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転生したらスライムだった件 作者:伏瀬

帝国侵攻編

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156話 迷宮内会議

 機甲軍団長カリギュリオは、絶大なる自信を持って軍を進める。

 侵攻ルートは参謀達と幾度も協議を重ね、敢えて目立つように先遣部隊として魔導戦車師団を正面から侵攻させていた。

 邪竜ヴェルドラが現れても撃退出来るように、空戦飛行兵団の飛空船100機による援護体制も万全である。

 この戦力だけでも、西側全てを制圧するのに十分な程であると考えていた。

 何しろ、飛空船100隻には完全体制を取るべく、最精鋭魔法使いが限界人数まで搭乗しているのだから。

 その分、海路を通って魔獣軍団の運搬を担う残りの飛空船300隻には、攻撃を担う魔法使いが殆どいないのだが、向こうは兵站支援がメインなので問題ないという判断である。

 両面同時作戦に於いて、自分の機甲軍団が多大な成果を挙げる事になる。

 これにより、帝国内での自身の権力がいやが上にも増す事になると思うと、笑いが止まらぬカリギュリオであった。

 さて、目立つように侵攻させた部隊に敵が喰い付いた辺りで、今度は自身が率いる本隊も堂々と姿を現し侵攻を開始する。

 幾ら国境沿いであるとは言え、武装国家ドワルゴンがカリギュリオ達の動きに気付かぬ筈が無い。

 必ず反応し、友好国である魔物の国テンペストへの連絡を行うだろう。

 だが、時既に遅しである。

 その時になって先遣部隊討伐に向けた軍を戻そうにも、距離が離れすぎていて時間的に間に合わない。

 術中に嵌ったと後悔しても手遅れなのだ。

 また、全てのルートに軍を配備していたとしても、逆に少なく別け過ぎる事になり足止めの効果も無いだろう。

 完全に此方の思い通りであり、勝利は確実なものであると考えられた。

 その際、もしも魔物の国テンペストに協力する素振りを見せるなら、武装国家ドワルゴンの中立性は保たれない事になる。

 そうなったらしめたもので、同時に滅ぼし制圧しようと考えていた。



 そして、待ちに待った報告が来た。

 先遣部隊から報告が入り、テンペストの魔物の軍勢が姿を見せたと言って来たのである。

 その数は一万を超える程度しか居ないとの事。

 敵戦力の主力の一つと見て間違いないとの報告だった。

 勝った! そうほくそ笑むカリギュリオ。

 上手く敵軍が、囮に喰い付いたようである。

 思ったよりも敵は知能が足らぬようで、此方の侵攻ルートが読めないからと軍団を分散させてしまったらしい。

 予想では、魔物の国テンペスト側は12〜15万の軍勢を用意していると参謀部は判断していた。

 その中でも、軍事行動が取れるのは、実質5万にも満たないだろう、と。

 その予想から判断するならば、敵軍が一万と少ししか居ないのは、それぞれのルートに軍を配備し足止めを行う作戦に出た事を意味するのだ。

 そんな少ない戦力では足止めにもならず、先遣部隊の蹂躙の餌食でしかない。

 愚かな奴等だと思うが、情報の重要性も理解出来ぬ魔物共には、この程度でも良く考えられた作戦なのだろう。

 ヴェルドラが出て来ないのならば蹂躙するのみ。

 正面戦力が蹂躙しつつ侵攻して来る前に、此方はさっさと敵軍の本拠地を落とす事にする。

 カリギュリオは全軍に隠密行動の解除を命じ、一気に魔物の国テンペスト首都へ向けての進軍を命令した。

 ドワーフ達にも軍事行動を取っている事が筒抜けになるが、最早何の問題も無いと判断したのである。

 寧ろ、自分達の存在に気付き、敵が慌てふためく様を想像し、愉悦に浸るほどであった。

 だが、結局ドワルゴンからの軍事行動は一切なく、魔物の国テンペストの迷宮周辺都市の付近まで到達する事になった。

 恐らく帝国軍の陣容を見て恐れを為し、手出しするのを諦めたのだろうとカリギュリオは考えた。

 それも当然である。

 何しろ帝国軍は、70万名にも及ぶ大軍なのだ。

 しかも、完全武装であるにも関わらず、進軍速度は嘗て例を見ぬ程に早い。

 時代遅れの旧式武具しか準備出来ぬドワーフには想像も付かぬ程に強化された、新時代の軍団なのだ。

 魔法と科学。

 その融合による、全く新しい戦闘方式に基づいた、最強軍団。

 それこそが、カリギュリオ率いる機甲軍団なのだ。



 魔物の国テンペストの近郊、迷宮周辺都市が存在する筈の地点には、一つの構造物以外には何もなく更地が広がっていた。

 そう、迷宮への入り口だと思しき、地下への階段がある開口部のみが、更地の中心にポツンと存在するのみであったのだ。

 報告と違う、そう疑問が生じたが、帝国軍の接近を怖れて西側の商人や冒険者が我先にと逃げ出したのだと考えた。

 そうであれば、帝国軍に利用される前に全てを消し去った理由にも納得出来る。

 現地調達という名の略奪を怖れたのだろう。

 また、実際に食糧が調達出来ないのは、大軍を擁する帝国軍の痛手になるのは間違いなく、戦術上も有効な手段だと認められる。

(小賢しい!)

 カリギュリオは吐き捨てる。

 異世界の科学と魔法により強化手術を受けた兵士達は、一週間飲まず食わずで全力活動が可能であった。

 エネルギーバランスを考慮された携行食品は、それ一個で一日分の活動エネルギーを供給可能とする。

 各々の兵士は携行用小型パックに、携行食品を10個携帯しているのだ。

 此処に来るまでに消費した分を各員に配給してしまえば、別にこの都市の食糧を宛てにせずとも継戦能力を奪われる事は無い。

 小型化少量化に成功した携行食品は、兵站を限りなく容易なものへと簡素化していた。

 最大の問題点である飲料水も、魔法により用立てが可能である以上、一切問題にならないのである。

 大軍での軍事行動の最大の弱点である補給断絶に希望を託したのだろうが、その考えは甘いと云わざるを得ない。

(フン! 魔王だ何だと息巻いても、所詮はその程度の浅知恵よ!)

 カリギュリオは相手の考えの浅さを嘲笑い、今回の遠征の成功を確信した。

 先ずは魔物の国テンペスト首都を落とし、ここに足場を造る。

 軍事拠点を築き、その勢いに任せて西側を蹂躙するのだ。

 早くしなければ魔獣軍団に北側から蹂躙されつくされてしまい、自分達の功績が減ってしまう。

 ヴェルドラが出てきて、それを仕留める事に成功したならば問題ない功績となろうが、未だ姿を現さぬ邪竜をあてにも出来ないのだ。

 そういえば……

 仮陣地の司令部のテントの中で休息を取りつつ、先遣部隊からの報告が無い事を訝しむ。

 一度目の報告以降、一切通信が通じないのだ。

 お抱えの通信魔導師が言うには、ジュラの大森林の魔素が濃く、通信念波が阻害されているのだろう、との事。

 言われて見れば魔素が濃いようだが、一応魔王のお膝元。さもありなんと納得するしか無い。

 ひょっとすると、他の足止め部隊と遭遇し、連戦になっているのかも知れない。

(だがそうだとしても、最初に遭遇した戦力から考えて、各個撃破の餌食でしか無いだろうがな)

 カリギュリオは先遣部隊の心配をする理由も無いと、それ以上考えるのを止める。

 念の為、情報将校に偵察隊の派遣を命じ、考えを切り替えた。



 問題は、迷宮と首都、どちらを先に攻めるか? である。

 普通に考えるならば、首都を落とすのが先であった。

 距離も近いのだ、先に魔王を討ち取ってから、迷宮を攻略すべきである。

 ヴェルドラが現れたとしても、空戦飛行兵団を呼び寄せれば良い。

 通信は通じないが、魔導信号弾を打ち上げれば即座にやって来る。

 地上と違い空中の飛行速度ならば、待つほどの事もなくやって来るだろうし、弱体化したと噂の邪竜など怖れる必要も無かった。

 魔法使いの報告によると、魔物の国テンペスト首都には防御結界が張られているそうだ。

 魔素撹乱放射マジックキャンセラーにて結界を抉じ開けても、直ぐに再生して意味が無いそうである。

 かなり強力なものらしく、力押しで破壊するより、内部から破壊する方が簡単なのだとか。

 魔素撹乱放射マジックキャンセラーは攻撃魔法の妨害等には効果絶大だが、防御結界の破壊には向かないのが欠点なのだ。

 だが、魔法が通じにくいなら、それこそ機甲改造兵団の出番であった。

 何の問題も無いと考え、攻略作戦を立てるべく会議を開始した。

 偵察の報告により、首都前面に魔物部隊が配置されているのは掴んでいる。

 その数、猪人族ハイオークが主力となる2万足らず。

 問題にもならぬと考える。

 カリギュリオ同様、参謀達も勝利を疑っていないようであった。

 何しろ、此方は70万の大軍なのだ。三倍の兵力でほぼ勝利が間違いないのに、30倍以上の戦力があるのだから当然である。


「ここは、同時に攻めても問題ないのではありませんかな?」


 貴族院の息の掛かった参謀の発言。

 だが、反対意見は出ない。

 わざわざ不興を買ってまで反対する程、状況は切迫していなかったからだ。

 何より、迷宮内で手に入れられるであろう金品にも興味があった。

 自分達の欲が勝ったのである。

 結局、20万を首都攻略に向けて、35万を迷宮攻略に充てる事で意見が纏まった。

 ともかく、物量作戦にて迷宮内を埋め尽くし、根こそぎ奪うという単純明快な作戦。

 その作戦に反対意見が出ない時点で、首都攻略よりも目先の利益に目が眩んでいる事は疑いようもないのだが……

 勝利を確信しているカリギュリオ達は、自分達の欲望に気付く事なく作戦を承認した。

 かくして、魔物の国テンペスト首都攻略に20万の将兵が出陣し、迷宮攻略に35万の将兵が従軍する事になったのである。

 そして……

 何も知らぬ哀れな者達は、二度と登る事の無い階段を、嬉々として降りて行くのだった。

 迷宮内で得たお宝の分け前が、自分達の懐を潤すと信じて疑う事も無く。


 迷宮は、来る者を拒まない。


 だが、安全装置の解除されたその先は、まだ誰も経験した事の無い地獄が待っていたのである。






 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 迷宮最奥の部屋の一つ。

 そこに、リムルも知らない秘密の会議室がある。

 今回初めて、この迷宮の主ラミリスの緊急招集により、迷宮内の実力者が集められていた。

 理由は、迷宮へ侵攻して来る愚か者を撃滅する為の会議、とされている。

 だが、実際の所、その会議の様相は普通とは若干趣が違うものであったのだ。



 集ったのは、迷宮十傑と呼ばれる者達である。

 ラミリスの副官たる、迷宮管理人ダンジョンマスターベレッタ

 四体の各種竜王達

 90階層の守護者、九頭獣ナインヘッドクマラ

 80階層の守護者、蟲皇帝インセクトカイザーゼギオン

 79階層のフロアボス、蟲女王インセクトクイーンアピト

 70階層の守護者、死霊王イモータルキングアダルマン

 70階層の前衛、死霊聖騎士デス・パラディンアルベルト

 そして、

 50階層の守護者、ゴズールとメズール

 の二名が、ついでとばかりに参加していた。

 強者の中で、自分達が浮いているのを自覚して縮こまっている。

 普段はどんな相手にも勝てると思っていたのだが、実際に目の当たりにして格の違いに気付いたようだ。

 ベレッタに関しては、雑用を任されているだけだと本人が言っている――事実、後に魔導王ルーンマスターガドラが十傑になる――のだが……

 ともかく、現状では数合わせとして十傑筆頭を名乗らされていた。

 いい加減なラミリスの性格を反映し、コロコロと名称が変わるのだ。

 普段、ここに全員が集う事は無いのだが、今回は緊急事態という事で、ラミリスが強権発動した結果、初めて全員が揃った訳である。

 まあ、ヴェルドラが中央の椅子に座っているというのが、集まった理由の一つなのは間違いないだろうけれど。

 事実このメンバーは、ベレッタや竜王を除いて誰が最強かで常に揉めていた。

 アダルマンが魔王リムルから直接褒められて、階層の位階を上げて貰った時以降、その傾向は強くなっている。

 皆、自分こそがもっとも役に立つと証明したいのである。

 下層階の支配者程、出番が無くその想いが強い傾向にあった。

 なので反発も大きい。

 特に、アピトとクマラは女性同士、非常に険悪な間柄である。

 ゼギオンは我関せずを貫き、アダルマンは野望に燃えて。

 ただ、関係は険悪ではあったが、心底憎しみあっているのかと聞かれれば、それは違うというのが真相であろう。

 結局は、自分が一番だと証明したいだけで、相手を蹴落とそうというのとは違うのだから。

 そんな彼等が一同に会したのだが、意外な程に静かである。

 今回の帝国軍の迷宮への侵攻を前に、競争心よりも敵愾心が前面に出た為であった。


「諸君。良く集まってくれた!

 今日は、この迷宮始まって以来の、未曾有の危機を迎えている!

 そこで、諸君らの考えを聞きたい!」


 ラミリスの言葉が会議開始の合図であった。


「あら? そんなの決まっておりんす」

「皆殺し、だな」


 クマラの言葉を奪うように、アピトが続ける。


「今回は、わっちの階まで出番を回してくれんすよね?

 アピトはここのとこ 、聖騎士さんと遊んでいて満足でありんしょう?」

「何をいうか! 相手が弱すぎて、却ってつまらぬ思いを味わっている!」


 睨み合いが始まるあたり、別の意味での緊張感が会場に走る。


「クアハハハハ! 争いはやめよ。そして安心するが良い。

 今回は、全員に戦う機会を用意する。

 何でも迷宮の最奥を60階層だと思っておるようだし、

 始めはそれに合わせるのも良いかと思ったのだが……

 面倒になったので止めたのだ」

「そうだよ、その通り!

 今師匠が言った通り、50階層を突破してくるのを待つのは面倒だよね?

 普段ならいいんだけど敵の数が多すぎるから、時間も掛かりそうだし。

 でね、最初から各階に一万づつ、敵軍を送り込みます。

 くじ運が強ければ、相手に強者がいるかもよ?」


 そのヴェルドラとラミリスの言葉に、目の色を変える一同。


「つまり……全員に機会がある、と?」


 アダルマンの問いに、


「その通り!」


 ラミリスが大きく頷いた。

 ラミリスの説明は続く。

 竜王がそれぞれ1万づつ引き受ける。

 61〜70、71〜80、81〜90階層に各10万づつ順番に。

 そして残りを、51〜60階層に放り込む。

 どうやら35万程の軍勢が迷宮に向かっているらしいので、そういう感じに分配する事にしたようだ。


「でね、ゴズールとメズールは30階層に待機して、そこまで逃げてくる者の排除ね。

 間違って殺されても復活出来るんだから、頑張ってちょうだい!」


 そう、ラミリスは締めくくった。

 俄然やる気になる迷宮守護者達。


「それは、リムル様はご存知なのか?」


 ゼギオンが沈黙を破り、言葉を発する。

 その事に驚くアピト。

 蟲皇帝インセクトカイザーゼギオンは寡黙な男であり、滅多に言葉を話す事が無いからだ。

 以前よりヴェルドラと戦闘訓練を行っているらしいが、最近では格闘戦に於いては互角以上に戦えるらしい。

 ヴェルドラも認める強者であり、魔王リムルへの忠誠以外には強さにしか興味を持たぬ男だからだ。


「えへへ、内緒にしてる! だから、皆で驚かせようね!」


 無邪気そうな笑顔でそう言うラミリス。

 だが、実際はヴェルドラと二人で邪な企み――主にリムルを驚かせようとする――をしているのだろう。

 何時もの事であったが、巻き込まれる方は堪らない。


「おいおい、後でリムル様に怒られたりしないでしょうね?」


 とアルベルトが心配そうに聞くが、


『問題ない!』


 ヴェルドラとラミリスに一蹴されていた。

 ベレッタが視線を逸らした時点で、アルベルトも言っても無駄だと悟り沈黙する。

 だがまあ、問題は無いかと考えを改めた。

 要は、敵軍を殲滅しさえすれば良いのだ。

 疲弊した敵を叩くのがセオリーではあるが、自分達は復活可能。

 何も、低階層の魔物を狩りつくされるまで待つ必要は無いのだから。


「良かろう、確かに勝てば良いだけだ」


 ゼギオンが頷き、それが今回の内容の決定となる。

 ラミリスとヴェルドラが顔を見合わせ、邪悪な笑みを浮かべあっていたが、皆は気付かないフリをするのだった。

 何しろ、初めてと言っても良い、実戦に即した全力戦闘を行えるのだから。

 何の感のと言っても、皆この機会を逃すつもりは無いのである。



 迷宮の真なる恐怖を敵に体験して貰うべく、十傑はそれぞれの階層に戻って行った。

 そして、地獄の会場は来客の到来を静かに待ち構える。

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