第156話 姫巫女と帰還
前回のあらすじ:仁君、珍しく主人公ムーブ。『アースクエイク』は155話と156話の間で死にました。
一仕事終え、自力で帰還すると、ユリシーズが完全に呆けていた。
ポカーンとだらしなく口を開け、『心ここにあらず』を全身で体現しているようだ。
「どうしたんだ?アレ」
説明役のミオに聞いてみる。
「ご主人様を亜空間に送って少しして、冷静になったユリシーズさんは取り乱したのよ」
「その場の勢いでご主人様達を亜空間に送ってしまいましたからね。せめて、水晶に封印してもらうべきだったと嘆いていましたわよ」
「まあ、そうなるだろうな」
セラの補足を含めて納得する。
自棄になって行動するのは良くないって事だね。
「その後、ユリシーズさんはシャロンちゃん達に平謝りね。何故か、送還も出来ないって焦っていたわよ」
「まあ、抵抗したからな」
実はユリシーズからの<封印術>による送還魔法を受けていたのだが、面倒なので意図的に無視していました。
と言うか、キャンセルしていました。
「更にしばらくして、急に『アースクエイク』の反応が消えたって事で焦っていたわ」
「まあ、屠ったからな」
しばらく観察していたから、思ったよりは時間がかかったかもしれない。
「今までの自分の人生を振り返り、ご主人様のとんでもなさを理解して、完全にキャパオーバーしちゃったみたい」
「ああ、それで送還魔法が急に途絶えたのか。そのせいで自力帰還する羽目になったよ」
大した手間ではないから問題はないが、帰還する手段が無い奴だったら焦っただろうね。
「少なくとも、ユリシーズを脅かしていた『アースクエイク』は消えたし、放って置いても問題はないだろう。しばらく待って戻らなかったら、背負って連れて行けばいい」
「そう言えば、また異能のレベル上がったのよね?後で詳しく教えてね?」
「ああ、そうだな」
今回、『地災竜・アースクエイク』を倒したことで得られたものはいくつかある。
その内の1つが異能のレベルアップである。
しかし、手に入らなかったものも多い。
例えば経験値。一切、全く得られなかった。
例えばスキル。『アースクエイク』はスキルによって地震を起こしていた訳ではない様で、1つもスキルを持っていなかった。
例えばステータス。『灰色の世界』と同じように、違うルールで動く存在だったようで、通常のステータスを持っていなかった。
本当に、マップ上で確認した情報そのままだったようだ。
「シャロン、ファロン。これで2人の望みは叶えたと思って良いか?」
「もちろんだよ。ここまであっさりと望みを叶えてもらって、文句なんて言える訳が無い」
「本当に感謝している。ありがとう」
よし、これで
対価、何にしようかなー。
捕ったタヌキを皮算用していると、呆けていたユリシーズがいつの間にか正気を取り戻し、俺の方に歩いてきた。シャロン達も止めようとはしない。
「貴方、仁さんで良かったのよね?」
「合っているよ。俺の名前は進堂仁、仁の方で呼んでくれ」
そう言えば、マトモに名乗っていなかった気がする。
「それでね、仁さんにお話があるの。謝罪と、お礼と、質問よ。構わないかしら?」
「ああ、別に構わないぞ」
「まずは謝罪ね。さっきは乱暴な言葉で怒鳴ってごめんなさい」
そう言ってユリシーズは頭を下げる。
捲し立ててきた時の事かな?
「正直に言えば、ずっと昔から辛いのを我慢していたの。誰に解決できるものでもないし、仕方ない、諦めるしかないと思っていたわ。……でも、仁さんが私の目の前に諦めなくても良い可能性を提示してきて、嬉しくて、悲しくて、混乱して、自棄になってしまったのよ。本当に、ごめんなさい」
再び頭を下げるユリシーズだが、それを謝られても困る。
「謝る必要はないぞ。ハッキリ言えば、ああなると思っての行動だからな」
「そ、そうなの?」
「ああ、ユリシーズに鬱憤が溜まっているのは見れば分かった。だから、少し追い詰めるような言い方をして、爆発させることにしたんだ」
思った通り、限界近くまで我慢を続けていたユリシーズは爆発してくれたからな。
「何のために?」
「後の為だよ。ユリシーズ、今の気分はどうだ?」
「……そう言えば、いろんな意味で気が楽になって、すっきりしているわ」
自覚できる程度には気が晴れているようだな。よきかな、よきかな。
「あれだけ大声で鬱憤を吐き出して、直後に元凶であった『アースクエイク』が滅んだら、そりゃあ気が晴れるだろうよ。もし、何も吐き出さない内に『アースクエイク』が滅んでいたら、今ほどではなかったと思うぞ。終わった後には吐き出しにくいし……」
何せ6千年分の鬱憤だ。
変に貯め込まれたままにされても面倒にしかならないだろう。
ガス抜きを終え、そのタイミングで元凶が消えれば、後の悪影響も抑えられるはずだ。
「言われてみれば、そうかもしれないわ。『アースクエイク』に対して恨み言はもちろんあるけど、それ以上に肩の荷が下りたという気持ちの方が強いもの」
「それは重畳」
細かい企みはあまり得意じゃないけど、上手く行って良かった。
「うん、本当にありがとう。私を6千年の地獄から救ってくれて。永遠に続くんじゃないかと思っていた苦しみを取り除いてくれて。……うーん、言葉では言い表せないくらいに感謝しているんだけど、一体どうすれば伝わるのかしら?」
本気で悩む様子を見せるユリシーズ。
そんな事を言われても困る。
「そうだわ!私が仁さんのお嫁さんになればいいのよ!」
What?
「仁さんに助けられて、仁さんに感謝していて、仁さんを見ているとドキドキしてくる!これがきっと恋なのよ!私が仁さんのお嫁さんになって、ずっとずっと、仁さんが死ぬまで尽くせば、仁さんへの感謝も伝わるでしょうし、私の恋心も満たされる!仁さんが亡くなっても、私が仁さんの子供を孕めば、仁さんの子孫にずっと尽くすことが出来るわ!素敵!」
えっと……。
「人間の寿命なんてたったの数十年だし、ヤるのなら早い方が良いわよね?でも、初めてだから上手く出来るかしら?尽くすって言っておきながら、あまりにも下手だったら幻滅されないかしら?練習と言っても、仁さん以外とするのは嫌だし……。そうだわ!その道のプロに教わればいいのよ!同性のプロなら、自主練の仕方も教えてもらえるわよね!」
……。
「ジン、放って置いていいのかい?」
俺がユリシーズの傍を離れ、さくら達と共に地上に戻る準備を始めていると、シャロンが聞いてきた。
「シャロン達の友人だろ。お前達が何とかしろよ」
「いやー、僕達はユリシーズとは恋の話なんてしたことが無かったから。まさかあんな風になるとは思わなかったよ。友人の新しい一面の発見だね」
「色ボケハイエルフ。報われて欲しいとは言ったけど、壊れて欲しいとは言っていない」
ユリシーズのあの有様は2人にとっても予想外だったに違いない。
2人とも『何とかする』とは言わないからな。
ユリシーズも6千年も封印されていたからね。色々と拗らせてしまったのだろう。
「親友のはずなのに辛辣すぎない?」
「僕たちの知っている友人のユリシーズは何処へ行ったんだろうね」
「そんなレベルなんですのね……」
ミオの問いかけに遠い目をして答えるシャロン。
《ごしゅじんさま、きてるよー》
ドーラの声に振り向くと、そこには瘴気、……じゃない、正気を取り戻したと思しきユリシーズがいた。
「仁さん、待って!ごめんなさい。初めての恋で少しのぼせ上っちゃったわ。お嫁さんになりたいのは事実だけど、いきなりそんな事を言われても困るわよね?」
「ああ、困るな。そして、お嫁になりたいのは正気でも変わらないのか」
それは本当に正気と言えるのだろうか?
「それは変わらないわ。私が死ぬまでずっと」
「重……。ヤンデレさん、重……」
止めろ、ミオ!何となく察しているから、明確なキャラ付けをするな!
ちなみに、今のところ所帯を持って落ち着くつもりは一切ない。
異世界で日本の法律に縛られるつもりはないが、色々とまだ早いと思うし、そもそもこの世界に骨を埋めると決めた訳でもない。
もちろん、子種だけ欲しいとか言われても困る。
無責任な親は嫌いだ。自分はそうなりたくない。
「お嫁さんの話は置いておいて、謝罪とお礼が終わったから、最後の質問をさせて」
「ああ、そう言えばそれが残っていたな」
お礼の方のインパクトが強すぎて頭から飛んでいたよ。
「私はこれから、何をすればいいと思う?私は今、仁さんの奴隷になっているのよね?だから、これを聞くのなら仁さんだと思うの……」
「ユリシーズ、君が望むなら僕の国に居てくれてもいいんだよ」
「ユリシーズはこの国の、世界の恩人。丁重にもてなす。ジンに頭を下げて、ユリシーズの奴隷化を解いてもらっても良い」
俺が答える前にシャロンとファロンが主張した。
今回、ユリシーズを奴隷化したのは、配下に加えたいからではなく、その方が色々と都合が良かったからだ。
本当に他人に話されて困る様な事も教えていないので、シャロン達が望めば
「シャロンちゃん、ファロンちゃんの気持ちはとても嬉しいわ。……でも、正直私はこの国に居たくない。鬱憤は晴らしたけど、この国、この土地には嫌な思い出が多すぎるのよ」
「それを言われると辛い」
「そうだね。ユリシーズの心の安寧を考えると、この国に居ない方が良いかもしれないね」
この国に、しかも『アースクエイク』の上で生活なんてしたら、何かの拍子に鬱憤がまた貯まってくるかもしれないからな。
ちなみに、今俺達が踏んでいる地下室の床も『アースクエイク』の背中の一部です。
そうそう、言っていなかったけど、地下にある『アースクエイク』の
1つ目の理由は安全性の問題だ。
直径10kmの巨体を、何の準備も無しに取り除くのは危険すぎる。最悪の場合、地上部分が崩落するかもしれない。
2つ目の理由は食料的な問題だ。
実はこの国で採れる作物が美味かったのは、『アースクエイク』の影響だったのだ。『アースクエイク』が存在するだけで、その土地の土に栄養が与えられるらしい。
俺が、この俺が観光地の特産物を台無しにするような真似をする訳が無いだろう。
「それに、仁さんの奴隷を辞めるつもりもないわよ。好きな人の側にいて、その人のために尽くせる奴隷と言う素晴らしい立場、簡単に手放せる訳ないじゃない!」
全然、正気を取り戻していませんでしたね。
はい、そこのマリア。共感したように頷かない。
「ははは、僕達の知っているユリシーズはいなくなったみたいだね」
「悲しい。本当に悲しい」
ファロンは本気で悲しそうだ。
「ユリシーズには悪いが、側にいることは難しいな」
「え?どうして?」
「俺は拠点をいくつか持っているが、基本的には各地を旅したり観光したりしているんだ」
「なら、私も旅について行くわよ」
「俺にはユリシーズの他にもたくさんの奴隷や配下がいるんだが、特別扱いしているのはそこの5人だけで、基本的に旅への同行者は増やさない方針なんだ」
一時的に一緒に行動する者は多々いるが、固定メンバーは5人だけだ。
「そう言う意味では、私達は恵まれているわよね」
「はい……。仁君とずっと一緒に入れますから……」
「本当に幸せです」
《ごしゅじんさまといっしょー!》
「少し、他の方々に申し訳ない気もしますわ」
「ずっと一緒に居られるのは羨ましいけど、騎竜である私はまだマシな方よね」
なお、
「そんな!私も仁さんと一緒に行きたいわ!」
ユリシーズは諦めない。
「実際に人数制限がある訳じゃないから、どうしても増やせないと言う訳でもないが……。それを言ったら、俺と一緒に旅をしたがる配下は他にも沢山出て来るだろうな」
表立って口に出さないだけで、潜在的な希望者はヤバいことになりそうだ。
「……なら、私がその沢山の奴隷の中で圧倒的な1番になれば、連れて行くことを考えてもらえるの?」
「考えない事も無いが、人数も多いし難しいと思うぞ」
「大丈夫、私これでも結構多芸なのよ」
うん、スキル欄を見れば、多芸なのは理解できる。
ユニーク級の技能系スキルを持っているのだから。
「10人20人?それとも100人200人?学のない奴隷達の中で1番になるくらい、それほど難しい事じゃないわ!」
「いや、1万人とか2万人とかいるからな?配下」
「はい?」
悪いね。桁が違うんだよ。
信者だけで1万人。ブラウン・ウォール王国へ送った者達を合わせれば、その時点で2万人は超えるのである。
「ついでに言うと、その内1万人はもれなく読み書き計算が出来て、何らかの技術を持っているからな」
「はいい!?」
信者達のモチベーションは高く、俺の配下になってから読み書き計算を覚えた者も多い。
配下のほとんどが何らかの技能系スキルを持っており、俺の勢力拡大に貢献している。
ユリシーズがイメージする一般的な奴隷とはかけ離れた存在なのである。
「セラちゃん、奴隷って何だっけ?」
「ご主人様に従う、
「2人とも奴隷の概念が崩壊していませんか……?」
建築メイドとか建造メイドとかがいて、俺の手から離れて商会を運営していて、個々人がSランク冒険者並みの戦闘力を保有する集団。
奴隷……!?
「……じょ、冗談よね?」
「俺も冗談は言うが、少ない物を多く盛る様な事はほとんどしないな」
冗談を言うのは大好きだが、物事を大きく見せる様な事はしない主義だ。
「……や、やってみせるわ!1万人でも2万人でも、成果を上げてトップに立って、仁さんの隣にいるのに相応しいと証明すればいいのよね!」
「覚悟があるなら、止めはしない。頑張れよ、贔屓はしてやれないが……」
「ええ、頑張るわ!当然、自力で認めさせてみせるから!」
ユリシーズは本当に諦めない。
正直、辛く険しい道だろうが、6千年の孤独と苦しみよりはマシじゃないかな?
既にこの場に残る理由も無いので、俺達は地下室を後にして階段を上り始めた。
やはり、6千年の封印は伊達ではなく、ユリシーズは自分の身体を動かすのにも難儀をして、何回もの休憩をはさみつつの帰還になった。
帰還と言えば、行きと帰りで人数が2くらい違うんだよな。ブルーとユリシーズである。
どう説明したものか……。
「シャロン、任せた」
こういう時は責任者に丸投げするに限るな。
「ええ……、そこで僕に丸投げ……。まあ、ユリシーズを助けてと言ったのは僕達だから、仕方ないと言えば仕方ないんだけどさ」
「シャロン、任せた」
「ファロン、君もか……」
こうして、シャロンだけが貧乏くじを引くことになった。
ファロンの要領が良いのか、シャロンが苦労人気質なのか……。
他愛無い話をしながら階段を上り切った。
「シャロン様、お帰りなさいませ。セイン様より、シャロン様がお戻りになられたら報告したい事があるとの言伝を預かっております」
シャロンが地下に潜るので、入り口に待機していた兵士が言う。
「ああ、分かった。今から向かうよ。執務室で良いんだよね?」
「はい、執務室でお待ちです。ジーン様達にも関係があるので、出来れば一緒に来ていただければと仰っていました。何でも、ジーン様の騎竜に関する話だとか……」
ああ、ブルーを『
「ジーン様も来ていただけますか?」
「ええ、行かせてもらいます」
無関係な者の前では敬語で話さないといけないんだよな。
「……ところで、失礼ですが行きにはお見掛けしなかった方がおられるようですが」
「うっ……」
細かいところまでしっかり見ている優秀な兵士だね。
さあ、シャロンは何て返す?
「王命だ!この事は他言無用とするように!」
「はっ!」
ゴリ押しやがった!
レオパルドとの会話で『滅多に使わない』とか言っていた王命を使いやがった!
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「し、仕方がないだろう!上手い言い訳が何も思いつかなかったんだから!」
セインの元へ向かう中、俺達の無言の圧力に負けたシャロンが言い訳をする。
「悪いとは言わないが、少々がっかりだよ」
「シャロンちゃん、もう少し頑張れなかったの?」
「双子の妹として恥ずかしい」
「ひ、酷い……」
「あ、引っ込んだ」
肉体の制御をファロンに移して、シャロンは引きこもってしまったようだ。
「それにしても、6千年ぶりの地上は気持ちが良いわ。瘴気を抜きにしても、ずっと地下にいるのは気が滅入るわよ」
うーん、と伸びをしながらユリシーズが久しぶりのシャバを堪能する。
「そういや、ユリシーズは何で地下に封印されることになったんだ?産まれた時から水晶の中にいた訳でもないだろうし、何かしらの理由があるよな?」
「ユリシーズ、私も知りたい」
「ファロンは聞いていないのか?付き合い長いんだろ?」
ユリシーズへの思い入れも強かったし、詳しい話を知っているのかと思ったが……。
「多少は聞いた。でも封印が解けていない内から、踏み込んだことは聞けなかった」
「そう言われてみれば、その通りかもしれないな」
辛い事は人に話せば楽になるとも言うが、楽になる見込みが全くなかったユリシーズに、態々辛い事を思い出させるような事をするのも酷だろう。
自分から話す事もしていなかったようだし、聞かなかったのが正解だな。
もちろん、現時点では終わった事なので、俺は容赦なく聞く。
「仁さんとファロンちゃんが望むなら話しても良いけど、長くなるから後で落ち着いてからの方が良いと思うわよ?」
「長くなるなら短くまとめてくれ」
出来れば、3行くらいでまとめて欲しい。
「ちょ、ちょっと難しいわね……」
「なら、後で詳しく説明してくれ」
「分かったわ。それじゃあ、後でお話ししましょうね」
「私も聞く。もう執務室に着く」
と言う訳で、あっという間にセインの待つ執務室に到着した。
「おお、シャロン様、お帰りなさいませ。シャロン様がおられない間に、いくつかご報告が必要な案件が発生しました。……ところで、そちらのお二方はどなたでしょうか?地下へ行く時にはいらっしゃらなかったと思いますが」
優秀な執事であるセインが気付かない訳ないよね。
さあ、ファロンはどんな説明をする?
「彼女達の詮索は禁止。ジーン達と同じように、私の客人として扱って」
「承知いたしました」
王命を使わなかっただけシャロンよりマシかな?
間違っても上手い切り返しとは言えないが……。
「それでは、早速ご報告をさせていただきましょう。まず1点目ですが、ジーン様からお預かりしていました騎竜が1匹、行方不明になりました」
「問題はない。ジーン様が行方を知っている。対処も詮索も不要」
「承知いたしました」
セインは余計な詮索を全くしない。
秘密の多い俺からすると、とても付き合いやすい相手だな。
「それでは2点目ですが、レオパルド様が脱走いたしました。レオパルド派の者が裏で手を回していました。現在、捜索中ですが、既に何名も城の者が殺されています」
「!? それは本当?」
「はい、残念ですが……」
実はアルタから事の次第を教えてもらっていました。
シャロンが地下に潜った後、それを好機ととらえたレオパルド派の者が牢屋番を買収。
レオパルドを牢屋から出し、しばらく潜伏する予定だった。
しかし、その部下がレオパルドの尻尾が切られている事を知り、レオパルドに失望するような目を向けた。
その事でブチ切れたレオパルドは部下をその場で殺害し、牢屋番も殺した。
牢屋番の悲鳴を聞いて駆け付けた兵士を殺し逃走。城の中を駆けずり回り……。
-バン!!!-
「見ツけたゾォォォォォぉォぉ!!!!!シャろーーーーーン!!!!!こロす!!!」
執務室の扉をブチ破って現れるに至ったと言う訳だ。
レオパルドは<神獣化>スキルにより、黄金の獅子に変身していた。
更に、同時に発動した<
<神獣化>と<
そのせいで、言語が若干怪しくなっている。
更に更に、秘蔵のドーピング薬を摂取しており、短時間だけだが強大な力を得ている。当然、副作用は激しい。とても、激しい。
つまり、後先考えずにシャロンを殺すことだけを目標にしたと言う事だ。
レオパルドの獣の眼にはシャロンしか映っておらず、憎しみに満ちている。
しかし、レオパルドと同じくらい、いや、それ以上に怒り狂っている者がいた。
「だ・か・ら・さー!どうして君は僕の邪魔ばっかりするのかなぁ!僕、ジンにレオパルド関連で不快な思いはさせないって啖呵切ったんだよ!何でその日の内に前言撤回しなきゃいけなくなるんだよ!」
シャロンである。
ファロンの奥に引きこもっていたのだが、怒りのあまり表に出てきたようだ。
確かに、シャロンはレオパルドは閉じ込めて、俺の前に出さないと言っていた。
レオパルドのせいで、シャロンは俺に二度も前言を撤回する羽目になったのだ。
しかも、ユリシーズが救われて、ハッピーエンドな雰囲気が出ていた中での所業である。
「うるサい!!!オ前さえイなければ……」
「煩いのはお前だー!!!」
ブチ切れたシャロンは、レオパルドの話を最後まで聞かずに殴りかかった。
シャロンの姿は、<獣化>や<神獣化>と同じように獣のモノに変わっている。
ただ、レオパルドのように完全な獣の姿になるのではなく、二足歩行の獣のような状態だ。
全体的なシルエットが人のままなので、普段と同じような感覚で動け、能力だけは大幅に向上しているという、最も使い勝手のいい獣化状態である。
補足しておくと、これは<獣化>でも<神獣化>でもない。
そのスキルの名は<白虎>。
白虎獣人に極々々々々々々稀に発現する超レア種族専用スキルである。
簡単に言えば、<神獣化>よりも遥かに強い。
シャロンの奥の手のはずだが、怒りのあまり正常な判断が出来ていないようだ。
さっきも、俺の事をジンって呼んでいたし……。
-メキョ!!!-
「ぐべっ!?」
-ドガン!!!-
ざっくり説明すると、<白虎>シャロンのパンチがレオパルドの顔面に当たり、ぶっ飛び、壁を突き破り、バルコニーに落ちていく。
ああ、俺達が最初に城に入った時のバルコニーだね。コレも因果ってヤツ?
「逃がすかーーー!!!」
レオパルドが空けた穴から、レオパルドを追ってバルコニーに飛び降りるシャロン。
いや、逃げるも何もお前がぶっ飛ばしたんだろうに……。
レオパルド型の穴から下を除くと、倒れてぐったりしているレオパルドと、近づいて止めを刺そうとするシャロンの姿が見える。
これは駄目だ。
「マリー!止めろ!」
「はい!」
俺は
マリアの方が器用なので、レオパルドを守りつつシャロンを止めるのには向いているだろう。俺は……行動の余波がね……。
マリアはレオパルド穴から飛び降りる。
メイド服姿なので、しっかりとスカートを押さえての跳躍だ。
-バシィィィン!!!-
そして、シャロンがレオパルドに放った拳を掌で受け止めた。
地味に<結界術>でレオパルドが死なない様に守っている。
「シャロン様、そこまでにしてください」
「君は……。マリ……マリーさんだったよね?どうして止めるんだい?」
怒りの気配をそのままに、シャロンがマリアに尋ねる。
「ジーン様からの伝言です。どうせ殺すなら、俺達に殺らせろ、だそうです」
「はい?」
シャロンの怒りの気配が雲散霧消した。
いや、無理に殺せとは言わないけど、どうせ殺すならレアスキル、欲しいじゃん?
ユリシーズさんは惚れっぽいチョロインです。
たかが6千年の封印から解き放たれたくらいで惚れてしまいます。
次回、決闘イベント。タイトルは『公開処刑と光の剣』。