第155話 災いの神と亜空間
1章時点で考えていたからと言って、活躍するとも、物語の本筋に大きく影響するとも言っていませんので悪しからず。
俺達6人とシャロンを合わせた7人は、王城の地下深くに続く階段をひたすら、ただひたすらに下り続けていた。
「ホント、長いわねー……」
「これでやっと3分の2くらいですわね」
「それは仕方ないよ。普通の人にとっては、アレに近づくのは相当な負担みたいだし」
ミオとセラの呟きに対し、律儀にシャロンが答える。
この階段の行きつく先に存在する『地災竜・アースクエイク』は瘴気
この世界において、『瘴気』とは魔力の一種だ。
しかし、この『瘴気』は魔力を含まない純粋な気、と言うか気配のことで、普通の人がこの気配を浴びると、気分が悪くなったり、色々な悪影響がある。
その『瘴気』の影響力はかなり広く、本体が地下深くに存在するのに、城の地下室くらいで既に影響が出始めるのだ。
俺達にその影響が出ないのは、<
この『瘴気』には、影響の出ない対象外となる者が多数存在する。
転移者、転生者、ダンジョンマスター、
つまり、見事に俺達は全員平気だったのである。
え?ハイエルフ?普通の人よりは多少マシみたいだけど、影響自体は少なくないってさ。
『八臣獣』の3人はシャロンについて来ようとしたが、地下となると『八臣獣』であろうとどうにもならない領域らしく、諦めてお見送りに来ていた。
「この階段は隠されて
ファロンはともかく、シャロンは転生者だ。
シャロンの身体である以上、ファロンの人格が表に出ている時でも平気な様子。
「理由はもう覚えていないけど、幼い頃のファロンが癇癪を起して城の者から逃げていた時、偶然階段を見つけてそのまま降りて行ったんだよね」
「その話はしないで欲しかった……」
ファロンが恥ずかしそうに言う。
「誰も追いかけて来ないのを不思議に思いながら、下に下にと降りて行ったら彼女が、ユリシーズがいたんだ」
「ユリシーズは水晶に封印されていた。でも、その幽体は水晶の外にいた」
地下には全く動かない『地災竜・アースクエイク』と、水晶のような結晶体に閉じ込め得られた……封印されたユリシーズがいる。
称号の『人柱』の存在を考えると、『地災竜・アースクエイク』を封印する人柱になっているのだろう。
「ユリシーズの身体は半透明だったから、最初は幽霊だと思った」
「あの時、ファロンはあまりの恐怖に漏らしていたよね」
「……身体はシャロンの物」
「え?そこで僕に責任擦り付けるのは酷くない?」
<幽体離脱>スキルで身体から抜け出したのだろう。
ちなみに<幽体離脱>には時間制限がある。おおよそ、レベル1につき1時間くらいだ。
また、
「近くに本体があり、意識だけが外に出ていると知った後は、色々あって仲良くなった」
「ホント、色々あったよね……」
凄い雑にまとめてきたな。
まあ、話の本筋からは大きく外れるから、聞かなくても困りはしないけど……。
「つまり、仲の良いユリシーズを救って欲しいって事だな」
「まあ、端的に言えばそうだね。もう少し踏み込んで言うと、ユリシーズには報われて欲しいんだ。彼女がこの世界の為に、気の遠くなるほど長い間身を捧げていたのかを知ったから」
「封印されている災いの名前は『地災竜・アースクエイク』。地震を司る災いの神。ユリシーズが生きている限り、封印され続けている」
俺の問いを発端に、封印の話題へとシフトしていく。
「詳しい経緯は僕も知らないんだけど、一部のハイエルフには『アースクエイク』を封印する能力があるらしいんだ。でも、基本的に封印はハイエルフが生きている間しか有効にならない。不慮の事故にでも遭ってハイエルフに死なれたら、封印が解ける可能性があるんだ」
「だから、大昔の人は恐ろしい事を考えた」
ファロンは酷く不快そうな顔をして言った。
その続きは俺も予想が付くな。今のユリシーズを(マップで)見れば一目瞭然だ。
「水晶の中に閉じ込めて、人柱として生かし続ける……か?」
「そう。動くことが出来ないから自ら死ぬことも出来ず、寿命で死ぬことも出来ない永遠の牢獄。よくこんな事を考え付いたよね」
予想通りと言えば予想通りだが、だからと言ってその所業に対する不快感は変わらない。
仲良くなった後でそんな身の上話を聞いたら、同情するのも当然だろう。
「そこまでして封印しなければならない『アースクエイク』。そんなにヤバいのか?」
もちろん、地震大国日本に住んでいた以上、その恐ろしさは良く知っている。
ただ、正直に言えば『地震を司る災いの神』と言われてもその凄さが伝わらない。
「……実はね。『アースクエイク』は今この世界にはいない。ユリシーズがその身を捧げることで、亜空間と言う場所に隔離、封印しているらしい」
亜空間と来ましたか。
ある意味、異世界とも言える。『灰色の世界』と似た雰囲気を感じるな。
もしかして、織原の次の一手だった?
「身体はこの世界にあるんだよな?」
「うん。『アースクエイク』の全てを亜空間に送ろうとすると、封印者の負担が大きすぎるんだ。魂さえ送れば身体が暴れることはないから、負荷軽減の為だろうね。尤も、残った身体の方を破壊しようとしても、傷一つ付けることすらできなかったんだけど……」
全く動かない『アースクエイク』の肉体には、そう言う理由があったのか。
「ユリシーズがその気になれば、人を亜空間に送ることも出来る。僕も一度亜空間に送って貰ったんだけど……」
「3秒で帰ることになった。本当に、何も出来なかった」
「何をされたんだ?」
極論を言えば、
あくまでも地震は切っ掛けで、その影響により生じた何かで人は傷付くのだ。
「『アースクエイク』には何もされなかった。本当に、ただそこにいただけなんだ。それなのに、地面は揺れ、隆起し、砕け、また固まった。『アースクエイク』の周囲では常に地割れが起き、粉々になった後、再び地面として固まるんだ」
「ただの地割れなら這い上がれるかもしれない。でも、割れた後にすぐ固まられたら、潰されて死ぬしかない。隆起した岩に押し潰されるか、地割れに落ちて死ぬか、地割れに挟まれて死ぬ。よく3秒ももったと思う。本当に、死ぬかと思った」
想像しか出来ないが、まさしく天変地異と言った様子。
つまり、地に立って生きる生き物には、まず勝ち目が無いということだ。
…………うん?
「1つ聞きたいんだが、騎竜に乗って来いって言ったのは、『アースクエイク』相手に空中戦をさせるためだったのか?」
「え?……あ!?」
シャロンは今気づいたと言わんばかりの表情をした。
「もしかして、考えて呼んだわけじゃないのか?」
「……うん、
てっきり、騎竜を呼んだのにはシャロンとファロン、2人共の願いを叶えるためだったかと思ったのだが、違ったようだ。
「そっか、騎竜がいれば、『アースクエイク』とも戦えるかもしれなかったんだ。今から戻って、騎竜を……ああ!でもこの階段を降りるのは難しいかも!」
「そんな広い通路じゃないからな」
人間形態ならともかく、竜形態の
「まあ、それは大した問題じゃないからいい」
「え?大した問題だよね?」
「いや、騎竜が居なくても空くらい飛べるし……」
「そんな馬鹿な……。ああ、そっか、ジンだもんね……」
『俺だから』はいつでも使える殺し文句です。いつからそうなった?
『
後は、予め分かっていた空中戦に呼ばなかったと知られると、ブルーが機嫌を損ねる、もしくは泣くので、出来れば呼んであげたいな。
「それより、俺はどうするべきだと思う?魂を殺しに亜空間に行くのか、この世界の肉体をどうにかすればいいのかって話だ」
「どちらかと言うと、魂の方が重要らしいよ。もし、肉体を破壊できても、その魂は消滅せず、封印が解けたときには身体は無くても暴れ回るくらいはするってさ。それだけで、この世界は軽く滅茶苦茶になる」
身体だけなら、<
災いの神相手に収納勝ちと言うのも面白いかもしれない。……やっぱり微妙だ。
「ユリシーズは、そんな存在を封印するため、何千年も孤独に過ごした。この世界を何千年も救い続けていた。『アースクエイク』の瘴気で精神を蝕まれながら……。だから、そんなユリシーズは報われるべき。ユリシーズの犠牲の上に生きるのはもう止めたい」
ファロンがその思いを語る。
もちろん、こっちはそんな事情まで知らないし、悪い事はしていないのだけど……。
せめて、『急いで』の一言でもあれば話は違ったんだけど、『観光してOK』って招待が来たら、そりゃあ観光しますとも。しない理由が無い。
更にしばらく階段を下り続け、ようやくユリシーズの封印された空間に辿り着いた。
それ程広くない小学校の体育館くらいのサイズしかなく、端の方にユリシーズの封印された水晶が見える。
「ユリシーズ!僕だ!シャロンだよ!」
少し歩き、水晶にある程度近づいた所で、シャロンが大声で呼びかける。
すると、水晶からぼんやりとした煙のような物が出てきて、すぐに人の形を取り始めた。
これが<幽体離脱>スキルの発動シーンだな。
ミオが一瞬ビクッとしたが、直ぐに平静を取り戻した。
怖いものが苦手なミオ的にはどうかと思ったが、ギリギリセーフのようだな。
煙は水晶の中にあるユリシーズ本体と同じ姿を取った。
ユリシーズはユリアと同じサラサラの銀髪を腰まで伸ばし(ハイエルフ特有?)、薄いローブの様な服を着ただけの格好だった。
見た目年齢的には20歳くらいで、人並みの巨乳(セラの様な化け巨乳ではない)だ。
ついでに言うと、服が薄いので色々とヤバい。
「あら、シャロンちゃん、お久しぶり!」
ユリシーズは明るい声で近所のお姉さんの様なノリで言う。
……もうちょい、悲壮な感じの女性をイメージしてた。
「ああ、久しぶりだね」
「ユリシーズ、久しぶり」
「ファロンちゃんも久しぶりね。2人とも、元気だった?」
「元気だった。ユリシーズは
ファロンの聞き方は、元気ではない事が前提の聞き方だ。
その上で、大丈夫な範囲かどうかを聞いている。
「ええ、このところは調子が良いの。だから、時間一杯お話しできると思うわ」
少しだけ表情を曇らせつつ、ユリシーズが答えた。
「ゴメン。今日は話をしに来たわけじゃないんだよ」
「そうなの?それは残念だわ。……あら?よく見たら、今日はなんだか賑やかなのね?……よく考えたら、シャロンちゃん達以外でここに来た子も初めてよね?」
シャロン達しか目に入っていなかったユリシーズが、俺達の事を認識し、困惑していた。
本当に、何千年もの間、1人孤独に過ごしていたのかもしれない。
人を寄せ付けない不気味で、無駄に長い階段を最後まで下りきる様な奇特な奴はいなかったのだろう。
「彼らは僕が呼んだ、『アースクエイク』の影響を受けない稀有な人達だよ」
「それは凄いわ!シャロンちゃんとファロンちゃん以外にも入れる子がいたのね!」
本当に嬉しそうにユリシーズが笑う。
「そして、ユリシーズを助けられるかもしれない人達」
「……………………」
ファロンがそう続けると、途端にユリシーズの顔から笑みが消えた。
「ファロンちゃん。何度も言っているけど、私を助けようなんて考えちゃ駄目よ」
その口から出てきたのは、今までの様な親愛に満ちた言葉ではなく、明確な拒絶だった。
「でも、ユリシーズは長い間1人で苦しみ続けてきた。何とかして助けたい」
「無理よ……。ファロンちゃんも見たでしょ?『アースクエイク』は人が倒せるような相手じゃないの。そもそも、災害は人が倒そうと思っていい相手じゃないわ。……私の犠牲で世界に平和が訪れるなら、それが誰にとっても1番良い事なのよ」
ユリシーズは何もかもを諦めたような顔をしている。
「ユリシーズはそう言うよね。でも、僕達だって何も考えていない訳じゃないんだ。『アースクエイク』は確かに常識外の存在だ。なら、こちらも常識外の存在を用意すればいい。幸い、僕には心当たりがあったからね」
シャロンが俺の方を見ながら言う。
常識外の存在、進堂仁です。よろしく。
「だからユリシーズ、お願い。彼等を亜空間に送って」
「嫌よ……。『アースクエイク』を倒すなんて無理なのよ。2人の知り合いを亜空間に送って、死なせてしまったら、私は2人に顔向けできないわ。シャロンちゃん達の時だって、送還するのは本当にギリギリだったのよ」
うーむ、これは説得に時間がかかりそうだな。
そんな事を思っていたら、アルタからの報告である。
A:アースクエイク、及び亜空間についての解析が終了いたしました。
お、やっと終わったのか。
実は、マップで『アースクエイク』の存在を認識した時から、アルタに解析を任せていた。
『灰色の世界』と同じように、未知の
A:お待たせして申し訳ございませんでした。
いや、気にすることじゃない。
『灰色の世界』の時は明確に
他のサポートを切ってまですることじゃないだろう。
よし、それじゃあ、説明を頼む。
A:はい。まず…………。
………………。
良く分かった。
『地災竜・アースクエイク』は只の害悪でしかないんだな。
それなら、何も気にせずに、全力で潰そう。
「うっ……」
俺が決意したのとほぼ同じタイミングで、シャロン・ファロンと言い合っていたユリシーズが急に呻き声を上げた。
「まさか!もう!?」
「ユリシーズに負担をかけすぎた!失敗!」
「一体どうしたんだ?」
2人に心当たりがある様なので聞いてみる。
「ユリシーズは『アースクエイク』の瘴気を浴び続け、精神が侵食されているんだ。簡単に言うと、正気でいられる時間はそれほど長くない」
「しょ、瘴気だけに……」
ファロンが無理をしてネタを挟んでくる。
「調子が良いと言っていたからお願いをしてみたけど、思った以上に負担になり、正気でいられる時間を短くしてしまったらしい」
「うあああああああああああああああああああああ!!!」
ユリシーズは苦悶の表情を浮かべて叫び出した。
「うあ!うわああああ!!!うああああああああ!!!」
幽体ではあるものの、身体を滅茶苦茶に動かし、転げ回っている。
あ、やっぱりパンツ穿いてない。
「うぅ……。ううう……」
しばらくするとぐったりと脱力して大人しくなった。
そのまま、幽体が薄っすらと消えていく。
「ジン、ゴメン。説得できなかった。しばらくはユリシーズにも会えないし、また明日ここに来ることにしよう」
シャロンが謝ってくるが、これはどうしようもない事だろう。
ただ、俺は大人しく待つつもりはない。
「いや、今日中に全てを終わらせる」
「え?いや、ユリシーズが居なければ、亜空間には入れないんだよ?」
「なら、ユリシーズを起こせばいいんだろ」
そう言って俺はユリシーズの本体が封印された水晶に近づく。
「ま、待ってくれ!ジン、その水晶をどうするつもりだい!?その水晶も、僕達の力では傷一つ付けることも出来なかったんだよ」
「傷つけようとしたのか?」
足を止めて聞き返す。
「う、うん。ユリシーズの話を聞いたファロンが、せめてユリシーズを閉じ込めている水晶を壊すって言い張ったんだ。『アースクエイク』をどうにかしないと、危険なだけだって言うのに聞かなくって……」
「シャロンも最後には手伝ってくれた」
「……いや、壊す壊さないはともかく、強度くらいは知っておこうと思って」
根拠があって水晶を壊そうとしたのならまだしも、一時の感情で中々に危うい事をする。
「安心しろ。水晶を壊すつもりはない。必要なら、後でユリシーズを入れ直してやる」
そう言って、俺はユリシーズを閉じ込めている水晶に触れる。
<
「マリア」
「はい」
水晶が消滅し、倒れてきたユリシーズをマリアが受け止める。
「はい?」
「マリア、ひん剥け」
「はい」
シャロンが間抜けな声を出すのを無視して、マリアに指示をする。
マリアがユリシーズの服を捲り上げている間に、俺は<
そのまま、マリアがひん剥いたユリシーズの背中に血を一滴落とす。
<奴隷術>発動。
瘴気に汚染され、弱っているユリシーズは碌な抵抗も無く俺の奴隷となった。
アルタ、任せる。
A:はい。
<
<
「う、ううん……」
「はい?」
すぐに目を覚ますユリシーズと、理解が追い付かないシャロン。
「こ、ここは……?私は……?」
「俺の力でユリシーズ、お前を水晶から出させてもらった」
「何てことをするの!?これで、私が死んだら『アースクエイク』が……」
顔面を蒼白にして叫ぶユリシーズ。
「それより、気分はどうだ?」
「え?あれ?瘴気の気持ち悪さが……消えているわ?こんなの……6千年ぶり……。私の……身体……嘘……」
信じられないと言う様に自分の身体を見回す。
「悪いが、お前には俺の奴隷になってもらった。そして、俺は俺の奴隷を守ることが出来る。これはその効果だ」
簡単に言えば、精神的に汚染され続けながら永遠に近い孤独を味わうのと、俺の奴隷になるの、どっちがいい?と言う話である。
まだ説明していないが、念話があるので孤独もある程度は埋められる。
万が一、俺が『アースクエイク』の討伐に失敗しても、ユリシーズの問題の多くは俺の配下になる事で解決するのだ。ただし、俺が死んだ場合を除く。
「奴隷……。頭が……こんがらがってきたわ……」
「ゴメン、ジン。説明をお願い」
ユリシーズは混乱し、シャロンは再起動して聞いてくる。
「悪いな。この辺の手の内は俺の奴隷か配下にしか教えていないんだ。元の世界のペットと言えども、例外じゃない」
「……僕もジンに忠誠を誓っちゃおうかな?」
『対等な立場』はどうした?
「そして、これでお前は俺の命令を拒絶できなくなった。俺を亜空間に送って貰うぞ」
ユリシーズの問題を解決しつつ、有無を言わさず話を進める良い戦術だったと思う。
「嫌!?それだけは嫌よ!唯一の友達であるシャロンちゃんとファロンちゃんに嫌われちゃう!」
「仁様、私もご一緒いたします」
「戦闘と言う事でしたら、私も行きたいですわ」
「私は……邪魔にならないように待ってます……。でも、仁君が望むなら行きます……」
「遠距離戦なら、ミオちゃんの弓にも出番はあるかな?」
《ドーラもがんばるー。でもさくらが行かないならドーラものこるー》
ユリシーズの拒絶を無視して、5人が思い思いに話を進める。
「悪いが、今回は俺1人で行かせてくれ」
「また?ご主人様も1人で戦うのが好きね……」
ミオが言うように、俺はちょくちょく1人で戦う事を選ぶ。
パーティ戦も嫌いではないのだが、基本的には1対1の戦いの方が気楽で好きなのだ。
ただ、今回のは少し意味合いが違う。
「仁様、私は足手纏いでしょうか?」
「正直、ご主人様に随分と離されているのは否定できませんわ。でも、マリアさんくらいは連れて行ってもらえません?」
マリアが悲痛な顔をして、セラがそんなマリアを憐れに思って問うてくる。
「足手纏いとは思っていない。ただ、今回は本気出すから一瞬で終わる予定なんだ。一瞬で終わるのにぞろぞろと行くのも無駄だと思ったんだが……。マリア、来るか?」
「はい!どこまででもお供いたします!」
となると……。
《ブルー、一瞬で終わる空中戦っぽい戦いがあるんだが……》
《行く!》
と言う訳で、ブルーを『
「……また、常識外の事が起こった。いや、良いんだけどね。その方がジンの強さに確信が持てるから。でも、これはあまりにも……」
ブルーが急に飼育小屋から消えたら、びっくりするだろうな。後でフォローしておこう。
なお、シャロンのボヤキは無視です。
こうして、俺、マリア、竜形態のブルーの準備が整った。
「ユリシーズ。選ばせてやる」
「な、何を……?」
不安げな表情をしているユリシーズ。
「俺達を亜空間に送る時、俺達の勝利を信じてそのままの格好で待つか、俺達の勝利を疑って水晶の中に閉じ込められて待つかだ」
「水晶に戻せるの!?」
「ああ、戻せる」
俺は<
「す、凄い……。アイテムボックスもないのに……」
「いざという時の事を考えれば、水晶の中で待っていた方が安全だな。ただ、俺が死んだら、次はいつ外に出られるか不明だが。今度は6千年で済むと良いな?」
「え……」
水晶と言う守りが無いと、ユリシーズの突然の死を防げない。
俺の敗北を考えると、ユリシーズは封印されたままの方が良いだろう。
「選べ、お前の未来だ」
「……………………もう、嫌よ」
しばらく考えを巡らせていたユリシーズが呟いた。
「ずっと1人なのは嫌!瘴気で辛いのも嫌!苦しいのも嫌!自分が自分でなくなる感覚も嫌!どうして私がこんな目に遭わないといけないのよ!私が何をしたって言うの!何もしてないわよ!何かをする余地すらなくこんな所に閉じ込められて!暗いし!薄気味悪いし!食べ物だって食べられない。水晶の中では眠ることも出来ないから、ずっと意識だけは残り続けて!なんていう拷問なのよ!何も悪い事なんてしてないって言ってるでしょ!友達もシャロンちゃん達が来るまで6千年も出来なかった!来たのが女の子だから恋なんて夢のまた夢!永遠って何よ!いつになったら終われるのよ!誰か!誰か助けてよ!」
堰を切ったように捲し立てるユリシーズ。
6千年分の鬱憤を晴らすにはまだまだ言い足りないだろうが、ここらで終わってもらおう。
「良いだろう。助けてやる。だから、俺を亜空間に送れ」
「もう知らない!どうにでもなればいいのよ!」
自棄になったユリシーズが、俺達に<封印術>による亜空間転移を仕掛けた。
俺達はユリシーズの<封印術>を抵抗せずに受け入れ、亜空間へと転移する。
どうやら、ユリシーズが気を利かせて空中に転移させてくれたようで、ブルーはそのまま飛翔することが出来た。
「シャロンの説明通りの空間だな」
飛翔するブルーから眼下を見下ろして呟く。
ただし、その呟きは周囲の轟音にかき消されて誰にも届かない。
まず、俺達の真下には件の『地災竜・アースクエイク』がいる。
えーと、全長は10kmくらいか?
A:12.3kmです。
アルタなら当然、正確な値も分かるよな。
『灰色の世界』とは異なり、この空間の事は既に解析済みみたいだし。
名前に『地』の『竜』と付いているが、その姿はデカいイグアナのようにも見える。
まあ、竜をトカゲの仲間と捉えれば、大きな間違いはないとも言えるが……。
その超巨大イグアナを中心に、全長の数倍、下手をしたら十倍に届く範囲の地面が隆起と崩壊を繰り返しているのである。
地面が隆起しては砕け、当然のように轟音が鳴り続けるので、会話なんて出来る訳が無い。
それでいて、『アースクエイク』自体は特に動かない。
『アースクエイク』の足の下だけは地面が隆起しないのである。
確かに、こんな奴が世に放たれたら、まともな文明はあっという間に崩壊するだろう。
まさしく、生きた災害とでも言うべき存在だ。
最終試練の微妙にショボい連中とは異なり、存在すること自体が世界に対する脅威と言っても過言ではないだろう。
つまり、ユリシーズが世界を救っているというのも、決して大袈裟な話ではなくなる。
ちなみに、この亜空間は直径1万km程の球体、つまり星のような場所である。
そして、この中には地面と空しか存在せず、人は元より生き物と呼べるようなものは存在していない。その空も地面が砕けた際に生じる砂ぼこりでまともに見えないし……。
さて、一通りの観察も終わったことだし、そろそろ『アースクエイク』に引導を渡してやるとするか。
《それじゃあ、ちょっと一発殴ってくる》
《お気を付けて》
《頑張ってね》
悪いな。
お前に対して何の恨みも無いけれど、お前の存在自体が世界とは相容れないんだ。
意識が、自我があるのかは分からないけど、もしあるのなら恨んでくれて構わないぞ。
俺は拳を握り締め、ブルーから飛び降りる。
『地災竜・アースクエイク』。その一番の死角である、真上からの攻撃である。
「消え失せろ」
俺の本気の一撃。
たかが災害を司る神程度が、受け止められる物なら受け止めて見せろよ。
次回、アースクエイク死す。
他にはボルケーノ、テンペスト、タイダルウェイブを予定しております(盛大なネタバレ)。