137話 躍進する一年
試しに一話だけ書いてみたので投稿します。
ユウキに逃げられた後、直ぐに追跡行動を開始する事は出来なかった。
何事にも手順が必要であり、準備なく行動するのは失敗の元である。
ユウキに逃げられたのは、レオンの抜け駆けが原因だったが、俺達が互いを信用仕切れなかった事にも理由がある。
先ず、此方の体制をきちんと確立しておく事が重要だと気付いたのだ。
さっさとクロエを自由にしてあげたいというのが、俺達三人の共通認識だったのは間違いない。
しかし、慌てて行動しても上手くいくものではないし、ユウキが帝国に逃げ込んだのは三人の共通予想で一致した見解だった。
敵が帝国と組むならば、単独で事に当たると分が悪い。準備する必要が出てくるのだ。
ミリムの対応は俺が引き受ける事になったが、情報収集はレオンの役目である。上手く潜り込めたというレオンの部下からの報告待ちだ。
復活した姉――赤騎士――と抱き合って喜ぶ青騎士を尻目に、ルミナスに礼を述べるレオン。その後、軽く三人により取り決めをしたのである。
レオンが情報を入手するまで、勝手な手出しは控える事、と。
実際、事情が事情であり、レオンの暴走に理由が無かった訳では無いのだろうが、逃げられたのは事実なのだ。
戦闘領域を全面結界にて覆い、脱出を阻止する事も出来たかも知れない訳だし――まあ、究極能力に結界が通用するかどうかは置いておくとしてだが――独断での行動は慎むべきだろう。
心から信用し合える間柄では無いけれど、クロエ救出という目的は一つ。
こればかりは、対ユウキの協定という形で約束している。もし破れば、残り二人による制裁も已む無しであった。
レオンが情報を集めるのと同時に、俺達にも行うべき事がある。
先ず自国を含む足場を整え、仮に帝国と事を構えても問題ないような体制を構築すると話は纏まったのだった。
最初の問題は、その後のミリム対策である。
二人と別れた後、大変な思いをする事になったのだ。
ぶち切れて暴れるミリムを宥めたり。
蘇生したペットに感激し、喜ぶミリムに感謝されたり。
我侭を言い出すミリムを諭したり。
怒りが過ぎ去ったミリムを連れ戻しに来た保護者に、連れ戻されまいとするミリムを説得したり。
要するに、激怒したミリムが来襲し、それを宥めたり説得したりした訳だ。
振り回された、と言っていいだろう。
とんでもなく大変な思いをする事になったけど、何で俺が? 考えて見れば謎であった。
上手くレオンに押し付けられていたようだ。
まあ、ミリムの機嫌自体は簡単に治まったので、良かったのだけどね。
ミリムがやって来て直ぐに、卵から孵るように生まれたのだ。
「……ガイア、なのか?」
「キュィーー!!」
ヒシッと抱き合う、少女と小竜。
感動の再会であった。
それからは、まあ、お察しの通り、また四人で迷宮に潜り、
決して遊んでいた訳では無い。久しぶりに
飛行可能な
流石は元、カオスドラゴン。
少ない戦闘でコツを掴んだようで、集団に対し広範囲攻撃である
魂に刻まれた能力で、重力も操作し、前衛の動きを加速させるなど連係もバッチリだ。あっという間にPT戦の要になっていた。
重力結界もお手の物で、敵方に魔法使いが居たとしても、俺の魔法障壁と
前回苦戦した30階のボスも、連係を練習した後で簡単に撃破出来るようになったのだ。
「クアーッハッハッハ! 最早、我らの敵ではないわ!」
「そうよね! 所詮、ゴズールなんてこんなものよ!」
「わははははは! 調子が出てきたぞ!」
「キュィーー!!」
大はしゃぎである。
え? お前達が楽しんでいるんだろ、だって?
馬鹿を言ってはいけないよ。俺達は
まあ俺達も若干は楽しんでいるけど、全ては
それに、ヴェルドラやラミリス、ミリムはいいだろうけど、俺はクロエが気掛かりだった。
楽しそうにしていても、どうしても気になるのだ。
しかし、焦りは禁物。今すぐどうこうという訳でも無いので、心配し過ぎるものよくない。
ひょっとすると、ミリム達は俺を元気付け様としてくれているのだろうか?
だとしたら、有り難い話である。
そんな事を思いつつ、次の階に進もうとした時、奴こと
ここで、ミリムが我侭を言い出した訳だが、無理だった。
結局、泣き叫んだりとミリムは駄々っ子のように抵抗したが、フレイの鉄壁の笑顔の前に敗退し、連行されてしまったのである。
定期的に遊びに来るという事で納得して貰い、フレイさんにもミリムに息抜きをさせないと危険だと説得し、ミリムは帰って行った。
「ワタシはまた帰ってくる!」
との言葉を残して。
嵐のような出来事だった。
ミリム直々に鍛えるにはまだ早いので、ある程度強くなったらミリムの元に戻す予定だ。育つには、適度な魔物がいる迷宮内は打って付けの修行場となるし、ラミリスの蘇生の腕輪もあるので何かあっても安心である。
そういう訳で、迷宮に新たな仲間が加わったのであった。
ちなみに、俺達の知る由も無い事であったが、迷宮を徘徊する五体はユニークボスとして恐怖の対象になっていた。その強さは二段階存在し、通常でもヤバイが、異常に強い状態になる事もある、と。
要するに、俺達が直接操っている時は、手がつけられない死の使いと認識されていたようだ。
俺がその事を知ったのは、迷宮内の噂が広まるもう少し先の話であった事を追記しておきたい。
とまあ、こうしてミリムの怒りを何とか上手く回避出来たのである。
ミリムが居ない間、勝手に自分達だけで遊んでいると後が怖い。
という事で、俺も真面目に仕事をする事にしよう。といっても俺自身が何かをするという事ではない。
以前より話のあった、合同研究である。
俺はその監修と、要望を思いつき研究させるのが仕事なのだ。
ゲルドによる道路工事と"結界君"設置により、順調に整備は進んでいた。
間もなく
ドワーフ王国とは鉄道設置を予定しており、物資の運搬についても順調に計画が進められていた。
ただし、万が一帝国が侵攻して来た場合、こちらの道は諸刃の剣に成り得るのが心配ではある。なので、先に
ところが、ドワーフの錬金職人、サリオン王朝の魔導研究者、神聖法皇国の工学技術者が
道の完成にはもう少し時間が掛かるが、舗装されていないだけで運行は問題ない。
なので、道の完成を待つ事なく、約束通りやって来たのである。
余談ではあるが、一年もせずに交通網の整備は完了した。
夜間に移動する旅人の為に常夜灯まで用意し、魔物避けの"結界君"も完備している。
ドワーフ王国に向けては予定通り鉄道まで開通させて、中間地点に停車駅のある宿場町――その近くに住む者が寄り集まり小さな町となっていた――まで用意出来てしまった。
この宿場町は、工事の際の基地にもなり大活躍だった。なので、それなりに盛況を見せている。
川に添って鉄道を通したので、丁度中折れ地点にあり、休憩場所に丁度良かったのだ。
この宿場町は、その後は中継駅のある街として発展していく事になる。
帝国の侵攻を警戒し、後回しした意味は無かったようだ。あっさりと他の道の舗装を終わらせて、軌道敷設に着手したのだから。
これは、ジュラの大森林が俺の完全なる支配下に治まった事が大きな理由となっている。
各部族が協力してくれた上に、若者がゲルドの配下に入り労働力が増加したのだ。交通網の整備は食料の供給にも影響を与えるので、効率的な労働力運用が可能になったのが理由として挙げられるだろう。
そういった訳で、俺の予想したよりも工事の進捗率が早かったのだ。
実の所、元の世界の工事進捗率より遥かに早い。驚くべき事であった。
対帝国への備えとして要塞の建設も考えたけど、それは止めておいた。無駄だと思ったのだ。
本気で帝国が攻めて来たなら、帝国を潰す事にしたのだ。長い付き合いをする必要もないし、油断せずずっと備えるなど愚の骨頂。
此方の最大戦力を用い、息の根を止めた方がすっきりする。なので、要塞など必要ないという考えである。
帝国が攻めて来てせっかくの鉄道用の
先に為すべき事があるならともかく、いつ来るか判らぬものに怯え、開発を遅らせる事もないのだ。
これは天使が来るという話にも通じるだろう。
攻めてきたら殲滅してやる。その上でまた作ればいいのだ。
守る事を考えるのも大事だが、本当に大事なのはモノではなくヒトだ。
作り手さえ守れば、それで良い。
そう考え計画を進めた結果、驚くべき短期間で鉄道の開通まで漕ぎ着けたのだった。
精霊工学はドワーフ王国とエルフの共同研究であった。
ベスターが関与した"魔装兵計画"などでも元になっている、この世界の代表的な技術体系である。
対して、魔導工学とは秘匿された技術である。
エルフの天才研究者であった皇帝エルメシアの実母が、精霊工学をベースとして元素魔法と錬金術を融合させた独自の理論。
魔導王朝サリオンの頭脳を結集し、体系化に成功したものが魔導工学となったのだ。当然国家機密であり、他国への漏洩は一切禁じられていた。
吸血鬼の学問は、地球の物理工学に似たものである。
純粋に魔法の力に頼らず、世界の物理法則を体系化した学問であり、技術。
それは魔法の関与が無い為に、誰が行っても結果は常に同じものとなる。ある意味当然だが、魔力の多寡で影響の異なるこの世界では異端とも言える学問であった。
実際、それが吸血鬼達の暇潰しによるデータの蓄積に過ぎないとしても、その膨大なデータの持つ意味は大きい。
それら、各々の得意とする分野の研究成果を持ち寄り、
絶対的に秘匿する必要のある研究。
当然、その研究施設を設置する場所は、守りやすい場所で一般では立ち入り出来ない場所が良い。
という理由から、
エルフ達の住む都にもなっているので、研究に参加したい者も居るかもしれない。
守りは強固だし、地上へ戻るには申請してから
仮に天使が攻めて来たとしても、この95階層までは到達出来ないと確信していた。万が一の場合は、階層変更により、95階を99階と入れ替える事も可能だとラミリスが豪語している。
安心しても大丈夫だろう。
寝泊り出来る施設も用意し、準備は万端だった。
そうして開始した研究だが、最初は意見の衝突も多かった。各々が他の技術を吸収し、自分の技術の秘匿を考えたのだ。
そんな事では駄目だろう。
という事で、俺がそれぞれの技術を暴露してやった。
ラファエルさんにかかれば、秘匿技術なぞと言っても意味が無い。公文書に書かれた説明書並に、判りやすく纏め上げ、それぞれにコピーして配ったのだ。
紙も貴重だったが、羊皮紙では話にならない。木の繊維等から低品質の紙を試作して渡し、研究させた。
初歩の初歩だが、先ずは一歩だ。
そして、各々に技術秘匿を諦めさせて、協力できるように仕向けた。
それには酒が一番である。幸いにもここは楽園と名高いエルフの町。気晴らしも兼ねて、研究で揉めたら飲みに行き、議論を戦わせる。そんな事を繰り返させた。
吸血鬼達も、生き血が必要な訳ではなく、酒も嗜むようで当たり前のように参加していた。
俺も毎日夜の店にまで付き合ったけど、残業代は出なかった。本当に不思議である。
酒を酌み交わし、意見を何度も衝突させている内に、国の垣根は越えたようだ。いつしか仲良く研究を始め、様々な成果を挙げている。
この研究は、ラミリスも興味津々で参加していた。
いつの間にか、研究者達のマスコット兼、アイドルになっている。
前にラミリスのゴーレムを破壊した事を忘れて居なかったようで、一体製作したりもしている。
"魔装兵計画"でお馴染みの、"精霊魔導核"もあっさりと完成した。これには皆、乾いた笑いが出たものである。
どれだけ研究しても理論だけで成功の兆しすら見えなかった代物だったのだ。それがアッサリと成功し、完成したのだから笑うしかないだろう。
ぶっちゃけ、俺の造った
それに、ベスターやクロベエ達の研究成果、"結界君"こと簡易設置型魔方陣発動装置も公開した。
この仕組みの解析を行い、それぞれの発想とそのデータの摺り合わせが終わる頃、大気から魔素を吸収し活動可能となる"精霊魔導核"の原型が完成したのだ。
これに、精霊を宿らせて、魔素を精霊エネルギーに変換させる。魔素は電池のように備蓄しておけるので、活動時間も備蓄量により計測する形だ。
常に魔素が存在する場所ならば、激しい活動をしなければ動力は永久――メンテナンスは必須だが――に活動可能となる。
夢の動力が得られたのだ。
そうして"精霊魔導核"を組み込んだ作品の第一号が、ラミリスのゴーレムである。
身長2.2mで、体重1.5t。しかし、各種精霊を宿らせる宝玉を各関節に仕込み、重力制御により高速機動も可能。
試作品なので武装は無いものの、楽しそうで何よりである。これも開発が進めば軍事利用可能だと騒ぐ者もいたが、ベレッタの性能に遠く及ばない代物だ。
俺に言わせればラミリスの玩具以上の価値は無いのだ。
で、本番に作ったのが、魔導列車。
荷物運搬にゴーレムや魔物、動物にて荷車を引く予定だったのだが、夢の動力が完成したなら話は別だ。
せっかく完成した
動力、魔素供給量、そして積載量。
それらもデータを取り、運用開始まで漕ぎ着けた。時速50km平均で、運用可能と判断する。
圧倒的な物量の運搬を可能とする、歴史を塗り替える発明となった。これにより、遠方の食材も鮮度を保ち運搬が可能となるだろう。
軌道敷設工事は終わりが見えない。
ドワーフ王国との間だけでなく、鉱山を通り抜け、海にまで開通させたい。各国からの問い合わせも多い。
ブルムンド王国を抜けて、イングラシア王国まで。直通させた
この一年でドワーフ王国まで敷いたけれど、交通網の整備にはまだまだ時間が掛かりそうである。
慣性制御と重力制御、そして各種武装を備えた武装列車も用意してみた。
要塞は要らないが、帝国が攻めて来たら活躍させるのも面白そうだと思ったのだ。
精霊砲という、結構凄まじい主砲を備え、兵士の運搬が主目的になる。
まあ、この列車は趣味で作っただけなので、真面目な運用は考えていない。一台だけの虚仮脅しである。
この世界でも、兵の運搬が軍事行動の成功率を左右する。なので、別に列車を武装させずとも軍事利用は可能となる。
わざわざ軍事用を作らずとも、普通の車両を利用すれば良いのだ。
この一年で、動力列車を20台用意出来ている。一台につき五両連結する六両編成だ。
これで運搬兵数は四千名程。連結車両を増やせばもう少し運搬可能だが、それは状況次第であった。
今はサイクルを考え、列車運用の試行錯誤を行っている。
ドワーフ王国と、
あくまでも休憩やトラブルを無視しているので、実際は一週間という所だろう。運用実績が増えると、もう少し早くなるはずだ。
こうして、一つの大きな成果が発表され、このニュースを知った各国では驚きと興奮に包まれる事になったのである。
とまあ、この一年の成果は凄まじいものであった。
レオンから定期的に齎される情報により、ユウキが帝国の重臣に成り上がっているのも知っている。
しかし、此方から攻めるのは具合が悪い。現在、帝国は戦争準備を行っているのは間違いないそうだが、宣戦布告は為されていないのだ。
暗殺も有りか無しかで言えば有りだろうが、少数で狙わせても返り討ちにあっている。俺は無駄だと主張したが、ルミナスが実行に移したそうだ。
結果はやはり無残なものだった。証拠隠滅で失敗した部下は自爆したそうで、二度目の実行は為されなかった。
此方も様子見しか出来ない。
どの道、帝国が動くのは間違いないそうだし、準備を整える事にしたのである。
お陰で、研究も進み、交通網の整備も大分進捗した訳だ。
この一年は、帝国側にとっても準備期間だったのだろうが、此方側にとっても条件は同じ。
そして、準備を整えていたのは俺達だけではなかった。
列車の運行が順調に進み始めた時、その要請が齎された。
それは、ジュラの大森林周辺国家の集合体である、評議会からの依頼。
次回の会議に、
その依頼を受ける事は、もはや自然の流れとも言える必然の事だったのだ。
プロット、大筋では出来ました。
が! この一話だけでも、既に若干の誤差が出ました。
修正しつつ、次話もなるべく早めに投稿します。
出来れば、日曜には!