難くせ、決闘、孤独飯の女の子
昼になりアベルは騎士団本部まで行くと、野外に裁判会場のようなものがあった。
椅子と机が並べられているだけのものだったが。
なぜか知らないが、カチェというハイワンド一族の少女も同行してくる。
習い事が終わって暇なのかもしれない。
裁判長的な位置にロペスが座っている。
右隣にモーンケ。
それから騎士団の幹部たちに儀典長騎士スタルフォンもいた。
イースも末席に用意されていた椅子に座る。
喧嘩をした騎士イル・ハイドンもいて、彼は何ともつまらなそうにしている。
それもそのはずで、実際のところ強盗事件では死体の片づけ程度のことしかしていない。
証言するようなことなどほとんど何もないのだった。
形式的な出席であろうと思われる。
アベルの椅子はないから、端っこの方で立っていることにした。
騎士や従者の見物人が百人ぐらい集まっている。
好奇心で来たらしく、どことなく浮かれた雰囲気だ。
やがて捕まえた四人の賊が連行されてくる。
みんな拷問でもされたのか、顔がボコボコになっていた。
鼻血などで顔が汚れている。
狼人の男は深手を負っているから、よろよろと歩くのが精一杯の様子。
アベルはむしろ、よくあれで歩けるなと感心する。
準備が整い、ロペスが野太い大声で宣言をした。
「これより裁判を行う。領主のバース・ハイワンド伯爵様ならびに嫡男ベルル様はご不在により、このロペス・ハイワンドが代行する」
アベルが見たところ裁判と言っても弁護士はいない。
自供の内容を犯罪捜索隊長のポワレット・ワイズという初老の騎士が読み上げる。
ゴルドという見るからに殺伐とした凶悪な面相をした男が強盗団の頭だった。
三十一歳の彼は、これまで憶えているだけで十三件の押し込み強盗をハイワンド領内で実行したと自白した。
判明しただけでも六人の人間を殺害している。
ゴルドの口ぶりでは、他にも十人以上を殺しているようだ。
他にも誘拐して奴隷業者に売った数は、五人。
盗んだ金額は金貨で約二十枚分。
十分すぎるほどの悪党だった。
従犯の人間族も人殺しをしていた。
意外なのは狼人のほうで、彼は今度の強盗が初仕事だったという。
人は殺したこともなく、飢えて仕方なく強盗一味に加わったと証言した。
無罪の証拠はないのだが、かといって被害の確認もできなかった。
ゴルドは狼人を口汚く罵っている。
いわく、あいつが負けたから俺達が捕まることになった……という理屈である。
裁判は淡々と続けられる。
従犯たちの名前と出身地が読み上げられた。
手続きが済むと、速やかにロペスが判決を下した。
「ゴルド以下、人間族の三名は死刑。狼人は奴隷刑とする」
判決を下したと言っても、記録騎士が過去の判例から似たものを調べ、なぞっただけだった。
ゴルドが慌てて叫んだ。
「まてっ! 俺は捕まるとき、おとなしくすれば死刑にならないと言われた! 騎士のくせに嘘をつくなっ! 約束を守れっ!」
ロペスが眉を顰める。
「イース! そんなことを言ったのか?」
「諭したのは我が従者アベルです。彼が死刑にならないかも、と説得したのは事実です。しかし、死刑にならない、とは言っていません。適切な対応でした」
ロペスとモーンケは何やら小声で相談している。
意外と長い。
アベルが目を凝らして観察していると、モーンケの狡賢そうな顔が邪悪な笑顔で歪んだ。
ロペスが何度か頷いた。
ロペスがアベルの方を見て威圧的な口調で言った。
「従者アベル。ここに来い」
-げっ! 俺か……なんだよ……?
アベルは焦って前に出た。
「お前は騎士の心得をなんとする?」
唐突に意味の分からないことを聞かれた。
とはいえ早く答えなくてはならない。
ウォルターを思い、適当に答えるとする。
「はっ。人徳を持ち、弱きを助け、公平を持って対処することです」
幹部の騎士の何人かは頷いた。
スタルフォンなどもその一人だった。
ロペスは冷たい態度で言う。
「もっともな答えだが、なお問う。ならば、なぜ犯罪者に対して死刑に処せぬかも、などと言う。騎士は武断の存在である。小言で物事を解決するものではない。あやふやな約束を結ぶなど公正な態度でもない」
「はい。ロペス様。それは、その場に人質がいたためです。被害を出さないよう穏便に事を運ぼうとしました」
「騎士とは行動である。お前は従者とは言え、騎士に恥ずる行いをした」
-なんだこいつ? めんどくせぇ!
アベルは、しかし黙るしかない。
「よって、ここに咎人ゴルドと従者アベルは決闘せよ」
-なんか斜め上の超展開なんすけど?
イースの声がした。
「ロペス・ハイワンド副団長。騎士イース・アークからお願いの儀があります」
「なんだ」
「従者アベルの失態は私の失態。どうか私にその命令を実行させていただきたい」
「ならぬ。従者は従者の責がある。しかもアベルは城雇いの者だ。さあ、準備をせよ」
周りの騎士や従者は「ザワッ、ザワッ」という感じだった。
アベルが表情を一瞥してみると、明らかに面白がっている者もいれば、不審な顔をしている者もいる。
-まぁイジメだよな。これって。
猛烈にイラつきが込み上げてきた。
キレる寸前って感じだ。
いくら含むものがあるといっても、なんでこんな犯罪者と勝負しなくてはならないのだと思う。
アベルはロペスに言わざるを得ない。
「ロペス様。決闘は了解しました。しかし、咎人と私が対等の勝負をするのは間尺に合いません。まともに相手をする価値もない犯罪者です。武装はその何某とかいう男には許さないでいただきたい」
「何度言わせる! 騎士はいかなる時も武をもって断ぜよ。相手の武装など気にするなっ!」
ゴルドとかいう強盗犯の縄が解かれた。
思っても見なかった展開に凶悪な笑みを浮かべていた。
モーンケが命じると、ゴルドの前に両手剣が放り出された。
それを拾い上げる。
即座にロペスが宣言した。
「決闘、はじめぃ!」
鋭いカチェの声がした。
「アベル! そんな罪人に負けるなっ!」
追い詰められた獣が最後の反撃を強烈に行うように、ゴルドが雄叫びを上げながら突っ込んできた。
「おあぁああぁぁぁ!」
アベルの頭がカッと熱くなる。
アベルは水魔術「氷槍」のイメージを強く持つ。
即座に目の前に腕の長さぐらいの、氷の鋭い槍が発生する。
次いで射出。
ゴルドの腹、ど真ん中に突き刺さった。
「ぶっふ……」
ゴルドがよろよろと、ふらつく。
氷の槍から鮮血が滴った。
アベルは刀を抜いて駆け寄り、大上段から振り下ろした。
攻刀流、直下斬り。
刃を敵の体に対して直角に立てて斬り下す。
ただ、それだけだが、それが威力を生む。
ビシャ、という水を撒いたような音。
肩から刃が入って、片腕を切断して、胴の半ばまで割れていた。
見る者を凍らせるような見事な斬撃だった。
死体が崩れ落ちた。
「おおっ」
という大勢の声が上がる。
アベルは肩で荒い息をする。
イースは席を立つと、死刑判決を受けた縛られたままの罪人の首を、鮮やかに刎ねた。
宙を舞う首。
血飛沫が霧となる。
儀典長騎士スタルフォンが「従者アベル。武断、見事なり!」と叫べば、拍手が上がった。
裁判は終わった。
~~~~
死体は従者たちによって素早く片付けられる。
板の上に乗せられて、どこかへ運ばれて行った。
ロペスとモーンケは何も言わず、さっさと立ち去った。
カチェはまだその場に居たがっていたが、むりやり本城へ連れて行かれる。
アベルは、ちょっと気になるものを見た。
狼人が小さな箱に無理やり押し込められている。
数人の男たちが、まさに荷物のようにそれを運び出そうとしていた。
「あの~、すみません」
「なんだ。あ、さっきの従者さんか」
「その狼人。どうするんですか」
「こいつは俺様。奴隷商人のボンズが買い取ったのさ」
太った四十歳ぐらいの髭面が言う。
「そいつ。死にかけですよね」
「おおよ。だからな、こういうのは値切って買うのさ。銅貨九十枚だ」
「そのあとは?」
「毛皮さ」
奴隷商人は事もなげにそう言った。
「えっと、ちょっといいかな。奴隷商人さん。その狼男は死刑ではないのですよね。でも、それって実質は死刑ってこと?」
奴隷商人は悪そうな笑みを浮かべた。
「まあ、そういうことだ。たかが咎持ちの亜人風情。当然だろう」
「……銀貨二枚で、そいつを僕に売りませんか?」
銀貨二枚は銅貨二百枚に相当する。倍値だった。
ボンズは顎鬚を捻り、考える。
「銀貨五枚ですな」
アベルは懐から銀貨五枚を取り出した。
それを無言で渡す。
物好きですなぁ、奴隷商人ボンズはそう言って瀕死の狼人を置いていった。
アベルは白く光る掌を、狼人の傷口に当てる。
見る見るうちに鎖骨まで切断されている傷が塞がった。
「な、なんでおらっちを助けてくださるんで?」
狼男は訛りの強い言葉で聞いてきた。
「証拠もないのに、事実上の死刑は重すぎる。それより、お前の話し、嘘だったらおれが今度こそ殺すぞ?」
「い、いや。嘘じゃねえ。おらっち、ほんとに最初の悪さだ! めしを食わせてもらったで、断れなかっただよ」
「イース様。これでいいよね」
「良いか悪いか、そんなことは自分で決めろ」
「それもそうか」
イースが穏やかな顔で言った。
「アベル。お前は意外と優しいのだな。もっと冷酷な人間かと思っていた」
「別に……僕は善人じゃないですよ。ウォルターって父上の名前なんですけれど、一度だけ会ったことありますよね。あの父上の影響かも」
「そうか。そうだな。子にとって親は大きいものだな。それで、その奴隷の狼人をこれからどうするのだ?」
「どうするって、どういうことですか」
「お前の所有物だろう」
狼人は罪で奴隷刑になった。
所有者はいまアベルだから、あとはどうしようとアベルの勝手なのだった。
アベルは狼人に素っ気なく言う。
「おまえ、もう行っていいよ」
「そういうわけにはいかねえずら! 恩は返すずら」
狼人の目が、なんだか忠誠に満ちた円らな瞳に見えて来るから困る。
「僕、もう今日はちょっと疲れているからさ……ほんと。イース様。今日はこのあとどうしますか?」
「特に予定はない」
「部屋で休んでいいですか」
イースは静かに頷いた。
アベルは日当たりの悪い痛んだ建物の部屋に戻る。
イースのベッドに潜り込んだ。
なんかいい匂いがした。
女の子の残り香だった。
-どうなってんだ?
従者になってから、本当に疲れる。ブラックだ。
また過労死だ。
イースは、ぐっすり眠り込むアベルを見守った。
紅い瞳はどこか優しげだった。
~~~~ カチェの夜 ~~~~
カチェは体を洗ってから夕食のために食卓へ着いた。
大きな、二十人ぐらい座れるテーブルに座るのはカチェ一人。
父も祖父も不在。
二人の兄はいつも共にいて、カチェとはほとんど一緒に食事を摂らない。
母親の違うせいか、関係はよくなかった。
だいたい年齢も離れているため話題など全く合わない。
一人で豪華な晩餐を食しても、あまり美味しくなかった。
思い出すのはアベルのことだ。
なにか陰がある男の子だった。
別に顔の造作は悪くないのに、暗さが漂っていた。
丁寧な態度だが、どこかこちらを見透かしているような気配。
子供らしくない。
そうだ。
子供とは思えない。
よほどの教育を受けたんだ。
父親はウォルター・レイといったか。
誰だ?
気になる。
だいたい、まだ八歳なのに、あの強さは何だ?
二歳年上の自分が負けるなどあってはならない。
明日また、稽古に誘おう!
そう思いつくと、カチェは一人、にこにこと笑った。