Life is what you make it   作:田島

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王都の日常

 祝勝会の席でモモンガが取り付けた約束が二つある。その内の一つがラキュースによる王都案内だ。

 名所名蹟なども多いだろうと思っていたので是非とも案内役が欲しいと思っていたのだが、長年王都に住む貴族であるラキュースがその話を聞いて案内役を買って出てくれた。

 もう一つの約束が、ガゼフ宅訪問の日時についてだ。約束がなくともいつでも構わないと言われてはいるもののできるならばした方がいいだろう。次の非番の日を聞きその日に訪れる事を約束する。どうやら八本指絡みのゴタゴタの処理でガゼフは忙しいようで、割と日にちが開いてしまった。

 兎にも角にも予定ができたのでそれまでは王都に滞在することとなった。予想はついていたがクレマンティーヌの情報収集の成果はあまり芳しくない。蒼の薔薇が情報を持っていないのだからプレイヤーに関する情報などそこら辺の酒場に流れている訳がないとは思っていたものの予想通りだ。それでも評議国までのルートに関しての危険地帯や出没モンスター情報など使える情報もきちんと集めてきてくれている辺りクレマンティーヌはやはり優秀である。

「後は神官と盗賊がいればパーティバランスとしては完璧なんだけど……盗賊はともかく神官は俺と仲間になってくれないよなぁ……」

「まあ無理だろうな、諦めるこった」

「アンデッドの神官……だめだ治癒魔法が使えない」

「そもそもアンデッドの神官なんて存在しねえよ……」

「それが俺の本拠地のNPCにはいたんだなぁ。真祖(トゥルーヴァンパイア)の神官戦士、どうだ、かっこいいだろ。まともに戦ったら俺も勝てない位のガチビルドで最強だったんだぞ」

「どうだって言われてもな……」

 返答しようがねえよ、と書いてある字が読めそうな困惑した顔をブレインが返してくる。とりあえず今日はする事がないのでモモンガとブレインは宿で待機しているので暇である。ブレインは暇な時間には大体刀の手入れをするか庭に出て鍛錬をしているのでモモンガ一人が暇を持て余しているというのが正確だ。今も刀の手入れをしているブレインに話しかけた。

 そんな何もする事がない時間をぼんやりと過ごしていたのだが、ドアをノックする音が響いた。

「どうぞ」

 ドアが開くと、そこには意外な人物が立っていてぺこりとモモンガに頭を下げた。

「ニニャさん、どうしたんですか、随分早い到着ですね」

「この度は本当にありがとうございましたモモンガさん。一刻も早く着きたくて、早馬を乗り継いで来ました」

「とりあえずそこでは何ですからどうぞ入ってください」

 ニニャを招き入れ、椅子に座ってもらう。連絡を入れてからまだ一週間ほどしか経っていないので余程急いで来たのだろう。取り戻したくて冒険者にまでなった程の肉親が見つかればそうなるか、ともモモンガは思った。例えばもしアインズ・ウール・ゴウンの仲間が見つかったと分かったならモモンガだって何を置いても一目散に最速の手段で駆け付けてしまうだろうから。

「お姉さんにはもう会ってきましたか?」

「はい、お陰様でアインドラ家でとてもよくしていただいているようで、姉も落ち着いた様子で安心しました。それで、その……ラキュースさんから伺ったのですが、発見された時姉は生死の境を彷徨う酷い有様で、その治療の為にモモンガさんが第六位階の魔法のスクロールを提供してくださったとか……本当にありがとうございます! このご恩が返しきれるとは思いませんが、何年かかってもきっとスクロール代をお支払いします!」

 椅子から立ち上がったニニャは前屈運動かという程深く頭を下げた。あのスクロールは再入手の当てがないという意味では確かに貴重品なのだが数はまだある、あの場で使ったのは蒼の薔薇との関係強化の為の投資だったので使う意味もあった事だし、モモンガにとってはそこまで気にする程のものではない。第六位階魔法のスクロールがこの世界では多分ものすごく貴重なのだろうなというのは何となくぼんやりとは分かるのだが、そんなに重大な恩を感じられても正直困ってしまうのだ。

「ええと、ニニャさん、お代は結構ですよ。そのお金があったら、あなたとお姉さんがこの先不自由なく暮らしていく為の費用に充てて頂いた方が私としては嬉しいですから。本当に偶然とはいえあなたとお姉さんの再会の手助けができてそれだけで私は満足していますので」

「そういう訳にはいきません! そんな恩知らずになってしまってはこの先恥ずかしくて生きていけません……」

「まあとりあえずニニャさん落ち着いて、座ってください」

 そう告げつつ手振りでも座るようにモモンガが示すと、ニニャは椅子に座り直したが納得できかねるといった表情のままだった。

「正直な話、スクロール代と言われましても買ったものではないのであのスクロールが如何ほどの価値があるのか正確なところが私には分からないのですよ。第一位階の魔法のスクロールで金貨一枚と銀貨十枚でしたね、それが第六位階ともなれば相当な額になるのではないでしょうか? それを支払うといっても生活だってあるでしょうし、冒険者である以上装備の強化などもしていかなければならないでしょう。ニニャさんの負担になりたくてあの時スクロールを提供したわけではないのです」

「確かに第六位階のスクロールの値段なんて想像も付きません、ですけど……!」

「お気持ちも仰りたい事も分かります。ですので、お金ではなく別の事で支払うというのはどうですか? 例えば……そうですね、他の皆さんと相談した上でになるでしょうが、私からの依頼があれば最優先で受けてくれる、といった事ではどうでしょう。それにニニャさんは私の知らない知識を豊富に持ってらっしゃいますから、それを私に教えてくださる、というのもいいですね。魔法詠唱者(マジックキャスター)にとって知識は商売道具、ある意味金銭より高い報酬では?」

 モモンガの提案を聞いて、ニニャは相変わらず承服しかねるといった表情なものの反論はしてこずに目を伏せ考え込んだ。

 お金が欲しくないかというと正直モモンガだってお金は欲しい。当面の路銀は問題ないがクレマンティーヌとブレインの装備を強化しようとするとお金はいくらあっても足りないというのが分かってきたので、どうにかお金を稼ぐ方法を考えなくてはと思っていたところだ。でもそれは例えば薬草採取のように正当な労働でお金を稼ぎたいということであって、ニニャにスクロール代を支払ってほしいかというとほしくないのだ。

 ニニャにも言った通り恐らくは非常に高額なスクロール代の支払いはニニャの生活を圧迫するだろう。そんな事の為にスクロールを提供したのではない。あのスクロールはラキュース、ひいては彼女がリーダーを務める蒼の薔薇の信頼を得るという意味で使ったもので、その役割は多分十分に果たしている。それ以上の事は期待していないのだ。

 しばらくそのまま待つと、ニニャはちらりと上目遣いにモモンガを見上げた。

「……それでは、一生かかってもご恩が返し切れません」

「一生お付き合いが続くという事なら私は大歓迎なのですがね? それに私の方は貸しにしたとは思っておりませんので後はニニャさんの気持ちの問題ですよ」

「モモンガさん……あの、納得はできませんけど分かりました……お金は受け取って頂けないということなんですよね?」

「ええ、金銭を受け取るつもりはありませんね」

「それであれば私の知っている事なら依頼の守秘義務に関わる事以外は何でもお話しますし、依頼を最優先で受ける件も仲間もきっと賛成してくれると思います。他に何かあれば思い付いた時にでも言ってください、出来る限りの事はします」

 顔を上げたニニャは困り果てたように笑みながらそう言った。根負けした、といった様相だ。

 ツアレをエ・ランテルへと連れて帰るのは後から追ってきている他の仲間が合流してかららしい。今日は時間があるというのでそのまま夕方までニニャの知識を披露してもらったモモンガは暇を覚えることなく知識欲を満たして満足してその日を過ごしたのだった。

「気に入ってる人間にはクソほど甘いなお前……虫扱いとの差が大きすぎだぞ」

「放っとけ」

 ニニャが帰った後で半ば呆れ顔のブレインからそんなツッコミが入ったのは余談である。

 

 王国自体は二百年ほどの歴史の国だが、王都のある地は幾つもの国が昔から興亡を繰り返してきた地である。故に名所史跡は数多い。多くは約二百年前に魔神によって破壊されてしまったというが、それでも観光地としては十分な名所が残されている。滅んだ国の名残りである遺構が大半だが、英雄譚に語られる英雄が訪れた地、なんて場所も多くあり、この世界の英雄譚も中々面白そうだとモモンガは興味を惹かれた。十三英雄が魔神の一体と戦った場所なんて名所もあった。本当にその場所で戦ったのかどうかは定かではないが、この王都の地で十三英雄が魔神の一体を滅ぼしているのは実際にあった事実らしい。

 今日は以前約束した通りラキュースに王都を案内してもらっている。クレマンティーヌは情報収集、ブレインは付いてくるのを面倒臭がったのでモモンガ一人で来た。

 多くの史跡は息をするのを忘れたかのようにひっそりと静かにその場に在るだけで、古ぼけた街並みに溶け込み薄ぼんやりとした存在感で一瞥もせずに誰もが通り過ぎていた。リアルの鈴木悟の世界ではまだ環境汚染が深刻でなかった頃には名所史跡を巡る観光旅行が盛んだったらしいが、この世界の人々はそういう事はあまりしないらしい。説明に興味深そうに相槌を打つモモンガを見て、ラキュースも変わり者に向けるような視線を送ってくる。興味を持って説明を聞いているやり甲斐のある相手なのだからもっと嬉しそうにしてほしい。

 こんなとびっきりの美人の観光ガイド付き名所史跡巡りなんてリアルではどんな富裕層もした事のない贅沢だろう。リアルの名所史跡はアーコロジーの外、汚染され富裕層は立ち入らない区域にある事も多かったし、ラキュースはリアルではTVや映画でも見たことがないような華やかな美人だ。強い感情の動きが沈静化され精神が平坦になるアンデッドの特性がなければ正直な話モモンガはドキドキしすぎてまともに話などできていないと思う。実のところドキドキはじりじりと弱火で胸を焦がしているので落ち着きはない。

 一日中王都を満喫したモモンガが案内され最後にやって来たのは、街外れにある緑地だった。日はまだ落ちてはいないものの西に傾き、影が長くなってきた。母親に手を引かれた子供が革のボールを抱えて帰路についている。

「ここは……お気に入りの場所、とかですか?」

 特に何もなさそうな芝生とまばらに生えた木があるだけの緑地は、所以を示す石碑などもない。エ・ランテルで漆黒の剣に案内された場所の事を思い出しモモンガは疑問を口にした。

「いえ、そういう訳では。ただちょっと、落ち着いてお話をできる場所がよくて」

「話ですか? 何でしょう、改まってお話とは」

 尋ねるとラキュースは何かを躊躇うようにやや俯いた。そのまま沈黙が流れ、二人の間を緩い風が通り過ぎていく。そう広くはない緑地に他の人影はなく、街の喧騒は遠い。意を決するようにラキュースは唇を引き結び、ゆっくりと開いた。

「モモンガさんが、(いたず)らに人を害する方ではない、というのは理解しています。でもそれでも私は、モモンガさんの怒りが誰かに向く事が恐ろしい。例えそれが救いようのない悪党であったとしても、です。だから正直……今回の八本指の件についてお話があった時、初めは恐ろしくてたまりませんでした。ご理解いただきたいのですが、モモンガさんの怒りが向けられるという事は私達人間にとっては逆らう事など不可能な竜王(ドラゴンロード)の怒りが向けられるようなものなのです。私はモモンガさんのお力を直接見てはいませんが、あのイビルアイがいとも簡単に敗れたのですからどれ程強大な力をお持ちかは正直推測も付きませんし、この世で最強の存在である竜王(ドラゴンロード)でなければ対抗できない程の力がぷれいやーにはあると聞いています。あなたが本当に怒りを見せたなら、止められる者など誰もいない、それが恐ろしいのです」

 硬い声でゆっくりとラキュースはそう告げた。その意を決した告白を聞き、神にも等しい力を持つとかそういう自覚が自分にはまだ足りないようだ、という事を改めて知らされた気がしてモモンガは何やら申し訳ない気持ちにすらなっていた。

 いくら賢くて温厚で人を食わないと言われたところでライオンが檻から解き放たれそこら辺を歩いていたら安心できるわけがない。モモンガはつまり街中を自由に歩いているライオンのようなものだ。いとも容易く大量の殺戮を行えそうな超位魔法の数々など自身の力を鑑みればもっと性質が悪いかもしれない。敵対するとすればモモンガは人間にとっては対抗し得ない脅威そのものでしかない。

 もし人間(ひと)の中で生きていくのだとしたら、その辺りもきちんと考慮しなきゃいけないんだな、そう思った。この世界へとやって来たあの日の事を思い出す。仲間が皆去り、その上何処とも知れぬ場所に一人で放り出され、何をする気力も失ったあの時。エンリに励まされたモモンガはあの時、一人になるような生き方はすまいと強く思ったのだ。その辺りは今の所ブレインに丸投げしている感があるが、自分でもきちんと考えた方がいいのかもしれない。

 考えたところであの猛烈な勢いで胸を覆い尽くすどす黒いものを制御できるのかという不安はあるのだが、何も考えないでいるよりは幾分かはいいだろう。

「ラキュースさんのご不安はもっともな話。ただ、クレマンティーヌとブレインがいるのはその辺りも踏まえて、あの二人が面倒事を片付けて私が力を使わなくても良いように、という意味もあるのですよ。あの時も言ったように力を振るう事で要らぬ不安を煽りたくもありません。私の目的は世界中を旅し仲間を探す事です、過剰な力を振るえば竜王(ドラゴンロード)達に睨まれて私の目的にそぐわない争いに巻き込まれるかもしれませんからね。怒らない、というお約束はできませんが可能な限り穏便に事を運ぶよう努力する事はお約束しましょう」

「本当ですか……そのお言葉を聞けて、安心しました」

「ただ……そうですね、大切に思う人達が危険に晒されたり傷付けられたりしたなら、その時には私は力を振るうのを躊躇しないでしょう。そんな事がないのを願うばかりですが」

 その言葉に、ラキュースは表情を強張らせごくりと唾を飲んだ。そんな事がなければいいというのはモモンガの本心だ。必要がなければ力を使う気がないというのも本心だ。だがきっと、「敵」に対してモモンガはどこまでも冷酷に非情になれるだろう、そんな確信めいた予感がある。それは恐らくはそこらの虫を踏み潰すのとはまた違う感情だ。ブレインに止められなければその苛烈さはあのゴミのような貴族に容赦なく向けられていただろう。

 本当に人間ではなくなってしまったのだな、とどこか他人事のように改めてモモンガは思った。そしてそのアンデッドとしての感じ方と考え方は、今となってはモモンガの中ではまるで生まれた時からこうであったかのようにごく自然なものだ。それなのに寂しさだとか人の優しさに覚える感情だとかそういった部分は中途半端に人間のままであるかのように働いている。人ではなくなったのにアンデッドとも言い切れない、それならモモンガは一体何なのだろう。

 スルシャーナもこうだったのだろうか、それなのに滅びに瀕した人類を慈悲から救ったというのだろうか。もし生きていたなら聞きたい事が沢山あったけれども、彼は五百年も昔に八欲王に滅ぼされたというから聞けはしない。答えはモモンガ自身が見つけ出さなければならなかった。

「イビルアイにも国が敵に回ったらどうするなんて聞かれましたが、どんな状況でも正直その時になってみなければどうするかは分かりません。ただ、力を振りかざすつもりはありませんし使わずに済むならそれに越したことはない、そう思っています。私が力を使う、そんな事態にならないように行動したいし、ならないでいてほしいと心から願っていますよ」

「そう、ですね……微力ですが我々も、そんな事態にならないように精一杯協力させていただきます。力が必要な時はいつでも声をかけてください」

「ありがとうございます、心強いです」

 何かを思い直したように決然とした口調で申し出てくれたラキュースに、モモンガはもし表情筋があったなら明るい笑みを浮かべていたであろう声色で礼を言った。もしかしたら逃げ出したいほど恐ろしいのかもしれない、それなのに彼女は恐らくは人類の守護者たるアダマンタイト級冒険者チームのリーダーとしての責務を果たす為こうしてモモンガと相対し言葉を交わしている。勇気があり誇り高い(ひと)なのだな、とモモンガは思った。彼女もまたガゼフのように、こういう風になれたらいいのにな、と思うけれども決してモモンガには真似できない在り方をしている。彼や彼女に憧れる気持ちは、まるで西日に長く伸びた影法師のように不格好で、いくら手を伸ばしても実体である憧れを決して掴むことはできない。

 

 暇な日はアインドラ邸を訪れて姉の側にいるニニャと魔法談義などをしたり様々な知識を教えてもらって数日を過ごした後、ガゼフ邸を再訪した。

 前回同様寛いだ服装のガゼフが出迎えてくれる。ブレインは勿論だが、クレマンティーヌも情報収集を休ませて連れてきた。

「本来ならばこちらからご挨拶に伺わねばならぬところを、ご足労いただき感謝する、モモンガ殿」

「いえいえ、私もガゼフ殿のお宅に遊びに来るのを楽しみにしていたのですよ。お忙しい中貴重な休みの日を割いて頂きこちらこそ感謝します」

「休みといっても普段は鍛錬の他にする事もない無趣味な男故、モモンガ殿の来訪は喜ばしい事。さて、今日はまずはモモンガ殿にお渡しするものがあるのだ、しばしのお待ちを」

 モモンガ達が席に着くと、ガゼフは二階に上がっていきすぐに戻ってきた。手には中身がずっしりと重そうな革袋を持っている。テーブルに座ったガゼフがモモンガの前に革袋を置くと、がしゃりとやはり重そうな金属の音が鳴った。

「これは先の陽光聖典拿捕、そして今回の八本指拠点襲撃におけるモモンガ殿の働きに対しての王からの感謝の気持ち故、是非とも受け取って頂けぬだろうか。王は出来れば直接謁見し感謝の気持を伝え短剣なども授与されたいお気持ちだったようだが、以前モモンガ殿が謁見を固辞されていた事をお伝えし責任を持って私が預かってきた。モモンガ殿に王が伝えきれぬ程の感謝を抱いているという事、決して金で済ませようと考えているわけではない事、どうか知ってほしい」

「失礼、確認させて頂きます」

 モモンガは手前に置かれた袋の口を開け中を見た。中に入っていたのは金貨でも銀貨でもない、見た事はないが恐らく金貨十枚の価値がある白金貨という奴ではないだろうか。それが決して小さくはない革袋の中にずっしりと入っている。

「……これ程の褒美を頂ける程の働きをしたとは思えないのですが。そも全て自分の為にやった事であり、それが結果としてリ・エスティーゼ王国と利害が一致したというだけ。こんなに頂く理由がございません」

「モモンガ殿と利が合った事は我が国にとってこれ以上ない僥倖だろう。モモンガ殿のされた事は、我が国にとって紛れもない利だったのだ。それに対しての褒賞だ、どうか気持ち良く受け取ってほしい。突き返されたなどとあってはこのガゼフ、王に合わせる顔がござらん」

「……ガゼフ殿を困らせるのは本意ではございません。納得はしていませんが有難く頂戴する事にします。じゃあこれ三分割するか」

 そのモモンガの言葉にクレマンティーヌとブレインが首を横に振る。

「お前が取っとけ、俺はいらんぞ、大して働いてないしな」

「私もいらないです、これからマジックアイテムとか買うのにお金がいるんですからモモンガさんが持っててください」

「それじゃ俺が給料なしで働かせてるみたいだろ! そういう社畜精神は良くないぞ! 働きに対する報酬はちゃんと受け取る、これが社会人の基本だ!」

「……しゃちく、というのは何やら分からんがモモンガ殿の言う事は正しい。ただその金額を三分割というのが遠慮の原因なのでは? 本人が働きに対して正当だと思う額を聞いてみるのが妥当かと」

 ガゼフの提示した妥協案に成程とモモンガは頷いた。

「じゃあまずブレインは?」

「今のところの俺の働きじゃその白金貨一枚でも多いぜ」

「クレマンティーヌ」

「私は前回の薬草の分も過分に貰ってますから返したい位です」

「話になんねーぞ! 俺の金が受け取れないのかお前達は!」

「……とりあえず、月給制にしてみては?」

「それです! ガゼフ殿素晴らしい! じゃあまずブレイン希望の月給額を言え!」

 びしりと指差すとブレインは困惑しきった顔で顎を撫でた。

「……それなぁ、聞かれても困るんだよな。だってお前といると金がかからんから月給も必要ないんだよ。新しい刀もお前自分で買いたいんだろ?」

「うん……装備を整えるのは俺の責任だからね……」

「俺は刀とマジックアイテム以外に欲しい物なんかないから今の蓄えがありゃ生活に困る事もないし、第一お前にゃ鍛えてもらってるんだぜ? こっちが金を払わなきゃならん立場かもしれんって思うんだが俺の言ってる事おかしいか?」

「……おかしくないです」

 ブレインに言い負かされすっかり打ちひしがれたモモンガにガゼフが助け舟を出す。

「……剣士という専門職と考えれば金貨三枚から五枚といったところが妥当ではないかと思いますが、ブレイン異存はあるか」

「お前は優しいなガゼフ……そんなに給料出したいならいいぜ、仕方ないから貰ってやるよ。三枚でいいぜ」

「ぐっ……なんか屈辱感……クレマンティーヌもそれでいい?」

「分かりました、モモンガさんがそんなに出したいなら仕方ありません」

「おかしいぞ、お前等絶対おかしいぞ!」

「……そうは言われても別にお前に雇われてるわけじゃねぇからなぁ」

「そうですよモモンガさん、私達雇われてるわけじゃないですよ?」

「そういえばそうだった……何だ今の俺達の関係……なんかすごいふわっとしてて名前が付けられない……」

「旅仲間、という事でよろしいのでは。そうなると給料を出すのはちとおかしいという事になりますが……」

 ガゼフのもっともな言葉に成程とモモンガは膝を打った。なぜそれが出てこなかった、という位ぴったりの形容だ。

 いや違う、恐らくモモンガは無意識の内にその呼び名を避けていた。その自覚がじわじわと湧き上がってくる。仲間は今探しているのだ、ではクレマンティーヌとブレインはモモンガにとって何だ、それが分からなかった。ふんわりとしていて掴みどころがない、形にしようとしても雲を掴むようだ。この関係に名前を付ける事をモモンガは今まで()()()()()()()()、そんな気がした。

「しかし今回の事でモモンガ殿にはまた恩義ができてしまった。王国を蝕んでいた八本指は大打撃を受け、麻薬を栽培している畑のある村まで明らかになっては村を所領に持つ貴族も対策を打たぬわけにはいかない。必要悪の側面もあるのだと今まで見過ごすしかできず歯痒い思いをしていたものが、一気にすっきりとした思いでこのガゼフ久々に爽快な気分を味わいました」

「いえ、先程も申し上げた通り自分の為にした事、しかも今回は提案のみ、いわば王国軍の兵力を利用させて頂いただけですよ。王のご決断とそれを補佐するガゼフ殿始め王族や家臣の方々、そして実際に働いた兵士達あればこその成果でしょう」

「確かに仰る通りかもしれないが、それも全てモモンガ殿のご提供下さった情報とご提案あればこそ。その切っ掛けさえ王国の者は自分達で掴む事ができずにいた。お恥ずかしい限りだが、それでも今回の事で自分達の行動で国を良くしていけるのかもしれないと、そんな希望さえ見えてきたのです。王も国を纏める為に変わる事を約束して下さりそれを実行して下さっている。帝国との戦争など難問はまだまだ山積しているがこれからはいい方へ変わっていける、そんな風に思えるようになったのはモモンガ殿のお陰なのだ」

 穏やかに笑んで言うガゼフの言葉に、モモンガはゆっくりと(かぶり)を振った。切っ掛けがいくらあろうとも、自ら変わろうとしない者は決して変わることはない。その事をモモンガはよく知っている。変化を恐れて足を踏み出せない臆病者だっている。仲間という言葉を四十人以外に決して許せないような臆病者がここにいる、それならば変わろうとする王国はそれだけで足を前に踏み出そうとする勇気ある者達だ。

「そんな大層な事はしておりませんよ。ガゼフ殿は六腕の中でも中心格の人物を見事仕留められたとか。さすが周辺国家最強の戦士と感心していたところです」

「いや、それは……クレマンティーヌ殿など二人を同時に相手取ってあっという間に倒してしまったという話を耳にしましたので、卑下するものでもないでしょうが誇るのも面映い話で……」

「いんや、あの二人ならガゼフでもあっという間っしょ~。でも魔法詠唱者(マジックキャスター)はちょっと苦手かなガゼフはぁ」

「……苦手というか、あまり対峙した経験がないが。どうしてそれを?」

「経歴調べれば一発だよぉ。傭兵上がりで王国戦士団団長、対人戦特化ってカンジだよねぇ~。傭兵時代もあんま魔法詠唱者(マジックキャスター)とはやらなかったんだ?」

「機会がなかったな。厄介な相手だろうとは思うのだが具体的にどう攻撃してきてどう対応すればいいのかイメージが湧かんな……」

「奴等はめちゃくちゃ厄介だぞ。単体ならモモンガ(こいつ)と蒼の薔薇の仮面の奴とあの婆ぁ以外は大した相手でもないが冒険者パーティで来られると最悪だ。味方に補助魔法はかけるわこっちの妨害はしてくるわ隙を見て攻撃魔法まで撃ってきやがる。何度死ぬ思いをしたことか」

「まぁそういう役割なのだろうからな……冒険者パーティであれば確かに厄介な敵だろうな。協力する事で個の力が何倍にもなるのが彼等だからな。戦う事はないと思うのだが……想定した訓練は必要だろうか……ブレインがその戦いを切り抜けて来ているというのならばやはり私も……?」

 ガゼフが真剣に悩み始めたのでモモンガは深い溜息をつき両手を二度下ろしてストップの手振りをする。

「はいはいそこまで。お前達、ガゼフ殿は真面目な方なんだ、あまり悩ませるような事を言うなよ。魔法詠唱者(マジックキャスター)はともかくガゼフ殿が冒険者と戦うってどういうシチュエーションだよ」

「えへへ、すいません、面白くってついそのまま止めずに」

魔法詠唱者(マジックキャスター)の警戒はしといた方がいいと思うぜ。今んとこ戦争には出してないとはいえ帝国は育成に力入れてんだろ」

「うむ……帝国は国を挙げて魔法詠唱者(マジックキャスター)を育成しているのだからいつ戦争に出てきてもおかしくはない……その対策も考えなくてはな。彼のフールーダ・パラダインなど一人で帝国全軍と同じだけの力を持つと専らの評判だ、それだけ魔法というのは恐ろしい力を持つのだろうからな」

「戦況を大きく左右するのはいつでも強力な魔法ですとも。王国は魔法詠唱者(マジックキャスター)の育成はされていないのですか?」

「モモンガ殿の前でお恥ずかしい限りなのだが……王国の者は魔法の恐ろしさを知らないどころか手品扱いする者までいる有様で……勿論魔法の有用性と恐ろしさを知る例外もいるのだが、魔法詠唱者(マジックキャスター)の地位自体が低く軽んじられているのです」

 そのガゼフの言葉を聞いて、ここは一発〈失墜する天空(フォールンダウン)〉でも撃って魔法の凄さを教えた方がいいのでは? と過激な発想がモモンガの頭に浮かんだがさすがにそれはないわと自分でツッコミを入れて取り止める。派手ならいいというものではない。

「王国にはまだまだ課題が多いようですな。ですがガゼフ殿の信じられる王とガゼフ殿が変えようとしておられるのです。自分が変わろうとしたその瞬間から人は変わっていると申します、変わろうと思う事自体が既に変化なのです。ですから己の信じた道を行かれますよう。変化しようとするその勇気を私は尊敬いたします」

 昔読んだビジネス書に載っていた台詞を引用した言葉はどこか浮ついているような気がして、自分で口にしておきながらモモンガは落ち着かなかった。変化しようとする勇気、それが一番欠けているのは誰か。

 ブレインはモモンガの事を友達だと言ってくれたのに、モモンガはクレマンティーヌとブレインを仲間と呼ぶ事に違和感というよりは拒否感を覚えている。心の中の椅子を増やすという変化を恐れている。

 俺の仲間はアインズ・ウール・ゴウンの皆だけだと頑として言い張るモモンガがいて、友達だと言ってもらえた事が涙も出ないのに泣くほど嬉しかったモモンガもいるし、クレマンティーヌの気持ちにどうにか報いてやりたいモモンガもいる。あちらこちらにとっ散らかっていて、収拾が付かなくなってしまっている。

 変わる事の痛みを恐れている臆病者の鈴木悟。

 認めてしまえばアインズ・ウール・ゴウンが本当に過去のものになってしまいそうで怖い。すり抜けていくのをただ見ているだけで掴まえようともしなかった、もう手は届かない。未来を見て今を生きるのではなく過去だけを抱えて過去に生きるなど悲しすぎるのに。今手を取ろうとしてくれている人の手を離すのか。認めた方がいい材料は十分に揃っているのに、認める勇気だけが足りない。

 一頻り魔法詠唱者(マジックキャスター)対策の戦法でブレインと盛り上がったガゼフが、昼食を買いに行ってくると立ち上がる。

「済まんなモモンガ殿、客人を放ってしまって。今日は家の者に休みを取らせているのでな。すぐ戻る。ブレイン、お前も付き合え」

「いいぜ。じゃあちょっくら行って来るわ」

 そう言い置いてドアを出る二人を見送っても、モモンガの心はどこかここにあらずだった。

 

「さて、俺に何を聞きたいんだ?」

 しばらく歩くとブレインがそう切り出した。ガゼフはしばし躊躇う様子を見せたがやがて口を開く。

「お前とモモンガ殿は、あの日何をしていた」

「まぁちょっとな、野暮用って奴だよ」

「……ある貴族が、仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)に死ぬより酷い目に合わされるから捕まえて牢に入れて守ってくれ、と詰め所に駆け込んできたという話を耳にした。八本指の奴隷部門との繋がりの証拠まで持ち込んでいて、それがこちらが押収した資料と一致したので近日中に裁判される事になっている。一体何をしたんだ?」

「ちょっと脅しが効きすぎたんだろ。あいつは加減って奴を知らねぇからな」

「……本当に脅しだったのか?」

「ご想像にお任せするよ」

 ブレインは肩を竦めてみせた。今の気持ちを的確に表す行動が他になかった。

「しかし、何故その貴族だけだったんだ? 八本指と繋がりのある貴族など掃いて捨てるほどいるが……」

「逆鱗に触れたってやつさ。そいつの運と巡り合わせが悪かったんだろうよ」

「そんな理由なのか……」

 やや呆然としたガゼフにブレインは一つ息をついてみせる。

「そういう奴だぜあいつは。お前さんが夢を見たくなる気持ちは分からなくもないが、そんなご立派な奴じゃないのさあいつは。自分で言ってたぜ、正義の味方にはなれないけど憧れてるって。だからあいつにとっちゃ、お前こそ憧れなのさ」

「俺とて、必ずしも正義を行えているわけではない……力が及ばない事も多い」

「そういう所が正義の味方なんだよ、お前さんは。ま、俺からしたらどっちもどっちだがね」

 ブレインが苦笑して、釣られるようにガゼフも苦く笑った。昼食のメニューを考えるべき店までの道程の時間はそうして潰れていった。


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