#43 STAGE 1-1 MASARU × ∞
本来は昨日夜更新予定だったのですが、いろいろあって更新できませんでした。すみませぬ。
俺はヤバい場所に居た。
上下左右、全てが空! 空! 空!!
ホログラムの偽物なんかじゃない。見渡す限りの青い空。
遮る物無く吹き抜ける風が、髪をメチャクチャに乱す!
そんな空の上に、紫色の絵の具をちょっと溶かした氷の塊みたいな足場が点々と浮かんでいる。まるでアクションゲームのアスレチックステージ。
そこを俺はヒゲの配管工よろしく飛び渡っていた。
「クソ、さすがにそろそろキツいぞ!」
久々に息が切れている。『神』になってから初めてかも知れない。
なにしろ俺はこのアスレチックステージで、体感時間にして1時間は絶望的な追いかけっこを続けているのだから。
キィーン……耳元にアフターバーナーのうなりが届く。
ジャンプの合間にちらりと右後方を見ると、小型誘導ミサイルのごとき複雑に絡み合う飛行機雲を残して迫ってくる何者か! 確認済み飛行物体が、1、2、3つ!
どう考えてもこの場には似つかわしくないタイトスカートの黒スーツ。暴風圧に晒されても全く形が崩れない切れ味鋭そうなポニーテール。無感情の鉄面皮だが、眼光はビームとか出そうなくらい鋭い。アンヘル×3だ!
3体ともスーツの上着とワイシャツは裂けて、背中からはジェットパックのごとく内蔵アフターバーナーユニットが突き出している。
編隊が速度を上げ、先頭のアンヘルAが俺に急接近!
「攻撃」
「うわっ!」
右袖をかち割って、腕に内蔵されていたブレードがコンニチワ。
体ごとスピンするように空中から俺に斬り付けてきた!
間一髪、次の足場へのジャンプで攻撃を躱した俺は、少し先に見えた広場のような大きい足場目指してスピードを上げる。
「攻撃」
「おおっとっ!」
左側面に回り込んでいたアンヘルBが、ジャンプ中の俺と交差するように突っ込んで来る。
だがその瞬間俺の頭には、明らかに俺のものではない閃きがご降臨あそばされる。
どう動けばいいか判断した俺は、ジェットの勢いで殴りかかってくるアンヘルBの腕を掴み自分の体を引き上げ、背中のアフターバーナーを蹴飛ばして足場にした!
「っとっと、とぉ!」
俺は足場をひとつ飛ばして広場に着地。
足蹴にされたアンヘルBは一瞬軌道を乱すもすぐに復帰し、3体のアンヘルは広場の周囲に展開。きっかり120°ずつの等間隔に俺を包囲した。
広場は俺が足を踏み入れた瞬間から、徐々に崩れ始める。足場が無くなる前に包囲を突破して次へ進まなければならない。
狭い足場を飛び渡って逃げ、広い場所に来たら迎撃する……それを俺はずっと繰り返しているのだ。
ジェット噴射を停止させて降り立った3体は、まるで手品のようにどこからともなく巨大な武器を取り出す。魔王とか殺せそうな大剣。ゾンビの親玉とか倒せそうな大斧。そしてドラゴンとか狩れそうな大槍。
俺が息を整える暇も無く、アンヘルABCはゼロコンマのズレも無い同時踏み込みで俺に襲いかかってきた!
「攻撃」「攻撃」「攻撃」
「まだまだあ!」
突き出される槍の穂先を掴み、半身になりながら逸らした俺は、その槍をそのままもたげて剣の一撃を受け止める。
斧は……無理だ! 地を蹴って横っ飛びに回避した俺は地面を転がり受け身を取る。
そのまま床に手を突き、コンパスのように足を開いて倒立しつつ回転キック! これはいち早く次の攻撃に移っていた、剣装備のアンヘルAにクリーンヒットした。足先に重い手応え。メカらしく固い!
「被ダメージ」
呟いたアンヘルAは受け身を取り、跪くような姿勢でスライディングしつつ踏みとどまる。
休んでいるヒマは無い。俺の打撃が届かない距離から死の穂先が繰り出される。槍装備のアンヘルCだ。
「攻撃攻撃攻撃攻撃」
槍が数本に分裂したかのような連続突きを見切った俺は、身を沈めて槍をかいくぐり飛び込む。
だがアンヘルCは槍を引き戻すと手元で回転させ、床スレスレを薙ぎ払ってきた。
「はっ!」
俺は逆立ちで縄跳びするようなアクロバットで振り回された槍を飛び越える。肉薄。隙が出来たアンヘルCに、起き上がりつつのジャンピングアッパーカット!
「被ダメージ」
顎を打ち上げられたアンヘルCは槍を手放し、美しいポーズで垂直に打ち上げられる。
……しかし、上下に伸びきって床から離れた俺の胴体は、その瞬間、ガラ空きだった。
重そうな大斧を床に叩き付けた直後だったアンヘルB。斧を振り上げる事はせず、そのままハンマー投げの要領で回転しつつ二歩踏み込み、横薙ぎの一閃を俺に見舞った!
「クリティカルヒット」
「アウチッ!?」
重い! 熱い! 痛い!
骨が軋んでひび割れ、筋肉がちぎれる音すら聞こえる気がする!
それはどちらかと言うと、刃付きの鈍器。腹をやられた俺は吹き飛ばされる。
飛び散った血が宙に舞った。破壊された体組織は、早くも体内のナノマシンが修復し始めている。
歯を食いしばって体勢を変えた俺は、床に爪を立てるように、吹き飛ぶ勢いを殺そうとした。
……が!
むなしく俺の手は宙を掻く。足場の端まで来てしまったのだ。
一瞬の浮遊感。そして。
「おわああああっ!?」
ぼよよーん。
落下した俺の体は、さっきまで存在しなかったはずの落下防止ネットに抱き留められた。
この弾力。体操の授業のトランポリンを思い出す。
心臓がドクドクと脈打っていた。そのたびに腹の傷が痛む。
ジャージのズボンは血で赤く染まり、R18-Gな傷が剥き出しになっている。
「時間です。ここまでに致しましょう」
「了解」
ハンモックで昼寝するような態勢の俺を見下ろして、アフターバーナーで滞空するアンヘルAが言った。
空が、足場が、アンヘルが急速に色を失い、漆黒のサイバースペースに浮かぶ緑のワイヤーフレームと化していく……
*
そして俺の肉体は現実感を取り戻し、背もたれ付きの椅子から跳ね起きた。
「っあー! 疲れた!」
そこはもちろん空の上なんかじゃなくて、祭司の一族の隠れ里のプレハブ的住居のひとつ。
さっきのアレは、まあ要するにVR的なやつだ。
近くの時計を見れば、アンヘルとの『トレーニング』を開始してから、現実の時間では1分も経っていない。
しかし俺の頭は50分3本セットの期末試験を終わらせた夕方のように疲れていた。
「お疲れ様です、カジロ様」
「おっとサンキュ」
相変わらずゴスロリ服の榊さん(気に入ってるのか?)が、お盆にのせて合成果実ジュースを持ってきたので、俺はありがたく頂く。
リンゴともオレンジとも付かない意味不明な甘味だが、疲れた頭には染み渡る。原料については言葉を濁されたのでもう考えない事にした。
「今みたいな感じで成功なのか? アンヘル」
一息にジュースを飲みきった俺は、部屋の隅で控えているアンヘルに聞いた。
変態メイドにぶっ壊されたボディは、俺の
「はい。ラーニングは順調です。
……賢様の肉体は、ナノマシンによる強化で常人には不可能なレベルのアクションもこなせる状態となっております。
問題は知識と経験の不足であり、いわばハードでなくソフトの問題です。
適切なアプリケーションをインストールすれば、自在に運動が可能でしょう」
「人をスマホとかパソコンみたいに言うなっての」
例えとしては割と適切なのがなんかムカつく。
あれは方舟に用意されていた
脳に直接情報を送り込むことで技能を習得するという代物。
ちなみに神様特権ってワケじゃなく民間でも使われている技術らしい。
あの変態メイドとの戦いで、俺はサイバネ強化兵のヤバさを思い知った。伊達に『対神』を銘打ってるわけじゃない。あんなのが何十人も束になって掛かってきたら……正直、勝てる気がしない。
まあシャルロッテの側近に付けられるくらいだから、あいつが最強クラスなんだろうとは思うけどさ。他の奴が弱いって保証も無いし。
とにかく、
「インプラントコンピュータや
「一気にやるのが無理なら、コツコツやってかないとな」
「ブレインインプラントコンピュータへ戦闘サポートAIをインストールする場合一瞬で済みますが、AIインストールによる技術習得は経験による学習と自己アップグレードの効率が悪くなりますので、長期的運用を見越した場合は推奨されません」
うーん……有効性がどうとかじゃなく、脳をサイボーグ化するのは個人的にあんまりやりたくない感じ。
「アンヘルさん。私もトレーニングを受けられないでしょうか」
何か考え込んでいた榊さんが、意を決したようにアンヘルに聞く。
……なるほど、そういうのもアリか。
「可能です。『眷属』であるスズネ様もまた、方舟のサーバーリソースを利用可能ですので」
「でしたら、是非。
せっかくですので、カジロ様とは別の技術を身につければ、よりお役に立てるかと思うのですが、どのようなものがありますか?」
「かつて地球に存在した数多の身体技能がトレーニング可能です。各種武器の取り扱い、空手や柔道やカポエイラ、登攀や隠密行動などの非戦闘的体術、工作技術、キュウリによる殺人術などもございます」
「最後の怪しいやつの原典は何だ」
榊さんの手元のタブレット的端末に、何やらリストらしき物が表示される。習得可能な技能のカタログらしい。無機質なUIによるジャンル分けは『戦闘用』『戦略的行動用』『神への奉仕』『芸術』『日常技能』『ジョーク』などなど。
榊さんは『神への奉仕』のジャンルを一通り眺めてから、ちょっと迷って『戦闘用』に表示を切り替えたようだ。そっちにしてくれ。
折りたたみ式の長椅子(どういう原理で折りたためるのかよく分からない……)に寝っ転がって目を閉じた榊さんは、一分ほどで跳ね起きる。傍で見てる分には本当に何でもない。
「お疲れ。どうだった?」
「すごいです……これでさらに力になれるはずです!」
「そっか、ありがとう。でも、なるべくなら戦わないようにね。
1回分のトレーニングじゃ付け焼き刃だって話だし、どんなに強くても無駄な戦いをして死んだら何もならない」
「了解しました」
立ち上がって、気を付けの姿勢で謹聴する榊さん。
まあ、『どんなに強くても~』ってのは二番目の親父の受け売りなんだけどね。あの暗殺格闘術、教えてもらっとけばよかったなぁと今さらながらに思う。
「にしても何やってんだろうな? 教会は。何やってるのか不気味だな」
ふと、置いてある時計を見れば時間だったので、俺は『千里眼』を起動する。
里へ通じる道や、近くの教会軍基地が映し出される。特に変わった様子は無い。
あの襲撃から一夜……教会軍は未だに動きを見せていないのだ。
「基地の観測結果から出撃の兆候は見られません。ただし、水面下で準備を整えている可能性は否定致しません」
「うーん……」
そりゃ来たら来たで困るんだけど、不気味だな。
現在、祭司の一族は悠々と逃げる準備を整えている最中だ。
里の維持に関わる過去神の遺産をまとめ、怪我人の治療が終わり、一族の財産をまとめ、手早く死者の埋葬をして(優先度順)、これなら完璧な状態で夜逃げができる。って言うかもう朝だけど、夜間の移動はこっちの危険の方が大きいし。
「カジロ様。準備が全て完了致しました」
プレハブ小屋の入り口に族長さんが姿を現す。
一緒に来た男の人達は俺に一礼すると、俺の居室として残されていた小屋と残されていた家具を片付け始めた。
「分かりました、行きましょう」
外に出てみれば、広大な地下空間だった隠れ里は、今や単なるコンクリートの広場だった。
陸上競技場から芝生と観客席を取り外したような空間。俺が屋根をめくり上げてしまったせいで、日当たりと風通しは良好だ。
壁を崩して作られた出入り口の周りに、一族全員が集合し、荷物も全てまとめられている。
出発だ。まずは祭司の一族を、命を狙われ続ける暮らしから解放してあげないと。
『千里眼』のホログラム画面を消そうとして、ふと、俺はそのうちひとつにシャルロッテの姿が映っていることに気が付いた。
「なんかのセレモニー、かな」
街の映像だ。シャルロッテがバルコニーめいた場所から、広場にぎっしり詰めかけた聴衆を前にお言葉を述べている。
「ん? なんか……」
その映像を見ていて、俺は魚の小骨がのどに引っかかったような奇妙な感覚になった。
何が、とは言えないんだが何か違和感がある。
「アンヘル、こいつ……シャルロッテ、だよな?」
「画像による判別では99.9%以上の一致率です。平均5mmほど散髪を行ったようですが、それ以外の差違は見受けられません。
精巧に身体的調整を行ったクローンでもない限り、シャルロッテ・ハセガワ本人であると断定可能」
だよな。
でも、うーん……どうだろう。やっぱり気のせいか?
『千里眼』カメラは基本的に、真上視点しか無いからな。正面からシャルロッテの顔を見られればよかったんだけど。
「カジロ様、どうかなさいましたか?」
「いや、なんか、自信無さげな気がして……
別れ際にあんなカリスマ全開のとこ見せられたせいかな。ちょっと違和感あったんだ」
「確かに、精神状態による行動の差違は存在します。
あまり信頼度の高い分析ではございませんが……昨日の映像データと照合致しますと、現在の彼女の精神状態は、賢様と最初に出会った時に近いのではないかと推測」
「つまり?」
「普段通りではないかと」
普段通り……なら、いいんだけど。
まだなんとなく気にはなったけれど、これ以上考えてる暇も無い。
俺は『千里眼』画面を消去し、出発の準備を整えた一族の人々の方へ駆けて行った。