第138話 令嬢勇者と少女獣王
主人公サイドではない決闘を眺めるだけです。
主人公が空気の章です。
世界最大の宗教国家であるエルガント神国の神都エルガーレの中心にある大聖堂。
その中にある訓練場では、普段は神殿騎士が訓練をしているのだが、この日は周辺諸国の重鎮達が集まっていた。
それはもちろん、『勇者』七宝院神無と『獣王』シャロンの戦いを見るためである。
「時間は無制限。武器、魔法の使用に制限なし。有効打が1度でも入った時点で試合終了とさせていただきます。有効打は無効化されますので、遠慮なく攻撃してください。逆に、有効とは言えない攻撃はそのまま通りますので、そのつもりでお願いいたします」
「問題ない」
「私も同じです」
リンフォースの問いかけにシャロンと七宝院が答える。
なお、<神域の加護>によるダメージ無効の件は詳しく説明する訳にも行かないらしく、
説明しにくい時に
《セラちゃーん。視覚を共有させてー!》
《もちろん、いいですわよ》
俺と同じく訓練場に来ていたセラが、ミオの懇願を受け入れる。
現在、訓練場には会議室にいた者だけが入ることを許されている。
控室の者達は入れてもらえないのだ。当然、映像も見ることは出来ない。中継用のテレビみたいな
故に模擬戦の内容が気になった控室メンバーが、セラを含む訓練場メンバーに視覚の共有を頼んでいるのだった。
リンフォースの説明が終わり、七宝院とシャロンが戦いの準備に入った。
シャロンは会議場で言っていた通り、武器を持たず完全な素手だったが、多少ではあるが防具を身に着けていた。そして、服も白なら防具も白い。
白虎だからって白尽くしじゃなくてもいいんじゃない?白虎だって黒い部分あるし……。
対する七宝院は学校の制服だ。一般的な高校生ならば制服が一番公式の場に立つには相応しいからだろうか?木野も制服を着ているが、他の勇者達は思い思いの服を着ている。
いや、よく見ると細部が普通の制服とは異なっているような……。
A:さくらの制服と比べましたが、元の世界の制服ではない様です。この世界で制服を模して造られた衣服のようです。合成繊維ではなく、天然繊維です。
何故態々制服に似せた服を作ったのだろうか?
俺は制服がボロボロになるのが嫌でさっさとこの世界の服に着替えたのだが、制服を模してまで着ようとは思わなかったな。
まあ、聞く機会もないだろうから別に良いか。
そして、七宝院の武器は薙刀だった。
七宝院が軽く素振りをしているのだが、驚くほどに洗練された動きだ。
あれは一月二月で至れるものじゃないな。多分、元の世界での心得があるのだろう。その証拠に<剣術>と<槍術>のレベルが共に5という驚きの値だからな。
七宝院の振るう薙刀を見て、シャロンも思わず笑みを浮かべた。
リンフォースに促され、2人は訓練場の中心で相対する。
俺達は訓練場の端の方でその戦いを見る。
各国の重鎮達の前には神殿騎士が並び、流れ弾の警戒をしている。盾を装備し、<神域の加護>による無敵状態での完全武装である。
「それでは試合を開始いたします。両者、準備はよろしいですね」
「はい」
「うん」
「それでは、試合開始!」
そして、リンフォースの合図で試合が始まった。
「初撃はいただく」
まず動いたのはシャロンだった。あっという間に七宝院との距離を詰める。
七宝院が薙刀を振るうよりも早く懐に入れば、そのまま勝負が決まるだろう。
速攻と言うのは、戦術の中で最もシンプルなモノの1つで、ハマれば相当に強い。
「そう簡単には行きませんよ」
しかし、七宝院も速攻を読んでいたようで、軽い足取りでバックステップして距離を取る。
「おお!軽く跳んだだけであれ程動けるのか!」
勇者支援国の重鎮の1人が感心したように呟く。
今、七宝院は軽いバックステップで10mもの距離を移動したからだ。
「それが貴女の
速攻が失敗に終わり、再び距離が離れた所で、シャロンが足を止めて尋ねる。
七宝院のしたことは、シャロンからは見えなかったはずだが、大きく不自然な動きは
「ええ。<
七宝院の言う通り、彼女の
<
使用者の肉体から半径1mの空間に引力球を発生させる。引力球は最大3個まで発生させられる。
簡単に言えば、引力を操るスキルだ。
古今東西、引力だの重力だのを使うのは強キャラと決まっている。
そう言えば、重力と言うのは地球の引力と遠心力の和を意味するので、重力使いと言うのは表現として正しくないのではないか?と親友の東が言っていた。知らんがな。
彼女はバックステップの際、自分の背中側に引力球を発生させた。つまり、バックステップと同時に背中側に引っ張られたのである。
引力球は半径1mの空間内なら自由に動かせるので、上手く使えば結構な距離を跳ぶことが出来る。
「今度はこちらから行かせていただきます」
七宝院はそう言うと、今度は自分の前方に引力球を発生させて前に向かって軽く跳んだ。
バックステップの時と同様に、通常の物理法則ではありえない程の速度と距離で動く。
「はあ!」
高速で接近し薙刀を振るうが、シャロンは軽く身を引き、最小限の動きで避けようとする。
「……む?」
しかし、次の瞬間、七宝院は引力球を射程ギリギリの前方に発生させた。
それにより、シャロンの身体は引力球に少しではあるが引き寄せられ、同じく七宝院の薙刀も引力球に引き寄せられる。つまり、強制的に武器と敵がぶつかることになるのだ。
それに気づいたシャロンは、強く地面を蹴ってその場を離れる。
今のは惜しかったな。もう少し引力球の引力が強かったら、もう少しギリギリで引力球を使用できていたら、勝負は決まっていたかもしれない。
「……今のは、決まったと思ったのですけどね」
結局空振りに終わった七宝院が残念そうに言う。
「タイミングが甘かった。もしかして、まだ完全には使いこなせていない?」
「ええ、お恥ずかしながら、まだ使いこなせているとは言えません。結構、集中力を使うのですよ」
「使いこなせば、相当に強力な力。まだ強くなる余地があると言う事だから、気を落とすことはない」
「ええ、私もその通りだと思います。そして、その為の努力は惜しみません」
勇者にも向上心のあるマトモな奴もいるんだよな。
今まで、出会えなかっただけで……。
「やはり、貴女は良い。そろそろ、小手調べはおしまいにする。私、籠手を使ってないけど」
シャロンは本気出す宣言に謎のジョークを織り交ぜてきた。
何?彼女ってそう言うキャラなの?
「はあ!」
「速い!?」
シャロンは地を蹴り、先程よりも早く七宝院へと接近する。
七宝院は先程と同じように長距離バックステップで避けようとするが、引力球有りのバックステップよりも速く動いたシャロンに距離を詰められてしまう。
七宝院は引力球を使って、体力消費を最小限にした動きをしているが、身体能力によるブーストがないため、強者の全力疾走と比べると遅いという欠点がある。
「くっ!」
七宝院はシャロンに向けて斬撃を放った。
バックステップ中なので威力は乗らないが、一撃でも有効打を決めれば勝ちなので問題はないのだろう。
―キン!―
その斬撃をシャロンは腕で受け止めた。しかし、その時に響いたのは金属同士のぶつかるような甲高い音だった。
「何故!?」
驚いたように声を上げる七宝院だが、これは別に何も不思議な事ではない。
シャロンのスキル<硬拳術LV6>だ。
<硬拳術>
一時的に拳、及び二の腕までを金属のように硬化させることが出来る。
七宝院の薙刀も良い物だが、バックステップ中の力のない斬撃では有効打には程遠い様だ。
左腕で七宝院の斬撃を受け止めたシャロンは、空いた右拳で七宝院に向けて突きを放つ。
「くっ!?」
七宝院は身体を捻って避けるが、肩に掠めて服が少し裂ける。
どうやら、有効打判定ではない様で、リンフォースは何も言わない。
圧倒的ピンチの七宝院は、そこで驚くべき行動に出た。
「はっ!」
追撃が来る前にその場で大きくジャンプしたのだ。
当然、上方に引力球を発生させた状態で、である。
「貴女。空を飛べるの?」
「正確には、飛んでいるのではなく、空中にぶら下がっているだけですけどね。逃げるようで情けないですが、あの場ではこれしか手が思いつきませんでした」
現在、七宝院は上空10mくらいの位置で制止している。
引力球を上手く使えば、そんなことも出来るのか。
ちなみに、七宝院のスカートはいかなる力が働いているのか、一切中が見えない。おのれ、引力使いめ。
「勝つ為に一旦引くことを逃げるとは言わない。貴女はまだ諦めていない。違う?」
「もちろんです。まだ、勝敗が決まった訳でもないのに諦める事なんて出来ません。私の目的の為にも、そんな情けない姿を見せる訳にはいきませんから」
勇者の代表として戦っているのだし、情けない姿は見せられないよな。
「でも、まだ貴女に勝てるビジョンは浮かんでいません。いくらここにいれば安全とは言え、長々と考えている訳にもいかないですし……」
「その心配はいらない。そこは、安全圏ではないから。……『飛燕』」
シャロンはそう言うと、空中の七宝院に向けて突きを放った。
直後、拳型の衝撃波が放たれる。
「え?」
何が起こっているのか分からず、一瞬呆けた様な声を出した七宝院だが、すぐに状況を悟ると、飛んできた衝撃波を薙刀で防ぐ。
-バシィッ!-
「くうっ!」
「これが私の虎の子。飛ぶ拳撃、『飛燕』。私、白虎の子だけど」
思った以上に衝撃が強く、七宝院は大きく弾かれてしまう。
そして、シャロンはまた謎のジョークを織り交ぜてきた。今の『飛燕』もまた、シャロンの持つスキルによるものだ。
<飛拳術>
拳撃により衝撃波を飛ばせるようになる。飛距離・威力は本スキルと<格闘術>スキルの高さに依存する。
俺の<飛剣術>の拳バージョンって事だね。
それにしてもシャロンの奴、<格闘術>関連の補助スキルが充実してるなー。
「まだまだ行く」
シャロンは再び<飛拳術>を1発だけ放つ。連射すればいいのに……。
A:現在の<飛拳術LV2>ではまともに連射は出来ません。
ああ、そうなのか。それじゃあ仕方ないね。
「また!?ぐっ!」
-バシィッ!-
再び薙刀で防いで弾き飛ばされる七宝院。
空中では上方に引っ張るのに引力球を使っているため、素早く動くことは出来ないのだ。
「このままではジリ貧ですね……」
七宝院が焦燥感を見せる。
地上に降りるのにも隙が生まれるので、簡単には選べないのだろう。空中で<飛拳術>を防ぐことしか出来なくなってしまった。
このままでは、削りきられるのも時間の問題だろう。
「そろそろ諦める?誰も貴女を笑わないはず」
何度か<飛拳術>を放ったところでシャロンが提案する。
「例え負けるとしても、諦めることだけはしません!」
「良い覚悟。ならば決めてあげる。『飛燕』!」
もちろん、本当に降参するとは思っていなかったのだろう。
満足そうにシャロンは頷いた。
そして、再び拳を放つ。
今まで以上に大きな<飛拳術>が飛ぶ。
薙刀で<飛拳術>を弾くのは腕に負担がかかるのだろう。七宝院の腕はプルプル震えており、力が入っていないようだった。このままでは<飛拳術>は防げないだろう。
「今!!!」
七宝院は襲い来る<飛拳術>を睨み付けて叫ぶ。
-ブンッ-
「やはり、相性自体は悪かった」
シャロンが残念そうに呟く。
そう、シャロンの放った<飛拳術>は、七宝院の真横に発生した引力球に吸い込まれ、七宝院に当たることはなかったのだ。
どうやら、七宝院はこの土壇場で2つ目の引力球の制御を成し遂げた様だ。
「はぁっ……。はぁっ……」
すぐに2つ目の引力球は姿を消したが、たった一瞬の同時制御で七宝院は大きく息を乱していた。本人の言っていたように、相当の集中力を要するのだろう。
しかし、引力球で<飛拳術>が逸らされるというのは面白いな。俺の<飛剣術>も同様かもしれないな。本当に面白い。
シャロンも言ったように、<
「これはきついですね……。でも、何かを掴んだ気がします」
「厄介なことになった。でも、そうでなければ面白くない」
シャロンは防がれるとわかっていながら再び<飛拳術>を放つ。
七宝院も再び引力球で逸らす。
シャロンも攻撃が通らないとは言え、負担にはなるとわかっているからの行いだ。
それから何度か同じ行動を繰り返した。
少しずつだが、七宝院が慣れてきている気がする。徐々にではあるが、息が整ってきているし、引力球が出ている時間が長くなってきているからだ。
「どう、慣れてきた?そろそろかかってくると良い」
「当然のようにバレているのですね。分かりました。行かせてもらいます」
シャロンの問いかけに答えた七宝院は、引力球を操作してシャロンの方へと飛んだ。
「『飛燕』」
「はっ!」
―バシュッ!―
シャロンは向かってくる七宝院に<飛拳術>を放つが、七宝院はそれを薙刀で弾いた。どうやら、引力球で<飛拳術>を防いでいる間に回復したようだ。
「ならば直接殴る」
「今度は先程までのようにはいきませんよ!」
七宝院の薙刀とシャロンの硬拳がぶつかり、キンッと甲高い音を響かせる。
七宝院は薙刀1本しかないので攻撃手段も1つだが、シャロンの方は両手両足と攻撃手段が3倍はある(1本は脚を地面に着けていることが前提)。
腕1本で薙刀を防ぎ、もう1本の腕で七宝院を殴ろうとする。
しかし、七宝院はそれを引力球による横移動で回避した。
そのまま蹴りを放ってくるシャロンだが、今度は足元に発生した引力球により軸足を崩されて蹴りが中断される。
「くっ……」
「今です!」
その隙を逃さずに横薙ぎに薙刀を振る七宝院。
シャロンは攻撃を一旦捨て、両腕を硬くしてクロスするように防ぐ。
シャロンは重心を後ろに移動させることで衝撃を減らし、そのまま後ろに跳ぶ。
「『飛燕』」
少し距離が開いたところで、<飛拳術>を牽制に使い、追撃を防ぐ。
空中にいる訳ではないので、そのまま足さばきだけで避ける七宝院だが、追撃の機会は失したようだ。
その後も2人の近接戦闘はしばらく続いた。
単純なスペックだけで言えばシャロンが大きく勝っているが、七宝院は
2個同時の引力球操作は容易ではないようで、1個は常時使用、もう1個はここぞという時の使用に限定されている。
しかし、戦術の幅が広がったのは間違いがないようで、何とかシャロンとの近接戦をこなせている。戦いの中で成長するとか、お前は主人公かと言いたい。
シャロンはシャロンで<硬拳術>、<飛拳術>を使いこなし、七宝院の戦術に上手く対応している。
……実はシャロンはその気になれば七宝院を倒すことは難しくない。
手を抜いている、と言う訳ではなく、使用するスキルを制限しているようだ。
シャロンは強力なユニーク級スキルを複数所持しており、その内の1つでも使えば、すぐにでも七宝院を倒せる。しかし、シャロンは頑なにそれを使おうとはしない。
恐らく、それらのスキルが他者の実力を見る事には向いていないからだろう。瞬殺やオーバーキルしか出来ないスキルを実力を見る為の決闘で使うような無粋者ではないようだ。
そのおかげで、盛り上がる戦いが見られているのだから、俺としては何の文句も無い。
見ていて楽しい激戦にも、終わりは必ず訪れる。
これは時間無制限でどちらかが敗北するまで終わらない戦いだからか?
いや、そう言う理由ではない。
「おい、何だアレは?」
他国の重鎮の1人が空を見上げて指差した。
そこには黒竜と、それに騎乗した男の姿があった。
「敵襲か!?」
その言葉を聞き、七宝院とシャロンもすぐさま戦いの手を止めた。
「面白そうな事してんじゃねえか。俺も混ぜろや」
男は大声でそう言うと、跨っていた黒竜から飛び降りた。
黒竜は20m以上の高さを飛んでいたようだが、男は躊躇することはなかった。
「あの高さから飛び降りるだと!?死ぬ気か!?」
-ドウン!!!-
人間1人が落ちた様な音ではない、凄まじい轟音と共に男は訓練場に降り立った。
とある重鎮の考える未来は訪れず、そこには平然とした男の姿があった。
男は燃えるような赤髪で、漆黒の鎧を身に着けた30代くらいの大男だった。
その目は好戦的な獣のような鋭さを持っており、王者の貫禄を漂わせていた。
「
男は挑発するように七宝院とシャロンに向けて手招きをした。
「凄まじい闘気。何者かは知らないけど、この場には各国の代表がいる。乱入者をそのままにはしておけない」
「そうですね。禍々しい雰囲気もありますから、取り押さえるしかないでしょう。幸い、私もシャロンさんも十分に戦える状況です」
「あー、御託は良いから、さっさとかかって来い。俺も長いフライトで結構ストレス溜まってんだ。ほら、俺を楽しませてみろよ」
男の挑発に乗った訳ではないのだろうが、2人は男を捕らえるために駆け出した。
「は!」
瞬間的な速度で勝るシャロンが男に肉薄し、腹に向けて拳を放つ。
身長差があるので顔を狙うのは難しいのかもしれない。
「良い拳だが、まだ遅えな」
「何!?」
しかし、男はあっさりとシャロンの拳を掌で受け止める。
「とりあえず、これでも喰らっとけ」
そして、男はがら空きになったシャロンの腹に向けて突きを放った。
シャロンは硬化した腕でそれを防ごうとするが……。
-バシッ!-
「痛っ!」
いとも簡単に弾かれてしまい、そのまま腹パンされてしまう。
ドスっと鈍い音が響き、そのままシャロンが崩れ落ちる。<神域の加護>は、何の役にも立たなかった。
「何故です!!!」
リンフォースが驚愕して叫んだ。
<神域の加護>には絶対的な信頼を寄せていたからかもしれない。
「シャロン様!?」
七宝院も驚愕するが、男に接近するのを止めようとはしない。
「くっ、これならどうです!」
七宝院は渾身の力で斬撃を放つ。引力球により男の体勢を崩そうとするのも忘れない。
しかし、男には引力球は何の効果も見せなかった。
「
七宝院渾身の斬撃は男の指二本で挟まれ、止められてしまった。
……あの止め方、格好いいから後で練習しよう。
七宝院は何とか薙刀を引き戻そう、もしくは押し込もうとしているが、ピクリとも動かない。
「面白れぇが、まだ足らねえな。今は眠っとけ」
「うっ……」
男は素早く七宝院の顎を打ち抜き、昏倒させた。
今まで、素晴らしい戦いを繰り広げていた2人をあっという間に倒してしまった男に、有効打を無効化しているはずの2人を、そんなものは知らないとばかりに昏倒させた男に、禍々しいオーラを纏った男に対して、各国の代表は何も言うことは出来なかった。
「リンフォース殿!あの者を抑えなくてもよいのか?」
唯一……と言う訳でもないけど、落ち着いているサクヤがリンフォースに尋ねる。
「そ、そうでした。神殿騎士達よ。あの男を捕らえなさい!」
余程狼狽しているのか、リンフォースの声からはいつもの落ち着きが全く感じられない。
恐ろしい者でも見るかのような目で乱入者である男の事を見ている。
「はい!」×10
神殿騎士達が男に向けてかけ出すが、男はその場で降参とばかりに手を挙げた。
神殿騎士達も怪訝な顔で立ち止まった。
「
「全く、貴方と言う人は、いつまでたっても子供っぽい所が変わりませんね」
そう言ってふわりと男の横に降り立ったのは、20代中頃くらいの女だった。
女は黒いドレスを着ており、目も髪も黒かった。しかし、顔の造りは日本人という感じではない。と言うか、日本人ではない。
何となくわかるかと思うが、一応説明しておこう。
この女は先程の黒竜である。いや、正確に言うのなら、『先程の黒竜タイプの
「そう言うなって。童心を忘れた男なんて枯れ木みたいなもんだ。俺はそんな下らねえ存在に成り下がるつもりはねぇんだよ。お前だって俺がつまらない男になるのは嫌だろ?」
男が弁解するように黒竜の女に尋ねる。
「そこまでは言いませんが、歳も歳ですし、多少の落ち着きを見せても良いとは思いますよ」
「ははっ、年齢相応の落ち着きって言われると
「善処しないパターンではありませんか……」
気安い2人のやり取りに神殿騎士達も呆気に取られている。
そこで、男は神殿騎士達に再び向き直る。
「おっと、重ね重ね
「そ、そうです!貴方は何者で、ここに何をしに来たのですか!?ここは今、各国の重鎮達が首脳会議を行っている場ですよ!貴方が倒したのは、勇者とレガリア獣人国の女王ですよ!貴方はテロリストなのですか!?」
リンフォースの第一印象であった、『落ち着いた大人の女性』はどこかに放り投げられてしまったようだ。
長い法衣のスカートで見えないが、先程からリンフォースの足はガクガクと震えている。
加えて言えば、同じくスカートで見えないがそこそこ漏らしている。
「テロリストとは
「テロリストではないというのなら何者なのですか!?早く名を名乗りなさい!」
先程からリンフォースの声は震えている。
余程この男が怖いのだろうか?エルディアを下した俺が近くにいたのに全く動じていなかったリンフォースが何を恐れるというのだろうか?
A:<神域の加護>が無効化されたからではないでしょうか?つまり、リンフォースにとっては初めての『命の危機』なのではないでしょうか?
ああ、なるほど。
無敵前提で行動をしているから、それを脅かす男が怖かったのか。まあ、男の
……でも、知らなかったとは言え、今更な話だよな。
そして、再び名を問われた男は腰に下げていた大剣を抜き放ち、地面に突き刺しながら答えた。
「耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!天下に轟く真紅帝国の皇帝様、スカーレット・クリムゾンたぁ俺の事よ!」
そう、この男は真紅帝国の皇帝、スカーレット・クリムゾンだったのだ。
俺があまりにも真紅帝国に行かないから、真紅帝国の方からやって来やがった!
ついにスカーレットが登場です。
その存在が示唆されたのが、ルージュ登場の53話なので、85話の間出て来なかったことになります。
少し、引っ張り過ぎた感はある。