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昏き宮殿の死者の王 作者:槻影

第三章

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第二十話:侵食

 棺桶の中に入っても、脳裏に渦巻く黒い感情は微塵も治まる気配はなかった。

 暗闇の中、必死に深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


 この魔王軍は最低だ。公平性に欠いている


 僕と人食いの決戦は乱入者――魔王ライネルによって止められた。どこから見ていたのだろうか……もしかしたらだいぶ距離はあるが、城の中から観察していた可能性もある。

 後十秒、割っているのが遅ければ、僕に毒針を突き刺し呪われた炎で焼き尽くした人食いの首を刎ねられたのだ。


 しかし酷い話だ。僕が死にかけても助けが入らないのに人食いがちょっと傷だらけになっただけで助けにくるなんて……まぁ、僕は魔王軍の一員ではないし味方でもないのだが、あんまりである。

 モニカも僕に人食いの情報を教えてくれなかった。教えてはくれたが、情報に致命的な欠落があった。


 やはり信頼できるのはセンリだけだ。


 いい。人食いを取り逃したのは、いい。既に勝敗は決した。次に相対したその時には間違いなく殺せる。

 許す道はない。奴は信用できない。奇襲で、まるでゴミ屑のように、殺してやる。殺して、その存在を取るに足らない事のように忘れてやるのだ。


 問題は、魔王ライネルの方だ。

 あれは――勝てない。少なくとも今の僕では間違いなく勝てない。

 昨晩の決戦場で相対したライネルは一目で僕にそう確信させるだけの力を誇っていた。


 闇の中、地面を踏みしめる太い脚も、その巨大な体躯も、そして鬣も、何もかもが不思議な金色に輝いていた。


 魔王ライネルは――金色の獅子だ。何の絡繰りもない正当で偉大なる獣の王だ。


 見た目はただの獣だった。ただし、その体躯は人食いを遥かに超えアルバトスを超え、ロードが最後に生み出した黒の邪竜に匹敵するだけの巨体を誇っていた。にもかかわらず、地面に着地したその瞬間、足音がほとんどしなかった。

 至近から顔をあわせた僕はその全容を窺うことすらできなかった。


 その声には落ち着きがあり、人食いが持っていたような揶揄するような響きもなかった。顔は人間ではなかったが人食いよりも余程深い知性を感じさせた。

 そして何より――その両前足には僕を殺すナイフを思わせる銀の鉤爪がつけられていた。


 あれは――ただの銀ではない。センリが持っていた剣と同じ、聖なる銀だ。高価で稀少で、あらゆる魔性を切り裂く祝福された金属でできている。僕の再生能力を完全に阻害する、吸血鬼殺しの金属だ。


 あれだけの体格だ、攻撃を受ければ回避は難しいだろう。アルバトスは武装していなかった。人食いも銀の武器は持っていなかった。

 力の使い方を覚えたばかりの僕では勝ち目はない。僕一人では。


 だが、殺す。


 魔王ライネルは人食いとの戦いで満身創痍の僕にその双眸を向け、笑った。


『エンド・バロン。よくぞ我が配下……『人食い』のヘブラムを倒した。その力、称賛に値する』


 その声は圧倒的優位を自覚していた。僕を敵だとすら考えていなかった。そして、それは正しかったのだろう。

 王ともなれば彼我の力量差くらい理解できるはずだ。


『へブラムも反省するだろう。正式に、貴公を、我軍に迎え入れたい。ロンブルクの侵略が完了した暁には望みの褒美を与えよう』


 その目には獣の熱がこもっていた。提案の形を取ってはいたが、その声には有無を言わさぬ重圧があった。

 もしも頷かなければどうなっていたか。


 その声は僕を縛ろうとしていた。僕の命を軽視していた。その声は被支配者に対するものだった。


 奴は僕の敵だ。殺す。争いは争いを、強い恨みを生む。気が進まないが、仕方がない。

 魔王ライネルも人食いもこの気に食わない軍も、恨みがなくなるほど完全無欠に殺してやる。僕は臆病だが、誰よりも執念深い。


 一度受けた仕打ちを忘れたりはしない。



§



 気配が近づいてくる。棺桶の蓋が小さくノックされる。モニカの匂い……近くにはオリヴァーの匂いもする。再び夜が来たのだろう。


 その時には、僕の脳裏に巡っていた感情もある程度の落ち着きを見せていた。多少マシという程度だが、今ならば外で人食いに出会っても笑顔で挨拶できるだろう。


 棺桶を開け、身体を起こす。相変わらず身体の線の出ない服を着たモニカが僅かに震える声で言った。近くではオリヴァーが身を縮めている。


「おはよう、ございます。エンド様……調子は如何でしょう?」


 調子? ……最悪だ。


 人食いとの戦いは僕に多くの物を与えてくれたが、失った物もある。

 センリに褒めてもらうつもりだった格好いい装備に、プライド。それに、血の力を使って何度も大きな規模の再生を行ったので、力の枯渇も近づいてしまった。力の使い方を知った分プラスマイナスで言うのならばプラスだろうが、気分は最低だ。


 だが、僕はあえて声を落ち着けて言う。


「まぁ、悪くはないよ」


「昨晩は申し訳ございませんでした、エンド様。しかし、言い訳のようになってしまいますが……私とオリヴァーはエンド様の勝利を疑っていませんでした」


「大丈夫、もう終わった事だ。それに、大したことじゃない」


 ああ、大丈夫だ。傷は治る。治らないのは心の傷だけだ。

 大切なのは冷静さだ。冷静さを失っていたら、僕はロードに勝てなかった。アルバトスにも勝てなかった。だから今回も同じように行動するのだ。


 モニカが少しだけほっとしたように肩の力を抜いたのが見えた。

 オリヴァーが後ろに置いてあった大きな箱を持ち上げ、僕の前に静かに置く。こうしてみると狼というより、本当にただの犬のようだ。 


「昨晩失ってしまった装備の代わりを……見繕ってきました。人食いを下し新たに我が軍に加わったエンド様にお祝いの品も届いております」


 箱の中には魔法の輝きを持ったアイテムが多数修められていた。この間宝物庫から見繕った時には見当たらなかった物もある。

 だが、どうせ僕の身体よりも柔らかい上に、僕の身体よりも再生しないのだ。犬の姿になったら脱げてしまうし、巨大な犬の姿になったら破れてしまうに違いない。僕が手に入れたアイテムでまだ残っているのは、センリの下にあるロードの遺物、漆黒の鉈、『光喰らい』だけだ。


 そもそも、僕は魔法が効かない。装備者の能力を向上させる魔法のアイテムも効かないし、攻撃魔法や呪いを防ぐような類のアイテムも不要なのだ。

 剣もいらないよ。どうせ毒で溶けるんだろ……僕の右手は毒じゃ溶けないから。いちいち脱げたり破れたりしない服が欲しいよ。僕だっていつも(ほぼ)全裸で戦いたくて戦っているわけではないのだ。


 僕は落胆しながらも、一番頑丈そうで一番仕立ての良さそうな黒い服を選んだ。


 うきうきしながら装備を選んでいた僕を知っているモニカが、慌てたように確認してくる。


「ほ、他にはよろしいんですか? 全て取っても誰からも文句はでませんが」


「いらないよ。人間のアイテムはやっぱり脆すぎる」


 吸血鬼の耐久には無機物ですらついて来られないのだ。だが、長く生きていけばお気に入りのアイテムも見つかるだろう。 

 ポジティブに考えよう。僕の時はこれからなのだ。良いことも悪いこともあるだろうし、最終的に良いことの方が多ければいい。


 無理やり自らを納得させ、モニカに確認する。


「さて、僕もこの魔王軍に入ったことで……この軍の事を多少でも知っておこうと思うんだけど、そういうのって誰が詳しい?」


「は、はい。この軍のことでしたら、私に確認いただければ、大抵の事はわかるかと思います」


「なるほど……それは……助かるよ」


「恐縮です」


 モニカが始めて僅かに微笑む。彼女はやはりこの軍ではかなり上の立場なのだろう。まぁ上と言っても、周りのほとんどが獣に毛が生えたような奴ばかりだからなのだろうが、とても都合がいい。


 結局いらなかった物を箱の中に詰め、モニカが蓋を締める。僕は腕を伸ばしその手首を軽く掴んだ。

 モニカがびくっとして、僕を見た。


「!? えっと……大丈夫です。持っては行きません。部屋に置いておきますので、もし気が変わりましたら自由に使っていただければ――」


「いや、それらはもういらない。だけど、補填されていないものがある」


「それは……武器、ですか? でしたら、宝物庫にまだ幾つか残っていたはずです」


「違う。補填が必要なのは武器じゃない」


「? えっと……それは……」


 頭の片隅には未だ黒い炎が燻っている。あまりにも平和ボケしているモニカが少しだけおかしい。


 補填が必要なのは――血の力だ。僕は対人食い戦で大量の血の力を使ってしまった。おかげで吸血衝動も近づいている。まだ我慢できるが、我慢する意味などない。一刻も早い力の補充が必要だ。僕は忙しいのだ。


 僕は慈愛を込めて笑いかけた。


「血だよ。モニカ、僕は君のせいで大量の血を使ってしまったんだ。補填してもらわないと」


「!?」


 変化は劇的だった。モニカは一瞬呆けた表情をしていたが、すぐに目が大きく見開かれ、容貌から血の気が引く。

 掴んだ手首が強く引かれる。が、僕は握った手を離さなかった。


 責任は取ってもらわねばならない。僕がモニカの血をこれまで吸わなかったのは別に慈悲によるものではない。

 許可が、正当な理由がなかったからだ。だが今の僕は魔王軍全てを敵に回す覚悟をしているし、モニカが人食いについてちゃんとした情報をくれないせいでひどい目にあった。


「ご、御冗談を……血……血が必要ならば、捕虜が、います」


「口に合わないんだ。栄養たっぷりのサキュバスの血が吸いたい」


「!? エンド様、わ、私はサキュバスではありません」


 モニカが震える声で言い、身体の線が出ない服を見下ろしてみせる。

 豊満な身体をしているし翼を生やした時は露出の多い格好をしていたので勘違いしていたが、違うのか。


「あー、そうだったの? まぁいいや。僕は決めた。モニカの血を吸う。今すぐに吸う」


 センリには彼女以外の人間から血を吸わないと約束したけど、よく考えたらモニカは人間じゃないし、別にいいよね。



 僕が許したと思っていたのか? それは違う。

 僕はまだ、怒っている。モニカは味方だと思っていたが裏切られた。強い苛立ちを感じている。これは罰でもあるのだ。


 モニカが必死に立ち上がり下がろうとするが、悪魔の腕力よりも吸血鬼の腕力の方が強い。モニカがまるで慈悲を乞うかのような小さな声で、少しずれた抵抗する。


「エンド様、お腹を! 私の、汚れた血など吸ったら、絶対に、お腹を、壊します。ご容赦、どうかご容赦ください」


 熟れすぎて腐り落ちそうな果実を思わせる甘い匂いが脳を揺さぶる。


 久しぶりの吸血だ。たっぷり時間を掛けて血を吸わせて貰う。

 彼女は吸血鬼についても詳しいようだし、多分人間より頑丈だ。正しい血の吸い方をご教授願おうじゃないか。


 腕を切り落せば逃げられるのに、モニカはそうする気配がなかった。僕はモニカのせいで全身溶かされかけたというに、情けない話だ。


 僕は腕を強く引っ張り、暴れるモニカを棺桶の中に引きずり込んだ。棺桶は少し広めに作られているので二人入っても問題はない。

 左手だけでモニカを押さえつけると部屋の隅で震えているオリヴァーを睨みつけた。自分でも驚く程冷たい声が出る。







「オリヴァー、僕は食事する。邪魔が入らないように見張ってろ。誰かが来たらうまく誤魔化して追い返せ。邪魔したら殺すぞ」

待って、センリ。違うんだ! これは、ただのおやつだ。浮気じゃないんだッ!


次話、センリ、実家に帰る。お楽しみに!


※予告は実際の内容とは異なる場合があります




ここまで楽しんで頂けた方、これからもまあ読んでやるかと思った方、吸血はスキップだなと思った方おられましたら、評価、ブックマークなどなど、応援宜しくお願いします。


※評価は最新話の下からできます。


/槻影



更新告知:@ktsuki_novel(Twitter)

下記作品も平行連載中です。
勘違い物です。よろしければお付き合いください!
嘆きの亡霊は引退したい。

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