第130話 神国と遠回り
もしかしたら、その内さくらの名字を変えるかもしれません。
……往年の名作だからいいかと思ったら、続編が出るんだもんな。
なお、その2日間に語る程の事は無かった。
領土的にはまだサノキア王国内ではあるが、このペースならもう1時間もしない内にエルガント神国に入れる。
エルガント神国に入ってからは、5つほど街を越える必要があるが、馬車移動ならば1週間あれば神都(首都)に到着できるだろう。
エルガント神国では道の整備が行われており、国内の主要な都市に向かうのならば、常にある程度舗装された道路を通ることが出来る。それも遠回りなどが無く、ほぼ直線距離で、である。
実は、この道路の舗装には歴史的な背景がある。
いや、勇者的な背景があると言った方が正しいか。……そう、
エルガント神国が女神を崇拝しており、女神の使徒でもある勇者に多大な支援をしていたので、勇者がよく来るんだよ。つまり、他の国より侵略の影響を受けやすいんだよ。
「女神を信奉しているってだけで面倒なのに、勇者が色々やらかしたって聞くと足まで重くなるな」
「私達としては、助かる部分もあるんですけどね……」
「ああ、それも否定できないのは確かだけどな」
さくらが言うように、勇者がやらかしたアレコレは俺達の助けになることもある。
基本的に勇者がアレコレするのは、自分達の知る文明に少しでも近づけようとするのが理由だからな。同じ時代に生きた俺達が馴染むのも当然だ。
「ただ、正常な文明の発展からは大きく外れるわよね」
ミオの言い分は正しい。
勇者による文化的侵略は、この世界が本来辿るはずだった文明を大きく歪めただろう。
「どう考えても、既に色々と手遅れだけどな」
「そーよねー。ここまで文明が滅茶苦茶にされていたら、今更ちょっとやそっとの事を気にするのも馬鹿らしいわよね」
はっきり言って、すでに手遅れなくらいに文明は歪み切っているのである。
「ミオだって、料理関係で色々と文明を進めているだろ?」
「一応、配下以外にレシピは広めていないわよ。外に出しているのは工夫はしているけど、他でも知られている料理ばかりだし……」
ミオは一応ではあるが、文化的侵略には気を使っていたらしい。
「マヨ……」
「ア、アレは失敗したからいいのよ!」
慌ててミオが言い訳をする。
「最後まで言わせろよ」
「嫌!」
これも1つテンプレってことで……。
「勇者由来の食べ物って、この世界には沢山ありますものね」
「勇者が広めた料理は、美味しい上に話題性があるので、広まりやすいのだと思います」
「ええ、マリアちゃんの言う通り、大抵の店は勇者が広めたことを前面に出して売っていますわ。売れ行きが随分と違うそうですわよ」
この世界の食事処事情に詳しいセラが言うのなら間違いはないだろう。
日本人らしいといえば間違いはないのだが、召喚された勇者達も、食文化の水準が低いのは耐えられないのだろうな。
とは言え、それ程日本の料理が溢れている訳ではないのは、召喚される勇者に学生が多いからだろう。自炊をして料理のできる勇者なんて少数派だろうからな。
俺?最初から自炊なんて考えていないよ。食材が勿体ないだろ?
「最近
「ああ、一緒に行った時に食べてた粉物3点セットね……。お腹には溜まるだろうから若者には人気でしょうけど、栄養バランスを完全に投げ捨てているわよね……」
セラのお気に入りを聞いたミオが遠い目をする。
炭水化物が多く、全てが主食級と言うエグいセットである。
《ヤキソバパンおいしかったー!》
「アキンドの連中は主食を重ねるのが好きなのか?」
ドーラは焼きそばパンが気に入ったらしい。
幼いドーラの成長の事を考えると、栄養バランスの悪い食事は控えさせたいところだ。
ただ、元の世界にいた時、冗談半分で
ちなみにソバメシは電子レンジでチンするヤツだ。焼きそばなんて高度な料理、とてもじゃないが俺には作れない。
「基本、時は金なりを地で行く人たちが多いから、短時間でお腹が膨れる料理が人気になる傾向があるわね」
「なるほど。そう言う背景があるのか」
意外と食事時間って馬鹿に出来ない負担になるよな。
食事が好きなら気にならないけど。
……カップ麺とか作れば、アキンドで売れるんじゃないかな?
A:別の国ですが、過去の勇者が似たようなモノを作っております。
居たのかよ。そして、カップ麺、作れちゃったのかよ。
本当にやりたい放題だな。……カップ麺ってかなり近代的な文化だぞ。せめて保存用の缶詰くらいにしておけよ。
話は少しそれてしまったが、そもそも俺は勇者の
何故なら、勇者を呼べばその勇者の持つ文明が広がるのは当然のことだからだ。
勝手に異世界に呼ばれて、低い生活水準を強制される。そして、低い生活水準に耐え切れないから故郷の文明を持ち込む。一体、それの何が悪い?
勇者を呼ぶ選択をしたのはこの世界の住人なのだから、この世界が勇者の文化に侵略されるのも覚悟の上でなければいけない、と言うことだ。つまり自業自得と言うことだ。
雑談をしながら1時間。
俺達はようやくサノキア王国を抜け、エルガント神国との国境へと辿り着いたのだった。
国境には立派な門があり、俺達の乗った馬車はその前で停車して待たされている。
現在、外務大臣が門番とやり取りをしている最中のようだ。流石に門番とのやり取り程度でサクヤが出て行くと言うことも無いし、俺が出て行く必要もない。出て行きたくもない。
まあ、俺が出て行っても威圧くらいにしか役に立たないだろうからな。
思っていたよりも酷いな……。
しばらくすると、メイドの1人が俺達の馬車にやって来た。
「サクヤ女王陛下、門の兵士が案内役として神都まで同行したいと言っているのですが、如何いたしましょうか?後、先触れとして早馬を出したそうです」
「先触れは良いとして、案内役かー。うーん、どうしようか?地図も異能のマップもあるから道は分かるけど、断るのも不自然かな?でも、余計な者を引き連れて手の内をバラすのも嫌だし……。何よりお兄ちゃんの周りに事情を知らない人を近づけたくないし……」
メイドの報告を聞いてサクヤが考え込む。
折角、周囲を俺の事情を知っている者で固めたのに、余計な人間を近づけさせてトラブルになったら堪らないと言う。
「サクヤ、マップを見てみろ」
「あ……、これは駄目ね。連れていけないわ。悪いけど、案内は断ってくれる?」
「承知いたしました」
俺がマップの確認を促すとサクヤはすぐに案内を断った。
メイドが去って行った後、嫌そうな顔をしてサクヤが呟いた。
「全員真っ赤ってどうなのよ……」
そう、俺達のマップに表示されるエルガント神国の兵士は、全員が赤色マーキング、つまり『敵意有り』の表示なのである。
ついでに言えば、マップで確認できる4エリア内にある街や村の住人も、ほとんどが赤色マーキングである。
「女神を崇拝し、勇者を神聖視している国だからな。勇者を殺した俺に敵意を持っていても不思議じゃないさ」
「ここは既に敵地です。仁様をお守りするためにも、気を引き締めていなければいけません」
「そうみたいね。少し甘く見ていたかも……」
当然のようにマリアは警戒態勢になっている。
残念ながら、マリアは未だに予知系のスキルを入手できていない(そんな簡単に手に入るモノでもない)。織原の奇襲の例もあるので、神経を尖らせているのだ。
「街に寄るのもよく考えないといけませんわね」
《かんこーできないよ?ごしゅじんさま、いいのー?》
「仁君も流石にこの状態で観光とは言わないですよね……?」
さくらが少し不安そうに聞いてくる。
俺ならばこの状況でも観光を優先しかねないと思われているのだろう。
「流石の俺もここまで敵意むき出しの状況で観光をしたいとは思わないさ。間違いなく楽しめないからな」
「そうですよね……」
「せめて1度神都に着いた後、身分を隠して行動できるまではお預けだな」
少なくとも、サクヤの護衛と言う身分では観光は出来ない。
『ポータル』だけ置いておき、観光はまたの機会にするのが吉だろう。
「でも、街に寄らないって訳にも行かないわよ。私達はともかく、大臣達はもう限界でしょうから。彼らを労わるためにも、1回は何処かの街に寄らないとね」
サクヤの言う通り、大臣達も疲労の色が濃い。
大分無理をさせてきたからな。休ませるためにも街に寄るのは必須だ。
「それは仕方が無いな。とりあえず、ここから1番近い街には寄るとしようか。その後の事は、その街での対応次第だな」
「仮にも国の招いた客に襲い掛かってくるような事はしないと思いますけど、何をされるかわからないと言うのは不安ですわよね」
セラはそう言ったが、宗教国家の住人がそこまで理性的だろうか?
正直に言って、襲い掛かってくる可能性はあると思っている。
「そうねー。料理に変なモノ混ぜられたりとか、地味な嫌がらせはあり得るわよ。そんな事をする奴、ミオちゃんは料理人とは認めないけどね」
「仁様に仇なすものは許しません」
マリアは相変わらず過激だが、ここまで敵対者が多い場合は当然の対応でもある。
基本、俺も敵対者には容赦をしないし。
「その辺も最初の街次第だな。この国に対する基本方針はそこで全て決めよう」
「はい、仁様の仰せの通りに」
と言う訳で、この国への対応は全て最初の街次第と言うことになりました。
本当は1つの街で国の印象を決めるのは好きじゃないんだけどね。でも、不快な目に遭う確率が高いのに、何度も試行するような真似をするつもりもないんだ。
国境の門を越えて2時間ほど経過した。
エルガント神国最初の街の名前はエルリムの街と言う。
アルタ曰く、女神を崇拝する国や街の名前の頭には「エル」と付くのがお約束らしい。エルディア王国然り、エルガント神国然りと言う訳だ。
そう考えると、始祖神竜に「エル」と名付けたのは失敗だったかもしれない。
L:酷いのじゃー。
そうそう、今まで全く出番が無かったから説明することも無かったが、今回の旅には
より正確に言うのならば、『同行して』ではなく『同化して』なのだが……。
エルは疑似人格なので吸収しているので同化と言っても問題ないだろう。
説明が面倒なのはレインの方だ。
レインも契約精霊だから俺の旅に同行したいと言ったのだが(実際はジェスチャー)、大精霊であるレインをそのまま連れ回したのでは目立ちすぎる。
精霊は『精霊の輝石』の中に入れておくことが出来るので、その状態で連れて行くと言うのも考えたのだが、レインを入れている『精霊の輝石』は特大なので嵩張る。
仕方がないのでアルタの指示に従い、<
言っている意味がよく分からなければ、『精霊化』とは違う種類の合体が出来るようになったと思ってくれて構わない。実は俺も理屈はよく分かっていない。
レインとしても俺と常に一緒に居られると言うのは喜ばしい事らしく、ブラウン・ウォール王国で魔力の流れを微調整している時(つまり仕事中)以外は、常に俺と同化することを望んでいる。
逆にエルとしては出来れば普段は外に顕現していたいようなのだが、何が起こるかわからない場所に行くときに俺から離れているのは危険だと考えているようだ。
と言うのは建前で、レインが俺と同化できるようになったことで、使い魔ポジションが脅かされることを危ぶんだのだと思う。ポジション被りは怖いよね?
レインは俺と一緒に居られれば他の事には興味が無いし、エルはレインに出番を奪われなければ問題なしと言うスタンスなので、この旅の間に2人を呼び出す機会はないだろう。
2人を呼び出すと言うことは、結構な非常事態と言うことだ。
閑話休題。
さて、大分話が逸れてしまったが、エルリムの街について説明しよう。
この街はエルガント神国とサノキア王国の交通の要所であり、かなり規模の大きい街だ。
沢山の行商人が行き来をしているので賑わっている。普通は街の規模が大きくなればスラムなどが出来るのが常なのだが、街レベルで治安維持に力を入れているらしく、犯罪率が異様に低い街としても知られている。
熱心な女神教の信者が多く、行商人達は宗教関係で余計な事を言わないということが暗黙のルールとなっている。
女神教に関する案件のみ、治安の良さが発揮されないのがこの街の実態であるからだ。
そんなエルリムの街に俺達の馬車は到着……せずに
「アレは駄目だな」
「流石に無理よね。大臣達には悪い事をしたけど……」
「でも、あの街に連れていくよりはマシだと思います……」
俺のダメ出しにサクヤとさくらが続く。
他のメンバーも俺達と同意見のようで、反対の声は上がらない。
街に行かない理由を一言で言うと、「俺達の事を殺しに来ているから」である。
それではマップによって判明した、エルリムの街で起こるイベントについて説明しよう。
まず、俺達がエルリムの街に着いたとします。
先触れが来ているので、案内人が俺達を宿に案内するのですが、
はい。ここで戦力を分散されてしまいますね。
次に食事です。
最高級の宿で出る料理です。ええ、当然のように毒が仕込まれていますね。
遅効性で死には至らない毒ですが、様々な悪影響があり確実に今後の人生を台無しにするような毒です。
もし、食べる前に毒の存在がバレた時のために、あらかじめ犯人役が決まっています。
料理長が犯人役なのですが、実際にはその人物は料理が出来ません。
犯人として矢面に立つだけの存在です。実際には拘留中の犯罪者で、俺達に引き渡されるときには死亡している算段です。実際には料理1つ作れなくても、周囲の人間が口を揃えて「彼が料理長だ」と言えば、それは事実になってしまいます。
街に出たとします。
街の人間達は何が何でも分散した俺達を合流させまいとします。
そして、偶然を装って殺しに来ます。頻度は多くありませんが、街の至る所に即死罠が設置されています。
罠を設置した地点の管理者は、俺達に被害が出た場合に責任を取って死ぬことを了承しています。
宿で休んだとします。
<暗殺術>を持った暗殺者が、部屋の中に潜んでいます。就寝した場合、ベッドの下に潜んでいた暗殺者がブスリ、します。
天井裏にも複数の暗殺者が潜んでおり、隙あらば襲い掛かってくるでしょう。
このように、エルリムの街は責任を取って死ぬ事を覚悟の上で俺達の事を殺しに来ております。……ええ、非常に迷惑ですね。
当然、領主も承知の上です。と言うか、先触れの話を聞いて実際に指示をしたのが領主です。これで領主=貴族関係のトラブルと言う図式も成り立ちました。
さて、質問です。
このような事が起こるとあらかじめ分かっている街に貴方なら寄りたいですか?
私は、全く寄りたくありません。
「セラ、国の招いた客に襲い掛かってくるような真似はしないんじゃなかったのか?」
「流石にこれは予想外ですわ。まさか、街ぐるみで殺しに来るとは誰も想像できませんわ」
ある意味予想通りと言えば予想通りなのだが、街ぐるみと言うのは予想外だったな。
「そうだな……。これは次の街も期待できそうにないな……」
順当に行けば次による予定の街にも先触れの兵が向かっており、エルリムの街と同じような事態になるのは目に見えている。
もういっそ、神都までノンストップで行くべきだろうか……。
でも、大臣達がいるからな。どこかで休ませてやりたい。
「ルートを外して別の街に行くか、開き直って『ポータル』を教えてやるか……」
色々と察している大臣達になら、『ポータル』を教えてもそれほどの害はないだろう。
「時間的にはまだ十分に余裕があるし、少しルートを外れても問題ないと思う。大臣達を休ませるためにも、出来れば先触れの通っていない街に入りたいかな。お兄ちゃん達の能力に関する情報は、極力広めたくないし……」
サクヤ的には、俺の能力を使うよりは遠回りする方を選びたいようだ。
確かにサノキア王国の森を突っ切ったおかげで、時間的な余裕は大分あるから、遠回りしても問題はない。不用意なことは控えた方が良いかもしれないな。
「アルタに比較的安全な街をチョイスしてもらおう」
「うん、お願いね。お兄ちゃん」
「ああ、上手く行けば観光もできるからな」
身分を隠して行動をすれば、俺も何の気兼ねなく観光が出来る。
「結局、ご主人様はそこに行きつくのね……」
「まあ、いつもの事ですわ」
「いつもの事ですね……」
「ホント、お兄ちゃんは観光が好きなのね」
何故か皆が呆れたような顔をしている(マリアとドーラは除く)。解せぬ。
「ベガ、安全な街の検索を頼む」
「承知いたしました」
アルタ(ベガ)の指示に従い、予定していたルートから方向転換をして3時間。ようやく、
「アルタのルートを使うと、結構遠回りになるみたいだね。良かった、余裕を持ったスケジュールにしておいて……」
マップでルートを確認し、安堵の息をつくサクヤ。
何が起きてもいいように、随分と時間的余裕を持って行動していたようだ。
首脳会議まで後17日程の余裕があるので、真っ直ぐ神都に向かった場合に1週間かかることを考えると、10日程神都に滞在する予定だったようだ。
なお、アルタルートを使うと3日程余計に時間がかかることになる。
安全なルートに時間がかかるのは仕方のない事だ(森を突っ切った件から目を逸らす)。
これ以上、大臣に無理をさせるのは可哀想だし……。
「街に着いたら、お忍びの貴族を装えばいいんだよな?」
「うん。名前は出さずに金払いの良い貴族を装うつもりだよ。大臣達と相談した結果だし、問題はないと思う。私は多少変装するつもりだけどね」
「サクヤちゃんの和服は目立ちますから、服を替えるのは必須ですね……」
サクヤは顔が知られている可能性もあるし、和服で出歩く訳にも行かないので、服を替えて変装して行くそうだ。
「俺も念のため変装しておくかな」
《ごしゅじんさまがするならドーラもー!》
俺の場合は、変装して観光するためである。
ドーラは俺の真似がしたいだけである。
一旦馬車を止め、街に入るための準備を進めていく。
サクヤは長い髪をツインテールにして和服を洋風の服に替えた。
それだけで随分と印象が変わる。
俺は鎧を脱いで一般的な服を着る。伊達眼鏡をかけて変装をする……したつもりになる。
ドーラも同じように伊達眼鏡をかける。
流石に街中に『
着替え終わって馬車から出てきた俺を見て、大臣達は微妙な表情になる。
「どうかしたか?」
「いえ……、もう正体をお隠しになる気は無いのですかな?」
俺が聞くとルドルフ財務大臣が尋ねてきた。
なるほど。折角態々正体を隠していたのに、こんな場所であっさりと明かしたので困惑したと言うことだろう。
「どうせ、気付いていたんだろう?」
「ええ、それはまあ……」
歯切れは悪いが、否定はしないルドルフ財務大臣。
「なら、問題はない。体裁や建前は大事だけど、それは身内相手にすることじゃないからな。公の場では女王騎士ジーンとして行動するから、それさえ分かってくれればいい」
「……わかりました。以後、その様に扱わせていただくとしましょう」
「ああ、そうしてくれ」
よし、これで馬車の中でも鎧を着る必要がなくなったな。
ミミの作った鎧は身体にフィットしているから負担は少ないんだけど、基本的に鎧を着ると言うこと自体が負担なのだから、どうでもいい時には着ないに越したことはない。
再び馬車を進め、俺達はついにエルガント神国最初の街へと到着した。エルリムの街の存在は無かったことになった。
街の名前はエルバレー。
エルリムの街程大きくはないが、殺意が低いと言うだけでマシである。
それでもマップの表示は赤が多いけど……。気付いてなければセウト。
門を越え、高級な宿を取ったところで大臣達は力尽きたようで、今日1日はゆっくり休むことに決めたようだ。
サクヤも不用意に出かけるわけには行かないと言うことで、宿で待機をすることにした。本当は出かけたい気持ちもあるようだが、大臣達が全力で反対していたので渋々である。
出来れば俺にも護衛として残って欲しいようだが、無理にとは言って来なかった。
一応、宿には大半のメイド騎士を残しているので、それで勘弁願いたい。
と言う訳で、サクヤ、ベガ、メイド騎士、メイド、大臣を宿に残して、俺達いつもの6人はエルバレーの街に繰り出した。
「白くて神聖な雰囲気の建物が多いな。流石は神国を名乗るだけはある」
街にある建物の多くが白を基調としているので、街全体の調和が取れている。
人々も比較的白を纏う者が多く、何処を見ても必ず白が目につくと言った具合だ。
統一感のある街は嫌いではない。もちろん、観光地として、ではあるが。
「女神教で最も尊ばれる色が白だそうですわ。女神も白い衣を羽織っていると言われているそうですわね。事実かどうかは知りませんが」
セラ曰く、美術品には女神を描いたものも多いそうだが、髪や目の色はバラバラだそうだ。
偶像崇拝は禁止されていないが、女神の外見に関しては女神教にある資料にも記述が無いらしい。しかし、服の色だけは白と明言されているので、そこだけが強調されることになった。
「安直に白は神聖っていうのではなく、女神関係の理由があったのか」
そりゃあ必要以上に白が多くなるわけだ。
「見た目綺麗だし、ミオちゃんこう言うの結構好きよ。はあ……、敵対していないときに来たかったわね。後、この街って料理が大分偏っているわ」
もうすぐ夕暮れと言うこともあり、少し慌ただしくなった街を歩き回っていたのだが、この街の屋台(白塗り)の多くが、見覚えのある料理ばかりを出しているのである。
大体予想は出来ているだろうが、勇者の残した日本料理の数々である。
「コロッケ、肉じゃが、コロッケ、ポテトサラダ、コロッケ、ハッシュドポテト、コロッケ……。何この全力のジャガイモ、コロッケ推し……」
しかも、全力でジャガイモが推されているのだ。
いや、俺もジャガイモは嫌いじゃないし、好きな料理も多いけどさ。流石にやり過ぎちゃう?
「ねえ、おじさん。この街ってなんでこんなにジャガイモの料理が多いの?あと、コロッケ6個ください」
ジャガイモ料理の多さが気になったミオは、屋台でコロッケを揚げていたオッサンに尋ねた。ちなみに、ここのコロッケが一番良い匂いがしていたそうだ。
「ん?嬢ちゃんよそから来たのかい?」
「うん、そうよ」
「それじゃあ知らないのも無理はないな」
オッサンはコロッケを包みに入れながら話を始める。
「大昔、この辺りで酷い飢饉が起こったらしいんだよ。その時、通りがかった勇者様がジャガイモを育てることを勧めてくれたんだとさ。その結果、飢饉を乗り越えて街の人々は救われた。だから、この街ではジャガイモが愛され続けているってワケさ」
「んー……。ジャガイモだけ食べ続けるのも身体にいいとは言えないんだけど……」
栄養バランスって大事だよね。
ちなみに魔力を栄養に変換する『エナジーボール』の魔法で生み出す兵糧玉は、栄養バランスが完璧らしいです。味はしないけど……。
「嬢ちゃん、よくそんなこと知っているな。その件は勇者様も気にしていたみたいで、飢饉を凌いだ後はジャガイモだけを摂り続けないように街の人間に忠告したらしい。ついでに言えば、その勇者様は植物を操る
「どんだけジャガイモに特化した勇者様なのよ……」
その勇者、1人で魔王を倒せるの?
「はいよ!コロッケ6個お待たせ」
「コレ、お代ね。面白いお話、ありがとうね」
「毎度!」
オッサンからコロッケを受け取り、ミオが俺達の元へ戻ってくる。
「なかなか面白い話が聞けたわね。知ってはいたけど、勇者の中にもまともな人はいるのよね。私達の出会った勇者が殊更酷いだけで……」
「そりゃそうだ。勇者全員が最低な性格をしていたら、召喚なんて誰もしなくなるだろうさ」
ミオから手渡されたコロッケを食べて歩きながら答える。
異世界召喚が繰り返されるのだから、平均すれば善人の勇者の方が多いと言う事だろう。
悪人しか呼び出せないのだったら、誰も異世界召喚をしたいとは思わなくなるはずだ。
「でも、例え悪人でも、魔族を、魔王を倒せるのなら仕方ないと考える者もいるのではありません?最悪、寿命を待てば済むのですから」
セラの言うことにも一理あるな。
魔族は人間よりも寿命が長いので、長期間にわたる魔族の支配を受けるくらいなら、勇者に魔族を倒してもらい、勇者の悪事に関しては勇者の寿命までの事と割り切る。
「有りと言えば有りだけど、あまり気持ちの良い事ではないよな」
「そうですね……」
《おいしー!》
さくらも嫌そうな顔をしている。
ドーラは難しい話には関わらず、マイペースにコロッケを食べている。
ちなみに、ミオの買ってきたコロッケだが、ミオ程ではないがかなり美味い。
ジャガイモの特産地なのだから、ジャガイモ料理が美味いに決まっている。
「うん?あの像ってもしかして……」
ミオが道の先にある銅像を指差す。
その銅像は俺達と同年代くらいの学生服を着た少年が、芋を持った姿だった。
「ホント、徹底しているわね……」
「何々……。『ジャガイモの伝道師にして勇者、ジャガー様の功績を讃えて』……」
銅像の下にある台に書かれた文字を読む。
「ツッコミどころが2つある。1つ、『勇者』よりも『ジャガイモの伝道師』の方が先に来るのか。2つ、ジャガーって何だよ。お前どう見ても日本人じゃねえか」
「ジャガーは偽名じゃない?ジャガイモ好きだからジャガー……。あんまり面白くはないけど……」
「そして、それだけジャガイモが好きなら、勇者よりもそちらを優先すると言う可能性もありますわね」
まあ、おおよそミオとセラの言う通りなのだろうけど……。
「本当に変わった勇者だな……」
その一言に尽きる。
「変わってない勇者の方が見た事ないけどね」
「それもそうだな。良いにしろ悪いにしろ、勇者って変わった奴ばかりだよな」
「申し訳ございません」
そこでマリアに謝られても……。
一応、勇者と言えば勇者だけどさ……。
ふと、もう1人の現地産勇者のシンシアを思い出す。方や狂信者、かたや戦闘狂。
……そうか、『勇者は変わった奴』と言う推論の反論材料にならないのか。
完全な余談なのだが、像の後ろ側にも説明文があった。
そこには、この街が出来た時のエピソードが記載してあり、街の名前を決めたのは勇者だと書かれていた。
この街の名前はエルバレー。女神教の街を示す「エル」を抜くと「バレー」。……つまり、
そして、この街を治める領主は男爵であることを望んだそうだ。それ以来、この街の領主は爵位が上がる機会を固辞して男爵であり続けたそうだ。男爵イモかな?
久しぶりに勇者に対してこのセリフを送りたいと思う。
阿呆か!
そろそろエルガント神国編を名乗ってもいい頃合いだと思います。
本当にエルガント神国編なのに、信じている人の少なさときたら。