モモンとナーベは屋根から屋根への跳躍を繰り返す。その途中モモンはナーベに対して話しかける。もうそろそろ『八本指』のアジトの一つに着くからだ。そろそろ話しておかねばならないだろうと判断したのだ。
「ナーベ、僅かにでも危険を感じたら撤退しろ。分かったな?」
「……はい」
露骨に嫌だと言わんばかりの反応だ。だがモモンは気にしない。危険であるということはまだ大丈夫という意味だ。最悪なのは危険の段階を超えてしまうことであり、それは取り返しがつかない結果を生む。もし何か重大な危機が迫った場合、取り返しがつかないことになる可能性が高い。そうなってからでは全てが遅いのだ。そんなことに比べると全く嫌な気持ちにならなかった。
(これで分かってくれるといいんだが……『八本指』のアジトはそろそろか……)
モモンは跳躍を繰り返したまま武技<心頭滅却>を使用。周囲を探る。街を歩く一般人、談笑する女性たち、酔いつぶれた男性、走り回る子供たち……その他多くの存在を感知する。
「!っ……これは!?」
「モモンさん!?」
モモンが<心頭滅却>で感知した際に大きな反応が一つあった。人型の形をした『何者か』がいた。捉えた形は間違いなく人間のそれだ。だがそこから感じ取った強さはその辺りにいるただの一般人の比ではない。間違いないと瞬時に確信を持てる程の力を感じたのだ。難度にすると100といったところか。だが力あるものはそれを隠すのも上手くなるものだ。そえゆえ相手の難度などあてには出来ないだろう。最低でもホニョペニョコ級と警戒しておく。モモンは瞬時に自身の中にある警戒心を最大限まで引き上げ、すぐさま背中から二本の大剣を引き抜いた。その者は剣を抜いた際にこちらの気配に気付いた----正確には僅かに警戒した----ようだ。その様子から難度100と言うのはまずあり得ないと判断する。
(だが動く気配はないな。戦いか…撤退か…。いや『六腕』だとするなら相手が一人だというのは絶好の機会だ。ここで倒すべきだろう。そうした方が『六腕』壊滅の依頼をしやすくなる。やるしかないな……)
モモンは目でナーベの方を見ると頷いた。初めてやる合図だがナーベは察したのだろう、返答するかの様に頷いた。モモンはそれを見て安心する。最悪の場合は撤退してくれるだろう。これで安心して戦える。
(ホニョペニョコとの戦いで武技に頼り過ぎるのは危険だと分かった。だから使用する武技は最低限にしておくべきだ。使うのは二つ。周囲を感知する為に<心頭滅却>、身体能力を倍加まで引き上げる<課全拳>だ。ホニョペニョコと同格だと警戒しておくべきだ。最初は2倍でいこう。必要とあればその度に倍加させていけばいくか他の武技を使用すればいい。ただし街中であるため攻撃範囲が大きい<星火燎原>は使うべきではないな)
(<課全拳・2倍>!)
身体に力が漲る。両手に握った大剣の柄を強く握る。武技はしっかり発動できている。モモンは跳躍、跳躍、また跳躍。そうやって屋根を飛び移りながら気配に接近する。やがて気配の元の姿が見える。執事服を着ている男だ。白髪と白い口髭。だが執事服に収まりきらない頑強そうな肉体を見てモモンは一先ず
(最初は不意打ちを試み、その後は<課全拳・2倍>を維持したまま戦闘。相手に関する戦闘能力を少しでも把握する。最終手段として<課全拳・4倍>、<次元断層>、<鏡花水月・次元断切>を使う。そうすればホニョペニョコ戦の時と異なり、武技の酷使で身体がやられることもないはずだ)
モモンは最後の屋根の端から両足を押し出す。綺麗な斜線を描き爆発的な脚力で跳躍。その全身を持って風を切っていく。そのまま相手に向かって両腕を振り上げた。交差する様に袈裟切りを放った。
----はずだった。だがそれは空を切っただけだ。
「私に何か用ですかな?」
攻撃方向とは真逆の位置に立つのは一人の執事服を着た男であった。男はまるでモモンからの攻撃を警戒している様子はなく、まるで普段通りと言わんばかりに落ち着いている。背後に立たれたこと、それと武器を構えた気配がないことからモモンは自分の考えが正しかったと判断した。
モモンは地面に着地。空中から強引に相手に身体を向けるように降り立った。そちらを見ると男が両手で拳を構えているのが見える。その構えは接近戦を得意とする存在だろうと判断する。
「
いきなり八本指のナンバー2が現れた。いやむしろ好都合だとモモンは考える。
(さっきの攻撃に対して随分と冷静だな…‥‥これは様子見をしていて正解だった。この男が『闘鬼』ゼロ・・・成程。確かにアダマンタイト級冒険者と同じ実力……いや、それ以上だな……)
「……そういう貴方は……黒い
男がそう言うと爆発的に気配が強くなる。目の前に巨大な壁が出現したかの様に感じ、思わず威圧されてしまう。かつて戦ったザイトルクワエよりも大きな存在感だ。
(間違いない。この感じ……ホニョペニョコ級だと判断しておいて正解だった。<課全拳・3倍>)
全身に力が漲る。だが今はそこに不安すら感じる。4倍の方がいいかもしれないと不安になり4倍まで引き上げたくなる衝動に駆られる。だが相手の情報が少ない以上は奥の手は隠すべきだと結論に達した。最悪なのは相手の情報を正確に把握しないままこちらの奥の手を出してしまうことだ。それだけは何があっても避けるべきだ。ホニョペニョコと時と同じにだけは……同じ失敗だけは繰り返してはいけない。
「そちらから来られないのですか?」
男の問いかけにモモンはどうすべきか一瞬悩む。だがすぐに答えは出た。このままでは埒があかない。こちらが武技を発動している以上、長時間の戦闘はなるべく避けたいと思ったからだ。
「それならばこちらから行かせてもらおう」
そう言うとモモンは男に向かって走り出した。
◇◇◇◇
ナーベは二人の様子を最寄りの建造物の屋根から眺めていた。自分の相棒であるモモン。モモンに対峙する男。先に行動を起こしたのはモモンだった。構える男に向かって走り出した。接近し、右手に持った大剣で袈裟切りを行う。だが空を切っただけだ。どうやら男は横にかわす。
(あまりの速さに目が追いつかない……あの男性……何者?まさか『闘鬼』ゼロ?……ホニョペニョコの時とは違って邪悪さは感じないけど……)
ナーベは戦いを見続ける。勿論いざとなった時の為の最終手段は用意はしている。懐に隠しているアイテムがそれだ。
モモンと男が何度も打ち合う、剣と拳、やがて二人の距離が離れた時にモモンは男に向かって地面を蹴る様にして走って接近。剣を振り上げた。
(……そろそろモモンさんが仕掛けるわね)
漆黒の大剣を振り下ろす。その斬撃の威力で地面が砕け散り砂埃が舞う。
ぶつかる剣と拳、そこから発生する金属音に似た音。その音は二人の戦闘がいかに激しいかを物語っていた。
やがて砂埃が徐々に晴れていく。
そこにいたのはモモンと男だ。ただし理由は分からないが何故か握手していた。
◇◇◇◇
砂埃を巻き起こした一撃でモモンの視界から男が消える。だが気配は感知したままである。確かに<心頭滅却>で感知しているため目の前にいるのは確かだ。
「ふむ・・・流石王国のトップに君臨するだけありますね」
「なっ!!?」
モモンは自分の感覚を疑った。目の前の男に剣を片手で掴まれてしまったのだ。だが問題はそこではない。
(武技が発動しない!?……いや無効化されている?……いや違う。この感覚は……何故!?……くっ!今は距離を取るべきだ)
モモンは剣を引き離そうとするが、男の持つ手からビクともしない。仕方ない。
(<明鏡止水>)
モモンは時間の流れから抜け出し、男の手から強引に剣を抜きだす。その際に妙な違和感を覚える。
(何だ?この違和感……何かを見落としている?)
モモンが武技を発動し続けたまま後退しようとする。もし時間の流れから抜け出した際に<心頭滅却>を解除しなければ気配を感知してすぐに対応できたであろう。だがモモンは気付けなかった。戦闘経験の少なさゆえに……いやホニョペニョコとの戦い同様に武技の酷使をしないように警戒していたからかもしれない。男が自分と同様に時間の流れから抜け出していることに。
「仕方ありません。付き合ってさしあげましょう」
その言葉を聞いたモモンは振り返り、男を見る。
(この武技も効かないのか!?そんな馬鹿な!くっ!仕方ない!<課全拳・4倍>!!)
モモンは先程よりも早く動き後退する。
「ただし10秒だけですがね」
男がそう告げると姿が一瞬にして消えた。
(!!?どこに行った!?)
モモンはすぐさま<心頭滅却>を発動。気配を察知する。だが……
(早すぎて感知できないだと!?これは!!まさか!!私と同じ『十戒』!?)
「こちらです」
男はモモンの背後に立っていた。
モモンは距離を取りつつ右手の剣を袈裟切りしようと回転しようと……。だがモモンガ振り返るより先に、脇腹に強い衝撃を受ける。
「がっ!」
モモンはそのまま吹き飛ばされて地面に吹き飛ばされる。
(察知した感じからして回し蹴りを受けたのか……何て威力だ)
たった一回の攻撃を受けただけで口の中に血の味が広がる。どうやら口の中を切った様だ。歯が折れなかったのは奇跡かもしれない。
(恐らくホニョペニョコ以上の攻撃だ。次に受けたら危ないな。さっきは大丈夫だったが……ホニョペニョコと違って、接近戦を仕掛けたからといって隙を見せてくれる訳ではない。これは本気で最終段階を考えるべきかもしれない)
モモンは立ち上がろうとする。身体が震えていた。どうやら先程のダメージは想像以上に効いているようだ。だが大剣を杖の要領で地面に突き刺して何とか立ち上がる。
「……先程の一撃を受けて立ち上がりますか。強いですね」
(不味いな……次同じ攻撃を受けたら気絶するかもしれない。ならば……<課全拳・5倍>)
だが身体に力が漲ることは無かった。
(不味いな……集中力が乱れている。これでは武技を発動できない)
モモンは一先ず会話をすることにする。少しでも時間を稼ぐ目的だ。
「なかなか鋭い回し蹴りだな……流石はアダマンタイト級以上と呼ばれるだけある」
「?」
一体何を?まるでそう言わんばかりに男が困惑するのをモモンは感知する。
(ん?……この感じ……まさか困惑しているのか?一体何故……)
「あなたは『空間斬』ペシュリアンではないのですか?」
(ぺシュリアン?……!っ……まさか私は!!!!????)
モモンはゼロ……いや、ゼロだと思っていた男に向かって告げる。
「っ!待ってくれ!私はぺシュリアンなんかじゃない!貴方こそ『闘鬼』ゼロではないのか!?」
男の動きが止まる。
「ゼロ?……いえ、私はセバス・チャンと申します」
「!!!っ……失礼した。私はモモンという者だ。エ・ランテルでアダマンタイト級冒険者をやっている」
「モモン……。貴方があのモモン様ですか。これは失礼しました」
本当は「様」ではなく「殿」でいいのだが、今は誤解を解く方が先決だ。一先ずここは後回しでいいだろう。
モモンは武技を全て解除した。その際に<心頭滅却>で周囲に敵がいないかを調べるも該当しそうな存在はいなかった。モモンは武技を解除した後、大剣を二本とも地面に突き刺した。
「チャン殿、先程は本当に失礼した」
「私のことはセバスで結構です。モモン様。こちらこそ失礼しました」
そう言って二人は握手を交わす。どうやらお互いの誤解は解けたようだ。
「セバス殿……先程は本当にすまなかった」
モモンは心より謝罪する。当然だ。『八本指』と間違えて無関係な人間を切りつけたのだ。謝罪で済みはずがない。むしろもう一度蹴られてしまっても文句は言えなかった。しかしモモンのそんな考えとは裏腹にセバスは懐から何かを取り出し、そrてをモモンの手に握らせた。
「これをどうぞ」
「これは……」
「えぇ。ポーションです」
ポーションといえば一般的に青いポーションだ。だがセバスが出したのはモモンが過去にブリタに渡したことがあるものと同じ赤色をしていた。そしてそれが意味する所は……。だが今はそんなことより……。
「……セバス殿……ですが私は…‥」
「先にダメージを与えたのは私ですから……」
その言葉を聞いてモモンは敵わないと思った。この男性にとって恐らく今の自分は敵ではないのだろう。だが不思議なことにモモンは嫌な気持ちになることはなかった。むしろ好感を持てたほどだ。
「感謝します。ではありがたく頂戴します」
モモンは一言礼を言うとポーションを一気に飲み干した。身体の傷が回復し、先ほどまでのダメージはどこかに消えた様だ。脇腹に受けたダメージもある程度は回復したようだ。だが完全にではない。そのことからセバスの蹴りがいかに強力な一撃だったかが想像できた。
「貴方のことは我が主からも話は聞いています」
その一言からモモンは察した。セバス程の人物が忠誠を誓う相手などモモンの知る限り一人しかいない。
「……もしや貴方の主は……」
「えぇ。アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下です」
「……そうか、アインズ殿が……」
確かにアインズ殿なら分かる。あの方ならセバス殿程の実力者を臣下に持つのも頷ける。きっとアインズ殿の魔導国の未来にはリ・エスティーゼ王国のような腐敗などは起こらない。何故かそう断言できるだけのものを感じる。先ほどの赤いポーションもそういうことなのだろう。
「それで王国で何を?」
「……それは秘密です」
そう言って自身の口元に人差し指を立てて言う。
(当たり前か……今や魔導国は『国』だ。そう易々と情報を語ることはしないだろう。まして私はエ・ランテルの冒険者だ。教えるはずがない……)
そう思うとモモンは何故かアインズやセバスに対して距離感のようなものを覚えた。無論距離を感じているのは彼らではなく自分自身だ。
「モモン殿……もし良ければアインズ様にお仕えしませんか?」
「………」
(……アインズ殿は素晴らしい方だ。アインズ殿の魔導国も素晴らしい国なのだろう。だが……)
モモンは悩む。ナーベ、エ・ランテルに住むも者たち、そういった人々に向けられる好意。エ・ランテルという街が好きだ。だから返答に戸惑う。
「モモンさん」
「モモンさん!」
「モモンさん!!」
ナーベやエ・ランテルに住む人々を思い出す。
モモンは拳を作る。
やがて意を決するとセバスに向かって口を開いた。
「……ありがたい申し出ですが、今の私はエ・ランテルのアダマンタイト級冒険者……お断りします」
「…そうですか…残念ですね。同じ師を持つ者同士…上手くやれる思ったのですが」
「同じ師?」
モモンは何を言ってるんだと思う。だがすぐに理解する。戦闘中、全ての『十戒』を封殺、いやセバスの言う言葉が正しいのであれば全て同じ『十戒』による武技で相殺していたのだろう。だとすれば思いつく結論はただ一つ。
「まさか、貴方もミータッチさんの弟子なのか?」
「えぇ。私が最初の弟子。貴方が最後の弟子。あの御方は弟子を二人だけ取りました。あなたの名前も報告で聞きましたよ」
(だから……『十戒』が効かない訳だ。セバス殿も『十戒』を……恐らく私以上に上手く使いこなせるのだろう……それゆえこちらの武技を封殺していたのだろう。武技が発動できなかったわけではないのか)
「それでは私はこれで……」
「最後に聞かせてくれないか?」
「何でしょうか?」
「どうして私にポーションを?悪いのは明らかに私ではないですか?」
モモンのその問いかけにセバスは優しく微笑むと口を開いた。
「"誰かが困ってたら助けるのが当たり前"ですから」
セバスは歩き去っていく。
その背中にモモンは自分の師であるミータッチの姿と重ねて見えた。それは『純銀の聖騎士』と呼ぶに相応しい男と同じ雰囲気を感じ取った。だからだろう。思わずそんなことを口に出したのは……。
「……"純銀"のセバス……」
モモンは全身からフッと力が抜ける。どうやら緊張が解けた様だ。そこにナーベが降りて来る。何やら困惑気味のようだ。上から見ていただけでは何が何やら分からないのだろう。
「一体何があったのですか?」
「あぁ。実はな………」
モモンは一度笑うとナーベに先程のことを話し始めた。