#35 時間だ答えを合わせよう
返事はしばらく無かった。
頭の中を整理するのに、しばらく時間が掛かったようだ。
だけど、そのうち、シャルロッテは、笑い始めた。
「く……くふっ、くはははははは……!」
本当におかしそうに、小さな体を折り曲げて、お腹を抱えて、泣きながら笑っていた。
「なんで泣くんですか……なんで笑うんですか……」
「泣くより他にあるまい! 笑うより他にあるまい! これでは、わらわは道化ではないか……!」
「いやその、それはなんて言うか、本当にすみません」
あんだけシリアスやらせちゃったのは……正直すまんかった。
「なるほどのう……何者かと思ったぞ。
逃れざる宿命を帯びた様子ながら、この世の道理に囚われておる様子はまるで無し。
根無し草や無法者にしては身なりが整っておるし、精神的に飢えた様子も無し。
世を倦み世を捨てし野にある賢者のごとき風情ではあったが、賢者と言うほどの知性は無し」
「おいコラ」
「まさかまさか、神とは思い至らなんだ。で、あればそちらの者は従者か。
なるほどのう。軍用犬のような目付きでわらわを見るのも道理よ。そなたにとり、わらわは僭主であろうからな」
おそるべき観察力。うーむ、やっぱり怖いなこの10歳。
じいさん譲りの才能? それとも、生まれた時から政治の中枢に居たから?
ひとしきり笑ったシャルロッテは、ふと、急に真面目な顔になった。
「だが、だとすると……そなたはどこから来たのだ? 神の一族は滅びたのではなかったのか?」
「その辺りを俺も聞きたいんです。なんか俺の聞いてる話とは、ズレてるみたいなんで……」
とりあえず感傷とかそういうの全部脇に置いて、まずは事実を確かめる答え合わせだ。
* * *
【教科書通りの一般常識的な認識】
教会が世界を統治しているので祝福的であり、私は疑いようも無く幸福です。
この世界には神様となるべき素質を持つ人間が時々現れ、そういう方が教会の儀式を経て神様になります。大昔はどうすれば神になれるか秘密でしたが、150年前くらいに、教会がそれを公にしました。
もちろん一般市民が神の資質を持っていることもあり得ますが、わざわざ卑しい身分から神を選ばずとも、教会の高官など、高貴な家柄から資質を持つ者が出ますのでそちらを選びます。
神様はそのお力で災いを鎮め、教会は神様を助けてこの世界を統治します。ですから私は疑いようも無く幸福で祝福的です。アーメンでハレルヤ。
【シャルロッテの認識】
本来、神とはこの方舟を造った旧き人々の生き残りよ。
146年前、教会は神の一族、そして神と共に戦った祭司の一族を滅ぼした。
事の起こりは148年前じゃな。その当時の神は、あまりに潔癖が過ぎる性格で……『千里眼』と『順風耳』による徹底した監視を行い、民も官も問わず悪と断じた者は躊躇わず『天罰』で殺すような、清き理想を持ったおぞましき圧制者だったと聞く。
はじめは教会も、煙たがりつつもその正義を認めていたそうじゃ。じゃが、遂にどこかで一線を越えたと判断され……教会は当時の神を『神の名を騙る邪神であった』と宣伝し、偽の神を押し立てて戦いを挑んだ。
そして2年間にわたる戦いの末、神をその一族共々根絶やしにしたのじゃと伝えられている。
それを民に隠し動揺させぬため、教会は神を担ぎ演じ続けてきた。……じゃが、神を失った代償はあまりに大きく、世界は枯れ腐る運命。偽物の神ではこの方舟を修復し災害を鎮めることはかなわぬ。
我ら教会は、滅び行く世界を見守る揺籃の守護者にして墓守。死にゆく者らのために尽くし……また、たとえひとりでも、我らが方舟より解放され地球に帰るその日まで生きのこれるよう、最期まで戦い抜かねばならんのじゃ。
それが神殺しの罪を犯した我らの責務よ。
【俺の認識(実体験と榊さんの話とアンヘルの解説による)】
いやその、確かに神様って過去の人間だけど、俺なんかが居るくらいだしテキトーに冷凍睡眠実験の余り物詰め込んだだけじゃねーの?
それにまだ神様候補って方舟内の祠に残ってるし、それが神様不在なら2年に一人ずつ放出されてるはずなんだよ。でも祭司の一族が目覚めの儀式やんなきゃ覚醒しないから、その前に教会に殺されちゃう。神を目覚めさせられる祭司の一族も教会が殺して回ってる。教会はもうほとんどの祠を見つけ出して見張ってて、そうやって教会は146年間、神の誕生を阻止し続けたんだよ。
146年前に教会が神様を殺したのだって、政治を自分たちのものにするために邪魔だったから……だよな?
そこから圧政一直線ってわけだ。
これだけ長期間神が居なくて災害が起こりまくってるのに、それでも神を殺し続けてるって……軽く魔王じゃね? 世界滅ぶだろ。今の教会って、民衆が死ぬことより自分らに上司ができる事の方が怖いわけ?
(※一応、シャルロッテにはもうちょっと丁寧な感じで説明した)
* * *
「……バカな。わらわは神の不在を、神殺しを決断した父祖の選択をどれほど嘆き悔やんだことか……
神の一族が生き残っておったのは喜ばしいが、まさか教会がそれを殺し続けておっただなぞと……!」
俺たちの話を聞き終わって、シャルロッテはイヤイヤをするみたいに、眉根を寄せて金色頭を振った。
ちなみに、あのまま外でするような話でもなかったので場所は移動済み。街の
信じられない様子のシャルロッテは、正常な反応、と言ってもいいだろうか。だって、今の方舟はメンテ不足で災害多発状態なんだから。普通に考えたら一秒でも早く『ちゃんとした神様(今は俺か)』にお願いして、世界中を直してもらわなきゃならないところだ。あろうことか教会はその神様を殺し続けてる。
「アンヘル。お前ほとんどの祠は教会に見張られてるって言ってたけど、それは本当なんだよな?」
「事実です。私が千里眼によって情報を得られるのは、基本的には賢様の半径10km圏内と、賢様ご自身が千里眼によってご覧になっている光景だけですが、例外的に各地の祠だけはモニター可能となっております」
「映像出してくれ」
「かしこまりました」
ヴヴヴン……と俺の前にホログラム的な画面がいくつも浮かぶ。
それを見て、シャルロッテは目を丸くしていた。
「千里眼、とな? これがか……」
「そうです。方舟中の映像を……と言ってもほとんど上空から見下ろしたものだけですけど、見ることができる神の権能です」
「なるほど、まことの神の力とはこのようなものか。
千里眼によって表示された映像には、方舟の基幹システムを構成するあの謎金属の建物が画面ごとにひとつずつ映っている。
俺が封印されてた場所は、祠そのものがほとんど山に埋まってたけど、草原のど真ん中におっ立ってるものとか、街の中らしい映像とか、波が打ち寄せヤシの木茂るゴールデンビーチの孤島だったり。
そのいずれもが銃やハイテク兵器を装備した教会兵によって警備されていた。
「……どこの祠も割と露骨に見張ってんのな。これ」
「カジロ様、兵の数が場所によって違うように見受けられますが……」
「既に神を生み出すか
「なるほど、役目を終えた祠は単に一般人が近づかないよう見張ってるだけなのか」
そう言って俺がシャルロッテの方を見ると、彼女はこの光景を見て頭をぶんぶんと振った。
「知らぬ……わらわは知らぬぞ、こんなもの!」
「やっぱりそうですか……トップシークレットの極秘任務とかか? 見張ってる兵士も自分が何を見張ってるのか知らないんじゃないかコレ」
「トップであるはずの神様には、何も知らされないんですね……」
「だってそれは……」
言いかけて俺は止めたんだけど、当の本人であるシャルロッテが苦い顔をして俺の話を継いだ。
「……遠慮せずともよいわ。傀儡と言いたいのじゃろ? その通りじゃ!
齢10の小娘なぞ体よく使える看板に過ぎぬ。政治の話などさせてはくれぬ。まして機密などひとつとて明かしてはもらえぬのだ」
昨日神様に就任したばっかりなんだから今後状況が変わっていく可能性もあると思うけど……微粒子レベルで存在? ラクダが針の穴を通るくらいの確率?
「これは後から造られた建物じゃないし……中も映せるかな?」
俺がそう言うなり千里眼の映像が祠の室内に切り替わった。フレキシブルだ。
コピペでもしたみたいに、俺が目覚めたあの部屋と同じ.
壁がパイプ剥き出し、バイオなシリンダーが置かれた小さな部屋がいくつも表示される。
中にはシリンダーが割られてる部屋もあって……たぶん、そういうのは目覚める前に教会に殺されたやつなんだろう。
ほとんどはそういう惨状なんだけど、まだシリンダーに中身が入ってる部屋もあった。蛍光グリーンの液体の中で眠っている若い……俺は剥き出しのおっぱいを直視してしまい目を逸らした。とにかく、俺より後に神になる予定のあるらしい若い男女が眠ってるんだ。みんな、額には
「神の一族……!」
「正確には、知らないうちに冷凍睡眠させられて
「そう、じゃったのか……」
シャルロッテは『真の神』が不在である事を嘆いていただけあって、感慨深そうだった。
これだけの神が、まだこの世界には居る。
だけどそいつらの前では教会の兵士がスタンバってるわけで……真実をいっぺんに詰め込まれすぎたシャルロッテのSAN値がそろそろ危ぶまれる。
「わらわとて、教会に全幅の信を置いてなどおらぬ。じゃがまさか、このような形で民を
半分は、その大嘘を見抜けなかった事への自嘲みたいな言い方だった。
あの観察眼で見抜けなかったんだろうか? とも思ったが……推測するにシャルロッテに社会のことを教える側も嘘の歴史を信じてるぞ、こりゃ。真相を知ってるのは本当に一握りの人間だけなんじゃないか?
教会は、もっともらしい(ともすれば教会の外に漏れても構わない)『真実』を教会上層部に広めることで本当に隠したい真実をごく一部の者だけで独占したんだろう。
何のために? ……決まってる。
みんなが教会に従ってるのは、他に道は無いと思ってるからなんだ。教会の外に、現状をガラッと変えるかも知れない巨大な力、つまり教会に捨てられた『真の神』なんてものが存在するなんて知られたら現体制への不満が噴出する。暴動が起きて『貴族は全員ギロチンしましょう』なんていうフレンチな事になるかも分かんないわけだ。
空気がぬかみそになったみたいな、体を動かすのも苦しい重い沈黙が流れる。
次はどのタイミングで誰が何を言うのか、心理戦めいた駆け引きと共に火花が散っていた……というのは俺の妄想かも知れないが、その沈黙を破ったのは小刻みに
「……賢様。里の者から一般向けネットワークを介して通信が入っております」
着信音。スマホかお前は。つーかよくこんな未来まで生きてやがったなエリーゼ。
この世界にも電話はある。個人用携帯端末(要はスマホ的な)が結構普及してるし、あと何より、
この場合は、俺の
「……電話か」
「はい。ただし一般向けネットワークにおける通信トラフィックは全て教会の監視下にあり、この通信を受信すればお互いの位置を探知される可能性があります」
「それを向こうも承知で俺に連絡してきてるんだよな」
「おそらくは」
信じられないほどアホって可能性も無いわけじゃないけど、これは緊急連絡の可能性が高い。
里の位置を知られても構わない、というレベルの。
「……近くのスピーカーに繋いでくれ」
「かしこまりました」
テレパシー的な通信にするかちょっと迷ったが、俺は止めた。
どのみち盗聴だの探知だのされるなら、シャルロッテに聞かれたところで今更だ。
ザザ……と砂をかき混ぜるようなノイズが走り、どこからか声が聞こえる。
「お助けください! 教会が……!」
声の主は族長だった。悲鳴、何かが壊れる音、銃声。そんな、のっぴきならない環境音をバックに。
切羽詰まった一秒にも満たない声は途中で途切れ、後にはいつまでもノイズだけが残った。