8月のトンガ戦前、母国・ニュージーランド(NZ)在住の母が亡くなる直前まで連日、電話をかけていた優しい指揮官がジョセフだ。人懐っこい笑顔からは想像できないほど現役時代(フランカー、ナンバー8)は暴れん坊。激しいプレーもいとわずNZ代表に駆け上った。1995年W杯南アフリカ大会では南アとの決勝の2日前、仲間が夕食後に謎の腹痛と嘔吐(おうと)に襲われたが、丈夫な胃袋で難を逃れたという逸話を持つ。
後に日本のサニックスでプレーし、代表資格厳格化前の99年には日本代表としてもW杯を経験。指導者としての流儀は「体をいじめ抜いても心は追い詰めないこと」。15年には田中史朗が所属したスーパーラグビーのハイランダーズを、現日本代表のブラウンコーチとともに優勝へ導いた。