こんにちは。Bibakoです。
なんや!こんなタイトル!自慢しぃ〜なだけちゃうか?Bibakoって奴は!
なんて、ブーイングの声が聞こえてきそうなタイトルだけど、これは、私かいいというわけでなく、今の日本人の親が『躾下手』が多いだけである。
子育て下手、躾下手というのは、親だけでなく、社会においても、後輩の育成や私の中では、より良き姿の教師の育成など、大きな意味では『人を育てる』事を、年上や経験値が高い人達が行う『人材育て』が下手な人を指している。
家の中では、人育て(社会に通用する人材育成)は、親の役目である。
しかしながら、今の日本では、躾をしなかればならない親や後輩を育てなければいけない上司、生徒を導かなければいけない教師側の人間が、それが苦手になっている。
そんな人達は、どう『人を育てると良いか?』その方法すらもわからない、また、自分本位の考え方でそれを行う人達が多く、それが『間違った躾』、『間違った人育て』になるのである。
これは、今の日本人の問題だと感じるのである。
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ちょっと前のブログにアップしたが、仕事についても、今の『阪神タイガース』のように、経営陣達やベンチが選手を尊敬、尊重していなければ、良い選手は育たない。でも、経営者や上司が社員や部下を、過度に尊重しすぎたり、尊敬し過ぎるのもいけない。バランスは大切である。
例えば、社会の中でも、部下に上司が、過度に気を遣って、正しい指導や注意ができないようではいけない。
もともとは、部下は上司に気を遣わせてはいけない!部下は、自分が気を遣え!これが、社会の常識だ!
でも、最近のエイリアン部下は、上司が自分に気を遣うのを『当たり前』だと思っているようにも思う。また、まるで感じてないようにも思う。
つまり、上司が部下に対して、何か言いたい事があっても、なにも言わないか、言っても、遠回し気味に言い過ぎて、なにも部下には伝わらない場合も多くあるという。
その事で、部下が自分のダメなところに気がつけるチャンスすらない。
反対に、上司が相手にズバリ注意すると、うちのエイリアン先生のように、自分は悪くないという姿勢を通す。
この類の人達は、人の事は良く見えているのに、自分の事は見えていない。上司に対する礼儀もなければ、上司からの注意もきかない。また、自分を反省する事がない。自己啓発皆無の人達である。
こんなタイプの人は、今の日本の中にはゴロゴロいる。
また、学校の中で教師が生徒にする体罰の言い訳としての『指導』、幼児を虐待する人が必ず言い訳する『躾』いったい、どの程度が正しい『指導』であり、どこまでが正しい『躾』なのかも、その線引きすらもわかっていない大人達がたくさん存在する。
そんな大人に、指導や躾を受けて子供が育つと、いったいどんな性格に育つだろうか?
でも考えてみると、そんな事をする大人達は、どれも、これも、遡ると家庭内における『親からの躾』または『幼少期の周囲の大人からの躾』が行き届いていない証拠なのである。
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だいたい、ぎりぎり、私世代の方々だと、『親の威厳』って結構きつい時代だったんじゃないかな?と思う。
それって、自分の子供を育てるときに、本当は大切な事なんだよ。
子供が親を怖がらないと、誰が子供に言うことをきかせるのか?
だから、お父さんとお母さんがいるのだ。お父さんかお母さんのどちらかは子供に『威厳』をもって接しておかなければならない。
でも、最近の親は子供に嫌われることを極度に怖がる!
親が子供を怖がってどうする!そんな事言ってるから『躾』ができないのである。
私の子供の頃は、親から『理不尽な叱り方』をされても、子供である立場では、『親に口答え』しても無駄になった。口答えすればするだけ、親に叱られるだけであった。でも、それだからと、親が嫌いになったか?というと、そんな事は私はなかった。
私の場合は、その場、親に腹立っても、すぐに忘れてしまうし、親も毎日叱るわけではない。たまには、好きなおやつも買ってくれるし、どこか楽しい場所にも連れて行ってもらったりもした。
子供は、昔も今も基本的には『単純』『単細胞』の生き物なので、幼少期の子供は全然叱っても平気なのだ。
でも、今は親の考え方が違う!幼少期の子供でも、大人と同じように考えて、大人と同じ感情や考えがあると、勝手思い込んでいる。
実際に子供が、ほぼ大人と同じ頭の構造や感情になるのは、子供の年齢的にも、小学校高学年以上になってからだ。
だから、その時になると、初めて、親は子供と話し合うことができるのだ。それ以前は、親が子供とは話し合っても無駄だ!
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最近は、叱らない子育てが流行り、子供に向き合う子育て主流、これは全て、私の考えでは間違っていると思う。
大人が子供を叱らないのは、以ての他であり、人に迷惑がかかる事や危ない事をしているときは、どんな場合でも、大人は子供を叱らないといけない。
言って聞かせるという行為が、通用するのも、小学校高学年からである。幼少期には言って聞かせることは不可能に近いくらい、難しい事である。だから、叱らないといけない。
子供には判断能力が無い。それができるのも、小学校高学年からだ。
だから、それまでに、していい事として悪い事、ちゃんと親が教えないといけない。
つまり、叱らない親に育ててもらうと、子供は増長して、大人になると『エイリアン』になるのだ!
幼少期にいって聞かせるのが難しいのは、大抵の子供は、大人の言葉がわからない。だから、何度も同じ事を繰り返す。優しく言ってもわからないんだから、ちゃんと叱らないといけない。
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同じ子供を叱るということでも、幼児虐待は次元が違う。
5歳の子供がお母さんの新しいお父さんに、虐待死した事件。
『もう、許してください』という手紙を書き残して亡くなった子供。日本人の皆さんには記憶に新しいと思う。
虐待していたお父さんの共述によると、『躾の一貫』だったと、どこかで聞いたようなことをいう。
幼少期の躾は、親は、子供の基本的生活習慣を自立させるだけで十分であり、あと、精神的な部分では、『していい事』『したらいけない事』を教えるだけである。
特に、危ない遊びをしていたわけでなく、普通に生活している子供に対して、躾もクソもない!
子供を殺してしまったお父さん、正直に、子供を、自分のフッぷんやストレスのはけ口にしましたと、正直に言えばいい!なにが『躾の一貫』だ!
その人が考える『躾』は、どんなことなのか?説明してもらいたいものだ!
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学校の中で教師が生徒に行う体罰もそうだ!
私の若い頃、友達先生の火付け役になってしまった、『熱血教師の青春ドラマ』。
いつもお決まりのシーンは、教師が泣きながら生徒をぶん殴るシーン。殴られた、生徒はそれで改心するのだが、それは、痛い目にあったから、改心したのでない!
教師と生徒に心の絆があり、通じあっているから、殴られた生徒も、教師を恨むことなく、自分を反省したりもするのだ!
でも、今の勘違い教師は、生徒との心の絆もできていないのに生徒を殴る。また、その殴る度合いも、何度も殴る。それだから、その行為が体罰になり、暴力ともいう。
あのね、昔のドラマのシーンでも、殴るのは一回だけである。何度も殴ると、それは暴力である。なんで、教師なのにそれがわかってないのかな?
また、ドラマの教師(年齢の設定は24-25歳)と高校生の生徒(17-18歳くらい)の年齢は近く、体力的な事や身体能力も、高校生になると、大人と同じなので、身体能力では『平等』と考えてもいい。
でも、中学生と大人、小学生と大人、幼児と大人、乳児と大人、これらは、どう考えても、大人が手をあげてしまうのは『弱い者イジメ』である。身体能力に差があるからだ。
弱い者イジメは『道徳』としてしてはならない行為である。弱い者イジメは決してしてはならない。これは、世界共通の『道徳』である。
教師は奢ってはならない。謙虚な気持ちで、生徒にも接したほうがいい。でも、それが『友達先生』ではない!
教師は生徒と友達であってはならない。教師は生徒を導く立場なので、友達のように同レベルになってしまっては、生徒は言うことを聞いてくれない。ちゃんと、生徒とは一線を引き、教師の立場が生徒よりも上である事、教えないといけない。
特に中学生は、部活で先輩後輩という上下関係を初めて体験する。だから、教師も『先輩』と同じであると教えた方がいい。それが今ないので、教師が生徒に暴力を振るわれたりもするようなるのだ!
これは、私の考えでは、もう、30年ほど前の『友達先生』の登場から、教師と生徒の関係性の何が崩れてしまったのだと思う。
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現在において、公共のマナーを守れない大人や子供、結構見かける。また、幼少期のお子さん達でも、親がついていながら、人に迷惑をかけていても、親は知らん顔。
それっておかしいな事である。親はどんな場合でも、子供には『していい事』『してはならない事』を教えて躾けなければならない。しかも、それは、小学校低学年が終わるまでに教えなければならない。
友達親子も、友達先生同様に良くない。親は子供の友達でない!絶対にそれはよくない。親が子供と友達になれるのは、子供が成長して大人になってからだ!早くても、高校生くらいからなら、まだ、いいかも?しれない。
でも、うちは、友達親子ではない!
少なくとも、私は我が子に『人に迷惑をかけるな』『親の事は大切にしなさい』と教えた。他には、子供が迷惑をかけていい相手は『親』だけであるとも教えた。その事で、うちの子供達は、ちゃんと場所や相手を見て行動できるようになった。社会の上下関係も理解できるし、それをちゃんとケースバイケースで活かす事もできる。
また、シンガポール人でありながら、日本人の灰色の部分も理解しており、シンガポール人としては、自分中心をも学習して、十分、シンガポール人の中でも、日本人の中でも対応できる『日本人と渡り合えるシンガポール人』に成長してくれた。
子供は、幼少期にちゃんと躾けないと、その後は、言うことを聞かせるのも、親が面倒になる。
それは、理屈を子供が言い出すからだ。子供も、どんどん賢くなる。子供が幼少期のうちに『鉄は熱いうちに打て』的に、早くから躾けなければならないことはたくさんある。
親が、そのタイミングを掴み、そこを怠らないようにしなければ、世の中、『エイリアン』だらけになってしまう。
そんな世も末を、あなたは見たいと思いますか?