#50 笑顔の絶えない職場です
スペースに余裕が無いため、ちんまりとした一口サイズだ。
天井の照明器が無機質で無感情な明かりを投げかける。置かれた椅子や机は、無駄に黒くて謎の素材でセルリアンブルーのラインとか入ってるもの。意味も無くSF調。
そこに居るのは俺、榊さん、族長、アンヘルが操るボディのみ。一行の最高会議といったところだ。
「被害者は?」
「……現時点でのカウントは、死者行方不明者あわせて86名です。うち、敵に拉致された者が5名。残りは攻撃による死者です」
「くそっ……」
誘拐犯どもの追跡は諦めざるをえなかった。
俺が
『千里眼』と『順風耳』は、方舟の全てを見通す神の権能。とは言え、アンヘルによる自動監視が働くのは俺から10km圏内でしかない。
それより遠くを見ようと思ったら……特定の場所を見ることはできるとしても、一旦見失った人物を発見し追跡するのは極めて困難だ。デタラメに周辺の監視画面を開きまくって、どれかにヒットするのを願うしかない。そして、それは失敗した。光学迷彩なども使われているはずだ。
「もっとも、死者の規模で言うなら、これは昨日の戦闘と比べても大したものではありません」
「多い少ないの問題じゃないと思いますが……」
族長さんはそれ以上何も言わなかった。
族長さんの感覚では、これは犠牲者が少ない方に入るのだろう。更に言うなら移動に際しての犠牲も最初から覚悟していたのかも知れない。俺がその結果を受け入れられないというだけで……
「殺さずにさらっていったのは、なんでだろうな……?」
「分かりません。我らはこれまで攻撃を受ける際、常に殲滅を狙われておりました。生かして連れ去るような真似は、街へ物資調達に出た者が隠れ里の位置を探し当てるために拘束される場合くらいです。
なんぞ要求を突きつけるためではないかと思われますが、先の戦闘での捕虜も目的は知りませなんだ」
言いながら族長は、タブレット型の端末を操作する。
*
画面に映し出されたのは、椅子に縛り付けられた操縦者の男だ。
何やらよく分からない、医療機器みたいなマシーンが並んだ簡易拷問室。
捕虜は、爽やかかつ穏やかな笑顔で虚空を見つめて微笑んでいた。
『私は祝福的で心穏やかです』
『今回の作戦の目的はなんだ! 吐け!』
拷問官らしい祭司の一族が、白と金に装飾された神聖ねこじゃらしで男の顔をくすぐった。
男は恍惚とした表情のまま質問に答える。
『私は祝福的で心穏やかですが知りません』
『連れ去られた俺たちの仲間はどこに居る!?』
『私は祝福的で心穏やかですが知りません』
もはや正常な判断力が無いのは明らかなのだが、核心に迫る質問は何を聞いても知らぬ存ぜぬ。
『自分が何をすればいいか』だけ聞かされていて、作戦の全貌は知り得ていなかったという感じだ。
『時間だ、そろそろ再調整を』
『ああ』
拷問官Bに言われて、拷問官Aは何か変な機械を取り出す。
金と白に装飾され電球がいっぱい付いた神聖サイバーハチマキみたいな代物で、拷問官Aはそれを捕虜の頭に着けた。
機械のダイヤルをひねると、ハチマキの電球が点灯!
その途端、捕虜の男は快感に悶え始めた。
『あはっ、あははははっ! 幸せです! 祝福的です!』
『声に出してみましょう。『私は祝福的で心穏やかです』。さん、ハイ』
無慈悲で優しい合成音声のアナウンスが捕虜を責め苛む。
『私は祝福的で心穏やかですぅ! 私ら祝福的れ心穏やかれしゅうぅぅぅぅ!!』
*
ブツン……
映像は途切れ、俺はそれ以上捕虜の痴態を見ずに済んだ。
「ご覧の通り、捕虜には少しばかり幸せになっていただきましたが、何も情報が得られませんでした」
「しあわせそうでなによりです」
人道のカケラも無い光景を見せつけられた俺は、もはやそう言う他になかった。
とにかく、こいつから得られる情報は何も無さそうだ。
「申し訳ありません。あのムラマサという男、私が取り逃がさずにいれば、鎖で縛り上げて鉄板の上で焼きながら尋問できたのですが」
「そこで拷問の具体的イメージって必要?」
榊さんは心底残念そうだった。
片腕を失ったムラマサは、意外に早く撤退したらしい。
目的を達成した以上、もはや十全には戦えないのに戦果を欲張る必要も無いと言うことか。
まあ俺としてはそれよりも榊さんが無事で良かったよ、本当に。
「とは言えおそらく、奴も作戦行動の具体的目的については知らなかったことでしょう」
族長さんの言う通り、ムラマサを捕まえていたとしても情報が増えた気はしない。
嫌な感じだ。誰かがチェスや将棋の駒みたいに人を動かしている。あのムラマサすら駒でしかないのだ。
そして俺たちは盤上を逃げ回っている。どうやって俺たちを詰ませるか、相手はゲーム盤を見下ろすように俯瞰して、着々と段取りを消化している……
と、突然アンヘルが小刻みに振動しながら8bitサウンドでゴジラのテーマを流す。なんだその選曲は。
「……誰だ?」
「民間ネットワークの回線を通じた通信……いえ、データ送信です。発信元は教会本部の外部接続用端末」
俺の全身に、いや部屋全体に緊張が走った。
「教会からだって?」
「はい。
教会本部のネットワーク本体は電子攻撃を警戒し、外部接続不可能な
アドレスとか教えた覚えは無いんだが……こないだの、族長から俺宛の緊急通信をしっかり探知されてたわけな。
「何のデータだ?」
「映像データです。ウイルスなどの混入は確認できません。よろしければ受信・再生いたしますが」
「……やってくれ」
言うと部屋の照明が落ち、アンヘルの両目がプロジェクターのごとく光り、壁に映像を投射した。お前そのボディどういう改造してんだ。
*
映し出されたのは……なんかいかにもどこかの古城の地下拷問室みたいな暗い部屋。
そして彼らの背後には、アルマジロのように鉄の防具を張り付けた巨大なナメクジが繋がれている。走るのを止めたらどうなるかはあんまり想像したくない!
5つ並んだルームランナーの上で走らされているのは拉致された5人。
そのうち4人は例の神聖サイバーハチマキを着けられ、ゴールテープを切るマラソン選手ようなキラキラした笑顔で走り続けている。宙を舞う汗が輝く!
苦悶の表情を浮かべているのはひとりだけだった。
『私は祝福的で心穏やかです』
『私は祝福的で心穏やかです』
『私は祝福的で心穏やかです』
『私は祝福的で心穏やかです』
『ハァッ……ハァッ……うぐぐ……
お、俺は今……メッセージを送らされるために、正気を保たされている……
教会は……俺達を、公開処刑すると言っている!
今から一週間後……ハァッ……ハァッ……正午からだ! 一日にひとりずつ、冒涜の限りを尽くし……ッ!
場所は聖都……それまで俺達は、教会本部の牢獄に……ハァッ……ハァッ……
く……来るな! 助けになど来るな! 俺達はこれでいい! 本望だ! 真なる神に栄光あれ!!』
『おい、余計なことは喋るな!』
カンペを読まされていたらしい彼の頭にも、神聖サイバーハチマキが無理やり装着される!
『や、やめろ、やめ、もうそれは嫌だ、ああああ――――っ!!
…………私は祝福的で心穏やかです』
ランナーズハイのような笑顔が五つ並ぶ。神聖ルームランナーの駆動音が薄暗い部屋に反響していた。
*
ブツン……
映像はそこで途切れ、アンヘルプロジェクターも停止。部屋の照明が徐々に明るさを取り戻した。
「これは……」
「罠でしょう」
間髪入れずに族長さんが断言した。
言いにくいことをこうもハッキリと……
「あからさまですね。処刑の期日と、捕らえている場所を言って……」
「我らを穴蔵から誘い出す気でしょうな。いかに教会と言えど、
俺もふたりの見立てに同意だった。
……と言いたいところだが、喉の奥に小骨が刺さったみたいな違和感が拭いがたい。本当にそれだけなのか? 単純すぎやしないか?
戸惑っている暇も無かった。どこからか、俺以上に戸惑った調子のどよめきがあふれて、この部屋まで聞こえてきたのだから。
一族の皆さんが入居している即席アパート(敷礼無し)の方からだ。
「なんだ? なんか、騒ぎが……」
「何かトラブルでもあったのでしょうか」
神経を逆撫でする不穏などよめき。
俺たちは焦りに突き動かされるように(アンヘルはいつもの調子でついて来たが)会議室を飛び出した。