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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

第一部 神なる者、方舟に目覚めしこと【更新中】

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#58 神聖水没巨塔 教会本部

 司令室前面の超大型ディスプレイには、テクスチャを張る前の3Dモデルのようなワイヤーフレームで、教会本部が表示されていた。

 外側からぐるりと包むように、塔内部が水で満たされた様子を表示している。しかし塔の深い場所には届いていない。まるで塔の中心に一本の芯が通っているかのように水没を免れている。


「隔壁は」

緊急度プライオリティ1から7まで、全て不備無く祝福的に展開済みです」


 3Dモデルの各所におびただしい数のシャッターが表示された。


 魔法コマンドそのものを防いだのは、教会本部のそこかしこに設けられた魔法コマンド遮断通路だ。対ナノマシンチャフをはじめ、ナノマシンの働きを阻害する設備によって多重に防御され、さらにその前後を隔壁で固めている。


 魔法コマンドが効かない閉鎖空間を作るというのは、実はそう難しい事でもない。

 対ナノマシンチャフで満たした空間を作り、それを緩衝材にするとか、同等の性質を持つ建材を使うとか。ナノマシンへの通信がそもそも届かないようにすれば、相手が神であろうと関係ない。


 重要な部屋は、ほとんどがそうした防護の内側に存在している。

 だから、このように派手な全範囲攻撃を食らったとしても、さしたる打撃にはならないのだ。

 当然ながらこの司令室にも、雨漏り一滴届いていない。


「……敵方の魔法コマンド封じは?」

「現在は行われていない模様です」

「ならば待機中の魔人コマンドロイドに排水を行わせよう。まあ1分も掛からんさ」

「異議無し」


 淡々と、対応が決まった。

 すぐに排水すれば、水没した区画の職員にすら大した被害は出ないだろう。

 万単位の書類がダメになってしまったのは残念だが、仕方ない。後始末の過程で何人か過労死するだろうが取り返しは付く。


「第二層、第三層の架橋を通じて、さらに水が流れ込んでおります」


 オペレーターが報告し、本部の3Dモデルに、橋と周囲の大地が追加される。橋の上にはローポリゴンCGの水が流れていた。

 この教会本部は三層ぶち抜きの吹き抜けに建てられたもの。第二層や第三層の大地からは橋で出入りする構造なのだ。


「水路を繋げられたか。流入量は?」

「不安定ですが、下層の窓から流出する水の1/10にも満たない量です」

「悪あがきだな。一応、外に出ている魔人コマンドロイドに水路を止めさせておけ。内部の者には予定通り排水をさせる」

「はい、祝福的です」


 ディスプレイの画面が分割され、オペレーターによって現在の状況が打ち込まれていく。

 魔法コマンドで建物全体を水没させるというのは、確かにインパクトのある攻撃だが、有効打にはなっていなかった。司令室には安堵したような空気さえ流れる。


「まったく、水攻めとは陰険な」

「さすがに教会本部を破壊はできぬとみえる。それ故の苦肉の策か」

「そうとも、なにしろここは方舟の一部なのだからな」


 将官のひとりがあざけるように言った。

 この教会本部の外枠は、『神の祠』や管理者領域バックヤードと同じく、方舟の一部としてあらかじめ作られたものなのだ。教会はあくまでその中身を改装したり、外に少しばかり建造物を付け足しているに過ぎない。

 ゆえに教会本部の建物そのものは、神の権能によってすら破壊も操作もできないのだ。


 『天罰』のレーザーだろうが、天変地異級の魔法コマンドだろうが、教会本部の中身を多少引っかき回すくらいが関の山で、へし折ったり穴を開けることはできない。

 ここは単純に、最高の要塞でもあるのだった。


「……しかし、こんなヌルい攻撃のために、こんな大仕掛けを?」


 将官のひとりが軽く首をかしげ、小さく呟いたが、それに応える者は無かった。


 その時。

 オペレーターのひとりがアラートを発し、司令室では緊迫感に満ちたサイレンが鳴り響いた。


「6階第23隔壁大破! 5階第14隔壁、37階、55階……」

「読み上げんでいい、全部画面に表示しろ!」

「はい、祝福的です!!」


 ワイヤーフレームモデルに表示されていたシャッターが、ぽつり、ぽつりと赤く点滅していく。

 破られた隔壁をマークしているのだ。

 そして、隔壁の向こうに水が流れ込んでいく。


 それでもまだ、司令室の空気には余裕があった。

 何故なら、これはどう考えても魔法コマンドによる攻撃であり、だとするならばこの先に進めるはずがないからだ。


 実際、水は見る間にも引きつつあった。

 重力に従うように水は流れ落ち、建物外に流出した分だけ水位は下がっていく。

 まるでコップに入った飲み物を、ストローで底から吸っているかのように。


 *


 雨はなお勢いを増していた。


 教会本部の足下にあたる『聖都』第一層は、大人の膝丈ほどに冠水していた。

 薄暗く、雨に閉ざされた街に賑わいは無い。


 巨人でもくぐれそうな教会本部の正面大門からは、どうどうと音を立てて水が吐き出されていた。

 水没した書類。

 大量の判子。

 救命浮き輪を着けた教会官僚達(浮き輪は大水害に備えるという名目で数年前から全職員が買わされるようになった。なお納入業者とは癒着している)。

 30分前に過労死した下級官僚の死体。

 その他諸々が、どんぶらこどんぶらこと土石流のごとく流れ出す。


 さらに無数の窓からも水が噴き出し、滝のように流れ落ちていく。

 滝壺……すなわち教会周囲の庭園にて、流れ落ちた水は渦を巻く。完璧に手入れされた生け垣や、歴代神の像(ただし教会が神と決別して後に押し立てた偽神のものだけしか置かれていない)を押し流していく。


 その水がところどころ、異様に、ぎらつくように、山吹色に輝いていることに気付いた者はまだ居なかった。

 少なくとも、司令室には。


 *


「いくら隔壁を破ったところで、その先の魔法コマンド遮断を抜けることは……」


 言いかけた将官を遮って、上擦った声のオペレーターが叫んだ。


「93階第33隔壁大破! 魔法コマンド遮断を越えられました!」

「何!?」


 円卓に座した将官の半分ほどが思わず腰を浮かせる。


 塔の外縁部がどのような魔法コマンド攻撃に晒されたとしても、隔壁に守られた内側は無事……で、あるはずだった。

 しかし今、隔壁が破られている。


「119階第1隔壁大破! 同じく遮断を……!」

「102階第7隔壁大破!」

「チャフが効いていない!?」

「水だ! 流されている!」


 誰かが叫び、続いて、苦いどよめきが起こった。


「重力……! そうか、風で吹き飛ばすのとはワケが違う。

 ひとたび水で絡め取ってしまえば魔法コマンドの操作が必要ない。そのまま流れ出していくんだ!」


 ナノマシンの通信を阻害する機械類の配置の谷間をチャフで塞いでいるような、比較的脆い遮断区画から順に、隔壁が破られていく。


 もはやこの司令室において祝福的で心穏やかなのは、思考能力が破壊されている雑用係だけだった。

 将官達さえも絶句していた。


 教会はチャフが除去あるいは突破される事態を予想していなかったのだろうか?

 否、予想していた。そして、ダメージコントロールや復旧の策も用意していた。

 だがそれはあくまで、遮断がひとつひとつ破られた場合だ。魔法コマンドの干渉をはねのけ遮断するはずの防御機構が、魔法コマンドによって同時多発的に突破されるなど、()()想定外だった。


「第二波確認!」


 オペレーターの悲鳴じみた声と共に、再び教会本部のワイヤーフレームモデルが水で満たされた。最初の魔法コマンドでは被害を免れた塔の中心部分にも、虫食いのように水が浸潤している。

 それは、魔法コマンド遮断機構を破壊したことでマサル魔法コマンドが届いたものと、隔壁を破られたことで水が流れ込んだものとの、両方だった。


 遮断を突破された場所は一部だけだ。

 だがそれは、魔法コマンドが侵入するには十分すぎる隙間だった。


「チャフの再放出は!?」

「行われていますが……押し流されていきます!

 また、既に隔壁が破壊されている以上、水の流入そのものも止まりません!」

「いかん、排水を急がせろ!」

「いや、待て! 無理だ! 魔人コマンドロイドの力も魔法コマンドなのだぞ!?

 ……やむを得ん、中枢区画以外は切り捨てる!」


 室長が発した鶴の一声で、混乱しかけた円卓は一応の落ち着きを取り戻す。


 そして室長は、円卓付近の壁に据え付けられたレバーのうち一本を引いた。

 金と白に装飾された神聖レバーの下には『祝福的』と書かれたパネルが貼ってある。


 ゴウン……


 建物全体に響くような何らかの駆動音が、どこからともなく発せられた。

 数多くの非電子的な()()()()が作動し、中層や下層で生き残っていた隔壁は全て開放。魔法コマンドを阻害する機械類やチャフの散布も停止された。

 作戦司令室を含む中枢区画だけが……戦闘続行のために必要な頭脳部だけが、未だ、一切の魔法コマンドを受け付けぬ鉄壁の構えだ。


 中枢区画以外の防衛を放棄するのは、教会本部におけるエマージェンシーシフトのひとつだった。

 そもそも戦闘能力だけを考えれば、中枢以外を守る意味は薄い。他の場所はあくまで、教会の日常業務のスペースだ。


 そうした重要度が低い区画の防衛を放棄することで、サイバネ強化兵と魔人コマンドロイドは展開が容易になり縦横無尽に戦うことができる。

 半端に隔壁で守るよりも、よほど強固な防衛体制となるのだった。


 そして、次の瞬間。


「うぎゃああああ!!」


 司令室の隅で縛られていた副室長が、全身からスパークを撒き散らしながら悶え苦しんで倒れ、痙攣しつつ絶命した。

 脳に仕掛けられた超祝福的インプラント『聖なる忠誠・ターボMk.3』の放った電撃だ。

 これは『何か不手際をしでかした時に感電死させられる』という状況を作り出すことで忠誠心を醸成するためのガジェットだ。この司令室では、先程のレバーと副室長の『聖なる忠誠』が連動している。


 いかに防衛のためのやむを得ぬ判断だとしても、戦闘のために祝福的な日常業務をメチャクチャにしたことは確か。切り捨てられた区画に関わる者達は気分が悪いに決まっている。

 ゆえに人身御供として副室長を捧げることで、責任の一切を死によって雪いだものと考え責任追及をストップさせる! 実際に使われたのは初めてだが、これは100年近く前から続く教会の伝統であり、有事の際に組織内の力学を権力闘争に向け混乱させないための合理的組織体系だった。なんと祝福的なのだろうか!

(なお副室長は下級官僚が就くお飾り役職だが、組織というのは建前で動くので、人身御供として概ね問題ない)


「ああ、副室長……」

「その尊く気高く献身的で祝福的なお姿、忘れません」


 司令室の者達は形式的に黙祷して、すぐに気分を切り替えた。

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