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異世界転移で女神様から祝福を! ~いえ、手持ちの異能があるので結構です~ 作者:コーダ

第9章 エルガント神国編

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第142話 英雄帝と悪逆王

前回お伝えした通り、仁以外の視点の1話となります。

他者視点で話を跨ぎたくなかったので少し長めです。

―――スカーレット視点―――


「ちっ、また上空に逃げやがったか!」


 俺の斬撃が掠り、傷を癒すために上空へと逃げた連中を見て舌打ちをする。

 結局、2匹の最終試練との戦いは膠着状態になってしまった。


 最終試練どもの攻撃は魔法扱いの為、俺には全く効果が無い。

 しかも俺の攻撃は奴らに対して特効となるので、相性だけで考えれば圧倒的に有利だ。


 しかし、奴らは空を飛べ、俺は空を飛べない。この差はとても大きい。

 奴らの回復力も厄介で、ダメージを与えても上空に逃げて回復されてしまう。

 まさしく千日手と呼ぶに相応しい。……こっちに来てからは将棋もやってねぇな。


 一応、黒竜の娘、クロアに乗れば空は飛べるのだが、空中戦闘は無理だ。

 クロアは過去のトラウマから空中戦が出来ない。記憶は失っているのに、トラウマだけは残っているのだから憐れだよな。


「他力本願は好きじゃねえが、カスタールの連中が来るまで繰り返すしかねぇか……」


 カスタールの連中の協力を得られれば、最終試練を倒すことは難しくないだろう。


 女王騎士ジーン。奴ははっきり言ってヤバかった。

 自慢じゃないが俺は人を見る目には自信がある。

 それなりに修羅場を潜り抜けている俺だが、ジーンを一目見た時、まるで星を相手にするかのような錯覚を覚えた。アレは絶対に敵に回してはいけない相手だ。

 今のところ、敵対する理由が無さそうなのが救いだな。……本当にないよな?なんか、嫌な予感がするんだが……。


 多分、その気になればジーンは最終試練であろうとも瞬殺できるだろう。

 しかし、理由は分からないが、ジーンに最終試練を倒すつもりはない様だ。倒すつもりなら、とっくの昔に倒しているだろうからな。

 だが、ジーン以外のカスタールの騎士も全員が相当な実力者だった。1人でも援護に入って貰えれば、最終試練を倒すのは相当容易になるだろう。


-ドオオオオオン!-


 そんな事を考えていると、離れた場所から衝撃を伴った大きな音が響いた。

 音のした方向には大聖堂がある。粉塵が舞っていることから考えて、大聖堂が崩落した音に違いないだろう。確か、グランツ王国のゼノン王が暴れているって話だったな。


「……なんだ?」


 大聖堂の方向から気持ちの悪い気配が近づいてくる。

 『王剣・神呪』の反応も強くなっている。……そんな反応しなくても分かるって。


 この剣は3つの条件で反応を示す。最終試練が近くにいる時、魔に属する者が近くにいる時、そして神に属する者が近くにいる時だ。

 今回は魔に属する者が近くにいる時の反応だな。


 この剣の厄介な所は、本性を隠した状態の相手には反応しないことだ。

 本性を顕わにしていればある程度距離があってもわかるのだが、隠されているとどんなに近くにいても気づけない。

 今回のように剣が反応しなくてもバレバレな気配の場合、無駄な機能なのだ。


 徐々に近づいてくる禍々しい気配。

 しばらくするとその姿が見えてきた。


「気持ち悪りぃな。なんつー姿してやがるんだよ……」


 ソレはまるで蜘蛛のような見た目をしていた。

 高さ5mくらいの位置に本体、少年の姿があり、そこから蜘蛛の足のように何本もの赤い脚が伸びでいる。蜘蛛と違うのは脚の数が8本どころではないという部分か。

 赤い脚を交互に動かし、ゆっくりと歩いてくる。


 お互いの姿がはっきりと見えるくらいに近づいた。

 いつ攻撃が来てもいいように身構える。


「こんな所に居たのか。探したぞ、スカーレット・クリムゾンよ!」


 少年、ゼノンは余裕のある表情を浮かべ、俺を見下ろしながら叫ぶ。


「お前がグランツ王国のゼノンか?」

「いかにも。余こそがこの世界を統べる王。ゼノン・グランツである!」


 俺が声を上げて尋ねると、ゼノンは大きく頷いてそう宣言をした。


 俺の見たところ、確かにゼノンは強そうだ。

 だが、この世界を統べるというには少々物足りないとも思える。

 少なくとも、弟と2人がかりでなければ倒せなかった最終試練、『死神』よりは弱いだろう。今の俺でも負ける気は全くしない。


「俺の事を探してみたいだが、お茶の誘いにでも来たのか?」

「たわけ。そんな訳が無いであろう。余が貴様を探していたのは殺して我が糧とするためである。大人しく死に、その血を余に捧げるがいい」


 そう言ってゼノンは赤い脚の1つを槍のように伸ばして、俺を刺し殺そうとしてきた。

 この赤い脚は血で出来ているようだ。それも1人や2人の血ではない。奴の言葉から推測すると、他人の血を吸って自身の力に出来るみたいだな。

 暴れていたというのも、他人の血を吸うのが目的だったのだろう。


-ガッ!-


 俺は赤い脚を掴み、そのまま握り潰す。

 思っていたほど強度はないようで、あっさりと潰れてしまった。


「強化された余の槍をこうも簡単に……。やはり、貴様がこの国における最大の障害か……」


 ギラついた目でこちらを見るゼノンだが、そうじゃないだろう。


「いや、他にヤバい奴が山ほどいるじゃねぇか!カスタールのジーンとか!」

「何を言うかと思えば……。カスタールの女王騎士、ジーンとやらには会ったが、貴様ほどの威圧感は感じなかった。貴様を最初見た時、一目で余と同格であると分かったぞ。思わず、貴様以上の力を得るために計画を前倒ししてしまったわ」


 どうやら、俺が現れたことで危機感を抱いたゼノンは、元々の計画を前倒ししたようだ。

 そこまで警戒してくれるのは悪い気はしないが、ジーンを軽視しているのが気になる。

 ……もしかして、ゼノンは相手の実力を測るのが得意ではないのか?


 ゼノンと近いステージにいる俺の実力は読めても、遥かな格上であるジーンの実力が分からないのか?

 先程、俺はジーンを星に例えたが、星の正確な大きさを測るのは困難だ。

 ゼノンから見たジーンは、あまりに大きすぎて「良く分からない」と言う結論になってしまったのではないだろうか。

 「大きすぎて良く分からない」ならともかく、ただの「良く分からない」と誤認して、相手が格上であることにも気づけなかったとか、そんな情けないオチなのかもしれない。


「何でこんな事をしやがったんだ?勇者が倒れれば、お前だって困るんじゃねぇのか?」


 折角ボスが話す気になっているのだから、可能な限り情報は集めておこう。

 ちっと格好悪いが、時間稼ぎにも丁度いい。


「勇者が倒れようと余は何も困らぬよ。魔族が余の国を襲うことはないからな」

「魔族と繋がってやがったか……」


 神呪が魔に属する者に対する反応をしていた時点で、その事は予測できるモノだった。

 情報を集めるって言ったばっかだが、早速手のひらを返さなければならないか。


「悪りぃが、魔族に与する者を放置するわけには行かねぇな。お前にはここで死んでもらう」

「それは余のセリフである。貴様を殺し、余はさらなる力を得るのだ」


 生け捕りにして情報を得たいところだが、コイツ相手にそれは難しいだろう。

 殺すつもりで戦い、運が良ければ生け捕りにするくらいの気持ちで行こう。


「今度は容赦はせぬ!喰らえ!」

「そんな遅い攻撃じゃあ当たんねぇよ!」


 ゼノンが赤い脚を何本も伸ばしてきたので、俺は街……廃墟を駆け抜けて避ける。

 200を超える赤い脚だが、実際に攻撃に回されているのは100本くらいだな。

 残る100本は防御、移動用と言ったところか。


 俺は高速で脚を避け、駆け抜けながら思考する。


 100本の槍が襲って来ると言うと脅威に感じるが、それ程厳しいとは思わない。

 何故なら、槍の1本1本はそれ程複雑な動きをしてこないからだ。

 当然のことだが、人間の脳は100を超える物体を同時に動かせるようには出来ていない。数を増やせば、1本1本の動きが単調になるのは無理からぬことだ。


 少し慣れてきたので、赤い脚へと斬撃を当てていく。

 先程同様、思ったよりは簡単に破壊できる。


 破壊された脚は、しばらくすると再生するようだが、多少は時間がかかる。

 俺は何本もの足を破壊し、攻撃の頻度を落とさせる。


「くっ、当たらぬばかりか反撃まで!大人しく死ぬがいい!」

「死んでたまるか馬鹿野郎!今度はこっちから行かせてもらう!」


 攻撃頻度が減ったので、今度はこちらの番だ。

 俺はゼノンに接近、跳躍してゼノン本体を狙う。対するゼノンは防御用の脚を何本も重ね、巨大な盾を構成した。


「ぬう!」


 俺の斬撃が盾に当たり、一気にその数を減らす。

 走りながらの力の乗らない斬撃ではなく、全力で放った斬撃だ。その程度の盾で衝撃は殺しきれない。

 ゼノンは衝撃でぐらつき、移動用の脚がたたらを踏んだ。


「何と言う威力……。やはり、貴様はここで確実に殺す!やれ!」

「何!?」


 ゼノンを攻撃し、着地してから再び走り出した俺に接近する2つの影。


「GRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」

「BRYUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!!!!」


 それは両手に武器を構えた2匹の最終試練だった。どちらも槍のような長物だな。ゼノンとの戦いに意識を向けている間にどこからか拾って来たのだろう。

 魔法が効かないなら、武器を持って接近戦と言うのは悪くない選択だ。……それが通じるとは言っていないけどな。


 俺は今まで以上に速く走り、ゼノンの脚と最終試練の槍全てを回避する。

 体力には自信があるが、これ全部を相手するのは骨だな。


「ちっ、まだ速くなるのか!」


 ゼノンが驚いているが、速さに限って言えばこれでほぼ打ち止めだ。

 これ以上はまともに制御できなくなるからな。瞬間的に加速するのには使えるが、攻撃を避けられなくなり、武器も振るえなくなるから実質使えない。


「当たれ!当たれええええ!」

「GRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」

「BRYUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!!!!」


 ゼノンと最終試練の攻撃はどんどん激しくなってきた。

 ゼノンの赤い脚を斬ろうとしても、最終試練の攻撃があるので上手く行かない。最終試練の隙を狙うと赤い脚でガードされる。赤い脚の回復速度が破壊頻度を上回っているので反撃の隙が出来ない。

 ……ちっと厳しいな。


 今すぐに負けることはないだろうが、決定打が無いのが痛い。

 向こうの疲弊待ち、もしくはカスタールの援軍待ちと言う、酷く消極的な戦術を取らざるを得ないのか?



 しばらく消極的な戦いを続けていると、突然遠くから火の玉が飛んできた。

 これは『ファイアボール』の魔法か?


「ぬう!?」


-ドオオオン!-


 『ファイアボール』は真っ直ぐにゼノンに向けて飛んで行き、気付いたゼノンの張った盾に防がれる。着弾と同時に大きく爆発し、周囲に煙が立ち込める。その衝撃もすさまじく、ゼノンの盾が半壊していた。

 初級の魔法であれだけの威力か。カスタールからの援軍が間に合ったのか?


 そう思い、走りながら攻撃のあった方に顔を向ける。もちろん、ほんの一瞬だけだ。


「あれは……訓練場で気絶させた勇者か……?」


 目は良いので300m程離れた場所にいる少女達に気付けた。


 そこにいたのは4人の少女で、先頭にいるのは訓練場で俺が気絶させた勇者だ。

 もう1人勇者と思われる黒髪の少女がいるが、残りの2人は良く分からん。フードで姿を隠しているし、変な仮面をつけていて顔の様子が分からない。

 ……これは何らかの方法で認識を疎外されているな。じっくり見ればわかるかもしれないが、この状況では無理だ。

 かろうじてローブ越しに見える体格で少女とわかる。いや、その内の1人は少女と言うよりは幼女だな。7歳くらいか?成長の早い5歳くらいにも見える……。


 カスタールからの援軍かと思ったが、戦える勇者が駆け付けたと言うことか?

 俺はそのまま最終試練を振り切り、少女達の元へ向かう。


「よぉ!お前達は援軍か?」

「ええ、私達は勇者を代表してあの化け物達と戦います。後ろの2人はカスタールからお借りした戦力です」


 俺が声をかけると、少女達を代表して気絶させた方の勇者が説明してくれた。確か七宝院とか言ったよな。前の世界の大富豪と同じ苗字だが、関係があるのだろうか?

 そして、カスタールからは2人が手伝ってくれるようだ。

 それにしても……。


「さっき訓練場で見た時とはまるで別人だな……」

「何のことですか?」

「いや、何でもない」


 2人の勇者が最初に見た時と比べて、まるで別人のように強くなっていたのだ。

 そして、前に会った時には『神に属する者』として反応していた神呪が全く反応していないというのもおかしい。

 この短期間で、一体どのような異常事態が起きたのだろうな。

 しかし、戦力として考えれば、ゼノンと2匹の最終試練を相手取るのには丁度いい。


 まあ、1番の問題は強くなった勇者より、カスタールからの援軍の方が遥かに強そうだという点かな。ジーンに比べると2枚も3枚も落ちるが、今の俺でも勝てる相手ではなさそうだ。

 この世界の深淵を知った気になっていたが、はっ、世界って奴はまだまだ広いねぇ。


 ん?俺はもう一度カスタールからの援軍である幼女を見る。


 ……もしかして、この幼女。黒竜クロアの同族か?

 クソッ!超気になる!でも、今それどころじゃない!


「それで、どう戦う?」

「私達が2匹の化け物と戦いますので、スカーレット様はゼノンの相手をしていただけないでしょうか?」

「それは構わないが、あの2匹は勇者には……いや、何でもねぇ。あの2匹は任せる」

「はい。お任せください」


 勇者は最終試練に止めを刺すことは出来ない。

 このルールは絶対だが、後ろの2人がいる以上、それは問題にはならないだろう。

 ……いや、向こうから最終試練の討伐を申し出てきたことから考えて、最終試練討伐のボーナスについて知っているのかもしれないな。

 俺はもうボーナスを受け取っているから、最終試練に止めを刺すメリットもないし、快く譲ることにしよう。


 短いやり取りを終えることにはゼノンの周囲の煙が消えていた。

 距離があるので声は聞こえないが、ゼノンの口の動きから、「おのれ……。余に傷を負わせるとは、絶対に許さん!」と言っているのが分かる。

 よく見れば、ゼノンの頬に少しだが焼け焦げたような跡がある。『ファイアボール』の余波がゼノンまで届いたと言うことか。


「じゃあ、先に行くぜ」

「お気を付けて」


 結局、勇者1人しか喋らなかったな。

 後ろの2人は正体を明かすつもりがない様だ。

 俺も詮索するつもりはない。君子危うきに近寄らずってヤツだな。藪をつついて蛇を出すのは馬鹿のすることだ。


 俺が走っている後ろに気配がある。

 4人がついて来ているのだろう。全力ではないとは言え、並の少女に付いて来れる速さじゃないんだけどな。並の少女じゃなさそうだからいいか。


「貴様ら!絶対に許さぬぞ!」


 俺達が近づくと、怒れるゼノンが再び赤い脚を伸ばしできた。

 俺は襲い来る赤い脚を迎撃しようとしたのだが、それよりも早く背後から『ファイアボール』が飛んで行った。


「ちぃっ!」


 ゼノンは盛大に舌打ちをして、その場から大きく跳躍をした。

 100本以上ある移動用の脚を使えば、人間ではありえないレベルの跳躍をすることも可能なのだろう。

 数10m飛び上がり、『ファイアボール』を避ける。……ちょっとビビり過ぎじゃないか?


「こちらは任せてください!」

「ああ、ゼノンの相手は俺に任せろ!」


 俺は跳躍したゼノンを追いかける。

 最終試練2匹もゼノンを追おうとしたのだが、勇者の1人が空中を自在に移動してそれを防ぐ。魔法使いの少女が放つ『ファイアボール』も牽制となっている。


「おのれ。次から次へと余の邪魔をしおって……。余は、余こそがこの世界の王に相応しいというのに。何もわからぬ俗物が余の邪魔をするとは、何と言う不届き者どもか……」


 危なげなく着地したゼノンは、忌々しげに表情を歪めて呟く。


「お前に王の座は相応しくねぇよ。少なくとも、魔族に魂を売った時点でそれは間違いねぇ」

「貴様に何が分かる!余は至高の王であるぞ!それなのに、只人の身ではたかだか数10年で死んでしまう。そのような馬鹿げた話があってたまるか!魔族の力を利用してでも余は生き延び、至高の王であり続けるのだ!」


 ……なるほど、それがゼノンの秘密と言うことか。

 若返っている訳ではなさそうだな。

 恐らく、憑依の類だろう。何故なら、ゼノンは1つの身体に2つの魂を持っている。

 片方、力の強い方が今、目の前にいるゼノンの魂なのだろう。もう1つの魂は小さく、弱く、隅の方で震えているような印象だ。


「寄生虫みたいな方法で生き延びて、至高の王とはよく言うぜ」

「貴様……。もう1度言ってみろ……」


 ある意味で俺とゼノンは似ている。

 ゼノンは憑依により、俺は転生により、その肉体の本来の持ち主の人生を歪めてしまった。


 俺の身体に魂が1つしかないのは確認済みだ。

 この身体が俺のモノであることは間違いがない。しかし、俺の記憶が無ければ、このスカーレット・クリムゾンと言う人間には別の人生が待っていたはずだ。本来、あるべき人生の形を歪めたことには違いがない。


「魔族に魂を売り、生物としての尊厳を捨て、ただ生き延びているだけの寄生虫に王の名は相応しくねぇって言ってんだよ!」

「殺す!貴様は絶対に殺す!」


 ゼノンの表情が憤怒で歪む。


 これは同族嫌悪に近いのかもしれない。

 それでも、自らの意思で他人の人生を乗っ取るゼノンの事が堪らなく気に喰わない。

 だから、コイツは必ずここで仕留める。


「死ね!」


 再び赤い脚を伸ばして攻撃してくるゼノン。

 当然、俺も走って回避をしつつ、余力のある時に赤い脚を切り裂く。


 ゼノンの赤い脚は再生するとは言っても無尽蔵と言う訳ではないようだ。

 今は大分本数を減らしており、150本程しか残っていない。その内、防御に回す方は減らせない様で、襲い掛かる脚は50本に満たない。


「おのれ!おのれえええ!!!」


 50本の赤い脚は、本数を減らした代わりに操作性が向上したようで、今まで以上に複雑な動きで襲い掛かってくる。

 それでも、多少動きが良くなった程度で捕まる程、俺は甘くない。


「当たれ!当たれええ!!!」

「そんな遅い攻撃には当たらねぇよ!」


 どんどんと数を減らしていく赤い脚。

 赤い脚は血で出来ているので、今までにゼノンが吸収した血の量がイコール残量と言うことになるのだろう。そして、ゼノンはこの戦いの間、血の補給が出来ていない。

 最終試練2匹とのコンビネーションで補われていた弱点が、1対1となったことで完全に露呈した。時間経過はゼノンに味方しない。


 俺は確実に攻撃を見切り、赤い脚を1本ずつ対処していく。

 本数が減るごとに操作性が増すので、楽になるとは考えない。決して、油断はしない。



 冷静に対処し続けた結果、ゼノンの赤い脚を100本まで減らした。

 これは、移動用と防御用を除く全てを壊滅させたと言っていいだろう。もちろん、移動用や防御用を攻撃に回すことも出来るだろうが、それで状況が変わるとは考えにくい。


「ゼノン、お前の負けだ」


 奥の手がある可能性もあるので、油断はせずに告げる。


「はぁはぁ……。ふざけるな!余はまだ負けておらぬ!余が、余が負ける訳はないのだ!」

「なら、防御を捨ててかかって来いよ。安全圏から脚伸ばしてるだけで勝てるとでも思ってんのか?」

「ぐぬぬ……」


 悔しそうに呻くゼノンだが、やがて覚悟を決めたように脱力した。


「……良かろう。そうまで言うのなら、余の剣技を見せてくれる」


 ゼノンは腰に下げていた剣を抜き放つ。

 へえ、以外と良い剣じゃないか。そして、構えを見ただけで超一流の剣士である事が分かる。寄生した上での行いとは言え、長い年月研鑚してきたのだろうな。


 俺の見たところ、ゼノンは赤い脚を完全に使いこなしているようには見えなかった。

 恐らく、あの力は最近入手したか、今までほとんど使わなかったかのどちらかだと思う。


 他者の血を吸い、力を増す能力と言うのは強力であることは間違いがない。ゼノンが素の状態で戦うよりは強大な力を持っているのだろう。

 しかし、本当の意味で同格に近い者を相手取るには、不慣れで扱い難い力など何の役にも立たない。

 俺としては、デカくて強いだけの化け物より、修練を重ねた人の技術の方が厄介に感じる。


 敵とは言え、どうせ戦うのなら人間のゼノン・グランツと戦いたい。

 まあ、赤い脚自体は使っているから、グレーゾーンではあるが……。


「行くぞ!」

「良いじゃねぇか!こっちの方がまだ楽しめるぜ!」


 ゼノンは赤い脚による跳躍で真っ直ぐ俺に突っ込んでくる。

 俺もそれに対抗して駆け出す。そして跳躍する。


「「はあ!!!」」


-ザシュ!-


 俺とゼノンが交差した後、その場に立っていたのは俺だけだった。

 ゼノンは腹部から真っ二つになって横たわっている。赤い脚も既に消えている。

 流石にこれは助からないだろう。と言うか、何でまだ生きてんだ?


「余が……余が負けるというのか……。ここまで生き延びてきたというのに……」


 憑依と言う特異性故だろうか。ゼノンの意識ははっきりとしている。

 死相を浮かべたゼノンは、それでもまだ諦められないかのように呟いた。


「まだだ……。余は……」


 その時、不思議な事が起こった。


-ドオオオオオン!!!-


 遠くから大きな物体が2つも飛んできたのだ。

 それは俺達から50mくらい離れた場所に落下し、大きな衝撃と音を響かせた。


 ……今の最終試練の2匹だよな?


 衝撃で舞った砂ぼこりが晴れ、思っていた通りに最終試練2匹が倒れているのが見える。

 なんか、1匹は黒焦げになって、1匹はボコボコになっている。しっかり見るまでもなく、死んでいるのが分かる。


「くはははははははははは!!!」


 よそ見をした一瞬でゼノンは倒れる最終試練に向けて赤い脚を伸ばした。

 たった2本だけ出された赤い脚は、今まで以上の速さで最終試練に突き刺さる。


「しまった!?」


 俺に対する攻撃なら身構えていたが、全く別の物に対する行動だったため、動作が少し遅れてしまった。そして、その一瞬の遅れが致命的となる。


「ははははははははははは!!!」


 狂ったように笑うゼノン。

 もし、俺の想像通りだとすると、少しばかりヤバい気がする。


 ゼノンの身体から赤い脚が無数に噴き出した。


「ちっ!」


 俺は急いで距離を取る。

 赤い脚がゼノンの肉体を包み込み、急速に膨らんでいく。


「ははははははははははは!!!」


 ゼノンは最終試練2匹の肉体と、自身の下半身を吸収した。

 赤い脚……いや、赤い肉体はどんどん膨張していき、最終的には10mもの巨体となった。

 巨大な赤い塊から脚が生え、固まりの中心部からゼノンの顔が出てくる。


 どこかで見たことがあるな……。

 あ、アレだ!カ○ナシ(最終形態)だ!


 冗談はさておき、ゼノンは血を吸った分だけ強くなると言っていた。

 最終試練2匹分の血を吸ったゼノンはどこまで強くなるのだろうか。

 現実逃避は止めよう。アレは……今の俺よりも強い。


「何と言う全能感だ!リンフォース以上かもしれぬ。今日1日でリンフォース、雷神、風神まで吸収できるとは!何と言う良い日か。これで、スカーレットを吸収すれば、魔王にも手が届くかもしれぬ!」

「おいおい、魔王は味方じゃねぇのかよ?」

「魔王なんぞ所詮は余の協力者でしかない。可能ならば魔王の力も奪ってやるに決まっておるだろう?この役目を受け入れたのも、上手くすればあの2匹を吸収できると思ったからよ」


 最初から最終試練2匹も狙っていたと言うことか。

 何と言うか、最悪のパターンになったな。

 しかも、この状態のゼノンは最終試練ではない様で、『王剣・神呪』は『魔に属するもの』の反応しか示さない。最終試練を吸収したのだから、最終試練扱いになってくれればまだ何とかなったかもしれないのに……。


 そもそも、カスタール側は何をしたんだ?最終試練を倒すときにホームランでもしたのか?あの巨体を?あの少女達が?100m以上吹っ飛ばす?

 そっちの方がよっぽど化け物じみてないか?


 ……よく考えたら、このゼノン(最終形態)って、カスタールの増援よりも弱そうだな。

 なんか、そう考えたら気が楽になって来た。


「気に喰わぬな。余を前にして余裕を保っているように見える」

「まあ、思っていたよりは大したことがなさそうだか」


-ドゴ!!!-


「ぐうっ!!!」


 俺が喋り終わる前に赤い脚が俺を薙ぎ払った。

 かろうじて攻撃の出が見えたので神呪で防御したが、防御ごと俺を吹き飛ばしてきた。

 俺はそのまま瓦礫の山に突っ込む。

 痛ててて……。ああ、頑丈に生まれてきて良かった。常人なら今ので死んでいるぞ。


「頭が高い。余の前では地に這い蹲っているがいい」


 偉そうに言いやがって。


 それにしてもマジでヤバいな。

 何がヤバいって、こんなところで切り札を使わざるを得ないって言うのがヤバい。

 だが、切り札を切らなけりゃ、下手をすると死にかねないし……。


「さて、大人しくなったところでスカーレットの奴を吸収……ん?何だ貴様?」


 俺の方に歩を進めようとしたゼノンの前に、白銀の鎧を着た騎士が立っていた。

 ……いや、在り得ないだろ。ずっと視ていた場所に急に現れたぞ?

 俺の目で移動の痕跡すら捉えきれなかっただと?


 騎士、ジーンはゼノンを見て興味深そうに呟く。


「抜け殻のような死体からでも、血を吸えば強化されるのは面白いな。ドーラが思いっきり吹っ飛ばした時は焦ったけど、結果オーライってヤツだな」


 どこか聞き覚えのある声。

 化け物になったゼノンが目の前にいるのに、まるで散歩にでも出かける様な気安さだ。


「貴様はジーンか!今更ノコノコと余の前に現れるとはな。丁度いい、貴様から先に吸ってくれる!」


-バシン!-


「痛い!!!」


 次の瞬間、叫んでいたのはゼノンだった。……今、何が起こった?


 ゼノンが赤い脚をジーンへと高速で伸ばした。ここまでは良い。

 次の瞬間、ジーンが何処からともなく木刀・・を取り出し、それで赤い脚を叩いた。俺の目でも本当にギリギリ確認できた。そして、この時点でもう良くない。

 そして、それ程衝撃があったようには見えないのに、ゼノンが悲鳴を上げて思いっきり仰け反る。ここで完全に意味不明となった。


「思っていた以上に良く効くな。流石は対悪霊用決戦兵器だ」


 そう言ってジーンは手に持った木刀を掲げる。

 ……なんだあの木刀は。『日光』とか彫ってある明らかな土産物なのに、何と言う存在感だ。力、想い、そして歴史を感じる。恐らく、俺の『王剣・神呪』と同格の業物……。

 呪いを宿した神呪と違い、その存在感は光輝く太陽のようだ。まさしく『日光』の名に相応しい。……まさか、土産物の木刀にこんな感想を抱く日が来るとは思わなかった。


「な、なんだソレは……」


 明らかにゼノンの様子がおかしい。

 叩かれたのは赤い脚の1本だけなのに、他の赤い脚もプルプルと小刻みに震えている。


 ジーンは何を思ったのか、木刀の切っ先をゆっくりとゼノンの赤い脚(移動用)に向ける。


「止めろ!ソレを余に近づけるな!?」


 ゼノンが赤い脚を上に持ち上げて木刀を避ける。

 ジーンは無言でスススと他の赤い脚に近寄る。もちろん、切っ先を向けたままだ。


「や、止めろ!止めるのだ!」


 赤い脚を持ち上げるゼノン。別の脚に近寄るジーン。赤い脚を持ち上げるゼノン。別の脚に近寄るジーン。赤い脚を持ち上げるゼノン。別の脚に近寄るジーン……。

 今、ジーンはゼノンの真下にいるので、ゼノンからは様子が見えないはずだ。しかし、ゼノンはジーンの木刀の位置が分かるようで、的確に狙われている脚を持ち上げる。そして、次々と移動用の脚が減っていく。


「止めろと言っておるのだ!」


 堪らずゼノンが赤い脚でジーンを突き刺そうとして……。


-ペシン!-


「あふん!」


 ジーンに木刀で叩かれて悶絶する。


-ドスーン!!!-


 移動用の赤い脚が減った状態で悶絶したため、重さを支えきれずにゼノンの本体が地に落ちる。

 赤い肉体が血で出来ていたとして、相当な重量になるだろう。結構な衝撃が辺りに響く。

 もちろん、ジーンはゼノンの真下から華麗に回避していた。流石に踏みつぶされるとは思ってねぇよ。



「くっ、おのれっ、許さんぞ……あ、ダメ……」


-ペシン!-


「あひーん!」


 こうして、ゼノンの威厳は完全に消滅し、残ったのは木刀でゼノンをペシペシと叩くジーンと、抵抗すら出来ずにペシペシ叩かれ、悶絶し続けるゼノンの姿だった。


「あんまり甚振るのは好きじゃないんだけど……」


 ジーンが不満気に呟きながらペシペシと叩く。

 俺の目には、思いっきり甚振っているようにしか見えない。


 ゼノンは最早言葉にもならない様で、ピクピク悶えながら叩かれ続けている。


 ふと、ジーンは思い立ったかのようにゼノンの本体に近寄った。

 本体と言ったのは、わずかに表出しているゼノンの顔の事だ。


「な……何を……まさか……!?」


 ゼノンもその不穏な空気を感じ取ったのか、恐怖に顔を歪ませる。

 ジーンはゼノンの顔の前で木刀を振り上げる。


「止めろ……。止めてくれ……。止めてください……。余は……余はまだ消えたくない……。死にたくない……」


 ジーンの様子を見たゼノンが情けなく命乞いする。

 ジーンは安心させるように言う。


「安心しろ。この剣は人を殺せない。この剣に出来ることは、死者をあるべき場所に送ることだけだ」


 確か、ジーンはあの木刀の事を『対悪霊用決戦兵器』と言っていたな。もしかしたら、『霊体特効』とでも言うべき装備なのかもしれない。

 そして、ゼノンは憑依者、『霊体特効』の条件を満たしているのだろう。……つまり、ジーンもゼノンの正体を知っていたみたいだな。ホント、底知れねぇ奴だよ。


「そ、そんな……」


 ゼノンが絶望的な表情になる。

 まあ、ゼノン(憑依側)に関して言えば、死ぬのと同じだからな。


-ペシン!-


 ジーンの一撃は容赦なくゼノンの額に当たる。


「あーーー!」


 こうして、エルガント神国の首都、エルガーレを破壊し尽くした、魔族に与する王、ゼノン・グランツはこの世から消滅したのだった。

 何と言うか、色々と滅茶苦茶だな……。

次回は仁視点に戻ります。

多少、おさらいをしますが、時間軸はこの続きとなります。この話も本編ですので。


感想にもありましたが、ヘルプが『<英雄の証>を持っていた者は成人前に死んでいる』と言う情報を提示していますが、これは正しくは『<英雄の証>を持って死んだ者は全員成人前だった』と言う事です。

現時点で死んでいない者の情報は得られていません。

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