど」  そこは薄暗い森の中だった。  あたりは木々に囲まれ、鳥のさえずりや風が葉を揺らす音、虫のような羽音がそこら中から聞こえてきた。 「チュートリアルの森とは違うな」 「へえ、ワニやったのね。結構おもしろかったでしょ? 武器使い放題なのもいいわね」  森というキーワードだけでサキは気づいたらしい。その口ぶりから言うとどうやらチュートリアルのクエストは複数ある中で選ばれるものだったようだ。  サキは広場の中心にたき火を展開した。お尻の方のポーチからフライパンを取り出す。小さい容れ物からそれ以上の質量のアイテムが出てくるというのは何度見ても不思議な光景だ。 「肉、食べられるでしょ?」 「あ、おう」  まな板を出し、さらにマンガなどでしか見たことがないようなとんでもなくデカい生肉を乗せて、サキは手を掲げた。ス、と音もなく手の甲から刃が飛び出した。 「それ、手から剣を作ってるのか?」  そう問うと、サキは口の端をつり上げて少しだけ嬉しそうにした。自慢のスキルを聞かれるのが嬉しくてたまらないのと、なるべくそう見せないように振る舞っているような感じだった。 「あら、アタシの『純真なる心刃(ピュアハート)』が気になるの?」 「は? ピュアハート?」  なんだそれ。そんなもんお前に存在すんのか?  と思わず口に出しそうになって必死にカズヤは抑えた。たぶん殺されると思った。 「そ。スキル名。いい名前でしょ。アタシが付けたの」  やべぇヤツだ。  いやしかし、自分のスキルに固有の名前をつけるのはこの世界では当たり前の行いなのかもしれない。なのでそのことには深く追求しないことをカズヤは決めた。 「昔のアメコミとか映画に出てくる主人公っぽいなと思った」 「次、そういうふざけた喩えをしたらキルするから」 「……」  主人公の名前を出さなくて本当によかったと思った。 「ホントは企業秘密なんだけど、仲間になったし教えてあげる。レジェンド・スキル『心の刃』っていって、気持ちの強さを無数の心の刃に変えられるの。あ、スキルの説明まだだったわね」  そうしてサキはスキルの説明を始めた。  第一に、ワン・ライフ・スキルとその他は一線を画すものであるということ。ノーマルからレジェンドまでのスキルは誰でも取得することができるが、ワン・ライフ・スキルだけはたった一つだけしか習得することはできない。 「つまり、ワン・ライフ・スキルはその人の人生を表すスキルと言われているわね。持ってなければ他人のを継承はできるけど一億SPいるし、おいそれと継承はしないわね。どっちかっていうとレジェンド分のSPにするわ。っていうか、ワン・ライフ・スキル持ったヤツなんて厄介すぎてよっぽどキルできないけど。それくらいワン・ライフ・スキルっていうのは完成された驚異のスキルなの。あんまり名前が有名になるとスキル名で呼ばれたりするのよ」  そして、スキルの成長システム。  ワン・ライフ・スキル以外のスキルはSPを使用することで強化・育成を自分好みにできる。スキルネットと呼ばれる無数の選択肢から強化先を選び、使いやすく洗練させていくのだとサキはいう。 「ワン・ライフ・スキルは完成された一つのスキルで、そのほかは使い勝手よく自分の思い通りに強化できるの。強化しきる頃には一億SPは優にかかるし、効果も遜色ないくらいになるわね、どのスキルも。アタシの『純真なる心刃』も、例えば敵を麻痺させるとか、一度の斬撃で二度キルするとか、そんな感じ。普通みんな複数ライフ持ってるからね」  ま、ゆっくり敵とか倒しながらマイペースに進みましょ、とサキは言って肉を切り始めた。  カズヤは用意してもらった椅子に座ったまま、手際よく作業を進めるサキにふと思い立って聞いた。 「なんで、そんなにサキは詳しいんだ? 初心者じゃないんだろう? スキルも強化『してる』って言ってたし。なんで最初の草原にいたんだ?」  ピタリとサキの手が止まる。 「それこそ、企業秘密」  その声には有無を言わせぬ迫力があった。  話す内容のなくなった二人は黙って肉が焼き上がるのを待った。  なぜカズヤを仲間にしてくれたのか? という一番したい質問はついにすることができなかった。

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  • 女子高生

    春日はるひ

    ♡100pt 2019年9月5日 11時55分

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    にゃかにゃか良い

    春日はるひ

    2019年9月5日 11時55分

    女子高生
  • ノベラひよこ

    和風きなこ

    2019年9月5日 17時40分

    応援&スタンプありがとうございます! にゃかにゃか良いですかね!? 嬉しかです。またよろしければお越しください。連日ありがとうございます。

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    和風きなこ

    2019年9月5日 17時40分

    ノベラひよこ
  • 物語の女神ノベラ

    スギ

    2019年7月25日 0時38分

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    これは興味深い

    スギ

    2019年7月25日 0時38分

    物語の女神ノベラ
  • ノベラひよこ

    和風きなこ

    2019年9月5日 17時40分

    今気づいたんですけど返信をしてませんでした。ごめんなさい。興味深いスタンプありがとうございます。とても励みになります。

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    和風きなこ

    2019年9月5日 17時40分

    ノベラひよこ