挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

第一部 神なる者、方舟に目覚めしこと【更新中】

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
69/76

#55 シーライフを大切にね

 三層に分かれた方舟は、各階層の南東に『海』が存在する。


 生命は海より生まれた。

 地球の環境を再現した方舟においても、やはり海は必須のものとされていた。


 ほとんどの地面は10mも掘れば方舟の構造物に突き当たってしまうところだが、海に限ってはさらに深く掘り下げられ、またそこに溜まった水は人工的に成分調整され潮水と化している。

 雨として降った水、水源から湧き出した水の終着点。蒸発しきらない分は方舟の構造物内部に回収され、また雨や湧き水へと循環していく……


 そこには多くの生物が住み、漁業資源も豊かである。海沿いに居住する者達は方舟開闢より漁業によって生計を立ててきた。

 また、その雄大な景色は人々を楽しませてもきた。単純に広いというだけではなく、海の果てには水平線のホログラム映像が投影されており、遙か遠く広大な世界を感じることができるのだ。たとえ作り物の景色であっても、遠くを見ればどこかに『壁』があるのが当然の方舟内において、海の景色は特別だった。


 そして、その日も第三階層の海は、ケミカルな腐臭と虹色の湯気を立てていた。


 ホログラム天井に日が昇る頃、漁を終えた漁船が港へ帰り着いた。

 漁業用ウィンチバリスタが多数設置された漁船の強化外部装甲には生々しい傷跡がいくつも増えており、完全密閉の防護服を着た漁師達の雰囲気は重い。今日も犠牲者が出た。一本釣りされた三つ首のマグロが不運な船員を捕食して海へ逃げたのだ。


『やはりレーザーガンの配備を増やしてもらわないとどうにもならんぞ』

『増やしてくれると思うか?』


 防護服を着たうちのふたりが通信機能によって会話をしていた(生身の声が外に届くほど甘い密封ではない)。

 彼らはもともと暴徒鎮圧用大型鉄装ナメクジの飼育員で、つまり軍属だったが、再生するのをいいことに肉を切り売りしていたのがバレてここへ飛ばされてきた。


 もちろんこの漁港には周辺に居住する漁民も出入りしているが、実を言うと、漁船に乗っているのは懲役労働者や政治犯、あるいは何らかの理由で祝福的でなかったために飛ばされてきた公務員であり、生業としての漁民ではない。

 海洋汚染が深刻化の一途をたどる中、危険な漁業はまっとうな仕事ではなくなり、祝福的な市民は安全な場所で管理を行う方向へシフトした。海は背教的傾向がある者達の償いの場だ。ロボットなどで無人化するよりも低コストで済むという利点もある。

 ここは何かをやらかした者達が追いやられる先として、慣用句的に使われるほどの定番だった。


 船に積み込まれた魚が、金白に装飾された(しかし手入れする余裕も無いのか汚れている。なんと背教的なのだろう)神聖網籠から地上へと水揚げされていく。

 当然ながらほとんどは奇形魚だ。ふたつの口で網を食い破ろうとするヒラメのような魚が地上作業員に電磁警棒スタンロッドで打ち殺された。


 水揚げ作業の傍らで、死んだ船員の体のうち残った部分が降ろされていく。もっとも、大切なのは防護服の残骸の方だった。修理してまた使うのだから。


『クソッタレだ。このままじゃ死んじまうぞ』

『そういう場所だぜ。まあ、俺達はまだマシなんじゃないか』

『どうかな……一撃死の危険がある漁か、ジワジワと死にかねない仕分けか……』


 会話しつつふたりは、漁港にある大きな工場こうばの方を見た。

 数本の太い換気用煙突からは、電子ドラッグで見るサイケデリックな幻覚のように、鮮やかなマーブル模様の煙が立っていた。


 *


『皆様おはようございます! 本日もがんばって奇形魚の目玉を数えましょう!

 皆様の祝福的な奉仕こそが教会の礎となるのです!』


 始業の合図として、電子音声が工場内のスピーカーから発せられる。無慈悲で血も涙も無い職場管理AIも、この時ばかりは喜色満面だ。

 工場の中には今日も、ケミカルな腐臭と虹色のモヤが立ちこめている。


 機械の獣の小腸のように長大なベルトコンベアが設置された工場内では、フルフェイスガスマスクと防護手袋を付けた人々が並び、次々流れてくる魚を仕分けしていた。


 汚染地帯で獲れる奇形魚は、概して毒があり、さらにその危険性は奇形の度合いにほぼ比例する。指標として使われるのは目玉の数だ。多いものほど危ない。時には一匹の奇形魚が25mプール一杯分の水を汚染することもある。

 そして、目玉の数によって出荷可能なものとそうでないものを分け、加工や発送準備を行うのがこの工場に詰め込まれた作業員の仕事だった。


 壁には書き殴ったような文字のメモが貼られている。


『2 一級品

 0,1,3~5 出荷可能

 6~8 お前らのエサ

 9~ 即死の可能性』


 もちろん完璧な指標ではなく、目玉の数が少ないのに毒性が強い奇形魚も時に存在するが、上層市民は都市部のプラントで養殖された高級品を食べており、こんなものを食べるのは一般市民なので食中毒が起きても概ね問題は無い。


「なぁ、なんで人間って目玉がふたつしか無いんだろうな?」

「変だよな……」


 並んだ作業員のうちふたりが、機械的に手を動かしながら顔を見合わせ、淀んだ目で囁き合った。

 毒素が充満する工場の作業員として日に18時間働き、さらに奇形魚(ただし食べても即死しない程度のもの)をまかない飯として食べ続けた彼らは体に毒素が蓄積しており、片方の肌はビリジアングリーンと蛍光マゼンタ、片方は白と黒に点滅していた。おそらくもうすぐ死ぬ。


 彼らは黙々と奇形魚を仕分ける作業を続けた。もはや自分たちがいつからこんな仕事をしているのか、いつまで続くのか考えるのも面倒くさい。生きてこの場所を出られる者は、少なくはないが多くもない……


 そんないつも通りの一日が始まるはずだったのだが、その日は少し様子が違った。


『皆様、作業を中断してください』


 アナウンスと共に、突然ベルトコンベアが止まった。

 疲れ切った作業員達は驚きの声も上げず、思わぬ休憩に喜ぶ元気すらない。ただ、水揚げされた奇形魚よりも生気が無い目で次の指示を待つだけだ。

 ここに飛ばされてきたばかりの、まだ正気に近い作業員だけが慌てふためいていた。


「おい、急に天気が悪くなったぞ」

「さっきまで晴れてたよな」


 ホログラム天井の青空が、いつの間にか不純タールのようなどす黒い色合いとなり、まもなく雨が降り始めた。

 工場の屋根に雨滴が叩き付けられ、やかましく鳴り響く。


『危険で……急激な天候………………機械の保護…………皆さんの命より優先…………祝福的……』

「おい聞こえないぞ! もっとデカい声で喋れ!」


 ガンガンガンガンと激しく降る雨は、アナウンスが聞こえないほどの音を立てていた。

 だが、それでは終わらない。


 轟々と、大型機械が駆動するような低く奇妙な音がどこからか響き始めた。


「なんだ、この音は……」


 それが水音だと気付いた数人が、外へ様子を見に出て行った。

 そして、彼らは見た。

 汚染された海が盛り上がる様を。


 豪雨を吸い込んだ海は異常なまでの勢いで水位を増し、さらに奇妙なことには明らかに指向性を持って『逆流』していた。

 逆巻く水流が河口へと殺到し、金と白に装飾された神聖水門を……突き破る!


「そんな馬鹿な!」


 誰かが叫んだ。重厚で堅牢な水門は、コネと賄賂の産物として過剰な血税を投入し過剰なスペックの工事が行われたものだ。それが、いとも容易く押し流された。


 ……いや、違う。水門を突き破ったのは水の流れではない。


 川を逆流する流れの先端には、見たことも聞いたことも無いような船がいつの間にか存在していた。

 飴色をした流線型のカプセルのようなそれは、無数のレーザー砲らしき砲口が備え付けられている。一攫千金を狙う海の賞金稼ぎ達が乗るシャークハント漁船のような過剰武装ぶりだ。

 申し訳程度に存在する甲板にはひとりだけ人が立っていた。

 額に魔晶石コンソールを付けた少年が。


 *


 本日の方舟は全国的に豪雨、所により海水が逆流するでしょう。

 魔法コマンドで水門を解体した俺は、七色の濁流ポロロッカに乗って船を進めていた。


 もちろんこの悪天候は俺の権能による天候操作。加えて、海の取水口を逆流させて海面を上昇させている。

 管理者領域バックヤードにあった戦闘艇は、川の逆流に押されるようにして高速で突き進む。俺はそれに合わせて周囲の地形を魔法コマンドで書き換えていった。

 川を掘り下げて海水が流れ込むようにして、ある一点からは地面を掘り進み、新たな水道を作り始める。上流からの水と海からの海水がぶつかり、俺が作った水道へと流れ込んだ。汚染海水は降りしきる雨もミックスしてさらに勢いを増す。


『クジラ ヲ マモレ!』


 俺の隣を併走するように泳ぐ奇形魚が叫んだ。


 首洗って待ってろよ、エーリックじじい……お前に奇形魚の目玉を数えさせてやる!

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。