難儀な事情
色々な事情の交錯。
今回の胃痛担当は断トツでカレラス卿。彼はミカエリスに負けず劣らず真面目。
貴賓室は当然身分の高いものたちにしか使えない。
もしくは、それに連なる特別な客人のみだ。
今回、王族のうち王子二人が謹慎中の為いない。そして、それに連なり巻き込まれた取り巻きという名の側近たちも謹慎を喰らっている。
当然、今回の貴賓室は例年よりも空き状態となった。王と王妃、そして普段は剣術大会など微塵も興味を持たない王女まで来ていたが、それでもなお余りがあった。
そんな中、騎士たちに恐ろしい一報がもたらされた。
あの魔王公爵といわれている元帥にして大貴族グレイル・フォン・ラティッチェ公爵の愛娘が来場するとの連絡だった。
ちなみに、少し前その溺愛されるご令嬢に無体を如いたルーカス殿下は徹底的に、派閥ごと叩きのめされた。その余波は第二王子のレオルド殿下にまで及び、ついでに八つ当たりとばかりに貴族院や元老会までに及んだ。
基本、何事にも無関心で効率重視。仕事に関しては文句のつけようのない程に超有能だが、それに比例して人でなしだった。その美しい外見に騙された令嬢令息は数知れず。未だに秋波が絶えない美貌はその性質故に国内外で畏怖の対象だった。
もし、また失敗したら今度は死人が桁違いでると誰もが予想した。
前回のルーカス殿下の失態は、たまたま被害者であり愛娘のアルベルティーナが制止したことにより、死人は数人で済んだ。だが、基本公爵に慈悲などない。次は一層徹底的に叩き潰しまわるだろう。
公爵令嬢アルベルティーナはその怪物の寵愛を一身に受けた未知の令嬢だ。
アルベルティーナがラティッチェ領を出たのは少ない。
一度目は王室主催のお茶会。そこで彼女は王女と間違われて誘拐された挙句、令嬢としては一生をふいにする傷跡を残すこととなった。
二度目は公爵についていき、隣のドミトリアス領で高級リゾート兼保養所にいったこと。
三度目は義弟と幼馴染たちに会いに、公爵と学園に行ったこと。そこで、公爵が護衛をつけて少し離れたすきにルーカス殿下がやらかした。
三分の二で、王族が関わると彼女はとても悲惨な目に遭っている。
当然、アルベルティーナ令嬢の王族への心象はよろしくない。それは察して余るべきだ。
四度目の今回の外出では、間違いなく彼女を守らなければならない。できなければ「こんな役立たずの騎士など不要だ」と魔王は今度こそ言い出しかねない。
あの一件で、公爵家の従僕は処分されたという噂もある。
まだ若い従僕ですらそうである。恐らくあの事件にかかわった騎士に咎めが少なかったのは、ご令嬢自身からの心添えがあったのだろう。
少なくとも、ご令嬢自身は魔王ほど冷酷ではないというのが救いだ。
騎士たちの並々ならぬ気迫と覚悟を知らない私は、のほほんと貴賓室を見渡していた。
テラスになっているところが貴賓席にそのままつながっているという贅沢仕様。
ようやく周りの視線が遮られ、安心してボンネットを取った。
「まあ、中はとても綺麗なのね」
「貴賓室は定期的に改装がされるそうですわ。観戦に疲れたら、そのままこちらで休めますのよ」
ちょっと角ばった印象の部屋だけれど、足元には絨毯があり壁には大ぶりで精緻な柄が描かれたタペストリーや立派な額縁に入った絵画があってかなり豪奢な作りだ。
部屋の中にはちゃんとテーブルやソファーもあるし、寛げる空間となっている。そして、隣室になんでベッドがあるかと首を傾げたが、剣技を競う以上血が流れる可能性はゼロではない。卒倒してしまった令嬢などを休ませる場所も確保してあるという。
「ミカエリスには会いに行った方がよろしくて?」
「いえ、兄のことですわ。アルベルお姉様のことを耳にしたらすっとんでくるでしょう」
「まあ、伝えていなかったの? 可哀想な事をしてしまったわ」
「口ではなんと言おうと浮かれるに決まっています。俄然張り切るでしょうね、またとないチャンスに。
普段はキシュタリア様やジュリアスがいて、踏み込めないですもの」
「あら? そう? 三人は喧嘩でもしたの?」
「ある意味、常に仁義なき争いですわね。共闘もしていますが」
「仲直りできるといいわね」
「こればかりは難しいですわ。彼らにも意地がありますもの」
なんか会話がかみ合っているようないないような……?
でも争ってほしくないな。いつも一緒にいるときは、全然仲が悪そうには見えなかったわ。私に気を使っていたの? それとも蚊帳の外だったのかな。それは寂しい…ただでさえ、彼らが学園に入ってからボッチ化が進んでいるというのに。
「どうせラティッチェ公爵を打倒しなければ、何もできない立場ですもの。ドングリどころかダンゴムシの背比べですわ」
何故お父様が出てくるの?
しかし、あの美青年たちを捕まえてダンゴムシとかジブリールの理想が高すぎでは?
なんでジブリールは時々、実の兄のミカエリスにすら辛辣になるのかしら。
仲は悪くないはずなのに、ときどきジブリールがミカエリスにやけに痛烈な言葉を浴びせるのよね。ミカエリスが何故か甘んじてその言葉を受け入れているのがもっと謎なのですが。
「キシュタリア様はお立場上お姉様に近くて、お姉様の義弟であらせられるキシュタリア様に甘い。ですがなんだかんだいってキシュタリア様自身もお姉様に激甘ですから、強硬手段には打って出られないでしょうけれど、問題はジュリアスですわ。あの男、いつの間に爵位を取っていましたし、領地はないと言えあの経営手腕はやり手の辣腕は轟いていますし…寧ろ、その微妙なラインを逆手にとって従僕の立場をキープしながら着実に足場を固めているのが厄介ですわ。
お兄様は昔からアルベルお姉様への憧憬というか、崇拝というか――たまに理性が飛んで手を伸ばしますけど、結局決定打に欠けますのよね。
距離がある分、異性への意識は彼らよりずっとされているのに、それを差し置いてもあのヘタレではね…
我が兄ながら奥手といいますか、お姉様に対してはほんっとうにヘタレで苛々するわ…っ」
ジブリールが、ブラックジブリールになっている。
何か学園であったのかしら? いつもの可愛いジブリールに戻って欲しい。
というより、ミカエリスが私にそんなに好意を寄せるきっかけなんてある?
お父様はドミトリアス領を経営するにあたって指導してくださったり、事業提携をしてくださったり融通はしてくださいましたけど…私のしていたことといえば、彼の妹のジブリールを勝手に可愛がって撫で繰り回していたくらいよ? それもたまに苦言を呈されていたけど。
「ミカエリスをあまりいじめないで上げてね?」
「これだけお膳立てして何もなかったら、我が兄でも無理です」
ジブリール!? なにが貴女をそんなに駆り立てるの!?
「いっそ私がお姉様を奪いますわ!」
「あら、勇ましいのね」
お姉様と一緒にいたいなんて、可愛いことを言うものだ。
ん? なんで私を奪い合う必要があるの?
疑問を覚えつつも微笑ましく見ていると、ジブリールの侍女とアンナがこくこくと小さく頷きながらアイコンタクトを取っていた。
和やかな雰囲気のなかノックが響く。
給仕をしていたジブリールの
お客様? ミカエリスかしら。
「アルベルティーナお嬢様、本日の護衛を担当する騎士がご挨拶にと申し出ておりますが、いかがいたしますか?」
そういえば、貴賓室の前にがっつり鎧をまとった人たちが立っていたわ。私たちがやってくると、素早くどいてくれたからあまり顔は見ていなかった。
「そうですか、通してください」
長々とは離さないだろう。カチャカチャと僅かに鎧を鳴らしながら入ってきた。入ってきたが、代表らしき人物だけのようだ。彼は目が合うと一礼して素早く片膝をついて首を垂れた。
やってきたのは、緑の髪の二十代後半の騎士。大柄な体躯と日に焼けた肌と精悍な顔立ちには見覚えがあった。もしやあの時の王子付きの騎士?
「私は本日の護衛役を賜りました、ウォルリーグ・カレラスです。
ラティッチェ公爵令嬢、ドミトリアス伯爵令嬢。快く過ごされますよう、我ら騎士たちが尽力させていただきますので、どうぞご安心して催しをお楽しみください」
「本日はよろしくお願いします。カレラス卿」
「カレラス卿…もしやルーカス様の近衛騎士ではなかったかしら。どうしてここに?」
少し顔つきが厳しく、でも笑顔を作ったジブリールが柔らかな声だがはっきりと聞いた。
頭を下げたままの騎士は「恐れながら」と続ける。
イイ声しているわ。いや、うちのお父様やキシュタリア、ジュリアス、ミカエリスも美声だけど種類がちょっと違う。
お父様はしっとりと大人の色気がある豊かなバリトン美声。ちょっとミステリアスというか、近寄りがたさもあるけど基本私には蕩けて甘い。それ以外にはダイアモンドダストがハリケーンごとく吹き荒れ、アイスバーンがしょっちゅう起きている。
キシュタリアは甘い美貌に相応しく、少しだけ少年の若さを帯びた柔らかなテノール美声だ。この前レナリア嬢に対していたときはお父様を思わせる低音にビビったわ。あんな声出るのね。基本私には幼女仕様が多い。私イズ姉!!
ジュリアスは基本冷たい感じ。声事態は涼やかで玲瓏でテノールとバリトンの中間? ただ落ち着いたトーンが多いので、もっと低音に聞こえるのよね。あとこいつ、高確率で幼女仕様が多い! 私イズ結婚適齢期のご令嬢!! お子様扱いは結構よ!! 何か話題を逸らすときとか、誤魔化す時、なにかを威圧以外の方法で聞きだしたいときとか…
ミカエリス。ズバリエロイ。実はエロイ。声が重厚で、威圧しない様になのか静かにしゃべるので、耳元なんかで囁かれるとぞわわわぁってなる。腰を撫でられているわけでもないのに砕けそうになる。
まあ、キャラクターボイスを担当する声優様がたに神声優が多いのも要因でしょう。
ちょい役でもヤベー美声が多い。実はセバスなんて私の人生不動のナンバーワンよ。セバスに絵本を朗読して貰うのが大好きだった。ふええ、セバスしゅきぃってなっちゃうの。お湯を入れて30分経ったカップ麺よりふやけるわ。
セバスの隠れ美声はあまり知られていない。それ言ったら、メイドたちから「それな」と「まじで」の嵐だった。基本お父様に存在感食われがちだけど、セバスの年齢とともに成熟したブランデーを思わせるハスキーしっとりボイスはやばくてよ?
あ、思考がとんでたわ。いけない。
「恐れながら申し上げます…少々ご不快なお話かもしれませんがよろしいでしょうか?
特にラティッチェ嬢は、思うところが多いと思われます」
「構いません。どうぞ続けて」
「ルーカス殿下は先のラティッチェ公爵令嬢に対する行いや、前々からの貴族たちに対する仕打ちにより謹慎を言い渡されております。
それに伴い、側近たちや教育係に見直しが入りました。護衛であった王宮騎士たち全体にも、除名・謹慎・降格と様々に処分が下っております。
そして、私もルーカス殿下の近衛から外れることとなりました」
うわあああん! そんな気はしていたけど大ごとになっているー!?
思わず目を見張り、口を押えてしまった。
「あ、あのう。わたくし公爵家のものですが、あくまで家臣の一人でございます。
それほどまで厳しい処分が下るものなのでしょうか?」
「此度の件、貴女はきっかけに過ぎず既に他の貴族からや、ルーカス殿下の御婚約者様からも再三言われていたものなのです。
ラティッチェ家は四大公爵家でも最も力の強い家柄でございます。
ましてや、アルベルティーナ様といえばすでに王室の失態により多大なご心労をかけております故、非常に慎重な対応を求められて然る存在。
そして、それに次ぐアルマンダイン公爵家からも、ここ最近のルーカス殿下の振る舞いは目に余ると殿下のみならず王家に苦言を呈されていました。
ダチェス男爵令嬢をご寵愛するあまり、御婚約者のビビアン様を蔑ろにし、貴族としての慣例を幾度となく無視し譜代忠臣の面子を潰しておりました」
殿下個人だけでなく、王家にもその報告が行っているってことは、国王陛下や王妃たちにもお話が行っているという事よね? それって相当ではないのかしら。
「アルベルお姉様。アルベルお姉様が思っている以上に、あのリナリア・ダチェスの毒婦っぷりには辟易されておりましたのよ」
「…ルーカス殿下は、ずいぶん変わられてしまったの?」
「学園に上がる前までは、まだ若さ故の甘さや荒さもございましたが殿下はこのままいけば立太子となり、ゆくゆくは王座へと招かれる存在でした。
しかし、同じ年に第二王子であるレオルド殿下おられ、思うところや重圧は計り知れなかったと存じます…レオルド様も優秀な方でしたから」
そういえば、原作であればルーカスはもっと幼いかろから王太子だったのよね。
確か、アルベルティーナと婚約した時にはすでにそうだったはず。
きっとラティッチェ公爵家というバックアップもあったのね、その裏には。
そういえば、ルーカスルートにそんなお悩みがありましたわね。王族としては目の色が薄いとか、年の近すぎる弟のほうが優秀なんじゃないかとか。しかも、王太子としての後押しはあの外道な悪役令嬢の家柄とかキッツいわ。いくら美人でもあれが奥様とか。
ヒロインはそれに寄り添って「貴方は貴方のままでいいの」って、王太子殿下じゃなくてルーカスが好きだって――まあ感動の場面だけど、それ今の殿下にやったらよろしくないのでは?
「王位継承権争いは熾烈で陰惨です。王妃は死に物狂いで、ルーカス様を王太子にしようとなさっています。
実父であるラウゼス陛下は見極める側であり、メザーリン王妃は側妃のオフィール様に負けてなるものかと必死です。そういった方が、寂しさを埋めるため他の誰かを求めることはままあることですが…」
「まあ…っ」
寂しい王家の親子事情である。しかし、王家という以上仕方がないかもしれない。
しかし、それを別の女性で埋めようとするなんてビビアン様という公爵令嬢の御立場を丸つぶしでは? そして苦言を呈すれば、ゲームのアルベルのように冷たくあしらわれるとか…
今の陛下はお二人しか妃を娶っていないが、それ以前の王たちは後宮の費用で国庫が傾ぐほど好色だったという。隔離遺伝? 血筋?
確かに、公のパートナーは王妃だが、それ以外の癒しを別の女性に求めることは珍しくない。だけど、もしルーカス殿下が王妃としてレナリア嬢を召し上げようとしているなら困難は必須。
「殿下は本当にダチェス男爵令嬢を娶りたいのかしら?
少なくとも、今のままでは王妃は無理ですわ。側妃どころか寵姫すら危ういのではないかしら…
本当に彼女を思うなら、然る家柄に養子として迎え入れていただいて、最低でも令嬢としての作法と、できるかぎりの王妃としての勉強が必要かと存じますわ。
ただの妾でしかないのならば、王の血を引いた庶子にしかならないのでないでしょうか?」
王妃は基本上級貴族か、他国の王族かそれに準ずる大公の姫だ。それくらいの箔は必要とされる。
ダチェス家は男爵であり下級貴族。上級を名乗るなら、伯爵家以上であるのが望ましい。そして、それなりに力も由緒ある家柄も求められる。
四大公爵家はそれを満たす筆頭なので、王妃や側妃を多く輩出している。そして、王族降嫁先としてもよく選ばれる。
寵姫は側妃ほどの立場はないにせよ、公認の愛人。子の産めなくなった妃が、側妃にできないまでもと別の姫や令嬢を王に召し上げてほしいと進言した事例もある。
あれ? 間違っているかしら。首を傾げるが、ジブリールも頭を下げたままのカレラス卿も頷いている。うん、あっているわよね。
「そのことで、現在王妃とルーカス様は対立なさっています」
修羅場やん!
「王妃も側妃も、歴代のお妃様らよりも身分で劣り苦労をなさっています。
陛下がもともと継承権の低い方だったので仕方のないこと。もっと身分の高いご令嬢はすでに他の兄殿下たちに囲われずみでした…ご成婚当時は陛下が王座に就くとはだれも予想していませんでした」
「メギル風邪で次々夭折なさいましたからね。あれは天災ですわ。致し方ないかと。
ますます四大公爵家のご息女であらせられるビビアン様を差し置いてしがない男爵令嬢を娶るメリットは薄いですわね」
ジブリールが憂鬱そうにため息をつく。
現国王は結婚して暫くお子に恵まれなかった。漸くできた王子であるルーカス殿下への愛情は一入でしょう。追うように第二妃がご懐妊したことも含め、正妃様にとってルーカス殿下の立太子は悲願のはず。
ここでレナリアが文句の付け所のないご令嬢であれば、そこまで痛烈に評価しなかっただろう。むしろ正妃自ら、養子先を探してもおかしくない。
少なくとも、正妃やジブリールはレナリア嬢よりビビアン嬢のほうがよほど王配偶者候補として相応しいと考えている。
「カレラス卿、良かったら顔を上げてお掛けになって?」
びくりとカレラス卿の逞しい肩が揺れて、恐る恐る顔が上がった。
驚愕が取り切れていない顔でこちらを見ている。そして、やはり私の顔を見て何やら感動に打ち震えている。何故に。
「その様に下を向かれ、遠くにいられますと少々話しづらく思いますの。
お聞きしたいこともありますし、お願いできるかしら?」
「…では、お言葉に甘えさせていただきます」
まあ公爵令嬢からのお願いなんて脅迫に等しいんだろうけど。
本来、護衛騎士が令嬢の前に座るなんてありえないことだろう。でも、数少ない情報源だ。是非とも口を割って欲しい。
幸い、この部屋にはジブリールとアンナとスミアがいるし、十分な広さがあるので怖くない。
ガッチガチに恐縮して、おずおずと座るカレラス卿には敵意や悪意のようなものは見当たらない。
静かにスミアがお茶を淹れ、素早くカレラス卿の前に置いた。
すでに私たちの前には置かれているし、すでに手を付けている。
「そういえば、カレラス卿はこの大会に参加いたしませんの?」
「以前は参加したことがありますが、既に私は剣を王家に捧げた身。此度の大会は若手向きですから」
「若者向き…?」
なにが関係あるのかしらと首を傾げると、カレラス卿は固まった。そしてちらりとジブリールを見て、にっこりと華やいだ笑みを返されて何故かさらに顔を強張らせた。そして少し言葉を選ぶように視線を動かした。
「日頃の研鑽を披露する場でもありますが、貴人に己の腕を売り込み、見込まれて地位を得たいものもいます。または婚約者や、想い人へのアピールに使われることもありますから」
………
ミカエリスイベントオオオオオ!!!!
あれじゃなくて!? ミカエリスと好感度が高いと、優勝の時に剣を捧げてプロポーズ受けるイベントってこんな感じじゃなかった?
剣技大会イベントとかプロポイベントとか言われる奴。ファン垂涎の胸熱イベント。
確か条件はジブリールとも高感度が高くて、仲直りイベントクリア済み。
ヒロインが美貌や教養とか気品とか令嬢ステータスをそこそこ持っていないと、横から別の令嬢に相応しくないって蹴倒される略奪愛フラグでもある。アンタなんて下級貴族「ミカエル様に相応しくないわーっ」て金髪縦ロールがオホホとやってくる奴だ。
……でもあれってミカエリスからお誘いじゃなかったっけ?
今回ジブリールからのお誘いだし、おそらくドゥルンドゥルンの金髪ドリルは現れないと思いたい。代わりに王女様がいるかもしれないと思うとかなり怖いけど。
虫除けとしてやってきただけであり、甘く囁くエロボ満載のイベントではない。
「お姉様?」
「え、ああ。てっきりもっとお堅い感じだと思っていたの」
「基本はそうですが恒例行事として優勝者は、恋人や婚約者、はたまた身分差のある相手にプロポーズし、高名な騎士団などへ売り込みに行くのはいつものことですわ。
身分の高い方もこちらには観覧にきますし、晴れ舞台ですもの。
去年、お兄様は優勝しましたけど意中の相手もおらず、少々盛り上がり欠けましたけど」
「わ、わたくし来てしまってもよろしかったのですか?」
「勿論ですわ。お姉様の絶世の美貌で、居丈高にお兄様に求婚を要求するお馬鹿さんの横っ面を引っぱたいて差し上げてくださいまし」
自信満々にジブリールは言うけれどお父様の許可を得ているとはいえ、いいのかしら。お父様の御立場を悪くしないかしら。
ですが、ミカエリスが望まない婚姻を強いられるのは見たくないですわ。
頬に手を当てて困惑していると、カレラス卿は狼狽していた。
そんなとき、ドンドンとノックにしては大きな音が響き渡る。
「ジブリール! 開けるんだ! どういうことだ?!」
「あら、お兄様。お入りになって?」
大慌てのミカエリスは、大股で入ってくる。競技前だからか、既に鎧を着こんでいる。
さっと席を立って出迎えるジブリール。
余裕たっぷりに出迎えたジブリールとは対照的に、赤髪を乱したミカエリスはかなり興奮している。カレラス卿と私には気づいていないみたい。
「ジブリール! どうやってアルベルを連れてきた!? 彼女に何があったらどうする!? そもそもラティッチェ公爵はお許しになられたのか!?」
「普通に公爵を説得し、お姉様にお願いしてきていただきましたわ」
「そんなはずはない! あの公爵がアルベルを早々に屋敷から出すなど!」
「どこぞの馬鹿娘が、お姉様の玩具を取り上げ様となさっていますとお伝えしたまでですわ」
「……は?」
「身の程知らずにも、公爵自ら選別して育てた玩具を横から泥棒しようとしている愚か者がいると言ったら、影まで付けていただけたの。
お姉様の大事なお気に入りの玩具ですのに、そんなことになったら悲しんでしまわれますわとお伝えしたら、色々と融通してくださいました」
ジブリールがにっこりと扇を手で弄ぶ姿は優雅だがうすら寒い。ミカエリスが苦々しげな顔をする。やがて折れたのはミカエリスで、ため息をついて黙った。
私の玩具って何? しばらく首を傾げていたが、ポクポクチーンと間を置いてこの幼馴染の美貌の伯爵だと気づいた。そうよね、お父様にとって私以外そんなものよね。
もしかして、我が家の事情に巻き込まれたのはむしろミカエリスなのでは?
お父様の内情は色々あれジブリールを信頼して、影をつけてはいるもののお許しを出したのだ。
カレラス卿の顔色がどんどん悪くなっているのだけれど、いいのかしら?
「公爵様は、今回の王家の対応次第で今後の制裁内容をご判断なさりたいとのことです。
自分がいないところでも、ちゃんとお姉様にそれ相応の対応ができるかどうか、と」
「…ラティッチェ公爵が、そういったのか」
「いくらお姉様に気に入られているわたくしでも公爵様の目を盗んで何かしませんわ。恐れ多い」
「あの、ミカエリス。わたくしもちゃんとお話を聞いております。微力ながら力添えをさせていただきますわ」
私の声が割り込んだ瞬間、ミカエリスがにわかに信じがたいものを見たようになった。愕然とし、数歩下がった。
本当に気づいていなかったの?
幽霊じゃありません。正真正銘ここにいるのはアルベルティーナ・フォン・ラティッチェです。
「その、ジブリールに頼まれたこともありますけれど、純粋に楽しみでもありますの。
この前、剣を振るう姿を見せてくださったでしょう? とても素敵でしたの。
……ご迷惑でした?」
確かに唐突だったミカエリスには、心臓に悪いことをした。試合前に集中したいところを激しく乱されただろう。そう思えば自然に申し訳なさで眉が下がる。
たまには有り余る権力で役に立ってあげたいところだ。使えるうちに、ほどほどに使うべきなのだと思う。
先ほどまで肩を怒らせてジブリールに詰め得寄っていたミカエリスは途端に、勢いを失った。
「…迷惑ではありません」
その言葉にホッとする。
「貴女が来てくださったことは、純粋に嬉しく思います。
ですが、少々厄介ごとに巻き込まれている身の上。貴女を危険になど晒したら、死んでも死にきれない」
「大袈裟ですわ」
心配性ですわね、と呆れ顔になるとミカエリスは困り顔だ。
一瞬、対面にいる騎士をちらりと見気がした。すんごく冷たい目でカレラス卿を一瞥した気がする。まるで「なんで貴様がここにいる」みたいな。
あの、温厚なミカエリスが。まさかね。
一見静かだけど、中身は熱血というか情熱的っていうのがファンの心をガッタガタに揺さぶって、腹を決めると一気に怒涛の口説きに入るというあれである。それまでは真面目か!! みたいな感じなのにね。
「試合、とても楽しみにしています」
「では、この度の試合、貴女のために存分に剣を振るいましょう」
私の前にさっと膝をつくと、手を取って額を寄せる。
ややあって手を離すとき、少し名残惜しそうに指でなぞられた。びっくりして反応してしまった。
赤い瞳が燃え上がる様に煌めいた。うう、このミカエリスの眼はちょっと苦手なの。恥ずかしいよう、怖いような、くすぐったいような…どうすればいいか分からない。
「お兄様?」
「解っている」
ジブリールの低い低い一言に、ため息をついてミカエリスはさっと手を離す。
「お前は味方をしたいのか? 邪魔をしたいのか?」
「わたくしはいつだってアルベルお姉様の味方よ」
「我が妹ながら難儀だな」
おっかなびっくり手をぐっぱーしていると、何やらドミトリアス兄妹の謎の会話。
なぞられた手をじっと見ていると、そんな私にミカエリスが苦笑して「ではまた」と一礼した。そろそろ開会だものね。
カレラス卿は非常にもの言いたげだが口を噤んでいた。
あ、カレラス卿のこと伝え忘れてしまったわ。
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