伊藤詩織

「世論が支持し、一緒に闘ってくれる」―社会を変えるか、動き出した裁判クラウドファンディング

9/6(金) 8:58 配信

インターネットを通じて一般の人々から資金を募る「クラウドファンディング」が、訴訟の分野にも広がっている。個人が裁判費用をネットで募り、国など大きな相手を訴えることも可能にする。英国では3千万円以上の寄付を集めて社会変革につなげた実例も出てきた。英国と日本の実情を紹介する。(伊藤詩織、神田憲行/Yahoo!ニュース 特集編集部)

声をあげたことで解雇された医師

クリス・デイ氏(34)は2016年、ロンドン近郊にある病院の集中治療室(ICU)でジュニアドクターとして働いていた。

ICUは慢性的に医師不足だった。英国では夜間帯は患者8人に対して医師1人というルールがあるがデイ氏は1人で患者18人を担当することもあったという。他の病棟からヘルプにも呼ばれ、ICUでは医師が不在の状態になることもしばしばあった。

クリス・デイ氏(撮影:伊藤詩織)

そんなある日、病院で医師たちが突然欠勤するという状況に耐えきれなくなったデイ氏は「ICUの医師不足は患者の命に関わる」と病院に改善を申し入れたところ、勤務先の病院から自分が納得できない理由で契約を打ち切られた。

ジュニアドクターが所属する英国保健教育機関に状況を通報したものの、それまで問題のなかった業務リポートに「品行が不十分」と書かれたことを理由にジュニアドクターとしての登録を解除されたという。これはデイ氏にとって医師としてのキャリアが閉ざされることを意味していた。

こうした告発は公益開示法より、通報者の身分が保障されるはずだった。しかしジュニアドクターはその例外とされたのである。デイ氏は法律は自分にも適用されるべきだと英国保健教育機関を提訴。ジュニアドクターの身分の回復を求めた。

仕事を失い、子どもも抱えて裁判を争っていくことはデイ氏にとって大きな負担だった。

「本当に孤独な状態になります。誰も自分を信じてくれないんじゃないか、と絶望の淵に立たされます。何をやっても無駄だ、全部忘れてしまえ、という気にもなりました。でも、『クラウドジャスティス』の存在を知り、希望が見えてきました」

デイ氏の自宅で。小さな子どもを抱えて裁判を始めることは不安だったが、同じ医療の現場で働く看護師の妻の理解とサポートがあり、続けることができたという(撮影:伊藤詩織)

クラウドジャスティスを通して続けることができた闘い

「クラウドジャスティス」は社会正義のための訴訟に関して、個人が寄付金を募ることができるサービスだ。デイ氏はサイトに登録し、こう訴えた。

「患者、そしてジュニアドクターたちを守ってください」

デイ氏の訴えは大きく広がり、2015年から5回のクラウドジャスティス・キャンペーンを立ち上げ、合計約29万ポンド(約3800万円)の寄付金が集まった。

長期間に及ぶ裁判もクラウドジャスティスを通した支援によって続行することができた。デイ氏は「お金以上に得られたものは大きい」と語る。

「人々が賛同してくれると、金銭的支援だけではなく、政治的な追い風にもなります。世論が支持し、一緒に闘ってくれる。お金以外の何かが生まれるんです」

5回の審問を通し、さまざまな変化も生まれた。デイ氏の主張通りにジュニアドクターにも公益開示法適用されるようになった。何よりもデイ氏の当初の訴えだったICUに勤務する医師数も増員され、医療現場の安全の向上にもつながったのだ。

そして現在、デイ氏はジュニアドクターとしての身分も取り戻し、非常勤として働きながら裁判を続けている。

裁判の過程で、デイ氏の主張が認められて制度が変わっていったという(撮影:伊藤詩織)

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