日本風の芸名を名乗ることを問題視するフィフィら
フィフィは16日に、ハフポストの記事と共に以下の通りのツイートした。
「偏見がなくなって欲しいと願うなら、彼女の場合は分からないけど、例えば生まれ持った名前で活動する方が素敵だと思う。それを躊躇することこそ偏見って思われちゃうからね。頑張って!」https://twitter.com/FIFI_Egypt/status/908970731295277057
レイシストの中には、水原が日本ルーツをもたないにもかかわらず「水原希子」という日本風の芸名を使うことを批判する者がいる。「日本人でもないくせに、日本人のフリをするな」ということらしい。
フィフィの「偏見をなくしたいなら日本風の名前ではなく、本名を使え」というツイートは、つまり「“日本人”でもないのに日本風の名前を使うから差別される」ということだろう。なぜ差別を受けている側に原因があるとし、本名を名乗るようにアドバイスするのだろう。ネット上では、フィフィが本名を公開していないことを受け「おまえがいうな」という批判も起きている。確かに「おまえがいうな」ではあるが、下手をすると、フィフィが本名を名乗ればフィフィの言説に問題はないということになりかねない。問題は、フィフィが芸名であることではなく、水原へのヘイトであることを忘れてはいけない。
水原の芸名についての批判や疑念の声は他にもある。例えば個人投資家・作家の山本一郎は、
「水原希子が「人種や差別などの偏見がなくなってほしい」と語るのはごもっともだし、その通りなんだろうけど、ではなんで父親がアメリカ人、母親が韓国人で神戸に住んでいただけなのに日本人の芸名で仕事をしているんだろう。偏見どころか、日本人を名乗ったほうが日本では有利と思ったからじゃ?」https://twitter.com/kirik/status/909087898615480321
というツイートを16日に投稿している。両親が日本人でないからといって、日本風の芸名を名乗ってはいけないわけではない(このツイートでは「名乗ってはいけない」とは主張していないが、いちいち疑問を呈するということはそういうことだろう)。また長らく日本に住んでいる水原に、「神戸に住んでいただけ」とまるでアメリカから日本に一時的に滞在しているかのような認識もおかしい。あくまで推測に過ぎないが、水原の母親は在日韓国人だと思われる。その子どもであり、長く日本に住む水原が、日本に(いろいろな意味で)強い思い入れがあり、日本風の名前を芸名にしてなにがおかしいのだろう。
さらに、もしも「日本で有利と思った」から日本風の芸名をつけてなぜいけないのだろう。本当に「有利」になるのだとしたら、なぜ「有利」になるのか、他国の名前であると「不利」になることに差別の問題が含まれているとは思わないのだろうか。