#41 病室から棺桶まで
屋根は剥がしたけど、里を囲む壁は3mくらいの高さで残っている。そんな壁際の、元は空き地だった場所に、さっき出したばかりらしい巨大プレハブテントが建っていた。いくつかの折りたたみプレハブをつなぎ合わせてひとつの巨大な部屋にしてるようで、たぶん元からそういう機能が組み込まれてたんだろう。
里中から怪我人が続々と運び込まれ、そして、手の空いた住人も治療を手伝いに駆けつけていて、騒々しい。
熱気がこもった室内には、ストレッチャーみたいな簡易ベッドが所狭しと並び、うめき声に満ちている。
視界に占める赤色の割合が多い。それは治療にあたる人の
そんな狭い中を、榊さんは巡回していた。
「……救いを」
榊さんの左手の甲が輝くと、腹部を撃たれたらしい男の傷が瞬く間に癒えていく。
治癒の
脂汗を掻いて苦しんでいた男は、まるで悪夢から醒めたように、信じられないという顔で自分の傷を見て、それから榊さんの方を見た。
「ありがとうございます!」
榊さんは答えない。流れ作業のごとく治療を行っており、既に次の怪我人の元へ向かっているからだ。
と、向きを変えるちょうどその時に俺と目が合い、張り詰めた無表情に近かった榊さんは、散歩を待ちわびていた小型犬みたいな顔になった。
「カジロ様! お戻りになられましたか!」
患者と治療者、合わせて100人くらい。寝ている人以外ほぼ全員の視線が、入り口の俺に集中する。
先を争うように平伏する人々を飛び越えるように、榊さんが飛んでくる。
「任せちゃってごめん。大丈夫だった?」
「なんとか……ただ、傷が深い人は、私では処置に時間が掛かってしまい、命を繋ぐのみに留めております」
「分かった。後は俺が」
「皆さん、バイオペレットをご用意ください!」
榊さんの呼びかけで、平伏していた人々は、慌ててブヨブヨした有機的な物体を持ち出し、怪我人の傷口に被せるように配置した。
治癒の
「……アンヘル、原稿ある? ショートで」
『ご用意致しました』
「早っ」
ヴン……と音を立て、俺の前にホログラムプロンプター画面が浮かぶ。
ざっと読んで、特に問題が無いことを確認した俺は、指先で額の
「汝が命運は、未だ断たれず」
精一杯、威厳を見せつける気で厳かに言ってみた。
赤い光が俺の額に灯る。デコビーーーム。
「編み綴るべき道行きは尽きじ、汝が魂、迎うるに値わず。
幸は尽きず、痛みは尽きず、悦は尽きず、涙は尽きず。今は唯、死の影を祓い、以て安らわん。
……祝福あれ!
台本通りの詠唱を終えると同時に、俺の指先から縦横に、碧玉色の光が迸った。(そう言えば、なんで回復は緑色って決まってるんだ……?)
シュー……と酸に物が溶けるような音を立て、いくつもの傷口から白煙が立ち上る。バイオペレットは傷口へ溶けるように縮んでいく。
『戦士達よ。信仰の守護者達よ。そなたの流した血は、そなたを慈しむ神の涙。
其は奇跡の癒やし。神はその傷を塞ぎ贖いましょう。
信仰の敵を打ち破るため、今一度立ち上がるのです』
アンヘルの声もどこからか降ってくる。
……こいつの賛美プログラムを忘れてた。
『
『適切な程度と推測』
テレパシーで軽く突っ込むが、アンヘルは平然としたものだ。
「おお、すげぇ……」「痛くなくなった」「死ぬかと思ったぞ」「腕が戻った!」
「どうして助かったんだ?」「奇跡だ」「ああ、神様!」
命が助かったことを抱き合って喜ぶ人々。手の空いた人は、跪いて俺に手を合わせたりなんかして……
『アンヘル? 治癒の
いかにも医者っぽい格好の人の他に、なんか
こんな感謝されるもんなのか?
『人体をはじめとした生体の再生には、無機物と比して非常に複雑な計算とプロセスを必要とします。それ故に、通常の
賢様の場合は、無限の
んー、要するに効き目が薄いのか。
「カジロ様、ご無事でしたか。天罰の光が見えたもので、心配しておりましたぞ」
ふと気がつけば、族長が来ていた。
服装はそのままだけど、さっき見た時より血の跡が増えてるの気のせい?
「族長も怪我人の治療を?」
「いや、それはスズネ……眷属殿が引き受けてくださいましたので」
榊さんの名前を呼んでから、族長は言い直した。
「私は殉教者達を」
「そう……か」
一命を取り留めて、ここに運び込まれた人ばかりじゃない。死人もそれなりに出ている。
族長はそっちの対処をしていたわけだ。つまり、血の跡が増えているのは……
「カジロ様、こちらはもう終わりましたかな」
「あ、ああ、はい」
「でしたら、よろしければ殉教者に手ずからの火葬を。
カジロ様御自らの炎によって清められたとあらば、彼らも……」
余韻を残すように、族長は言葉を切った。
教会が推奨している宗教的に正しい(つまり祝福的な)埋葬法は火葬からの散骨だ。
生きている間に体に染みついた穢れを炎によって清め、魂を解放するとか何とか。そして魂は四十九日の時を経て再び方舟の子として生まれ来る、という教義らしい。なんかいろいろ混じってる気がする。
それが本当かどうかは、人間代表の神様役でしかない俺には分からない。火葬に散骨って、土地が限られてるコロニーらしく場所を取らない手段を選んだよな、という気はする。
「分かりました、行きましょう」
「ありがとうございます」
なんであれ、戦って死んだ人には敬意を払いたい。俺は承諾した。
……ん、でもちょっと待て。
『アンヘル、ちょっと聞きたいんだけど……死んだ人間を
声には出さず、俺はアンヘルに問いかけた。
これまで俺が見てきた神様パワー……正確には、方舟のシステムとして用意されてるオーパーツなテクノロゾーは、色々と洒落にならない力を見せている。
死人のひとりやふたり、生き返らせちまいそうな気もするんだけど……
『クローンのような別人を作ることは可能です。ただし記憶と人格の複製が必要ですので、そのバックアップが無い場合……つまり大半の場合は不可能です』
『なんか人間の定義とかに触れそうな話だな……了解、要するに死人は基本的にNGなのね』
死者の蘇生とかいかにも神様っぽいけど、未来パワーでもさすがに無理なご様子。
『また、バックアップした記憶をクローン体に移植することで擬似的な蘇生は可能ですが、それを蘇生と呼ぶのか、同じ記憶を持つ別人と考えるのか……
23世紀の時点で結論は出ておらず、方舟において教会も判断を保留しております』
『あー……それは俺も分かんないや』
それこそ、本物の神様でも決めるのはおこがましいと思えるような話だな。
「では、申し訳ありませんが、どうかお早く……いつ教会軍の後続が来るやも知れません」
「今のところは来てないんですか?」
里にはいろいろと便利なツールがあって、単に敵を感知するだけならアンヘルの監視(つまり10kmね)よりも有効範囲が広いのだ。
先代の神が
「ええ、奇妙なことに来ておりません。もちろん、今すぐにでも逃げられるよう態勢を整えておりますが……」
「何か大事件が起こって、俺達の相手するどころじゃなくなってるのかもね」
「はあ……」
俺は冗談めかして言ってみた。
……できれば、そうであってくれると助かるなあ?