第139話 帝国の皇帝と惨劇
前回のあらすじ:
おちゃめ皇帝登場。前回タイトルの2人は昏倒中。
「し、真紅帝国の皇帝ですって!?な、何故この首脳会議の場に現れるのですか!」
「おう、今回の首脳会議でお呼びがかからなかったから、
リンフォースの問いかけにあっさりと答えるスカーレットだが、それはこの場に居る者の多くを戦慄させるに十分な内容であった。
そもそも、真紅帝国が今回の首脳会議に呼ばれなかったのは、単純にエルガント神国の周辺諸国と呼ぶには距離があることと、エルディアが勇者を抱えていた時には勇者支援国にならなかったからである。
今更、首脳会議に何の用があるというのだろうか?
「貴方が真紅帝国の皇帝だという証明は出来るのですか!招待もしていないのですから、招待状も持っていないでしょう!」
「証明になるかは微妙だが、一応以前エルディアが勇者支援国を募集してきた時の封書ならあるぞ。もちろん、スカーレット・クリムゾン宛だ」
「……借りてきなさい」
リンフォースの小間使いがスカーレットから封書を受け取って来た。
「ついでに倒れている娘達も連れていけよ。いつまでも土の上で寝かせておくのも可哀想だろ?」
昏倒させた本人がそれを言いますか。良い根性してるね。
「……神殿騎士達、七宝院様とシャロン様を医務室にお連れしなさい」
「はい!」×4
リンフォースに命じられた神殿騎士達が七宝院とシャロンを抱えて訓練場を出て行く。
封書の方はリンフォースの秘書っぽい女性が内容を確認し、本物だと判断したようだ。
「……本物のようです」
「そうですか……。ですが、それだけで証明になる訳ではありません!」
「そりゃあ、承知の上だ。会議に参加って言っても、会議室に机を並べてどうこうって意味じゃねえ。あくまでも、真紅帝国の意見提案をしに来ただけだ。正式な回答は真紅帝国宛に正式な文書を送ってくれれば良い。どうせここじゃあ本人証明何て無理だしな」
本人証明が出来ないのは前提として、会議で提案があるからさせて欲しい、と言うのがスカーレットの目的のようだ。
リンフォースは警戒しながらもスカーレットに尋ねる。
「貴方は、真紅帝国は何を望むのですか?」
「ああ、真紅帝国は……勇者支援国になることを望む」
ここに来て驚きの発言だ。
俺もスカーレットが
ちなみに、昨日の会議が中断される直前、アルタからの報告で気付いたのだ。
「以前、エルディア王国が勇者支援国を募集した際、真紅帝国はそれを拒否したはずです。今になって勇者支援国に立候補する理由をお聞かせ願いたく思います」
「別に大した話じゃねぇよ。単に状況が変わっただけだ」
「それでは説明になっていません」
リンフォースの言う通りだと思う。
せめて、状況が「何」から「何」に変わったのかを伝えて欲しい。
「異世界の『勇者』無しで魔王を倒せないか検討していたんだが、無理っぽいので勇者を支援して、さっさと倒してもらおうと思っただけだ」
「そ、その様な大それたことを考えていたのですか!?」
「ああ、結局は無理、いや無意味だってわかったんだけどな」
少し含むような言い方だな。
『無理』ではなく『無意味』か……。
「俺は本来、この世界の事はこの世界の住人がカタを付けるべきだと思っている。異世界から勇者を呼ぶなんて、他力本願もいい加減にしろとすら思う」
「女神様の神託を侮辱するのですか!?」
女神関連を馬鹿にされると本性を現すのは女神教の伝統芸能なのかね?
余裕がないからか、リンフォースはゼノンを相手にしていた時のように、表面上取り繕うことも無くなっていた。
「その女神様こそ、この世界の住人である俺達には魔王を倒せやしないって馬鹿にしてるんじゃねえのか?それが気に喰わなかったからこそ、魔王を倒す手段を独自に探した」
「女神様が無理と判断したのならば、それは人の手には余ることなのです!」
「……まあ、その通りみたいだな。古い文献に載っていたんだが、魔王は代々勇者の攻撃以外はほとんど通じないらしいじゃねぇか。それを破らない事には、どうにもならねぇらしい」
困ったことに、魔王って<凶星>に類するスキルを持っているみたいなんだよね。
あ、<凶星>って言うのは、ティラノサウルスが持っていた
<凶星>
『勇者』称号を待たない者からの攻撃によるダメージを99%軽減する。『勇者』称号を持つものからの攻撃によるダメージを10倍にする。勇者が討伐した場合、10倍の経験値を与える。
何で知っているかって?
ほら、この間エルディアにある遺跡に行っただろ?
その最後の部屋に並んでいた、勇者の手記に魔王に関する記述があったらしい。
何でも、同じくらいの実力の者が同じくらいの武器を使って攻撃したのに、勇者と同行者では効果が全く違ったそうだ。勇者の攻撃の場合、本来の威力以上にダメージを受けていたというのも判断基準の1つだ。
そんなスキル、<凶星>以外には知らない。全く同じスキルだと断定はできないが、似たような能力があるのは間違いないだろう。
「勇者に関しては、呼んじまったモノは今更どうしようもねえし、勇者も魔王討伐のやる気があるみたいだ。なら、支援するだけ支援して、さっさと魔王を倒してもらった方が、誰にとってもいい方向に行くと思ったんだよ」
でも、多分それだけじゃないよね?
貴方、裏で色々やっているみたいだし……。
「……言いたい事は分かりました。魔王を独力で倒そうとしていたという話には驚きましたが、後半の理屈は理解できます。何はともあれ、勇者支援国になっていただけるというのでしたら、我々に否は有りません」
「そう言ってもらえると助かるな。俺も態々遠いところまで来た甲斐があるってもんだ」
相当な長距離フライトですものね。
黒竜の
「ただし!七宝院様、シャロン様を昏倒させた件は厳重に抗議いたしますし、その他尋ねたい事は山ほどあります。会議への参加も許可は出来ませんので、最大限譲歩しても控室での視聴になるかと思われます。その辺りはご理解いただけますか?」
話がまとまりかけたところでリンフォースが釘を刺す。
「ああ、理解しているさ。ちっとばかり興が乗り過ぎちまったからな。質問も答えられることなら答えてやるよ。ただ、いつまでもこんなところで話すような内容でもねぇだろ?」
「ええ、話も一段落着きましたので、一旦会議は中断として、話の続きをいたしましょう。スカーレット様には、別室でお話をお聞かせ願えればと思います」
ふと思い出したのだが、こんな荒れた状況になっているのに、普段は色々と引っ掻き回してくれるゼノン君がやけに静かな気がする。
そう思ってゼノン君の様子を伺うと…………真っ青になっていた。
それはもう見事に真っ青になってプルプル震えていた。目線はスカーレットから一切外れていないと言うことは、恐怖の対象はスカーレットなのだろう。
……これまで会議を主導してきたリンフォースや、同じく会議を引っ掻き回していたゼノンが恐れるスカーレット・クリムゾン。
ハイレベルな戦いを繰り広げた七宝院とシャロンを瞬殺したスカーレット・クリムゾン。
今、この場における主役は誰かと問われたら、スカーレット・クリムゾン以外の答えは出て来ないだろう。
その後、スカーレット以外の面々は控室に戻ることになった。
スカーレットの登場で会議が滅茶苦茶になったので、一旦仕切り直しと言うことだ。
そして、件のスカーレットは大聖堂の一室で、エルガント神国の文官から質問を受けている最中だ。聞きたい事はそれこそ山のようにあるだろう。
しかし、エルガント神国のトップであるリンフォースは、スカーレットの事を心底恐れているようで、訓練場を出て以来、一切スカーレットに近づこうとはしていない。
そんなリンフォースは、今現在濡れたパンツを脱いでいる最中である。
控室ではサクヤと大臣達が話し合っているので、俺は前と同じように端っこの方にいる面々と話をしている。
ちなみに、マリアやリコは護衛メイド達と警備についての打ち合わせをしている。何故か、セラはそちらの打ち合わせには出ていない。
「思っていた通り、大分面白い方向に話が進んだな」
スカーレットの登場で一波乱あるとは思っていたが、想像以上に面白かった。
「かなり滅茶苦茶な状況よね。これ、どうやって収集つけるのかな?」
「それはエルガント神国の考える事だろ?
ミオが呆れたように言うので答えてやる。
「考えてどうにかなるレベルかな?」
「知らん」
どうにもならなくても、エルガント神国が不利益を得るだけなので、特に関係はない。
「真紅帝国の皇帝の件を抜きにしても、起こり得るトラブルは山のようにありますからね……。どれが起きるのか想像もつきません……」
「何事も無ければ、
《まものいっぱいー》
セラの言う通り、スタンピードだけは確実に起きる災厄だろうな。
何故、スタンピードが起きるのか?
実は、先日退治した刺客(魔物使い)が使役していたスタンピード・デビルのスキルにはある特殊な効果があったのだ。
スタンピード・デビルのスキルである<狂いの絶叫>は人為的にスタンピードを起こす効果の他、死に際に無意識にスタンピードを発生させる効果があるのだ。
まさしく、断末魔と言う訳だ。
こんな超絶レアな魔物の死に際の能力なんて知っている人間がいる訳が無い。
だからこそ、不用意にスタンピード・デビルなんかをテイムして、あまつさえその能力を暗殺なんかに使ってしまうのだ。
自国で使うには、あまりにもリスクの大きい力だ。
安全に処理をするのだったら、<狂いの絶叫>のスキルを奪い切った後に殺すべきだったのだろうが、とてもじゃないがそんな気にはなれなかった。
どうして、刺客を放った国の人間の為に、刺客の殺し方に一手間加えてやらなければならないというのか。そして、刺客である以上、殺さないという選択肢もない。
現在、エルガーレからほど近い林の中で、徐々に暴走状態の魔物が集まっているのだ。
いずれ、暴発して近隣の街(十中八九エルガーレ)を襲うだろう。
「その為の神殿騎士団だろ?スタンピードくらい抑えて貰わないと」
「ご主人様、世間一般では、スタンピードはその様に簡単に対処できるものではありませんわよ?下手をすれば、街の1つや2つ簡単に滅びますわ」
セラに常識を説かれてしまった。
時々、俺と世間一般常識の間に乖離があるような気がするのだが、まあ気のせいだろう。
「神殿騎士、勝てないのか?」
「流石に神都の精鋭騎士が負けることはないと思いますが、少なくない被害は出ると思いますわよ。集まる魔物によっては、最悪の事態も考えられますわね」
「へー」
セラが説明してくれたが、正直大して興味が沸かない。
「あらら、ご主人様、完全にエルガント神国への興味を失っているわね」
「ここでの扱いを考えれば無理はないと思います……」
ミオとさくらの言う通り、俺はこの国での扱いに辟易しており、既に興味も失っている。
トラブルの芽はいくつもあるが、事前に摘みとってやる気にもならなければ、その被害を受けてやるつもりもない。
仮設住宅ですら、被害を受ける可能性があるから移動の度に毎回撤去しているくらいだ。
「でも、首脳会議自体は面白いぞ。キャラの濃い連中の様々な思惑が混じり合い、中々に飽きさせないでくれる」
エルガント神国事態に興味はないが、要注意人物の集合地帯である首脳会議だけは話が別だ。要注意人物って事は、少なくとも興味はあるって事だからね。
「ご主人様の言い方だと、トラブルが起きることを歓迎しているように聞こえるわね」
「その通りだけど、何か問題でもあるのか?だって、観光にならない、興味もほとんどない観光地なんて、後はトラブルを楽しむくらいしか出来ることがないだろ?」
「そうだったわね。ご主人様、観光地でのトラブルは楽しむ方針だったわね……」
呆れる様なミオの言い方に一つ修正を入れよう。
「ただし、貴族関係の不快なトラブルは除く」と……。
「俺が1番楽しみなのは、やっぱりスカーレットの参戦だな。あいつだけは他の参加者に比べて群を抜いているし、どう転ぶのかが全く予想できない」
他の連中はおおよその目的は分かっているのだが、スカーレットだけは予想できない。
とてもとても楽しみである。
「結局、真紅帝国に行く前に真紅帝国の皇帝と接触してしまったんですよね……」
「そう!そこなんだよな!今まで、中々真紅帝国に行く気になれなかったけど、むしろこのタイミングがベストだと思う!何故なら、マップによるネタバレがないから!」
さくらの発言に過剰に反応するのも仕方がない事だろう。
基本、マップがあると相手の行動が分かってしまい、
今回、スカーレットの行動が予想できないのも、真紅帝国に足を伸ばし、情報を集めることをしていなかったが故である。
今まで真紅帝国に行く気になれなかったのは、この時の為だったのかもしれない。
大規模な
当然、俺達に被害がない限り、事前に邪魔をしたりしないので、安心してくれていいよ。
「仁君、いつになくテンションが高いですね……」
「多分、会議の参加者達の中で、スカーレットの参戦を喜んでいるの、ご主人様くらいよね」
「そうですわね……」
マップに慣れると
だからこそ、たまに訪れる
多分、あまり理解は得られないだろうから言わないけどさ。
それから1時間後、それぞれの思惑が絡んだ首脳会議が再開されることとなった。
首脳会議の再開に伴い、再び会議室へと集まった。
しかし、スカーレットの一件から、若干顔ぶれが変わってしまっている。
まず、先程昏倒させられたレガリア獣人国の女王、シャロンは不参加だ。まだ、気絶から回復していないらしく、代理の者が参加している。
同じく、七宝院も気絶中のようで不在だ。なお、木野あいちはいるが、もう1人の勇者はいなくなっている。スカーレットにビビッて逃げたそうだ。
勇者の話なのに勇者が1人しかいないという惨状だ。
当のスカーレットは現在、控室からテレビによって会議室の様子を伺っている。
本人も言っていた通り、会議に口出しをしたい訳ではないようだ。
この状況に1番安堵しているのはリンフォースである。
リンフォースはスカーレットの一件で厳しい表情を作ったままになっている。
実は、恐怖で怯えているだけだと気付いている者は少ないだろう。
怯えているが故に、護衛の神殿騎士の数が、以前の倍に増えていたりするのだ。
ついでに言うと、リンフォースはパンツを履き替えている。うん、どうでもいい。
ゼノンは平静を取り戻したようで、不敵な笑みを浮かべながら会議室に入って来た。
護衛として付いていた2人の従者がいつの間にかいなくなっており、たった1人でグランツ王国関係者の席に座る。
「それでは、参加者が揃ったようですので、会議を再開したいと思います」
リンフォースの宣言によって会議が再開されるが、多くの国の参加者は落ち着きが無くソワソワしている。どうやら、スカーレットの残した爪痕は大きい様だ。
「まず、最初に真紅帝国のスカーレット・クリムゾン様の件をお話いたします」
「彼は本当に真紅帝国の皇帝だったのですか?」
「ええ、確認した結果、ほぼ間違いなく真紅帝国の皇帝、スカーレット・クリムゾン様であると判断いたしました」
リンフォースは参加者の質問に答える。
「彼の目的は会議の参加でした。そして、最も早い移動手段で来たため、随伴の者がいなかったようです」
「それが、あのドラゴンですか?あのドラゴンは一体……?その後に現れた女性は……?」
「信じ難い話ですが、ドラゴンと女性は同一人物であり、姿を変えることが出来るそうです」
-ザワザワ-
リンフォースの発言に会議室が騒がしくなる。
俺達にとっては今更な情報だが、世間一般で見れば驚きの事実のようだ。
「それは、あの女性は魔物と言うことですか?」
「ええ、彼の話では、テイムした魔物だそうです。ただ、知性は人間並みにあるそうです。担当者によると、普通の人間と話しているのと変わらなかったそうです。目の前で変化したので、同一人物と言う点にも間違いはないかと思われます」
「にわかには信じられませんな……」
「ええ、そんな話、初めて聞きました」
リンフォースの言ったことは事実なのだが、会議の参加者達は半信半疑と言った様子だ。
「彼女は
たった一言で会議室全体の注目を集めたのは、我らがサクヤ女王である。
「サクヤ様は彼女の事を知っておられるのですか?」
「いや、彼女の事を直接知っている訳ではないが、リンフォース殿の話を聞いて、思い当たる種族が他にいなかっただけじゃ」
元々、
今回、スカーレットにより強制的に
いっそ、正しい情報を与えた方がマシだろうという判断だ。
ちなみに、『
名前本名は『ヨイヤミ』。よくある記憶喪失のようだ。
「基本的に普通の人間と同じように扱って問題はないのじゃ。ただ、ドラゴンと同じように専用の魔法を使えるから、不用意なことはせん方が身のためじゃぞ」
「随分と詳しいですね。もしかして、カスタール女王国の竜騎士部隊は……」
「それとは別件じゃな」
リンフォース、惜しい所まで行ったんだけどね。
「これはかなり重要な案件ですので、情報提供をいただきたいのですが……」
「この場で多くを語るつもりはないのじゃ。会議の趣旨から完全に外れるからのう」
「それは……仕方ありませんね。では、この会議の後、残ってお話をお聞かせ……」
「それも拒否するのじゃ」
「貴女は事の重大性を理解しているのですか!?未発見の!女神様が何も伝えていない種族が存在するという一大事ですよ!」
取り付く島もないサクヤの様子に、苛立った声を上げるリンフォース。
なるほど、女神は
そして、リンフォース的にはそれが問題なのか……。
「それはリンフォース殿の都合なのじゃ。妾にとっては大した話ではないし、会議以外の理由でエルガーレに留まるつもりもない。用があるなら、街の外にいるときに使者でも出すと良いのじゃ。尤も、神国からの使者など、今まで通り門前払いがいい所じゃろうがな」
「あ、あれは……」
言葉に詰まるリンフォース。
サクヤの発言は、暗に『今までの刺客の件があるから、エルガント神国からの使者は受け入れないよ』と言っているのに等しい。と言うか、言っている。
リンフォースが直接指示したわけではないが、監督責任は確実にある。把握していたというのなら、なおのこと問題だ。故に容赦なく拒絶する。
「どうしてもと言うのなら、会議が終わり、妾が国に帰った後、改めて正式な使者を送ると良い。少なくとも、この国に居る間にその件で特別に時間を使う予定はないのじゃ」
「……分かりました。この件については、首脳会議終了後に追って使者を出します」
「うむ、それならば良いのじゃ」
下手に出ても良い事はないので、サクヤも随分と強気だ。
周囲の状況が状況だけに、内心では結構冷や冷やしているかもしれないけどな。
リンフォースはコホンと咳払いをして仕切り直す。
「スカーレット様の件で補足させていただきます。現在、スカーレット様には別室でこの会議の様子をご覧になっていただいております。基本的に発言権は有りませんので、そのつもりでお願いいたします」
「1点、よろしいでしょうか?」
そこで手を挙げたのはレガリア獣人国の参加者の1人、シャロンの代理の獣人女性だ。
見るからに『秘書!』と言った様子の、羊系獣人だ。羊であって、執事ではない。
「何でしょうか?」
「我がレガリア獣人国の女王、シャロン様を昏倒させた件はどうなるのでしょうか?流石に我が国としても正式に抗議しないわけには行きませんよ」
「その件についても回答を得ております。スカーレット様曰く、シャロン様と七宝院様を昏倒させた件については、正式に謝罪をし、賠償をするそうです。別途、正式な回答をさせていただきますので、しばらくお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
スカーレット、本当に謝罪をするんだね。
かなり豪快な性格をしていたから、その辺は適当に済ませるのかと思ってたよ。
「承知いたしました。向こうにその気があるというのなら、この場での追及は控えさせていただきます。それと、我が国の勇者支援国参加の件ですが……」
「そちらはシャロン様が起きられてからの回答と言うことですね?」
決着が付く前にスカーレットの参戦があったため、シャロンと七宝院の戦いで決まるはずだった勇者支援国参加の約束が宙に浮いた状態になっているのだ。
当然、本人が起きてから決まるのだと思いきや……。
「いえ、シャロン女王でしたら、あそこまで戦えた相手を認めないとは思いません。勇者支援国になる前提で話を進めて頂いて構わないかと思います」
「よろしいのですか?シャロン様の承諾なしで決めてしまっても?」
「ええ、その程度の決定をする裁量は与えられておりますので……」
リンフォースの問いに頷く執事、じゃなかった、羊秘書さん。
「わかりました。それでは、その様に進めさせていただきたいと思います」
そこで、ふと思い出したかのようにリンフォースは視線をゼノンへと向けた。
「大分間が開いてしまいましたが、グランツ王国が勇者支援国にならない理由は何なのでしょうか?スカーレット様のお話の途中ですが、お聞かせいただいても構いませんか?」
そう言えば、カスタール女王国(エステア王国)とレガリア獣人国の話は聞いたけど、グランツ王国の理由は聞いていなかったね。
「うむ、よかろう。余が答えてやろう」
ゼノンは頷き、グランツ王国の理屈を語る。
「余にとって、魔族も他の国もいずれ倒すべき敵であるという点では同じ括りとなる。何故、敵対勢力に他の敵対勢力を倒すための支援をしなければならぬ?無駄以外の何物でもなかろう?」
その一言は、この場にいる他国の代表全てを敵に回す発言に他ならなかった。
それは、今までのようなタチの悪い冗談で済むようなモノではなく、本気で戦争を検討しなければいけないレベルのモノだった。
「その発言は本気ですか……?冗談にしても少々悪質すぎると思いますよ」
リンフォースもかつてなく殺気を漲らせて質問をしている。
「余は冗談でこのような事は言わぬ。その証拠を今から見せようではないか!」
《仁様!攻撃が来ます!赤い……槍です!》
ゼノンが叫ぶのと同時に、リコからの緊急の念話があった。
その瞬間、カスタール、エステア、サノキアに点在していたメイド騎士達が剣を抜き、非戦闘員を守るように前に出る。
「我が血よ踊れ!<
スキル名をゼノンが唱えると、手に持っていた短剣で自らの腹を掻っ捌く。
ダイナミック自決!ハラキーリ!
「ぐふぅっ!」
大量の血が噴き出す。
しかし、その血は地面には落ちず、ゼノンの腹から出たまま、空中に浮いている。
「皆殺しにせよ!」
口からも血を吐きながら、ゼノンが再び叫ぶ。
その宣言を合図に、ゼノン出た血は槍のように伸びて参加者達を襲う。
「な、何だこれは!?う、うぎゃあああ!!!???」
「やめ、やめろ!くるなあああ!!!」
「女神よ!私をお助け下さい!ああ、がふっ!?」
一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図となる会議室。
『血の槍』に貫かれた者は、一瞬で干乾びる。どうやら、血を吸い取られているようだ。
しかし、『血の槍』自体はそれほど数が多いわけではない。たったの5本だな。
最初に近くにいた者達を貫いた後は、会議室から逃げようとしている者を優先的に刺殺しているようだ。
各国の代表者達が次々と刺し殺されている。
《お、お兄ちゃん!?ど、どうしよー!?》
《ゼノンが大暴れした場合の対応は話し合っていただろう?大した攻撃でもないし、俺達は防御に専念だ。他の連中を助けてやる義理もないからな》
サクヤの念話に答える。
カスタール、エステア、サノキア以外の連中を助けてやる義理も無ければ、気力もない。
それはあらかじめサクヤにも伝えてあるし、サクヤも無理にとは言わなかった。
《わ、分かった。……けど、結構怖いね。微妙にトラウマな光景だし……》
腹を刺し貫かれた経験のあるサクヤが冷や汗を流す。
パッと見、部下を信用して微動だにしない立派な女王である。
ん?……いつの間にか、『血の槍』が10本以上に増えているぞ?
ああ、<
A:はい。<
<
自身の血を操作して、武器のように扱うことが出来る。血の武器によって他者を傷付けた場合、その血を吸収することが出来る。吸収した血の質により、使用者は強化される。
と言うことは、時間をかければかけるほど面倒になると言うことか。
でも、10本以上の『血の槍』を操作するのって大変そうだけど……。
A:自動操縦機能があります。
……つまらん。そこは手動操縦でやるべきところだろうよ。
「何故!?何故私の加護が発動しないのです!?」
そう叫ぶのは神殿騎士達の肉壁に囲まれているリンフォースだ。
どうやら、周囲の者達に<神域の加護>を与えようとしているのに、全く効果が無いのだろう。
頼みの綱である<神域の加護>が無効化され、尋常でない程に狼狽している。
神殿騎士達は次々と『血の槍』に刺し貫かれ、その命を散らしていく。
勇敢にもゼノンに向かって行く神殿騎士もいるのだが、その剣が届くことなく地に伏すことになる。
リンフォース達の様子を伺っていたら、『血の槍』が俺の方に向かって伸びてきた。
剣を抜き、『血の槍』を一掃しようとした所で、俺の前に立ちふさがる少女の姿が……。
「……ごふっ!?」
俺の目の前で少女、木野あいちが『血の槍』に刺し貫かれる。
……俺の事を庇おうとしたのか?一体何のために……?
木野の身を張った防御も虚しく、『血の槍』は勢いを多少殺しつつも俺を狙い続ける。
「よっ!」
俺は『血の槍』に斬撃を加えて消し飛ばす。
その際に放り出された木野の身体を受け止める。心臓を貫かれているようで、ほぼ即死だったようだ。だが、その表情は満足そうにも見える。
その場に現れた特大<
自身の命を張って俺を守ろうとするなんて普通ではない。
きっと、何か理由があるのだろう。そして、その理由は黄色っぽい赤マーカーと関係があるのかもしれない。
正直に言ってかなり気になるから、このまま放って置くという選択肢はない。
「何故!?何故!?」
次々と神殿騎士が殺され、叫ぶことしか出来なくなったリンフォースにゼノンが近づいていく。
「何故、不死の加護が届かないか、余自らが教えてやろう」
「ひっ!?」
リンフォースはへたり込み、失禁をしてしまう。
さっきパンツ換えたばかりなのに……。
「リンフォース殿の不死の加護はエルガーレに居る者にしか与えることは出来ぬ」
一歩、リンフォースに近づく。神殿騎士が切り掛かるが、返り討ちに遭う。
「では、エルガーレの定義とは何であろうか?領土か?国民か?否!エルガーレの『結界石』で守られた領域こそがエルガーレである」
一歩、リンフォースに近づく。リンフォースの周囲を守る神殿騎士が刺し殺されていく。
「今頃、余の配下がこの街の『結界石』を破壊しているであろう。故に、ここはエルガーレであってエルガーレではない!故に、加護を与えることも出来ぬ!」
一歩、リンフォースに近づく。ついにリンフォースを守る神殿騎士が全滅した。
「これで終わりだ。余の糧となれ」
「ひいいいいい!!??そんな!?そんな!?そんな!?そんな!?女神様!?女神様!?女神様!?女神様!?めがみさまぁああああああああああああああ!!!!!」
-ザシュッ!-
「あ、ああ……」
『血の槍』がリンフォースを貫き、その命を刈り取り、その血を吸い尽す。
「くはははは!これがハイエルフの味か!美味、美味である!これで余は最強となった!もはや誰にも余を止めることなどできぬわ!」
ゼノン君が盛り上がっている所悪いけど、リンフォースはまだ死んでいないよ。
正確に言うと、1度は死んだけどまだ残機が残っているから死に切ってはいないんだよね。
はい、これがリンフォースのステータスね。
名前:アン(偽名:リンフォース・メイ・エルガント)
LV300
性別:女
年齢:1803
種族:ハイエルフ
スキル:
魔法系
<光魔法LV10><回復魔法LV10>
技能系
<統率LV10>
身体系
<MP自動回復LV10>
その他
<不老LV-><神域の加護LV-><致死再生LV1>
称号:エルガント神国教皇
<致死再生LV1>
所有者が死亡した場合、スキルレベルが1下がる代わりに蘇生する。
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裏伝
*本編の裏話、こぼれ話。
・教皇
外伝第7話『神託の巫女』ではエルガント神国の教皇は
しかし、リンフォースはクリストファーの後任と言う訳ではない。
元々、リンフォースはエルガント神国の
当の昔に教皇の座を譲り、半隠居生活を送っていたが、クリストファーの死亡により再び表舞台に引きずり出されることになったのだ。つまり、後任ではなく復権となる。
なお、教皇と神託の巫女はエルフのみがその立場に就くことが出来る。
そろそろ、この章のタイトルを決めようと思います。
「エルガント神国編」にするか、「エルガント神国崩壊編」にするか……。
最近、執筆速度低下によりストックがカツカツになってきました。
これ以上更新頻度を落としたくないですが、最悪の可能性があり得るかもしれません。
政治とか国際情勢が絡むと遅筆になるのはどうにかしたいですね。