#36 遺伝子のカケラまで焼き尽くす
神様が訪問中なせいで兵士大盛・レーザーガンだく・トッピングに
ギャングエイジの男子数名。彼らの行く先は『おばけビル』だ。
街の中にある謎の建物。真っ黒い不思議な金属でできていて、窓も無く扉も無い。街の人達もあれが何なのか分からない。質感が世界の果ての壁に似ているので、まぁ、方舟の地形の一部だろうと思われているのだけれど、子ども達には『おばけビル』と呼ばれていて、おばけの住む場所だから扉が要らないんだ、壁をすり抜けて出入りするんだ……とかなんとか、それっぽくてチープな都市伝説にされていた。
事の発端は、彼らのグループのうち一名がおばけビルからの物音を聞いたこと。何事かと誘い合わせて様子を見に来たのだった。
「お、おい、やめとこうぜ……」
「なんだ、びびってんのかよ!」
「そうじゃなくてさあ……」
街はずれの静かな通りに辿り着き、ようやくおばけビルが見え始めると、そこで子ども達の間に音楽性の違いが見受けられ始めた。
好奇心全開で見に行こうという者に対して、怖いから行きたくないという慎重派が異議を申し立てる。
ただしこのくらいの男の子にとって周囲から『
それに、集団で居るというのは恐怖心を麻痺させる。短い押し問答の末、見に行く方向へと意見はまとまりグループの解散は避けられた。
「よし、それじゃ行くぞっ!」
リーダー的ポジションの男子がそう言ったのと同時だった。
窓も無い、入り口も無い、それが売り文句だったはずのおばけビルが、ガバッと口を開けた。
「「「ええっ!?」」」
驚いて全員が後ずさり、尻餅をつく者も居た。
だがそれだけでは終わらない。おばけビルは突如として開いたその口から銀色の塊を吐き出したのだ。
それは、よく見なくても自動車で、しかもいわゆる装甲車というやつだ。
防御装甲を組み合わせた直線的で鋭角的なフォルム。前面にレーザーガン、左右にはAI制御機銃と火炎放射器、上部には四連装プラズマバルカン、スペアタイヤの代わりに背負っているのは小型ホーミングミサイルの発射ポッド8門という、乗員の安全性と周囲に対する危険性を何より重視した充実のオプション。四対八輪の巨大なタイヤが唸る!
その車はおばけビルの前の道に飛び出すと、回転ノコギリが石に触ったような耳障りな音を立ててドリフトターンし、猛スピードで道を走り抜けていった。
後に残ったのは、呆然としている子ども達。そして、いつの間にか口を閉じ、いつも通りの姿に戻ったおばけビルだけだった。
「なんだ、あれ……?」
「なんだろう……」
モーター音も高らかに走り去った、ピカピカの装甲車。
わけもわからずそれを見送っていた子ども達だが、その直後。西の空が爆弾でも落ちたみたいに急に輝き、天から赤い光が降り注いだ。
「うわーっ、ごめんなさいー! もうしませんー!」
「ママーッ!」
何かが爆発するような音が遠くから立て続けに響き、子ども達は抱き合って叫んだ。
* * *
神の来訪に当たって実施されていた街の出入り口での検問を物理的に突破した装甲車は、草原の道を弾丸のごとく突っ走っていた。
装甲車の中は、窓が狭くて武装を制御するための入力機器がある以外、普通のワゴン車とあまり変わらない様子だった。
昨日の電気自動車と同じように運転手はアンヘル。助手席に座った俺は千里眼の力で隠れ里がある廃墟都市の様子を見ていた。
ディスプレイに映っているのは、今乗っている装甲車と同じようなものとか、ガチで戦車っぽいのとか、謎の人型兵器とか。地下部分への入り口を包囲するように展開している。
それらのメカは、どれもがさっきの天罰ビームで黒煙を吹き、スパークを撒き散らしながら炎上中。慌てて消火に当たる兵士を、俺は麻痺モードの天罰で片っ端から狙い撃っていった。
「アンヘル、里まで何kmだ!?」
「現在地から16.7km地点となります。現在の速度ですと、3分ほどで10km圏内に入ります。これ以上の速度を出す場合、無視できない水準で故障の可能性が上昇します」
「クソッ! 天罰じゃ地下都市には届かねえ……!」
千里眼で隠れ里の様子を見ることすら出来ない。順風耳が拾う銃声や悲鳴、爆発音を聞けるだけだ。
俺の
「そうだ、魔法で加速するとか、車を飛ばすとか……」
「停止時の問題があります。車体の衝撃吸収、乗員の保護、その他諸々。そして
「ぐっ……」
俺はそれを、既に一度失敗している。空を飛んだまま
下手をすればここに居る全員お陀仏だ。
……いや、アンヘルは死なないか。方舟のサーバーから端末を動かしてるだけだし。俺も平気か。体が強化されてるし。眷属になったとは言え、まだ力を使い慣れてない榊さんがどうなるか分からないのと、危なそうなのがもうひとり居る。
「……僭越ながら申し上げますれば、わずかな時間、信じることも必要かと」
発券機の合成音声みたいなアンヘルの言葉を聞いて、ほんの少しだけ焦りが静まった。
『ひるむなぁっ! 神様が戻られるまで、持ちこたえるのだ!』
ちょうど順風耳にそんな声が飛び込んできた。この状況で『神様』なんて言うなら、それは俺のことしかない。里の者だった。
「一族は……全員が
「榊さんストップ! うん、分かった。信じろって事ね」
ヤバそうな単語はこの際無視!
あとわずかな時間、
まあ、そうやってるのは俺だけじゃなかったんだけど。
「間違いない、教会の兵士、教会の兵器じゃ……あやつら、何と言う事を……」
「……えーと、さも当然のようになんでここに居るんですか?」
助手席の俺の肩口から覗き込んでいるのは、誰あろう教会の神様ことシャルロッテだ。装甲車に無理やり乗り込んで俺たちに付いてきた彼女は、目を見開いて映し出される映像を見ている。
「わらわの知らぬ所で何が行われていたか、わらわはこの目で見て、耳で聞かねばならぬ!」
「……それに私たちが付き合う義理は無いですけど」
使命感たっぷりで言い切るシャルロッテだが、やっぱり榊さん、教会側であるシャルロッテには当たりがキツい。たぶんこれでもシャルロッテの立場や考え方でかなり軽減されているはずで、敵対的な教会関係者に対してはこんなもんじゃ済まないだろう。
シャルロッテは怯まずに重々しく頷く。10歳児の態度じゃねえ。人生二週目なんじゃねーのかこいつ。
「そうじゃな。そなたらには付き合う義理など無い。が……わらわとて物見遊山のつもりで来るのではない。
この世に道理の通らぬ事くらいあるとわらわは思っておったし、教会のしている事もある程度は知っている……つもりじゃった。じゃが、今日こうして街を歩いてみて、いささか認識が甘かったと知った所じゃ。
教会が非道をなすのであれば正さねばならぬ。そのためにも、まずは隠された真実を知らねばならぬ。ゆえにわらわは行くのじゃ。
そなたらにも悪い話ではなかろう。お飾りじゃろうと、傀儡じゃろうと、名目上はわらわがこの世界の頂点なのじゃぞ?」
「味方になってくれるなら、それはありがたいです」
「……と、そなたの仕える神は言うておるが」
「カジロ様がそうおっしゃるなら……」
榊さんも渋々っぽい言い方ながら、これで矛を収めた。
「ただ、これから俺たちが行く先は戦いが起こってる場所だから気をつけてください。身を守れる保証は無いです。祭司の一族の側はもちろん、混乱した教会兵士に撃たれたりするかも」
「分かっておる。
「……賢様。まもなく10km圏内に突入いたします」
アンヘルのアナウンスを受けて、俺は全身に緊張感をみなぎらせた。おしゃべりはここまでだ。
千里眼の画面に映った里を……と言うか、里の上に乗っかってる廃墟都市を、俺は見据えた。
「……邪魔だな」
「邪魔、とは?」
「里が見えない」
里が地下にあるせいで、このままでは内部まで見えない。見えなきゃ遠隔で魔法を使うのも難しい。
「どかして」
俺がナノマシンに短く命ずると、俺の額が赤く光る。
千里眼映像の中に見えていた廃墟都市が、プレゼント包装の包み紙でも剥がすみたいにめくれ上がった。
飛び出す絵本のページをめくるみたいに、都市の表層にあった建物はめくられた地盤の下敷きになって瓦礫と化す。
ズン……と身の丈百メートルの脂ぎったオッサンがジャンプしたような地響きが、順風耳によって、そして装甲車が進む前方からも聞こえた。
写真撮りに来る廃墟マニアの人とか居たらゴメン。ぶっ壊してもーた。
「…………は?」
そしてシャルロッテを驚かせてしまったらしい。
薄暗かった地下の隠れ里に人工日光が差し込み、煮込み中の鍋のふたを開けたみたいに黒煙が吹きだした。焦げてる。
蟻の巣観察キットを何故か思い出す、ちまちました町並みと人々がそこにあった。これが神の視点ってやつか。
燃え上がり、破壊されたプレハブテント。倒れた人々。銃を手にする人々。Sサイズの人型兵器。コンパチスタイルの兵士たち。通りの所々に物資やガラクタを積み上げた陣地が築かれ、そこで激しい戦闘が起こっていた。
……らしんだけど、天井を丸ごと剥ぎ取られた異常事態に、みんな呆然とこっちを、カメラの方を、つまり上を見上げていた。教会兵士も祭司の一族の者達も一緒だった。
「アンヘル、敵を全部ロックオン!」
「はっ」
千里眼ディスプレイの画面に重ねて、丸と十字を組み合わせたチープなロックオンマークが、おびただしいほどの数、表示された。
里に突入した教会兵士だけじゃなく、自動で動いてるっぽい兵器にも、ちゃんとロックオンが飛んでいる。
「……行け!」
俺の一言で、ロックオンされた全てに向かって紅蓮の裁きが降り注いだ。