この世にデザインされていないものなどない。私たちが普段何気なく使っているモノにも、きっと「デザイン」の力が息づいているはず。日常に溶け込むデザインの秘密を紐解く「あなたの知らないデザインの世界」、第2回は移動に欠かせない「地図」に注目! 日本最大級の地図情報会社であるゼンリンに直撃取材を敢行し、地図のつくり方や、地図のクリエイティブな魅力を聞いてきた。浮かび上がってきたのは、何とも意外な事実。「地図づくりは、デザインより編集に近いかもしれません」。その真意とは?
日本の地図はクレイジー! 江戸時代から続く、細やかな地図づくり
—誤解がないように伝えたい情報を伝える、というのはクリエイティブの本質かもしれませんね。広告やメディアも同じです。
長縄:たとえば住宅地図に「田中さん」のお宅を表記するとしても、使う人が「田口さん」に見間違えるようではダメ。一見当たり前のように感じるかもしれませんが、ときには緊急時にもご活用いただいていることを考えると、いかにわかりやすく、見間違えづらくなっているかなども重要なんです。とても気を使う仕事ですね。
なんせレイヤーが1000もあるくらいですから、地図の情報量はものすごく多い。必要なものをある程度絞ったとしても、情報をそのまま盛り込もうとするとゴチャゴチャで何も見えなくなってしまいます。そういうときは、アイコンやフォントのかたち、大きさ、色などで識別してもらう工夫をしています。
—具体的には、どのような工夫ですか?
長縄:たとえば、とある会社に地図情報を提供した際は、「文字だらけだけど、いちばんハッキリ見せたいのは駅の名前」というリクエストをいただきました。とはいえフォントサイズを大きくするだけでは埋もれてしまう。そこで「駅名だけをあえてひらがなで表記する」という表現を提案してみました。こうすることで、駅名だけが浮き上がって見えてくるんです。
このような試行錯誤は、デザインというか編集職に近いかもしれませんね。辞書づくりに似ています。正確でなければいけませんし、更新し続けることが大変だという意味でも。
—確かに、「何を載せ、何を載せないか」という考え方は編集職に通ずるところがありますね。
長縄:まずは用途を考えないと、何をそぎ落とすべきの判断もできません。たとえば住宅地図にの場合、膨大な地図データベースのなかから必要な情報を抽出し、建物の名前や番地、道路の形状などを見やすく表現する工夫をしています。必ずしも「情報がたくさん載っている」ことがいい地図の条件とは限りません。シンプルだけどシンプルすぎない……必要な情報が網羅されており、かつ見やすい地図が理想ですね。地図の用途によってカスタマイズしているので、いろいろな地図で同じ地区を見比べてみるのもおもしろいと思います!
—ゼンリンさんの地図の自慢といえば、やはり正確性になるのでしょうか?
長縄:そうですね。品質と網羅性、更新力には自信があります。日本って、極度に地図が発達しているんですよね。先日、国際地図学会議の定期大会が開催されたのですが、約50か国から地図のプロフェッショナルが集まる場でも「日本の地図はこんなにも細かいのか! クレイジーだ!」と言われました(笑)。海外だと、地図が少し間違っていたとしても、日本ほど話題にならないかもしれません。
地図をつくり始めた江戸時代から、すでに「ここに建物の入り口があるから、こういう方向で文字を入れたほうがわかりやすいな」といったように、使う人のことを考えた細かな配慮があったそうですよ。日本の精密な地図には、そういう文化が受け継がれているのかもしれませんね。
市区町村ごとにつくられる書籍版の住宅地図は、更新ごとに表紙の色を変えているそう。シンプルでクラシックな表紙デザインも密かな人気だとか
ゼンリン社員が最近ハマり中の「推し地図」は?
—いろいろとお話をうかがってきましたが、「ここに注目すると地図はもっとおもしろい!」というおすすめポイントはありますか?
長縄:これはゼンリンにいるからこそわかるおもしろさなんですが……地図づくりを仕事にしていると、何も情報が載っていないまっさらな地図を見ることができるんです。それを見ていると、「土地や道のかたちっておもしろいな」と思えてきます。
—まっさらな地図を見られるのは、ゼンリン社員ならではですね(笑)。
長縄:「この地区の道は等高線に沿ってできてるんだな」とか、「街を碁盤の目状にしようとしてるけど、途中からちょっと崩れてきてるな。何か要因があったんだろうな」とか(笑)。地名もおもしろいですよね。ゼンリンでは地名もデータとして収集しているんですけど、弊社で制作している市販の年賀状でもよく活用しています。
長縄さんデザインの歴代年賀状。今年は新元号に変わる年ということで、「大正」駅、「昭和」駅、「平成」駅付近の地図がデザインされている
—「目的地を探す」という用途を離れると、デザイナーや編集者にとってもいろいろな発見がありそうです。
長縄:そうですね。先ほどもお話ししましたが、地図づくりはデザインというより編集に近いので、地図に関わるデザイナーって意外と少ないんですよ。でもデータを触っていると、地図にはいろいろな「表情」があるということがわかる。もっと地図のおもしろさをクリエイティブに落とせるデザイナーがいてもいいのに、と思っています(笑)。
—まさに『mati mati』シリーズのような発想ですね。
長縄:じつは「地図デザイン」を活用して、企業のノベルティーや商品なども制作しています。たとえばスターフライヤーさんのグッズでは、離発着する空港付近の地図を、すべて線画でデザインしました。3Dや航空写真ではよく見ますが、線画はいままでになく新鮮ですよね。こんなの、手で描こうとは思わないですし(笑)。好きなエリアでつくれるので、不動産紹介のノベルティーなどに使っていただくこともあります。
スターフライヤーが就航する空港の近辺地図が、線画でデザインされたメモパッド。都市型空港である福岡空港付近はめちゃくちゃ細かい!
—情報としての価値だけではなく、デザインとしての可能性も広がりますね。ちなみに長縄さん的に「ここの地図がアツい!」という「推し地図」はありますか?
長縄:じつは最近、とある場所の線画レイヤーを切り出すのが趣味になってまして……。
—それはどこでしょう……?
長縄:コンビナートです。キレイな丸が並んでいるところに「萌え」があって(笑)。じつは住宅地図上に、正円ってほとんどないんですよ。でもコンビナートには、円や幾何学模様がきれいに整列している。推しは川崎コンビナートです(笑)。
ほんとだ……!
—確かにこれはすごい!
長縄:プラモデル的な魅力がありますよね。実用性だけではなく、「見る」楽しみがあるのも地図。地図そのもののおもしろさも、どんどん伝えていきたいと思っています!
—地図のおもしろさ、実感できました。ありがとうございました!
ズラリと並んだ全国の住宅地図をバックに撮影。社内には「地図マニア」も多いそうで、地図を肴にした飲み会もたびたび開催されているとか
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