挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転生したらスライムだった件 作者:伏瀬

帝国侵攻編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
159/303

154話 大戦勃発 -嗤う悪魔-

 馬鹿な、こんな馬鹿な話があるか!

 戦場から離れた地点にて、ガスター中将は青褪めた顔でそう呻いた。

 有り得ぬような惨状が、目の前に広がっている。

 自慢の戦車部隊は悪魔のような魔狼型魔人に翻弄され、もはや破壊された車体の方が多いのは間違いない。

 既に敗北は決定的なのだが、余りにも戦の進行速度が速すぎて、撤退のタイミングを逸してしまっている。

 だが、このままでは再編すら難しくなるという理性の言葉に促され、ようやく撤退の命令を下そうとするガスター中将。

 しかし、その判断は決定的に遅すぎた。


「あら? まさか中止なんて言いませんわよね?

 私、伝えましたわよ。

 進入するなら容赦しない、と。

 こう見えて、私、約束は守る方ですのよ。

 以前もこの世にお邪魔した時、きちんと召喚して下さった方の望みは叶えましたもの。

 安心して下さって宜しいですわ。

 貴方方にも、きちんと報いて差し上げますよ」


 美しい貌に満面の笑顔。

 しかし、ガスターの心に浮かぶのは恐怖。


「き、貴様は!」

「あら? お忘れになったのかしら。

 失礼な殿方ですわね」


 忘れようも無い程美しい、緋色の髪を靡かせて。

 テスタロッサは、困った子供を見やるような慈母の如き表情を浮かべてそう言った。

 恐怖を押し殺し、ガスターは部下に攻撃命令を下そうとする。

 しかし、


「何を為さりたかったのかは存じませんが、部下の方達はお休みですよ。

 疲れていたのでしょう、もう起き上がる事は出来ないようですね」


 そうテスタロッサが耳元で囁いた。

 早すぎる移動速度。

 決して目を離さず、油断していた訳では無いのに。

 そして、最も恐怖すべき点は、音が全くしなかったのだ。

 ガスターの持つユニークスキル『演奏者』は、音により相手の移動を察知する事も可能であった。

 どんな達人も制御出来ない微かな音、心臓の鼓動音すらも捉える事が可能なのだ。

 だが、全く音がしない。

 そして、その時にもう一つ、恐ろしい事に気付いてしまった。

 倒れている部下達からも、何の音も聞こえなくなっていたのである。

 死んでいるのだ。


「お、お前……部下達を殺したのか!?」


 ガスターの叫びに、


「あら? 少しお腹が減ったので、少々頂いただけですのよ?」


 悪びれもせず、テスタロッサが答える。


「頂いた、だと? 何をだ?」

「ええ、魂を少し」


 簡単にそう告げられて、ガスターは激昂した。

 その怒りをぶつけるべく、


「死ね、悪魔め! 精神死送葬曲マインドレクイエム!!」


 周囲の空間へ、精神へ影響を与え死亡させる特殊効果を持つ殺人音を撒き散らす。

 精神生命体すらも殺害可能な、ガスター中将の奥の手だった。

 それなのに、


「ああ、心地良い音色。人間にしておくのが勿体ないほど。

 残念ですわ、こんなに素晴らしい音楽家である貴方を、殺さなければならないのだから」


 うっとりとした表情を悲しげに曇らせて、テスタロッサが呟いた。

 全く効果が無いようであり、それを悟ったガスターは絶望する。

 美しい外見に惑わされていたが、間違いなく目の前の美女は、人外だったのだ。

 それも、桁外れに上位の存在。

 ひょっとすると、暴れまわっている暴力の化身のような、あの魔狼型魔人よりも上位者かも知れない。

 こんな化け物が一体だけでは無かった事に、ガスターは今回の帝国の軍事作戦の失敗を予見した。

 この上、まだヴェルドラなどの天災級の魔物が控えているのだから。


「待ってくれ、取引がしたい!」

「あら? どのような内容ですか?」

「お、俺は帝国でも階級が高い。

 軍事作戦にも精通しているし、機密情報も握っている。

 役に立つ事を約束する。だから、命だけは助けて欲しい!」


 恥も外聞も投げ捨てて、命乞いをするガスター。

 しかし、その目にはまだ光があり、油断なくテスタロッサの様子を窺っている。

 ガスターの"耳"に、数名の者が接近する音が聞こえていたのだ。



 ガスターは接近する者の正体を、直感で思い当たっていた。

 恐らくは、戦場を監視し状況報告をする目的で忍び込んでいた、帝国情報局の手の者だろう。

 情報局局員或いは諜報員と呼ばれる、一級戦闘技能の保持者達である。

 彼等は上位の戦闘能力があるにも関わらず、序列強奪戦に参加する事は無い。

 帝国情報局に所属し、そこから異動する事が無いのである。

 近藤達也タツヤ コンドウという、油断ならない"異世界人"。

 その下で活動する、異質な者達なのだ。

 近藤達也タツヤ コンドウならば、このような事態を想定して、幾つもの手段を講じていても不思議ではない。

 だからこそ、命乞いでも何でもして時間を稼ぐ、そういう思惑であった。

 しかし、その希望は打ち砕かれる。

 そもそも、テスタロッサに遭遇した時点で、全ての希望は潰えていたのだから。


「悪魔め、復活したのか!」


 そう叫び、一般兵に紛れて潜入していた情報局所属の者がテスタロッサへと忍び寄り、襲い掛かかった。

 魔物の毛を織り込んで作られた鎖にて、三方からテスタロッサの動きを封じる者達。

 上位の魔物――そう、上位魔将アークデーモンすらも封殺する、最高峰の必殺陣形。

 三位一体で魔物を狩る、情報局のエリート達。

 やったぞ! ガスターが内心で喝采を挙げたその時、


「あら、あらあら。これは懐かしいわ。以前、私を倒してくれた方達ですね?

 嬉しいわ。

 あの時は邪魔されたお陰で、お腹いっぱい食べられなかったのですもの。

 あの時の恨み、忘れてはおりませんわよ。

 でも……宜しいのかしら?

 あの時と全く同じ技が、もう一度通用するとでも?」


 邪悪な意思が込められた、テスタロッサの声が聞こえた。


「フッ、化け物が! この邪悪な気配、あの時の上位魔将アークデーモンか!」

「もう復活するとは、な。今度は魂ごと滅ぼしてやる!」

「貴様の居場所は此処には無い。我等が居る限り、貴様の好きにはさせん!」

「さあ、ガスター殿。ここは自分達にお任せ下さい。早く撤退命令を!」


 三名にそう言われ、思い出したように動きだすガスター。

 慌てて、ユニークスキル『演奏者』にて全軍に通達しようとしたのだが、


「ねえ? そんな事、許されると思うの?」


 首筋に、冷たく魂をも凍えさせそうな、繊細な女の手の感触を感じた。

 見るまでもない、テスタロッサである。

 魔物の毛が織り込まれた、聖銀を鍛えし鎖は、伝説級レジェンドでも上位性能を有するというのも虚しい程に、破壊され、砕かれていた。

 動揺する三名が、ガスターとその背後に移動したテスタロッサへと視線を向ける。

 その表情に、焦燥と混乱が浮かんでいた。

 テスタロッサが、どうやって鎖を破壊し、いつの間に移動したのか、まるで見えなかったのだ。

 そして、そんな彼等を更なる苦難が襲った。

 戦場に似つかわしくない、可愛い声が上空より聞こえて来たのだ。


「テスタロッサ、まだ殺して無かったの?

 リムル様が全力を出せと仰せなのに、怒られるよ?」


 そう言いながら、紫紺の長髪をポニーテールにした少女が空から降って来た。

 それは、目の前の悪魔への援軍を意味し、口調から同格かそれに近い能力を保有している事を匂わせる。

 たった一人を相手取っても厳しい状況の中で、この援軍は致命的であった。

 魔物を殺す達人である、情報局のエリート。

 その三名は、自分達ならば一対一であっても上位魔将アークデーモンクラスをも斃せると自負していた。

 それなのに、目の前で自慢の封殺結界を破られた上に、もう一体同格と思えるおぞましい気配の魔物が出現したのである。

 戦況は不利と断じる必要があった。


「ガスター殿、ここは一旦引きます」


 そうガスターに断りを入れ、一人が転移魔法の詠唱に入った。

 残り二人はガスターを救出すべく動き出す。

 直後、


「実力を弁えぬ者って、私、嫌いだわ。

 せっかくの昔馴染みに出会ったので、ついつい長話してしまったわね。

 ウルティマ、この者の記憶抽出をお願い」

「おっけ〜。テスタは何するの?」

「私、まだ満腹では無いの。なので、少しお食事を。

 せっかくの昔馴染みなのですから、ね」


 可憐な笑顔を浮かべて、テスタロッサが微笑んだ。

 だが、その笑顔は不吉そのもの。

 その笑顔に不吉な予感を覚え、ガスター救出を諦めて撤退行動に移る三名。

 しかし――転移魔法は発動しなかった。


「ば、馬鹿な! 何故だ!?」


 動揺する術者を嘲笑うように。


「何が不思議なの? 魔素撹乱放射マジックキャンセラーの使い方、間違っていないでしょう?」


 テスタロッサは三人の疑問に答え、悠然と歩を進める。


「何だと? 魔素撹乱放射マジックキャンセラー!?」

「まさか、魔法で再現したとでも……!?」


 思念リンクにより、悪魔達は情報を共有していた。

 なので、得た情報から再現可能な技能スキルを使用する事など、彼女達にとっては児戯に等しく。

 しかし、そんな事は人間の常識では計り知れない次元の話であり、三人の情報局職員には理解出来る話では無い。

 ただ理解出来た事は、


「お前は、お前は何なのだ!? 上位魔将アークデーモンにそれ程までの力がある筈が無い!!」


 恐怖を塗りつぶすように、叫ぶ。

 その叫びを愉しそうに聞いて、テスタロッサは微笑みを深めた。


「ええ、そうね。私は上位魔将アークデーモンよりは上位の存在だわね。

 というか、アークデーモンとは格が違うと思うのだけど……

 一緒に見えるのかしら?

 自分で言わなければ理解されないのって、悲しいわ」


 彼等の疑問に答え、その通りだと肯定する。

 そして、


「じゃあ、名残惜しいけれど、お別れね」


 と、告げた。

 三名が、その告げられた言葉の意味を理解するには、状況は既に遅きに失した。

 彼等は、自らが相対したものの真なる正体に気付く事もなく、死を迎える事になったのだ。

 或いは、それは幸運だったのかも知れないのだが。



 深遠の闇より、黒き炎が呼び出される。

 その黒き炎は拳大に凝縮されており、それをそのまま握り潰すテスタロッサ。

 悪魔テスタロッサは嗤い、


「"死の祝福デスストリーク"」


 と、歌うように囁いた。

 瞬間、握りつぶされた黒い炎が、黒い光を周囲に拡散させ撒き散らす。

 その光は、ほぼ全ての物質を透過する性質を持つ。自然発生する事の無い光である。

 物理的に破壊を齎す事は無いのだが、とある特徴を持っていた。

 生物を透過する際、その遺伝子配列に影響を与えるのだ。

 遺伝子を強制的に書き換える事により、ほぼ全ての生物を強制的に死滅させる。

 邪悪極まりない、死の魔法。

 ただし、その目的は別にあると伝承には伝わっている。

 この魔法に耐えうるのは、精神生命体か、魂に記憶能力を有する者のみ。

 肉体の完全破壊からの再生が可能な者のみなのだ。

 最小単位の光は、魔法による防御も困難で、物理的には防御の術が無い。

 唯一、聖光結界のみが対抗手段とされていた。

 この光を浴びた場合の死亡確率は、99.9999%である。

 百万人に一人が、その身を魔物に転じる事で、その命を永らえさせる。

 つまりは、魔に適性のある適正者を選別する、祝福魔法なのである。

 ただし、この魔法での魔物化の成功例は存在しない。

 悪魔が希望を騙っている、恐らくはそういう種類の話なのだから。

 この魔法こそが、最悪の禁呪。

 核撃魔法の一種であり、物理的被害を一切出さない、生物を殺す事のみを目的とした、究極の禁断魔法だったのだ。



 半径500mに制限された範囲において、凶暴な死の暴威が吹き荒れた。

 テスタロッサの『魔力感知』により、この範囲内に味方が居ない事は把握済みである。

 自分を含む悪魔にとっては、この魔法は何の意味も無い。

 悪魔が人間――生物を含めてだが――を殺す事を目的として生み出した魔法なのだから。

 残念なのは、敵味方を問わず、範囲内の生物を殺しつくしてしまう点である。

 制限せずに使用すれば、半径10kmにも広げる事は可能だと思うが、それをすれば味方も巻き込む事になってしまう。

 なので、500mに指定する必要があったのだ。


「この辺一体、全て皆殺しになったね。

 その、戦車とか言う玩具の情報は、無傷の現物を持ち帰れるね!」

「ええ、その為に、人間だけを掃除したのだもの。

 最初からこの魔法で殲滅すれば、生き残った者を相手するだけで済むのですけど」

「仕方ないよ! リムル様は、ボク達には戦うなって言っていたし。

 でも、ちゃんと出番があって良かったよ。

 だけど、ボクも空に浮かんでた玩具を壊さない方が良かったかな?」

「そうねえ、ウルの魔法は派手過ぎたわね。

 あれでは、サンプルの採取が難しいかも知れないわね」

「だよね……ボクも失敗したと思った。

 あれ、脆すぎるんだよ。

 一つだけ壊す積もりだったのに、一杯壊れちゃった」

「仕方無いわね。情報は入手したのでしょう?

 それで問題ないと思う事にしましょう」


 そう話し合い、その会話を終わらせるテスタロッサとウルティマ。

 その間も、死者の魂を集める作業は丁寧に行っていた。

 "死の祝福デスストリーク"により殺すと同時に、きちんと魂の刈り取りまで為されている。

 実は、魔物に転じる可能性があるのは、魂を残していた場合のみ、であった。

 今回のように、魂の刈り取りを同時に行った場合、生存率は完全にゼロとなるのだ。

 当然ながら、ガスター中将や情報局の三名も、抵抗レジストに失敗し既に死んでいた。

 嘗て自身を倒した者の最後を見ても、テスタロッサに感慨は無い。

 もともとテスタロッサの眼中には無かったので、当然とも言えるのだが。

 こうして、帝国軍の作戦司令部が完全に沈黙した事により、この戦場での魔物の国テンペストの勝利が確定した。

 ただし、それは戦闘行為の終息を意味せず、作戦司令部が消失した事により帝国軍の降伏もまた無くなったのだ。

 戦場は、殲滅戦へとその様相を転じる事になるのである。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。