138話 評議会からの依頼
ジュラの大森林周辺国家の集合体である、評議会。
これは各国から議員を選出し、イングラシア王国にて毎月開催されている。言うなれば、国家の運営とは別の全体的な利益調整が主目的になっていた。
利益と言うのは、魔物対策を含む全体としての損害防止がメインである。
各国の特産品や輸出入の調整は、それぞれの国家の方針による思惑が入り乱れるので、全体での協議は難しい。
なので、飢饉が発生すれば支援を、魔物の大量発生などがあれば応援を、という具合に調整を行っているのである。
自由組合への討伐依頼を出し、魔物の被害を少なくするようにするのも、評議会の仕事であった。
運営資金は、各国より捻出される。それぞれの国の規模により、見合うだけの割合。
この負担額により、選出議員の数を増やす事も可能。議員の数が増える事は発言力の増加を意味する。大国であれば、通常の3倍を超える拠出金を払い、議員を数名送り込んで来る国もあるようだ。
先も述べたが、直接的な国家運営には影響しないわけだが、大国としての矜持を示すには良い場所となる。
議題に対する発言権が大きければ、ある程度の国への優遇も可能となる訳で。直接的な利益は得られずとも、国に利益を還元する事は可能となるからである。
また、最低拠出金も定められており、この金を納める事が出来ないと評議会から脱退させられてしまうそうだ。
それはつまり、いざという時の助けが無い事を意味し、小国では死活問題となる。その判断を下すのも、評議会議員での多数決である為、議員数を多く保有する国が権力を持つのは至極当然の流れであった。
とはいえ、拠出金は安くは無く、最大議員を擁していたファルムス王国も滅亡した訳で……
そこに生じた自由組合の混乱である。評議会に動揺が走るのも、無理なき事であった。
その上、最悪の情報が評議会に齎されたのだ。
東の帝国に動きあり!
この情報に、評議会は大混乱に陥った。
現在評議会としても、混乱による評議会よりの脱退という、各国の繋がりの崩壊危機を迎えている状況だったのである。
その状況を纏め上げたのが、イングラシア王国派閥の議員達であった。
東の帝国が動くと噂されるこの時期に各国の纏まりが無くなる事は、戦う以前の最悪の状況になる事は間違いない。
それは各国の王族や議員にも自明の理であった。
もし、小国にしろどこかの国が帝国の調略を受けて帝国に迎合してしまったら、後に続く国も続出してしまう。そうなれば、残りの国家の敗北は確定する事になるのだ。
三年前より、先見の目がある国々は、帝国の動きに備えて準備を始めていた。しかし、自国の戦力だけで対抗出来る程、帝国は甘くないのだ。
故に、議題として、対帝国大同盟の結成を議論する事になったのである。
その日の議題は大きく荒れていた。
その中には、自由調停委員会の委員長として、
常備軍を備えている大国ならまだしも、小国には平時より軍を維持する余裕は無い。
戦時に傭兵を雇う事が主流となっていたのだが、各国が同時に戦力備蓄を始めると、人が足りなくなるのは当然の話だ。
そんな中、評議会参加国により、各々の軍の一部を寄り集め、評議会直轄軍の設立を主張する者が現れる。
「つまり、現状の議会警備兵だけではなく、評議会として軍を持つべきである!
平時は巡回でもさせておけば、魔物対策になるであろう。
自由組合が無くなり調停委員会が出来た今、委員会所属の冒険者を兵士として雇用するのも可能であると考えるが、如何に?」
議員の一人が主張したその案は、各国の議会でも話題に出た内容であったのだろう。
一瞬の静寂が場を支配した。魔物対策として、評議会は常に一定額を自由組合には支払っていたのだ。組織名称が変わり、委員会となった現在もそれは変わりは無い。
聖教会への支持とお布施、そして評議会からの援助金。それが、委員会の活動資金となっている。
委員会は援助金の代償として、自主的な巡回を行い魔物の討伐を行っている。それにより、魔物の被害は以前に比べて格段に少なくなっていた。
その巡回する者を常設の兵士とし、評議会に所属させよ! その議員はつまりは、そう言っているわけだ。
ヒナタは呆れるような思いでその議員を眺め、小さく溜息を吐いた。
「それは、調停委員会所属の冒険者をそのまま兵士に徴用し、評議会の傘下に入れると言う事か?」
ヒナタはうんざりとする気持ちを隠しつつ、発言した議員に問い返した。
確かに、評議会より援助金は出てはいる。しかし、その額は然程多くは無いのだ。
以前ならば、討伐する魔物のランクにより、別途褒章を支払うという条件だったという。調停委員会になってからは、魔物の討伐は聖教会の教義とも合致する為、別途報奨金は貰っていなかった。
評議会から支給される金は、純粋な意味での支援金であり、各国に滞在する者達を食わせるにも足りない程度だったのである。その程度のはした金で、自由な身分から義務の生じる飼い犬の身分になれと言われるなど、容認出来る話ではないのだ。
自由組合とは、国家の枠に縛られぬ組合の事であった。故に、ある程度の税を国家に納める事で、その国に居住する権利を有する組織だったのだ。
当然、その立場はあくまで中立である。
魔物の大量発生等の自然災害に対しては、国家と自由組合の協定に基づく動員が発令され次第、国家の下に組み込まれる事もあるだろう。しかし、常時から国家に従う義理も義務も存在してはいないのである。
まして、戦争行為は自然災害では無い。国家間の争いに巻き込まれる謂れは全くない話であった。
調停委員会と組織変更が行われた訳だが、その実情は自由組合時代と変わってはいなかった。寧ろ、西方聖教会も組み込んだ事により、その組織力は増大し国家群と対等の力を持つに至っているのだ。
議員の発言したような、評議会の傘下に兵士を寄越せというような要求は、馬鹿馬鹿しくて相手にする価値も無い内容なのである。
だが、今回は若干状況が異なっていた。
東の帝国の脅威を恐れた各国が、内々に手を組み、調停委員会の持つ戦力に目を付けていたのである。
ヒナタはその状況を認識していた。
ブルムンド王国のフューズという男の情報収集能力はずば抜けて高く、事前に各国の内情を調べてヒナタに報告して来ていたのだ。
だからこそ、迂闊に頭ごなしに否定したりせず、相手の出方を伺う事にしたのである。
ヒナタが水を向けた事で、一部の議員達が大きく頷き立ち上がる。そして、
「左様。ギャバン議員の申す通り、未曾有の危機に対し団結するのは自然の理である。
委員会としても同様の判断を出して頂けるものと理解しておるが、どうであるか?」
「まっこと、良き案である。調停委員会としても、今回の危機、見逃せまい?
我等人類が協同し、事に当たるは当然であろう。賛同して貰えますでしょうな?」
等々。
内々で取り決めていたのだろう、一斉に賛同の言葉を陳べ始めた。
全員が全員では無いのだが、残りの議員にしても話を否定するには代案が無い。まして、戦時徴用に苦労しているのはどの国も同じ。
どうせ駄目だろうが、上手くいけば儲けもの、とばかりに様子伺いに回るつもりのようである。
見事に、ヒナタが情報を元に予想した流れのままの出来事であった。
さて、どうするか? ヒナタは思案する。というか、答えは出ているのだ。
受けるか、拒否するか。
この話を蹴るのは簡単だ。そもそも、対等の関係であり、受ける必要は無い要求だからである。
各国での権益を守って貰っているのは確かだが、それはギブアンドテイクの関係にある。一方的に従う弱い立場ではないのだ。
また、この話を蹴ったからと、元非戦闘の組合員を追い出せる国家は存在しない。組合員からの税も確かな収益金であり、国家運営の肝になっている。
不法労働を抑え、非合法のならず者を減少させる委員会の存在は無くてはならないものだからだ。
条件が折り合わぬならば他の国に出て行ってしまうという強みを持つのは、寧ろ組合――現、委員会――側なのである。
だが、この話を蹴る場合、評議会と委員会で険悪な関係になる事は間違いない。
断る! と言って、そうですかと納得出来る話では無いだろうからである。
何よりも、委員会との協力が無く足並みの揃わぬ評議会では、東の帝国に太刀打ち出来ないという現実があった。
頭ごなしに傘下に入れと命令されるのは気に食わないが、簡単に断るのも問題がある。面倒な話なのである。
では引き受けるか?
それも、委員会の権威を落とす結果となる。出来て一年も経たない委員会では、足元を見られて舐められる事になるだろう。
それは断じて避けなければならない。今後の国家群との付き合いを考える上でも、対等の関係は維持しておく必要があるのだから。
気に食わないのも確かだが、立場を守るという意味においても簡単に引き受ける事は出来ないのである。
受ける事も拒否する事も出来ない、それが答えであったのだ。
そこで、ヒナタは一つの提案を提示した。
つまりその提案とは……
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評議会からの依頼を受けて、俺はイングラシア王国へとやって来ている。
主賓待遇というのか、最高級の
連れてきたのはベニマルとソウエイ。そして、シュナだ。大人数だと面倒が多くなりそうなので、少人数でやって来ている。
シオンは部下の育成に忙しく、ゲルドは各種建設の総指揮を執っており動けない。
ディアブロは、前回の王国での後始末を終えると同時に、放浪の旅に出ていた。何でも、自分の子飼いの者を集めるとか何とか言っていたけど、何を考えているのやら。
まあ、呼べば直ぐに戻って来れるだろうし頼むべき仕事も無いので、好きにしてても問題なかろうと許可したのだ。
そういう訳で、俺達は四人でイングラシア王国へやって来たのであった。
各種の店を見て回り、ショーウィンドウに飾られた最新の衣類等を興味深げに見るシュナ。
油断なく俺の護衛をするベニマル。
何やらコソコソと、影から報告を受けるソウエイ。
影と言えば、俺の影の中からランガが消えているのが寂しい。ちょくちょくゴブタの下へ出掛けているのだ。
何でも、カリオンとの修行に呼ばれるらしく、そのままだと殺されると泣きついていた。仕方なしという感じに、ランガは出掛けて行ったのだが、その尻尾は大きく振られていたわけで……
何の感の言って、ランガもゴブタを気に入っているのだろう。
仲の良いのは良いことである。
久々に、イングラシア王国での昼食を楽しみ、翌日に開催される会議について意見を交わした。
シュナは俺の買ってあげた衣服の包みを大事そうに抱え込み、口元を緩めている。残念秘書のシオンと違い普段からしっかりしているだけにギャップが面白かった。
ほとんど俺達の話を聞いていない感じだったのだが、問題ないだろう。
実際、会議の内容はどうでも良いし、普段から働きずめのベニマルやシュナの慰労が目的の一つなのだ。
任務で各地に飛び回るソウエイと違い、中々国から出られないベニマルやシュナには、是非とも楽しんで貰いたいものである。
とまあそんな訳で、気楽に明日の会議の内容を話し合っていたのだ。
「で、ソウエイ。明日の会議の内容は何か判ったか?」
先程から情報収集を行っていたソウエイに聞いた。
どこかで竜が暴れてるとか、謎の魔王が出現したとか、俺達の馬鹿な予想に取り合わず、ソウエイは配下の影に調査をさせていたのだ。
相変わらず真面目なヤツだ。
俺も慣れたもので、部下が知ってて当たり前と思う程に、ソウエイ達を頼りにするようになっていたのだ。
「は、情報自体は掴んでおります。後は、各国の王族の思惑と、その部下達の考えを……」
「ああ、そんな細かい事はいいから。で、何で俺達は呼ばれたの?
国賓だし、俺達に何らかの依頼したい事があるんだろうけどさ。
列車の事かな? あの発明が各国にバレタかな?
「どうせ、戦争が始まるから助けて欲しい、とかそんなんじゃないか?
俺達が助ける義務があるのは、ブルムンドだけだしな。違うか?」
「ああ、帝国か。それがあったな。そっちもそろそろか」
気楽に重要事項を語り合う俺とベニマル。
本来止めに入るシュナは心此処に在らずの状態で、王都のカフェの一角で国家機密ばりの会話をする俺達を止める人間は居ない。
もっとも、結界にて会話の声が外部に出ないように遮断しており、俺達の会話を聞く者も居ないのだけど。
「ベニマルの言った事が正解です。
列車も話題になっているようですが、実物を見ていない者には現実味が湧かないようですね。
利に聡い者達は、ミョルマイル殿に接触しているようですが、軽くあしらわれているようです。
今回は、東の帝国への備えとして、
「残念、そっちだったか。まあ、どうせ帝国とはぶつかるんだし、受けてもいいけどな。
で、何か問題がありそうなのか?」
「やはり、か。実際、俺の掴んだ情報でも、帝国の戦力は大したものだぞ。
正面から戦争すると、国力の差で、俺達が不利だ。
ジュラの大森林の全部族を、強制的に参加させるなら話は別だがな」
「そうなんだよな。
戦力の増強は結構進んでいるけど、何百年と軍拡している国に対しては厳しいよな……
最悪、俺達だけでなく、こっちの国々の協力も得たい所なんだけどな」
と、俺とベニマルの会話は続いた。
実際、戦争回避出来るならそれが良いのだが、ユウキが居る以上難しいと思う。
シオンにしろ、ディアブロにしろ、隠れて戦力増強を企んでいるのは、正しく戦争する気満々だからだろう。
俺が意図せずとも、各幹部クラスの者達は、独自に戦力増強を開始していたのである。ゴブタでさえ、何やらコソコソとやっている程なのだ。
なので、今回呼ばれたのが東の帝国との戦争についてならば、依頼されずとも俺達は戦争に巻き込まれる事になるのは仕方無いと考えていた訳だ。
「なるほど、では問題ないでしょう。
此方では、評議会と委員会が勢力を二分しております。
評議会が各国の貴族の意思を反映し、委員会が民草の守り手という感じなのですが……
評議会の要望で、委員会の戦力を評議会傘下に加えよと議題に上ったらしいのです。
その際、ヒナタが提案したのが、
「何だそれ? 俺達が利用されるのか?」
「ええ、利用されます。が、国として認められた上に、戦力を一任して任せられる事になります。
つまり……」
「ほほぅ。なるほど、ねえ。いいんじゃないかな、それ。利用されちゃおうか?」
「悪い顔してるぞ……。
まあ、相手は俺達を利用してるつもりになるのが気に食わないが、な」
俺達は頷きあい、話を終える。
食後のケーキを持って、店員がやって来たのだ。
ケーキ。
それは魅惑の食べ物。
甘味もある程度は用意出来たが、砂糖は未だに貴重品。
そして、ケーキなどは、テンペストでも超高級な嗜好品だったのである。
ああ、懐かしきこの味覚。
俺だけは毎日来て楽しめるけど、それは何となく悪い気がして出来ない。
ここにシュナを連れてきた真なる目的、それこそがこのケーキなのだ。
ここで、シュナにこの味を教え込み、再現して貰うのである。俺の記憶ではその辺のレパートリーが少なすぎた。なので、高級店であるここへ連れてきたのだ。
「シュナ、これマジで美味いから。
ここに滞在中は、好きなだけ食べてくれていい。なので、出来るだけ味を覚えてくれ」
俺の言葉に戸惑いつつ、ケーキを食べるシュナ。
先ずはショートケーキ。オーソドックスだが、このケーキが全てに通じているのだ。これが不味いと、全て駄目と判断して間違いない。
シュナはケーキを一口食べた。
そして、力強く俺の目を見て頷く。それから、一心不乱にケーキに集中し始める。
最早、言葉は不要。俺の意を正しく受け止め、シュナならば必ず成し遂げてくれる。アイスクリームすら再現して見せたシュナならば、ケーキなど造作もないだろう。
俺達は、先ほどまでの会話を忘れたように、美味しいケーキに夢中になったのである。
翌日、会議の開催場所に着いた。
内容は予想通り。前夜にヒナタがやって来て、俺に説明をしてくれている。
ソウエイの情報通り、軍事協力という名目で俺達の戦力を利用するのが、議会の目的だった。
だが、利用したいのは此方も同じ。
そして、狸と狐の化かしあいが始まったのだ。