#26 ミソスープオブゴッド
その街は、なんとなくハイソな雰囲気だった。
直線より曲線が多いデザインの建物、モズが早贄を作るのに便利そうなクラシック鉄柵、見上げれば集合住宅の窓辺に色とりどりの花、屋根の上にはツンとすました気位の高いノラ猫。
ヨーロッパの歴史ある街並みみたいで、世が世なら観光地。『神様』が就任早々おいでになるだけあって、千里眼で上空から見てもかなり大きな街だ。
そんな街の至る所に、一匹見れば三十匹の勢いで兵士の姿がありまくる。
一応、
パレードとかそういうのがやっぱりあるらしくて、大通りでは山ほどの人が場所取りをしていた。もちろん警備の兵士もてんこ盛りで、俺たちはそういう場所を避けて、まずはこの街にある
窓も入り口も無い、謎の真っ黒ビルディングは、街の外れに近い場所。うら寂しい雰囲気の通りの近くにデンと建っていた。接近の障害も特に無し。柵で囲われてもいないし、イベントを起こしてフラグが立つまで道を塞いでる爺さんとかも居なかった。
「確か、そろそろパレードの時間だよね」
街中に貼られまくってたビラによると、神が街へ到着してそのままパレードするのが今くらいの時間。で、夕方には式典があるらしかった。
いくらなんでもパレードの時間は警戒が強まりすぎて余計なトラブルの可能性も爆上げになってしまうわけで、先に
周囲に人が居ない隙を見計らって、ダークマター的な建物の中に俺たちは侵入。
そこは最初に入った
「
アンヘルがそう言ったんだけど、別に俺は建築の知識とか無いし、何の変哲も無いバスシャワーキッチン共同の集合住宅っぽくリフォームすることにした。まあ学生寮みたいな感じ?
元からあった部屋にはぶっ潰れていただく。
遊戯室(こういう所にビリヤード台が置いてあるのは様式美なのか?)、トレーニングルーム(……に、見えるが拷問室の可能性もある)、レクリエーションルーム(セクサロイド多数……)、レコーディングルーム(なんでこんな部屋が……)、電子図書室(どうせ書籍データは方舟のシステム上にあるので本棚はダミーだ)、レクリエーションルーム(なんでふたつもあるんだよ!?)等々を潰して、片っ端から、ベッドと机があるだけの簡素な個室に改築していく。
ガレージもあったんだけど、さすがにそれ潰しても車をどこへ持っていくか困るんで、元からあった部屋の中身……家具とか家電とかを、ガレージに詰め込む事にした。
俺が命令するたびに、金属でできてるはずの建物がグネグネうごめいて形を変えるのは、怪獣の胃袋の中に居るみたいでなんだか落ち着かなかったけれど……これも貴重な経験と我慢して、命令と結果の確認を繰り返す。
ふたりには荷物を、榊さんには
そんな作業を二時間もしてるうち、なかなかそれらしい感じに仕上がった。
「よし、完成だ」
廊下にずらっと並んだ個室の扉を見て達成感に浸る俺。
アンヘルは……まぁいつも同じ顔だけど、荷物運びを手伝った榊さんは感慨深げだ。
「こんな場所で暮らせる日が来るなんて、思いませんでした……
祭司の一族は、いつも、見つかれば殺されるという緊張と隣り合わせの生活でしたから」
「あのプレハブみたいな家って、やっぱ持ち運びできたりするの?」
「はい。里として使えそうな場所をいつも探していて、危険が迫っていると感じたら、一族全体で引っ越しをするんです」
「ハードモード極まる人生だな……」
それも教会が一方的に弾圧してる結果なんだから、本当にやりきれない。
嬉しそうな榊さんの笑顔が、俺には痛々しかった。
「ここが一族にとっての、『約束の地』という事でしょうか……」
「約束してから一日も経ってないけどな」
なんとなく他人事っぽい感じで榊さんが言った。
リアル神様(実在するんだろうか?)もビックリの超特急救済。
と言うか『約束の地』ってもっと重い言葉じゃない?
こんな集合住宅でいいんだろうか。酒の川とか花畑とか必要なんじゃないの?
「俺にとっても貰い物だからね、この場所。気にしないでよ。……でも、里の全員は入らないかな」
「地上四階、地下六階、収容人数はベッド数のみで計算して831人となります」
「それじゃ、足りないですね……少なくとも1000人は居ますから」
「じゃあちょっと遠くなっちゃうけど、入りきれない人には、ここから繋がってる隣の建物へ行ってもらうか。これだけ部屋が揃ってれば、残りは連れてきた後でなんとか……」
これ以上時間を掛けるより、早く収容作業の段取りを立てたいというのが本音だ。
「……うん、じゃあ街の様子を見て、里に戻ろうか」
「はい!」
榊さんの弾む声で返事をして、スキップみたいな足取りで俺の後に付いてきた。
* * *
どうやら改築をやってる間にパレードは終わったみたいで、大通りの両脇に詰めかけていた群衆は解散し、警備兵の数も減っていた。
とは言え、神様(ニセ)が街に居るという状況なんだから、厳戒態勢には変わりないけど。
ここで俺が知りたいのは、祭司の一族じゃない普通の人々が、教会をどう思っているか。
折しも神(ニセ)が来てるわけだから、反応を探るにもちょうどいい。
お祭りムードで露店なんかも出てる街の中をぶらつきながら、俺は自前の耳と『順風耳』で辺りの声を聞いた。
「……お美しい方だったわねえ……」
「……お若い方でしたが……」
優雅なマダムが新しい神様についてあたり障りの無い論評をする。
「……ハセガワ卿はどのような方で……」
通りすがりのオッサンが教皇のことを気にする。んー、教皇が実権握るんだって事はそりゃ分かるよなあ。どういう政治をするのか気にしてるわけだ。
「……ごめんなさい兵士様! 私は祝福的です! 寄進を……」
さっきのカツアゲ兵士と同じような光景を発見。例によってアンヘルがネットに流す映像をレディー。
「……これで災害も鎮まるだろうか……」
「……雷泉の調子もなぁ……」
神の力について話し合うじいさまふたり。教会が偽神を立てるようになってからは、誰が神様になっても環境は悪くなる一方だったんだ。そこへ『雷泉が直った』ってニュースが飛んだんだから、そりゃ気になるよな。まあやったのは俺なんだけど。
「……てめぇよくも! 兵隊さん来てくれ、背教者だ! 背教者が居るぞ!……」
「……濡れ衣だ! 俺はこいつが非毒性労働ドリンクを万引きしやがったからギャアアアアア!……」
………………レーザーガンを食らって倒れる人が居た。アンヘルが大忙しだ。
お披露目パレードの後だけあって、話題のほとんどは新たな教会の神……シャルロッテ・ハセガワがメイン。加えて、神の空位が埋まったことで世の中がどう変化するかという話だ。
とりあえずひとつ気がついたのは『教会の悪口を言ってる人が居ない』という事。そして、その割に『ちょっと不安そう』な言い方をする人は少なくないと言う事。
すぐに俺は理解した。この閉ざされた世界で教会は唯一の統治機構、つまり完全なる独裁者だ。独裁体制に文句を付けてくる国連も、選挙も政権交代も無い。そうなれば教会はいくらでも好き勝手ができるんだ。
さて問題です。それほど盤石な独裁者の悪口を言ったらどうなるでしょう?
答えは大文字焼きを見るより明白だった。
政治への文句はストレートに言えないから、精一杯の『不安』を口にする。それが、この世界の流儀なんだ。
まあ、みんなが『私は疑いようも無く幸福です』って顔してるから、表面的には明るいんだけど……それが良い事なのかは分からなかった。
「……神様が良い人なら、そういうとこ補えるんだろうけどな」
「えっ?」
「教会だけじゃどうしても独裁になっちゃうから、神様が天罰の力をちらつかせながらちゃんと監督して教会を見張ったりすれば、バランス取れるんだろうなって思ってさ」
「そうですね……過去には、そういった時代もあったのだと聞いています」
「まぁ、逆に教会と一緒に悪さするような人が神になる可能性だってあるんだけど……
それ以前に、今の教会が立ててるニセ神って、みんな神の力を持ってない傀儡だからなぁ」
今の神は、最初っから教会が看板にするための存在。
教会が一方的に主導権を握っている関係だ。
しかも、たった10歳の女の子に何ができるのかって話でもある。
……なんか気分が重くなってしまった。
この世界は詰んでいる。詰みまくっている。将棋に例えるなら、とっくに王手が掛かってるところへチェスの駒が乗り込んできてチェックメイトまで掛けられたレベルで詰んでいる。
そんな世界が、これからどうなって行くのかは……
「