第137話 剣帝と会議の再開
剣帝流は当初剣聖流でしたが、思いっきり水原咲と被るので修正しました。
さて、そろそろ来年のエイプリルフールネタ考えないと……。
「ソルトオオオオオオオ!!!」
「駄目だ!死んでやがる!」
「何て酷い事を!こんなの人間のすることじゃないわ!」
死んだソルトを剣帝流の門下生達が囲んで慟哭をあげている。
え?何この茶番……。
「アイツが、アイツがこんな非道な事を!」
「ソルトはいい子だったのよ!それなのに!」
門下生達はマリアと俺を親の仇でも見るかのような目で睨み付けてくる。
「ソルトの仇は私が討つからお前達は下がっていろ。私の弟子を手に掛けられては黙っているわけには行かないからな。マリーよ、すぐに私と戦ってもらおうか」
キーネの宣言を聞いて少し納得した。
つまり、向こうが正しいとアピールして、こちらに罪悪感を抱かせるための茶番なのか。
そして、下手糞な理屈で相手に休む間を与えないと……。
「良いですよ。時間の無駄ですから、早く始めましょう」
でも、俺やマリアがそんな小細工で動揺するとでも思っているのかね?
マリアは外野のセリフを一切無視してキーネと向き合う。ソルトの遺体は門下生達が広場の端の方に寄せた。
マリアとキーネが向き合うと、門下生達はソルトの遺体には目もくれなくなる。
やっぱり、ただの茶番だったんだね。
そして、俺は自分の直感が正しい事を悟った。
道理で<剣帝>スキルに全く食指が動かなかったわけだよ。
要するに「剣帝」と言う称号は、このクソみたいな連中の親玉であることを証明する称号なんだろ?そんな称号、例え<剣帝>スキルを使うためには必須のユニーク称号と言われても、全く欲しいとは思えない。
《マリア、こんな下らない事をする連中のスキルだけど、<剣帝>を使いたいのか?》
思わずマリアに念話を送ってしまった。
俺だったら、頼まれても「剣帝」になんてなりたくはない。
こんな連中と同類とは思われたくない。
《仁様がどうしてもと言うのなら「剣帝」を得るのを止めますが、私にお任せいただけるのでしたら、このままキーネを殺して称号を得たいと思います》
《いいのか?》
《はい。使える物は何でも使うつもりです。当然、仁様が嫌と言わない手段に限ります》
最後の一言、実はとっても大切です。
さて、俺は頼まれても「剣帝」になんてなりたくないが、マリアにまで禁止するほど嫌いか?と言われると、実はそこまでではなかったりする。
称号の名称自体は格好いいからね。
《わかった。マリアに任せる》
《ありがとうございます》
マリアが良しとするのなら、俺からはこれ以上言うべきことはない。
俺の欲しい物とマリアが欲しい物は違って当然なのだから。
「ではジーンよ、開始の合図を頼む」
そう言ってキーネが構えるのは、例の呪われた
マリアは先程と同じように自然体で無駄な力を抜いている。
「わかった。……それでは、試合開始!」
「ふっ!」
俺が合図した瞬間、キーネが前に飛び出した。
剣帝流って初手特攻が基本戦術なんですかね?
しかし、その速さはソルトとは比べ物にもならない。
一瞬でマリアの前に移動し、逆袈裟に剣を振るってくる。
マリアはその斬撃を避けることなく剣で受け止める。
―キン!―
甲高い音が響くと、すぐさまキーネは次の行動に移った。
<身体強化LV10>の本領とも言うべきステップでマリアを翻弄しつつ斬撃を繰り返す。
マリアは自身からは攻撃を仕掛けず、キーネの攻撃を防ぎ続ける。
武器の性能はキーネの方が上だろう。呪われているとは言え、
加えて、人を斬り殺した分だけ強くなっているのだから手に負えない。
「くっ、これだけ切り結んでも壊れないとは!丈夫な武器を使っているようだな!」
しかし、『宝剣・常闇』も
レア度では1段劣るとはいえ、それは致命的な差ではない。自動修復機能もあるので、この程度の戦いで一方的に折られるほどヤワではない。
何度打ち合っても折れない剣にキーネが苛立ちを見せる。
スキルは<剣術>、<身体強化>は両者レベル10で同等。
<剣帝>の分だけ単純な剣の腕ではキーネに軍配が上がるかもしれない。しかし、マリアの本領は<剣術>ではなく、その器用さによる戦術の幅広さだ。
「剣帝流奥義、『七天抜刀』!!!」
<剣帝>スキル所有者のみが使える奥義、その1つの『七転八倒』……もとい『七天抜刀』を放つキーネ。駄洒落かよ……いいと思います。
その奥義は一瞬で七度の斬撃を繰り出すという大技だ。
「ふっ!」
「何!?」
マリアは一瞬で放たれた斬撃を全て紙一重で避ける、防ぐ。
「くっ、もう1度!」
再び放たれる『七天抜刀』だが……。
マリアは一発目と二発目の隙間、ミリ秒以下のタイミングでカウンターを狙った。
あまりにも完璧なタイミングで放たれたカウンターだったため、キーネはそれを防ぐために『七天抜刀』を中断して防御するしかなかった。
「くぅっ!?」
「フェイントも無しに、2度同じ技を連続で使うとは、私を舐めているのですか?」
「防戦一方の癖に偉そうに!」
確かに、今のままではカウンター狙いで勝ちを拾うしかないだろう。
何故なら、今のマリアはキーネの8割程度のステータスしかないのだから。
簡単に言えば、ハンデキャップマッチである。舐めプとも言う。
今回、マリアは純粋な剣術の腕を磨く為、あえてギリギリまでステータスを落とし、武器の質を下げ、ほとんどのスキルを封じるという制限を付けて戦っていたのだ。
俺が指示したんじゃないぞ。マリアが自分でやるって言いだしたんだからな。
「そのようですね。では、こちらもそろそろ一段上げさせてもらいます」
加えて、試合が始まってから今まで、<剣術>と<身体強化>以外のスキルも使用していない。それでも防戦だけならばなんとかなるという自信がついたので、攻めに入るために他のスキルを解禁するようだ。
「口から出まかせを!」
「そう思いたければどうぞ好きにしてください」
マリアはキーネの斬撃を屈んで避けると、そのまま後ろ回し蹴りを放った。
これは良い<格闘術>ですね。
屈んだ状態からの斬撃はないと踏んでいたキーネは慌てて避けるが、その蹴りはわき腹を掠めるようにではあるが、確かに当たった。
「ぐう!剣の戦いで蹴りを放つとは卑怯な!」
「貴女の言う死合では剣しか使ってはいけないのですか?今持てる全てを使わずに、死力を尽くさないのに死合と呼ぶのは、感心できませんね」
それを言ったら、ハンデ戦をしている時点で、マリアも死力は尽くしていないんだけどね。
いや、制限を加えた上で『今持てる全ての力』は使っているな。それはそれで死力を尽くすと言えると思う。
「くっ!言ってくれる!」
威勢はいいが、マリアの使用スキルに<格闘術>が加わっただけで、キーネは防戦一方に追いやられている。
<剣帝>は<剣術>の効果を上昇させてくれるが、それだけではレベル10スキル2つ分のコンビネーションには及ばないらしい。<剣術>特化さんの応用力の無さが浮き彫りになった感じだ。
「かはっ!」
マリアもキーネの行動パターンが読めるようになって来たのか、徐々に攻撃が当たるようになってきた。今もつま先が鳩尾に掠っていたからな。
流石に斬撃がクリーンヒットするようなことはなかったが、<格闘術>の方は少しずつダメージを蓄積できる程度には当たっている。
形勢不利を悟ったキーネは、ここで最悪の悪手に打って出た。
「お前達、マリーの動きを封じろ!その間に私が秘奥義を出す!」
「「「「「はい」」」」」
最低の必殺技、『仲間を呼ぶ』である。
キーネの指示を聞いた弟子達は、武器を手にマリアの方に駆け出してきた。
おい、1対1のルールはどうした。
余談だが、メイド騎士達は既に仮設住宅の方に戻っており、この場にいるのは俺とマリアの2人だけだ。何となく、戻した方が面白い事になりそうな気がしたんだよね。
ほら、人ってさ、自分達の方が人数的に有利だとさ、短絡的な『数の暴力』に訴えたくなっちゃうだろ?
要するに、見え見えの罠と言うことだ。
「多対一は面倒ですね。仕方ありません。もう一段上げさせてもらいましょう」
マリアはスカートの下に隠したベルトから短剣を取り出した。
本来、マリアの戦闘スタイルは長剣と短剣の二刀流だ。
そう、実はマリアはここに至るまで、本来のモノとは異なる戦闘スタイルで戦い続けていたのだ。……それでも何とかなるんだから、本当に器用な奴だよ。
そうして襲い掛かる弟子達。
しかし、師範ですら勝てない相手に、弟子達が挑んでどれだけの役に立つのか?
「グハッ!?」
「ガフッ!?」
「きゃあ!?」
「うぶっ!?」
…………。
答え。全く役に立ちませんでした。
あっという間に9人分の死体の山が出来上がった。
俺が言うのもなんだけど、マリアに容赦や躊躇を期待するのは間違っていると思うよ。
しかし、当初の目的である時間稼ぎは達成され、キーネの秘奥義は準備が整ったようだ。
キーネの持つ呪われた剣が赤く光り輝いている。禍々しい。
「剣帝流秘奥義、『剣魂一敵』!!!」
掛け声とともに放たれたのは超高速、超威力の横薙ぎだった。
その斬撃は10m近く離れた場所から放たれたのに、空中を伝ってマリアに襲い来る。
……ただの<飛剣術>じゃん!?
とは言え、飛ぶ斬撃のサイズはそれなりに大きく、避けるのは難しいだろう。
「見様見真似ですが、技をお借りします。『飛剣連斬』!」
対するマリアは俺の得意技?である『飛剣連斬(<飛剣術>を連続で放つ)』を使用した。
……そう言えば、マリアの封じたスキルの中に<飛剣術>はなかったね。
遠距離からの一方的な試合なんて、何の経験にもならないから使わなかったけど、万が一相手が遠距離攻撃を使ってきた時のためにそれだけは残していたんだよね。
威力自体は『剣魂一敵』の方が高いのだろう。
<飛剣術>1発では『剣魂一敵』と相殺されることはなかった。しかし、2発、3発目で『剣魂一敵』は相殺されてしまった。
「馬鹿な!?剣帝流の秘奥義が破られるだと!?ぐわああああああ!!!!!」
『飛剣連斬』はたった3発の連撃ではない。
『剣魂一敵』を相殺した残りは、当然のように延長線上にいたキーネに直撃する。
逃げれば良かったのに、キーネは全く動けずに『飛剣連斬』を喰らう。どうやら、『剣魂一敵』は使用後しばらく動けなくなるタイプの技のようだ。
発動前にタメが必要で、発動後は硬直が発生する大技……うん、使い物にならんな。
あっという間にキーネのHPは0になり、勝負が決してしまう。
キーネとの試合が終わった後、俺達はメイド騎士を呼んで後片付けを手伝ってもらった。
マリアは無事に「剣帝」の称号と<剣帝>のスキルを入手していた。
尤も、剣帝流は先程の戦いで使い手が全滅したので、途絶えてしまったのだけれど……。
どうでもいいか。あんな流派。
片づけが終わって仮設住宅に戻ると、サクヤがテーブルに突っ伏していた。
「サクヤ、どうしたんだ?」
「お兄ちゃん、今さっきSランク冒険者を殺したよね?」
「いえ、サクヤちゃん。殺したのは私ですよ」
実際にキーネを殺したマリアが訂正を入れる。
「うん、そうだったね。いや、Sランク冒険者は一応貴族扱いだから、困った事になりそうだなって思ってね……」
「そうは言っても、死合を申し込んできたのは向こうだぞ」
「うん、それは理解しているんだけど、ここでその言い分が素直に通ると思う?」
今までのこの国のやり方を考えると、そんな訳が無いというのがすぐに分かる。
それでは、どのように対処するのが最も正しいのか。
「よし、それじゃあ、Sランク冒険者キーネは最初からここには来なかったことにしよう。死体は格納済みだから見つかる訳がないし、全員が知らんぷりすれば問題ないだろう」
「いや、それで済むわけが……いいかも」
俺の提案を拒否しようとしたサクヤだったが、途中で意見が翻った。
そもそも、Sランク冒険者であるキーネがここに来たことが問題なのだ。
正確には、『Sランク冒険者が林に行って帰ってこない』と『林にカスタールの重鎮が仮設住宅を建てている』の2つの情報を持っている者が存在することが問題なのだ。
例えば、キーネの件で俺達を糾弾しようとする者がいたとしよう。
ソイツはキーネが俺達の元に来た事を知っていたことになる。つまり、『他国の重鎮がいる場所に殺し合いが趣味のSランク冒険者が向かったのに止めなかった』と言うことだ。
十分に、問題だろう?
偶然林に来たと言い張るのも難しい。
何故なら、林の入り口にはメイド騎士が立っているのだから。
なんなら、キーネは林に来たが、理由を説明して帰ってもらったと言えばいい。無理矢理林に入ったというのなら、それは暗殺者であると公言するようなものだ。
十分に、問題だろう?
言いがかりを付けてくるのなら、相手の不備をついて逆に攻め立てればいい。
苦し紛れで杜撰な暗殺計画が相手だ。いくらでも反論の余地はあるだろう。
「よく考えれば、面倒なだけで実害はない程度の言いがかりだね。お兄ちゃんの防波堤になるって約束だし、お兄ちゃんに大暴れされるよりはマシだから、私が頑張るしかないよね!」
サクヤが気を取り直すのは良い事なんだけど、俺の大暴れを引き合いに出すのはどうかと思うんだ。今のところ、大暴れする予定はないよ?その必要もない。
次の日、俺達は首脳会議出席のために再びエルガーレへと向かった。
昨日と同じように、仮設住宅はメイド達が解体している。こんなところに仮設住宅を置いて行っても不利益しかないだろう。
当然、エステア王国の連中に貸していた仮設住宅も撤去済みだ。もう1度必要になったら組み立ててあげる約束はしている。
昨日と同じように外壁の門を越え、大聖堂へと入り、会議に参加しないグループと別れ、会議室へと向かう。
ここまで、Sランク冒険者殺害の話題は出ず。今も件の司祭は大人しくしているようだ。
流石に、糾弾すると返り討ちに遭うと気付いたのだろうか?
会議室に到着した。
昨日は色々とあったが、同じ会議室で会議をするらしい。
粗相の跡はきれいに掃除されている。……昨日、粗相をしたのと同じ場所に座るのは、精神的にダメージがあるのではないだろうか?
うちのメンバーには関係ないので、気にするほどの事ではないか。
参加者が全員揃ったところで、リンフォースが会議2日目の開始を宣言した。
「それでは、昨日中断することになりました、勇者支援に関する質問の続きから参ります。その後、勇者支援国の募集をさせていただきたく思います」
その会議中断は、リンフォースの放った殺気が原因なのだが、その件には一切触れない。
まあ、粗相をした人も少なくないから、蒸し返しても誰も得をしないんだよね……。
質問が進んでいくが、本日は昨日と比べて順調のようだ。
1番の理由はゼノン君が場を引っ掻き回すような発言をしていないからだろう。
ゼノン君は机に頬杖をついて、暇そうに欠伸をしている。
「もう質問はありませんか?なければ、勇者支援国の募集を開始したいと思います」
リンフォースはぐるりと周囲を見渡して、挙手者がいないことを確認する。
ゼノンの辺りで一旦目が止まったのは、気のせいではないだろう。
「それでは、勇者支援国の募集に入らせていただきたいと思います。勇者支援国に名を連ねてもいいと思う国の代表の方は、ご起立いただきますようお願いいたします」
リンフォースがそう言うと、エルガント神国と友好的な国の代表が立ち上がった。
『遠見の合せ鏡』を送られている国は、大半がエルガント神国側の国のようで、鏡越しに見える全ての代表者が起立している。
全体を見れば立ち上がっている国の方が多いが、当然立ち上がらない国も存在する。
我らがカスタール女王国の他には、エステア王国、グランツ王国、レガリア獣人国がそれに該当する。
影は薄いが、実はアト諸国連合も会議には呼ばれている。
しかし、12の国全てが来るわけにも行かないので、アト諸国連合でも規模の大きい3ヶ国(知の国「ネイチュン学術王国」、武の国「アーガス公国」、商の国「メンデル公国」)が代表として、他の国の勇者支援国参加の有無を取りまとめてきたようだ。
王族を軒並み配下にしているナルンカ王国は、当然勇者支援国にはならない。
その他、とある商会の影響力が強い国も勇者支援国にはならないらしい。フシギダネー!
なお、サノキア王国は勇者支援国に立候補している。
もちろん、これはサクヤ達と話し合った結果の選択である。
これは、エルガント神国と隣接するサノキア王国の立場を考えたものであり、同時に俺達の関係性を悟られないようにするためのカムフラージュでもある。
今まで、勇者達と友好的な関係にあったサノキア王国が、突然反勇者のような立場になると、色々と面倒な事になりそうだ。正直、サノキア王国の面倒まで見たくないし……。
起立した会議参加者達を見渡し、リンフォースが満足そうに頷く。
そして、座ったままの参加者に目を向けてくる。
「勇者支援国になっていただけない国もいくつかあるのですね。カスタール女王国は何故勇者支援国になっていただけないのですか?」
おう!それを聞くのか!聞いちゃうのか!
「以前と同じ理由なのじゃ。勇者が居なくても魔族は脅威にはならんからじゃ」
「魔王は勇者にしか倒せません。勇者を支援しないと言うことは、『魔王がいなくなる』という恩恵を受けるのに、その対価を支払わないと言うことに他ならないと思いませんか?」
ふむ、リンフォースの言い分にも正しい点はある。
勇者の支援は、魔王と言う名の脅威を取り除くことに繋がる。
逆に言えば、勇者を支援しないと、他の国にだけ負担を強い、自分達は何もしないのに魔王討伐の利益を得ると言うことになる。
「そうじゃな。リンフォース殿の言い分は尤もじゃ。しかし、その話からは大きな前提が抜けておるとは思わぬか?」
「……と、言いますと?」
リンフォースに思い当たることはないらしく、サクヤに尋ねてくる。
「実績なのじゃ。今まで勇者達は、何か大きな実績を残せておるのか?魔族の軍勢を撃退した。魔族の幹部を撃破した。……その手の話を、全く聞いたことが無いのじゃ。今まで長い時間があって、何も出来なかった勇者に、賭けることなどできぬのじゃよ」
そう、勇者には今のところ魔族との交戦記録がほとんどないのだ。
数少ない例外は、勇者が大敗を喫したエルディア王都の戦いくらいだろう。
むしろ、俺の方が魔族と良くぶつかっている気がする。人数的には800対1なのにね。
「それは先日もお伝えしました通り、エルディア王国の運用が悪かったからであり、我が国がフォローする以上、今後は次々と吉報が届くことになるでしょう」
「例えそうだとしても、勇者の被害を被った我が国が、現時点では何の実績もない勇者に支援をする道理があるまい?」
そこで、エステア王国のルーアン王子も挙手をした。
「我がエステア王国も同じ理由です。我が国に多大な被害を与え、その罪を償うことも無かった勇者に援助をする気にはなりません。せめて魔王討伐の期待が持てる程度には活躍していただかなければ、お話にもならないです。何か、根拠となるモノはあるのですか?」
ルーアン王子、ナイス追い打ち!
勇者の被害を受けた国にこう言われて、上手く返す術はあるのかね?
「実績ならば山ほどあるではありませんか。過去の勇者様達が積み重ねてきた実績が」
それを根拠と呼ぶのは無理があるだろうよ。
「それを根拠とは呼べぬ。過去の勇者の功績は本人の物じゃ。今の勇者を信ずる根拠には到底成り得ぬ」
「今の勇者様も過去の勇者様も同じです。同じ、女神様が選んだ勇者なのです。必ずや魔王を撃ち滅ぼしてくださるでしょう。それとも、貴女は女神様が信じられないのですか?」
女神に対し、絶対の信頼を見せるリンフォース。
「信じられぬのじゃ」
「……何ですって」
リンフォースの声のトーンが落ちる。
その変貌にビクッとする各国の王族達。昨日の二の舞になるのは避けたいだろう。
「先程、リンフォース殿は『エルディア王国の運用が悪かった』と言ったな」
「それがどうしたのです?」
リンフォースはサクヤの言いたい事が分かっていないようだな。
実はリンフォースは既に大きな失言をしているのだ。
「そもそも、エルディア王国に勇者召喚をするように神託を出したのは誰じゃ?お主も、女神様の間違いを認めておるではないか」
「……そ、それは!?」
今更気付いたように表情を強張らせるリンフォース。
「お主も女神様の絶対性を疑っておると言う事じゃろ?」
「ち、違います!私は女神様を疑ってなどいません」
狼狽したリンフォースが否定する。
「気にすることはないのじゃ。信じることは美徳じゃが、疑わない事は怠慢である。勤勉なリンフォース殿が女神様を疑うのは当然の事じゃよ」
「だから違うと言っているでしょう!!!」
リンフォースが声を荒げ、参加者の何人かが失禁する。
怒気が一瞬だったため、気絶することはなかったが、とても無事とは言えない状況だ。
しかし、誰も何も言わない。各国の王族が連なる中、漏らしましたとは言い難いだろう。なまじ意識がある分、情けなさが凄い。
「はあ、はあ、はあ……」
「どうやら、リンフォース殿は妾達を納得させられるだけの根拠を持たぬようじゃな」
「残念ですね。根拠が提示できるようになったら、その時にまたお話をお伺いさせてください。決して、この世界の住人としての義務を放棄したい訳ではありませんから」
息を切らせるリンフォースを見てサクヤが呟き、ルーアン王子が頷く。
「うむ、吉報次第では、途中からでも勇者支援国に名乗りをあげようと思うのじゃ」
はい。綺麗にまとまりましたね。
勇者が勇者らしく仕事をしてくれるのなら、カスタールもエステアもお金を払いたくない訳じゃないんだよね。仕事をしない奴にお金を払うのが嫌なだけなんだよね。
ただ、サクヤが意図的に言わなかったであろう点もあるんだよね。
その内の1つは、『勇者を擁する国自体が信用できない』と言うものだ。エルディア王国然り、エルガント神国然り、今のところ、全く信用できない国だろ?お金払う気になれない国だろ?
気分的にはアレだ。ボランティアとして募金をしたいけど、募金を実施している団体自体が信用できない感じ。アレってホントに全額届くの?
「……カスタール女王国とエステア王国の言い分は理解しました。近いうちに吉報をお届けできるかと思いますので、その際は勇者支援国になることを検討してください」
息を整え、恨みがましい目で2人を睨み付けたリンフォースが締めくくる。
表情を元に戻し、今度はレガリア獣人国の女王、シャロンの方を向く。
「レガリア獣人国が勇者支援国にならない理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「レガリアが勇者支援国にならない理由も、カスタール、エステアと似ている」
リンフォースに促されてシャロンが発言をする。
シャロンはレガリア獣人国の女王だが、俺達と同じくらいの年齢の少女だ。
彼女は白虎の獣人であり、白い髪を腰まで真っ直ぐに伸ばしていた。肌の色も同じように薄く、一見すると病弱そうにも見える。
しかし、獣人の王が病弱などと言う訳はなく、実際には相当な戦闘力を持っている。
「実績が無いのが問題と言うのですか?」
僅かに不機嫌になったリンフォースの問いには首を横に振った。
「実績は関係ない。大切なのは実力の有無だけ。勇者の中から1人選んで、私と本気で戦ってもらう。勇者が実力を示せば支援をする。示せなければ支援はしない」
シャロンは抑揚が無く、感情をのぞかせない喋り方で淡々と物騒な事を言った。
さすが獣人国の王。単純で脳筋な理屈ですね。嫌いじゃない。
獣人の王VS勇者。中々面白い組み合わせになりそうだ。
……獣人の勇者VS剣帝は残念な結果に終わったからね。
「模擬戦用の武器、
「違う。そんな
模擬戦用のダメージの通らない武器を使うのかとリンフォースが尋ねると、シャロンは首を横に振って否定した。
「それならば試合を許可することは出来ません。怪我や死亡するリスクを冒してまで行うような事ではありません。どちらが傷ついても損失になるのですよ。お互い、何の利益にもなりません」
当然と言えば当然だが、リンフォースによりシャロンの提案は却下されてしまう。
「貴女が望めば、負傷の心配は不要」
「……知っていたのですか?あまり国外には広げないように指示しているのですが……」
シャロンの脈絡のない発言に、意味を悟ったリンフォースが警戒するように尋ねる。
ああ、リンフォース達が言っているのはこれの事ね。
<神域の加護>
スキル所有者、及び所有者の指定した対象は、神都内では外的要因によるダメージを受けなくなる。条件は個別に設定可能。
よくある、特定条件では無敵っていうユニークスキルだよ。
神都内では広く知られているが、基本的に外部の者には伝えないように指示されている。
「少し調べさせてもらった。折角の勇者と戦える機会。これは逃せない」
「まさか、それが目的でこの会議に参加したのですか?」
外堀を埋め、勇者と本気の戦いを実現する。
脳筋かと思いきや、意外と考えているじゃないか。……その目的が脳筋だけどさ。
「それは第2の目的」
「第1の目的をお聞きしてもよろしいですか?」
「それは言えない。それより、試合の許可は貰える?」
シャロンにはさらに別の目的もあるらしい。
アルタは心当たりある?
A:ありません。シャロンは本当に必要最小限しか喋りませんので、予想も困難です。
残念ながら、本気でシャロンの第1の目的が分からないようだ。
リンフォースは少し考え、ため息をついて模擬戦の許可を出した。
「分かりました。今は少しでも勇者支援国を増やしたいですし、皆様に勇者様のお力を見て頂く良い機会だと考えることにします。ただし、戦いたくない勇者様に無理矢理戦わせることも出来ません。その点はご了承いただきたく思います」
「当然。戦う意思のない者を甚振る趣味はない」
お、真っ当な戦闘狂ワードが出てきたぞ。
俺からの好感度が1上がった。
「それでは、勇者様の中でどなたかシャロン様と模擬戦をしても良いという方はおりませんでしょうか?補足しておきますが、シャロン様はレガリア獣人国で最も強いと言われております。Sランク冒険者以上とも言われております」
安易な気持ちで挑まないように注意をするリンフォース。
病弱そうな見た目に騙されないようにってことだね。
しかし、リンフォースの脅しは効果があり過ぎたようだ。
Sランク冒険者以上と言われ、勇者達の多くがしり込みをしてしまった。
流石のリンフォースも少し焦った顔をする(パッと見は無表情)。
勇者の実力を見せると言ったのに、少女を相手にしり込みをする姿を見せることになったのだ。焦るのも無理はないだろう。
そんな中、1人の少女が名乗りを上げた。
「どなたも立候補しないようでしたら、僭越ながら私、七宝院神無がシャロン様のお相手をさせていただきたいと思います」
「うん、良い」
名乗りを上げた少女、七宝院神無を見て、シャロンは納得したように頷く。
スキルやステータスが見えなくても、実力者には実力者が分かると言うことだ。
多分、素の能力値だけで言えば勇者の中で最強だと思う。
「七宝院様、本当によろしいのですか?無理に戦えとは言いませんよ」
「リンフォース様、お気遣いありがとうございます。シャロン様は強いのですよね?」
「ええ、とても」
この部屋の中ではベスト15くらいには入るんじゃないかな?
「そんな方と手合わせできる機会などそう多くはないでしょう。実力を認めて頂ければ、勇者として箔も付くでしょう。今後の為にも是非、お相手をさせていただきたく思います」
「良い度胸。強い意志も感じる。是非彼女と戦わせてほしい」
「わかりました。それでは、見学される方は訓練場にお集まりください。会議は、一旦中止させていただきます」
明確に両者の合意が取れていることを認め、リンフォースは模擬戦の舞台へと参加者を誘導する。
この状況で勇者の戦いを見ないという選択肢などなく、参加者全員が訓練場へと向かうことになった。ああ、1つ訂正。
当然、『遠見の合せ鏡』で会議に参加していた者は会議室に置き去りになった。
鏡の向こうで、この名勝負を見られないことを嘆き悲しんでいる姿が良く見える。
会議中断しすぎ問題。
次回、物語が少し動く。この流れから!?