#39 ターミネーチャン
まとわりつく鎖を払い落とし、ゴキッ、ゴキッ、と首を鳴らす変態メイド。
メタリックなボディのバイクがうなりを上げる。クリーンな電気エネルギーで動いているご様子で、それは化石燃料を燃やすエンジン音と言うよりは、高速回転するモーターの音だ。
えーと…………何が起こった?
『戦闘用バイクの内蔵砲を発砲することにより拘束を解いた模様』
アンヘルが解説してくれた。
言われてみれば、確かにバイクの正面部分がカパッと開いてて、砲口らしきものが顔を出し、なんか硝煙をたなびかせている。
「って、そんな無茶をしてなんで無事なんだよ、あいつ……俺みたいな身体強化?」
『その身体能力から彼女は教会のサイバネ強化兵であると推測。
損傷軽微であることから、あのメイド服も一種の強化戦闘服である可能性が高いと思われます』
そしてメイドは頭にかぶせていたパンツをそっと外す。
こっちはメイド服みたいに頑丈ではないようで、爆発の余波を受けて裂けてしまい、さらにちょっとばかり焼け焦げていた。
恭しくパンツを手に乗せたメイドは……やがてその目から大粒の涙をこぼす。
「ああ……シャルロッテ様のお召し物が……」
黄金そのもののような眩しい金色の目から、真珠のような涙がこぼれ落ち、陶磁器めいて現実味が無い白皙の頬を伝う……
ああ、美しい光景だ。掛け値無しにそう思うよ。
パンツを見て悲しんでるんじゃなければな!!
と言うか本当に何だこいつ。シャルロッテのストーカーか何か?
しかしこいつが次に取った行動は、さらに俺の想定の斜め上だった。
パンツを……口に入れたのだ。
「えっ?」
俺が目の前で起きていることを理解できずにいる間に、メイドはまるでハンペンでも食べるみたいにパンツを口に入れ……もぐもぐごっくんと食べてしまった。
「天上の美味にございました……もはやこのクララ、怖れるものはございませぬ」
ああ、そうかお姉さんクララって名前なのね?(現実逃避)
クララと名乗った変態メイドは背負ったハルバードを抜き放ち、片腕でバイクをふかす。
その姿は中世の勇ましい騎士か……いや、もっとヤバイ奴だ。大鎌を持った
「シャルロッテ様を……返せえええええっ!!」
恐るべき迫力で吠えたクララはバイクで一直線に突っ込んでくる!
轢き殺す気か!? ちょっと待てよオイ! 殺人メイドとか何のマンガだし!?
「てかこれシャルロッテも危ないじゃねーか!」
俺は
そして迫り来るバイクに対しては……
「ステイ!」
身体強化に物を言わせ、真っ正面からパンチをぶち込む!
そして、宙を舞っていた。
バイクじゃなくて俺の方が。
「うおっ!?」
全力でバイクに轢かれたにしては、ダメージは軽い。軽いんだけど予想以上!
あの調子ならバイクくらい受け止められると思ったのに!
ハルバードをぎらつかせ振りかぶるクララは着地狩りモード。
さらに、先ほど鎖を吹き飛ばした砲門が空中の俺めがけて火を噴いた。
カッ、と体が熱くなった。体を丸めて防御した俺に強烈な衝撃が入る。
「あっちい!」
服がちぎれ飛び、皮膚が焼ける!
焦げた服から煙をたなびかせつつ、俺が落ちていく先には……ハルバードを構えた変態メイド、クララが待つ。
だが今ここで俺が対応するために
「天罰!」
コロニー一階の天井に設置されたレーザーガンが動き出している事を、俺は知覚する。
「覿面!」
Zap!
空が赤く輝き、幾条もの光線がクララに向かって降り注いだ!
……が。
空が赤く輝いた瞬間、バイクのモーターがうなる。
ビキ、ビキッ! と音を立て、クララの周囲でレーザーがはじけた。
二十面体ダイスのごとき光の壁がクララごとバイクを包んでいた。照射されるビームに耐えかねたように壁は薄れていくが、ビームが壁を貫くかと思ったその時には、もうバイクは元の場所にいない。
おかげで無事に俺は着地する。しかし天罰ビームは一発たりとクララ本体に当たっていなかった。
「なんだありゃ?」
『対光学兵器限定の防御フィールドを形成するエネルギーシールドです。バイクに内蔵されているジェネレーターによるものと推測。
焦点発射による展開速度を超える破壊か、再展開を促すことによるバッテリー枯渇の誘発が有効』
「有効ったって……」
俺を大回りするように高速かつ変則的な軌道で走り回る変態メイド。
今気がついたのだが、天罰は着弾までにコンマ数秒のタイムラグがある。光線そのものが亜光速だとすると、遅いのは発射の方か。
赤い天罰の光は、バイクの軌跡をなぞるように地面に穴を穿っていく。先を読んで当てようとすれば、変則的な走行によってヒラリとかわされ、運良く当たったレーザーだけではバリアを貫けそうにない。
「くそっ!」
ひとまず俺は装甲車から禿げた装甲板の一部(推定重量100kg)を持ち上げ、走行するバイクに向かってぶん投げた。さらに、同時に天罰レーザーを発射!
装甲板を避けるために走行を乱されたクララはレーザーに直撃し
「せいっ!」
……なかった。
車上でクララはハルバードを一閃。
あわれ装甲板は真っ二つに泣き別れ、クララの左右にそれて地面を転がった。
「どうなってんだアレ!?」
『かのメイドは人工強化筋肉、人工高速化神経などを埋め込むサイバネ化手術を受けているものと推測。
加えて、あのハルバードは最上位のサイバネ強化兵にのみ支給されるもので、対神兵装の模倣技術が用いられているものと推測。鋼鉄であろうと容易く切り裂くことでしょう』
さらに急加速したバイクは砂塵を巻き上げ、馬上槍のごとくハルバードを構えて俺の方に猛進してくる。
このスピードで突き刺されたら、たぶん俺でもモズの早贄(注:秋の季語)間違いなし!
「うおおおおおっ!」
とっさに俺は、装甲車の残骸からうねり立つ鋼鉄イソギンチャクのごとき鎖のうち、もてあましてる分をこちらへ回した。
俺とクララの間にナナメに割って入り、先端は地面に埋め込まれてガッチリとアンカーする。
「むっ」
ガヂッ、と耳障りな音がした。
ハルバードの先端は何重かになった鎖に絡め取られ、バイクの前輪が浮く。空転し続ける後輪はアスファルトとの間に摩擦で煙を立てた。
「よし、止まっ……」
その瞬間、バイクの側面ハッチが開いて、ブドウの実のごとく鈴なりになっているプチミサイル発射マガジンが姿を現した。
なんだこりゃ、と思う間もなく、そいつはメカニカルな滑降音とともに発射される。
……え、ミサイル?
「どわーっ!」
つるべ打ちに至近距離から放たれた十数発のミサイルが爆発し、防御の鎖ごと俺を吹き飛ばした!
なんか嫌なニオイの煙を出しながらタンブルウィードのごとく地面を転がる俺! 熱い! 痛い! よく死なないな俺! 体内をナノマシンが駆け巡り、火傷と裂傷を高速で再生していく!
さらに追撃を掛けようとするクララだが……そこに降り注ぐ天罰レーザー。
今のは俺じゃない、アンヘルのサポートだ。GJ!
二十面体ダイスみたいなバリアに阻まれてレーザーが弾け、クララはレーザーをかわすための高速機動に戻る。
そこでようやく回転が止まった俺は起き上がった。
「くっそ、なんだよあのステキバイク!」
『戦闘用バイク・二七式ガッデムです』
「800年の間に言葉の意味が歪んでる気がするな。まあそういうもんか」
『
「ごめん俺バイクよりそのUMAが気になる」
『なお、製造工程に大変に危険を伴い、一台完成するまでに、懲役労働中の反逆者が平均して3.2名ほど事故死しております』
「むしろどうやればバイク造りでそんなに死ぬんだよ」
とにかく、アレを天罰だけでどうにかするのは無理だ。
俺は
脱力した体を俺が抱え上げると、その瞬間メイドの目つきが険しくなり、俺は彼女が暗黒オーラをまとったように錯覚する。
「返せえええええっ!!」
もはや怪談に分類されるレベルの雄叫びを上げて、再びハルバードを馬上槍のように構えて突貫してくる変態メイド。
だが、鎖を操作する必要がなくなった今……俺には
「ぶち殺……」
「ボッシューーート!」
元ネタはよく知らない!
俺のシャウトと同時に、ズン、と音を立てて地面が消失した。
地面に埋める虫取りワナのごとく、バイクを中心とした直径5mほどが円筒形にくりぬかれたのだ。
「なっ……」
勢いそのまま、人工重力に従って斜め下に突っ込んだ突撃変態メイドは、穴の側面にハルバードを突き刺したと思しき轟音を立てた。
「今だ!」
半分ほどが鎖の材料にされて残骸と化した装甲車。もはや元の形で残っているのは右側面くらいだ。それを俺は、
穴の真上に滑り込んだそれは、巨大なフタとなった。
「よし、閉じ込め…………」
カキン!
百倍速の早回しで缶詰を開けたみたいな音がした。
「へ……?」
穴の上にフタとして敷かれた、平べったい巨大鉄塊。それが……丸く切り抜かれていた。
切り抜かれた部分はずるりと穴の中へ滑り落ち……
その穴から、ハルバードを構えて天高く垂直跳躍するメイドが飛び出した!
栗色の長髪がふわりと宙に広がって、無慈悲な殺戮天使の翼を思わせる。
「許すまじいいいいいいいいっ!!」
鬼の形相で変態メイドは吠えた!
もうやだ! あのターミネーチャンは何なんだよ!?
跳躍したクララはふわりと優雅な動作で着地してハルバードを構える。着地の時にスカートがまくれ上がってドロワーズ(本当にこんなの履いてる人初めて見た……)丸見えになったけど、これをラッキースケベにカウントする気は無いからな! つーかこいつ太ももにナイフ何本くくりつけてやがんだ!
ゼロコンマ一秒も立ち止まらず、クララは編み上げブーツを鳴らして、間違いなくウサインボルトより速いと言えるスピードで突っ込んでくる。
『賢様、彼女はガッデムを乗り捨てています』
「頼む、それせめてバイクって言ってくれ」
『今なら天罰が通じるかと』
「だな、よし!」
アンヘルが言う通り。
今のクララはガッデムバイクを失って攻撃力も防御力も素早さも下がっている。
さらに俺は
……と、思ったその時、クララはその明らかに戦闘には邪魔であろう胸の辺りに手を突っ込んで、何か小さな物を掴み出した。
クララは走りながら、それを足下に叩き付ける!
パキン!
山吹色の桜吹雪が静かに立ち上り、周囲100mほどに舞い飛んだ。
『対ナノマシンチャフ!
「げっ……」
そんなのもあるのかよ! そう言えば前に話聞いた気がする……!
クララの動きを止めるよう俺はナノマシンに命ずるが……クララは見えない鎖を振り払うように疾走する。
「ぐ、天罰……!」
再び、天から赤き閃光が降り注ぐ。
クララは身を沈め、前転し、左右にブレる予測の付かない走り方で紙一重の回避をする。
「!」
一発が左腕に命中!
だが、クララは止まらない。脱力した左腕をそのままに、右腕のみでハルバードを振るう構えに移行。普通ならこれで全身麻痺するはずなのに、全身サイバネだから効果が伝わりにくいのか!?
「アンヘル! 計算して、俺の体動かせ! 白羽取りだ!」
進退窮まり、俺は叫んだ。
俺の額の
あのハルバードの動き、ド素人の俺に見切れるとは思えない。
だが……人間の限界を超えたコンピュータの思考速度なら止まって見えるだろ!
軌跡を計算して体を動かせば、止めるくらいは……!
『かしこまりました』
余計な質問も躊躇も無くアンヘルは即諾した。
俺の手足が俺以外の意思によって動き、抱えていたシャルロッテを地面に横たえる。
のるかそるか……ギリギリで俺は行動阻害の
徐々に分解され、なまくらと化すハルバード。その刃を、俺の体は……
「やめぬかっ!!」
戦塵を吹き晴らす、凛とした風のような一喝が発せられた。
びくりと雷に撃たれたように、俺の眼前でクララは動きを止める。
アンヘルにコントロールされていた俺の体も、ハルバードが停止したことで必然的に止まった。
気を失っていたシャルロッテが、金色頭をぶるんと振って起き上がるところだった。