#49 うしくんかえるくん
俺は限界速度で草原の上を滑るように飛翔していた。
『千里眼』のホログラム画面が、ゲームのコクピット表示みたいに視界の隅に追従し、さらに戦闘領域までの残り距離をリアルタイムで俺に告げている。
「アンヘル、誘拐犯どもはまだ見えないか!?」
『逃走中の浮遊車輌、捕捉困難です。
後方のアンヘルから脳内に通信が入った。
「くそっ……まずはそっちを始末しろって事か!」
サーバーを介してナノマシンと通信を行い、辺りを探知しながら俺は進む。
爆発音や鬨の声が二時半の方角から聞こえてくる。だがそれはおそらくフェイク。一見すると何も起こっていない正面方向が真の戦いの舞台だ。
音や光を使った、幻影による攪乱。高度なレーダー機器すら誤魔化す完璧な偽装だ。
これだってなかなかの
『推定戦闘領域10km圏内まで、3、2、1、コンタクト!』
アンヘルのカウントダウンが終わると同時、俺の頭には膨大な通信トラフィックが飛び込んできた。
「
猛進のスピードを緩めず、俺は吠えた。
命令が及ぶ全てのナノマシンに『何もさせない』という絶対的命令を下す。
神の命令は最優先。戦闘用の
書き割りの背景が崩れ散るように、『千里眼』画面に戦いの光景が再表示された。
いや、それは『戦いの光景』ではなく『戦いだった』と表現するべきか。
「天罰……覿面っ!」
Zap! Zap! Zap!
未だに残っていた浮遊車輌兵士を、天より落つる裁きの光が駆逐!
いや、殺してはいないけどね。操縦者を麻痺させられた金白装飾の神聖浮遊バイクは、蚊取り線香と殺虫剤のデュエットに突っ込んだ蚊のようにどたばた落ちていく。
後に残ったのは、レーザー耐性防具を身につけていた
「なんなんだ、あいつ……?」
『
「うわぁ、なんかグロい……でもなんで有線接続」
『無線接続であれば私がハッキングを行い無力化できますゆえ』
ああ、そうか。連中そこまでこっちの手を読んでるのか。
魔法を封じられた
と思ったその時だった。
「……ん?」
俺どころか榊さんより一回り小さいんじゃないかという人影がゴム鞠のように激しくバウンド。
さらに別のひとりが綺麗な放物線を描いて蹴り飛ばされ、回し蹴りで数人まとめて薙ぎ倒される。
……いや、待って。強くね?
取り囲む人々が散発的に銃撃を浴びせる。
ちゅいーん。
レインコートの下に鎧的な何かも身につけているのか、あるいはムラマサみたいに体を機械化しているようで、当たり所が悪い銃弾は跳ね返っている。数発はちゃんと命中したようだが、ひるみもしない。
「どうなってんの、あいつ!」
『戦闘AIに格闘専用のプログラムもインストールされていたものと推測。また、
「俺が
『自己身体強化は他の
「その話は後で!」
そりゃそうだ、チャフん中でも俺の体は頑丈なままだったんだから、敵も同じ事ができて不思議じゃない。仮に俺レベルの身体強化だとしたら銃弾じゃ意味が無い。そしてレーザーガンは耐性防具で防がれちまう!
尻尾のように操縦用コードをたなびかせ、
コードを切り離した操縦者は、墜落した浮遊バイクを起こしてひとりだけ逃げようとしている。
あの野郎、最後に『暴れろ』とでも命令して操作を放棄したな。
その間にも俺は飛翔。高速道路でもパトカーが追いかけて来そうな速度。
前方にナノマシン停止命令をかけながらだから、飛行にも細かい制御は利かない。ひたすら一直線に最大速度でぶっ飛んでいくだけだ。だがそれでいい。
『千里眼』を介さず、前方に目視で戦闘が見え始める。豆粒のようだった人が、みるみるうちに大きく……
「……ほぉぉおぉぉぉぉ…………!」
飛びながら俺は、空中で無理やり体をひねった。勢いは殺さず、可能な限り飛行の方向を微調整。そして。
「アチョ――ッ!!」
超高速マジカル跳び蹴りが
しかし、そいつはすぐに起き上がり俺に向かってくる。レインコートのような防具で全身を覆っている上、僅かに見える顔はVRのヘッドセットみたいなヘルメットでほぼ覆われている。機械的な動作と、そんな不気味な外見も相まって、シミュレーション内で戦ったアンヘルを思い出した。
「みんな、下がってて!」
「お、お助けくださいましてありがとうございます!」
別働隊の皆さんは五体投地の勢いで感激していた。
俺が蹴りをかいくぐって掌底を繰り出すと、
俺はその一撃を、急所を逸らしながら敢えて受けた。……さすがにちょっとは痛いが、いくら身体強化されていようと軽量級。俺には大したダメージにならない。
時間稼ぎとしか考えていなかったんだろうが、格闘戦を挑ませたのは失敗だぜ、操縦者さん。
俺はレインコートのような防具『
「悪い、急いでるんだ」
べりっ!
……白く滑らかな肌があらわになった。
俺の跳び蹴りにぶち壊されたプロテクターが『
肉付きの悪い体には、無数の
だが問題は別の部分にある。
肩の細さ。平坦ながらもある程度の曲線が見て取れる胸元。
「女の子……!?」
プロテクターに接続されていたケーブルに引きずられ、ヘルメットが転げ落ちる。能面のように無表情な女の子の顔が現れた。
危うく儚い雰囲気の美少女、というのが第一印象。灰色の眼はガラス玉みたいに無機質で、肌の色は病的に白い。防具の邪魔にならないショートヘアは、色あせたような赤。
上半身裸にされた彼女は何の感情も見せず、ただ俺への攻撃を継続する。
「ぶ!」
アッパーカットがアゴに刺さる!
セクハラにブチ切れたわけじゃなさそうだ。
宙返りをして俺は受身を取った。
「くそ……跡が残ったらごめんな! 天罰……覿面!」
Zap! Zap! Zap!
肉体の動きを止めた次の瞬間、第二波が飛来! 無数の
俺は剥ぎ取った『
「なんとかなったか……で、後は……」
俺が助けに来たことで手が空いた別働隊の皆さんは、逃げようとしていた操縦者を既に包囲していた。
そいつが使おうとしていた浮遊バイクはと言えば、誰かの攻撃が機関部に直撃したらしく煙を上げている。
「ホールドアップだ、投降しろ。命までは取らないぞ」
「ひ、ひいっ!」
全身にマシンコンソールみたいなガジェットを着けた小男。こいつが
「ぐっ……だ、だが! しょせん
俺の力を見せてやるぁ!」
破れかぶれのような勢いで、操縦者の男は俺に跳びかかってきた!
* * *
……3秒後。
そいつは俺の顔面パンチを食らって、仰向けに倒れて痙攣していた。
「ふっ……だから言っただろ…………俺の力を……見せる……って…………」
「強いとは言ってない!!」