#47 鼎は重いか
あまり間を開けないようにと言いつついきなりこのザマですが、都合が付く限り書いておりますので気を長くしてお待ちくださいませ……
別働隊が出発したのとほぼ時を同じくして、ムラマサの動きが鈍った。
……鈍ったと言うよりも、様子見?
刀を挟んで俺達は、柔道の試合みたいにつかみ合った状態のまま睨み合う。
「実際、お前……」
やおら、ムラマサは口を開く。
「ガキのくせによくやってると思うぜ。
その力、そして何より仲間を見捨てないその心意気。反逆者にしとくのがもったいないくらいだ」
「そりゃまたどうも」
状況が状況だけに、あんまり褒められてる気はしない。
って言うかこいつなんで急にこんな無駄話を?
こっちとしては時間が稼げるならば大歓迎。頭ん中に響くアンヘルのナビゲートは、目的地である
あくまでも状況を面白がっているようだったムラマサの顔が、俺の顔を覗き込むようにしながら突然シリアスになる。
「お前は……何者だ?」
「だから言っただろ。俺こそが神だ。こいつが冗談や、俺の頭がおかしいだけならどんなによかったか」
「俺はどっちかに全財産賭けろって言われたら、お前の頭がおかしい方に賭けるぜ」
「……お前は知らないんだな。クララは知っていた」
俺がその名前を出すと、ムラマサの顔色が変わった。
訝しんでいるだけじゃない、それ以上の何かに。
「クララ……だと?」
「昨日、ちょっとバトったんだ。あいつは知ってたぜ、俺が本物だって。
それでも尚あいつはシャルロッテのため教会についてるみたいだけどな」
俺はせいぜい皮肉っぽく笑ってみせた。『知らないって事はお前大したことない地位なんだな』的な雰囲気漂わせて。
そりゃー、いくら極秘部隊の兵士とは言え、『眷属』……つまりお飾りの最高権力者とは言えその側近になった奴と情報格差があるのは仕方ないだろうけど。
「教会は偽物の神をお飾りに立て、本当に力がある本物の神を封じ続けてきた。
この世界に恵みをもたらす力がある本物の神を……ただ権力を握るのに邪魔だからって理由でな!」
ドガシャアアン!!
俺の意を受け、青天に霹靂が走る!
一天にわかに掻き曇り、ポツリと冷たいものが俺の頬に触れた。
そして霧のような雨が降り始めた。
「……妙な手品を使いやがる」
「おかげさまで劇場は大入り満員だ。マナーの悪い客ばっかりだけどな」
ムラマサはニヒルに失笑した。
その顔を雨滴が流れ落ちた。
「仮にそれが本当だとしよう……
俺ひとりにここまでやられているお前に何ができる?」
「あん?」
「歴史を紐解けば分かる。神あっての教会ではない。教会あっての神だ……
政治と統治の機関である教会があって、初めて神は世界に君臨できる。
教会に見捨てられた神だと? そんなものはもはや混乱の種でしかない」
どっかで聞いたようなことを言いやがる。
だがその言葉。俺は絶対に受け入れられない。
「俺が居なければ……世界はどうなる! 壊れ続けて、しまいにゃ誰も住めなくなるんだぞ!」
「誰も、は嘘だな。生きられる奴は減る。だがその減少はどこかで止まる。
テクノロジーの力をなめるなよ。人口を1/10程度に絞れば、人間は全く環境に頼らずとも生きて行けるそうだ……そして俺は間違いなく1/10に入れる側で、そうやって蹴落とすことを悪いとは思わん」
実際、悪いとも思って無さそうな口調だった。ただ淡々と事実を告げる調子でムラマサは言った。
なるほどな、と俺は思った。怒りのあまり頭の血が引いていくような感覚と共に。
目の前のムラマサに対して怒ってるんじゃない。このどうしようもない状況にだ。
少なくとも教会のてっぺんの連中は同じ事を考えているに違いない。
轟々と音を立てて地面は流れ続ける。風のうなりの合間を縫って、破壊されたレーダー機器の立てるスパーク音が聞こえる。
メテオ砲撃は止まっている。
遠くから魔法の炸裂音が断続的に轟き、
刀を挟んで掴み合ったまま、俺はムラマサを睨み付けた。
「ちと見直したぜオッサン。一瞬で俺の話を受け入れて、それを前提に先のことまで考える。化石みたいなナリのくせに柔らかい頭してんじゃねーの」
「若者に褒められるのは悪い気がしないね」
「……ならどうして、それで切り捨てられる側の痛みが想像できないんだ。
踏み躙られる弱い人々を見て、どうして平気でいられるんだ」
「それが、あんたが教会と事を構える理由か。マサル・カジロ」
ムラマサの目に暗い光が奔った。
「綺麗さっぱり直った世界で、統治者たる教会を失って無秩序になり、みんなで血みどろの殺し合いか? そいつぁいい。俺は人殺しが得意だからな、食いっぱぐれる心配は無さそうだ。
だけど『弱い奴ら』はどうなるかな。あんたが全員守るのか? 俺ひとりにこれだけ殺られたあんたが、どのツラ下げて『守る』と言える?
それとも自分に従う教会を1から作り上げるのか? 曲がりなりにもこの世界を統治してきた千人万人からなるプロの政治屋行政屋達を、ひとり残らず暴徒鎮圧用大型鉄装ナメクジのエサにして、てめぇのイエスマンで固めた
俺は奥歯を噛みしめた。
……それを、全く考えていなかったわけじゃない。だけど痛いところを突かれたのは確かだ。
教会を倒す。虐げられている人々を解放する。そう言うのは簡単だ。
だけど、そのためにはどうすればいい?
いくら世界の管理者だからって、俺が世界中のご近所のトラブルや借金の利息過払いまで解決できるわけじゃない。そんなことしてたらプラナリアのように分裂できたとしても体が足りない。
うすうす考えてはいたけれど、その問題を突きつけられた。
いやまあ、目覚めたのもつい最近だし世界を救おうって決意したのもつい最近だから、もうちょっと考える時間欲しいってのも正直な所なんだけど!
答えられずにいる俺を、ムラマサは笑わなかった。
ただ……クイズを出して考え中の回答者を見てるみたいな顔をしていた。
「……どっちに転んでも構わないって顔してるな。
あんたは本当に教会が大事なわけでも、この世界の秩序とかいうのが大事なわけでもない」
「あたぼうよ。だがどうでもいい話をしてるわけじゃねぇ。
俺は所詮、命令されて剣を振るだけが仕事のしがない兵士だ。
考えるのは俺の仕事じゃねぇ。だからこそ俺は、考え無しが高いところから命令するのは気にくわねぇんだよ。敵でも上官でもな!」
ムラマサは怒っているわけではなかった。
俺を見下しているわけでもなかった。
それは俺のことを、ただ排除する対象としてしか見ていないからだと、俺は気付いてしまった。
我ながら情けないっつーか、ふがいないっつーか。
巧く言い返す言葉は見当たらない。
だけどそれを、諦めたりくじけたりする理由にしてなるものか!
「考えているさ。世界のことを。みんなのことを。
そのためなら俺はなんにでもなってやる!」
教会に切り捨てられる人々を救わずにいる理由にはならない。『じゃあ俺には無理だな』じゃなくて、どうにかする方法を考えなきゃならないんだ。だって俺はもうこの世界を救うと決めちゃったんだから。
もし俺が手を出せば出すほど世の中悪くなるってんなら、その時は諦めて世界の裏側にでも引きこもるさ。だが、まだそうと決まったわけじゃない!
ありがとよ、オッサン。キツイこと言ってくれて。
その戒めを抱えて俺は先へ進む!
ムラマサは歯を剥いて笑った。
「青いな、若いな、嫌いじゃないぜそういうの。だが付き合うのは御免だ!」
ムラマサが膠着状態を破りに動く!
掴み合った俺を刀ごとぶん投げる勢いで身をひねった。
だがそこへ俺は、土の槍を地中から繰り出す。
ギリギリ俺の頬をかすめるような位置で鋭く死の穂先が繰り出され、ムラマサの顔を串刺しにせんと迫った。
「ぬお……」
「らあぁっ!」
ムラマサの反応は、早い!
ガギン!
金属質な音を立てて蹴りが交錯!
ふたりのキックにサンドイッチされた土の槍は砕け散り、さらにムラマサは一歩距離を離した。
もはや徒手空拳の俺は、刀が相手じゃ分が悪い。
だがそれも……ここまでだ。
突如、地面が揺れる!
いや、流れていた地面の急停止だ!
「ぐぬっ!」
ムラマサがほんの僅かよろめいた。さすがは百戦錬磨のサイバネ強化兵、晒した隙は一瞬だ。
だがしかし! 毎朝満員電車で通学していた日本人高校生をなめてもらっちゃ困る!
急ブレーキに対応した俺は距離を詰め、渾身の腹パンをぶちこんだ!
「がっ!」
コンクリの壁でも殴ったような重い手応え!
レインコートみたいな外套と重々しい鎧で武装したムラマサの巨体が、浮いた。
それでもしっかり刀を掴んだまま吹き飛んだムラマサは、チャフ散布機から吹き出す粉塵によって山吹色のアーチを描き、そして接地するなり鋭い受身を取った。
「残念だったな、オッサン。時間切れだ」
臨戦態勢を取ったムラマサだが……そのまま動かない。
俺達が戦っていた場所はベルトコンベアから切り離され、民族大移動の行軍は前方へ流れ去っていった。
その先にあるのは、草原のド真ん中に屹立する謎の塔。
『全員駆け込め! 荷物は無くしちゃダメなもの以外放棄しろ! 持って行ければ後で運ぶ!』
『天啓』の権能をもって俺はアナウンスした。
去りゆく数百の背中を、ムラマサは腹を掻きながら眺める。
「あの先に世界の裏側があるって事か」
「行かせないぞ」
「行かねぇよ。……その必要は無い」
背負うように刀を構えたムラマサは、ジャリッ、ジャリッ……と鍔を鳴らしながら近づいてくる。だがその動きは嫌に悠長だ。
「教会を馬鹿だと思ってもらっちゃあ困るな。
俺の仕事はここまでだ。後は行き掛けの駄賃に、てめぇらの首でも貰えたら最高なんだがな」
皮肉っぽい言い回し。ムラマサが無精ヒゲを生やしているというどうでも良い事実に俺は気が付いた。
なんだ? こいつは何を……
逃走を許したというのに悠長に……
いや、待て、俺は、時間を稼がれていた? あまりにも殺意マンマンの戦いぶりではあったが、その合間のムーブは妙に余裕だ。
もしこいつの目的が、俺を殺すことでないとしたら? 俺の気を逸らすなり、何かの時間を稼ぐなり、それが目的だとしたら……
「アンヘル、別働隊は!?」
「現在、10km圏外で戦闘中につき『千里眼』『順風耳』にて探査が可能な範囲を超えております」
レーダー機器などによりますと異常はございませんが」
……嫌な予感がする!
俺はとにかくみんなが向かった辺りの座標をデタラメに指定しまくって、大量の『千里眼』画面を呼びだした。
エメラルドグリーンのホログラム画面が俺を取り囲むように無数に表示される。
「ほう……」
見物モードのムラマサが感心した声を出した。
「くそ、なんだ? どこに居るんだ? 全然……」
「賢様。視覚情報がカメラに対し偽装されている可能性があります。雨滴の流れに僅かながら不自然な点が」
「天罰!」
『千里眼』画面に大量の照準マークが表示される。
「覿面!!」
Zap! Zap! Zap!
画面内と、すぐ近くの空が赤く輝く。そして……