第二話 ヴィラン体操第一
最初に視界に入ったのは、真っ白な天井だった。私はどうやらベッドに横たわっているみたい。……そうだ、戦闘員に生まれ変わった私を見なきゃ! 手足は、黒い全身タイツで覆われている。これは一刻も早く全身像を見なくては! 私は起き上がって、部屋に鏡があるかどうかを確認した。部屋には、私が寝ていたものと同じ簡易ベッドが等間隔で並べられていている。……戦闘員の休憩室だ! 部屋にウォーターサーバーとマガジンラックが設置されていたり、床に制汗スプレーや水虫の市販薬が転がっていたりするのを見ると、戦闘員にも中の人がいるんだなあと実感する。ちょっぴり、申し訳ない。でも、魔法少女に倒される目的でやってる戦闘員もいるんだよね。この前、浄化技をクリーンヒットさせた時なんか「ありがとうございます!」って叫びながら飛んで行ったし。
結局、戦闘員の休憩室に鏡は無かった。鏡なんて無くてもみんな同じ見た目だし、仕方ないか。私は鏡を求めて部屋を出た。なるべく目立たないように行動しよう! ……即座に見つかった。
「おい新入り、そこで何をしている? 訓練の時間まであと5分だぞ。」
筋肉質な戦闘員が話しかけてきた。へぇ、新入りってわかるもんなんだ。あと、あなたこそ何をしてるんですか。
「一番下っ端の戦闘員はスーツのラインが緑色なんだよ。ほら、俺は赤いだろう? 緑、青、白、赤、金の順だ。あと、俺はちょっと用を足してたんだ。トイレが近いもんでギリギリじゃないとダメでな。」
さてはお前、心が読めるな! 戦うとなると厄介そう。
「俺たちは基本的に喋ってはいけない決まりだから、嫌でも表情から読み取らないといけないんだ。」
出た、悲しいお約束! 子供番組だけじゃないんだ。変身中に攻撃できない決まりといい、だいたい正義側が有利なんだよね。
気さくなムキムキ戦闘員に案内されて、体育館のような広い空間に連れてこられた。1000人ぐらいの戦闘員が整列している。中学生の私には馴染み深い、体操隊形だ。私はとりあえず一番後ろに並んだ。最前列中央に置かれた朝礼台の上に、いかにも厳しい上官といった感じの金ライン戦闘員が立っているのが見える。戦っている時は見ている余裕が無かったけど、目だしマスクをしていても案外個性ってわかるんだね。
数十秒待っていると、壁掛けのスピーカーからお馴染みのメロディが流れた。
「♪ヴィラン体操第一! まずは腕を大きく上に挙げて大きく背伸びの運動!」
ヴィラン体操という名前にびっくりしたけど、内容自体は普通のラジオ体操だった。普通じゃないのは、全身タイツで運動をしているところ。暑い、本当に暑い。他の戦闘員は大丈夫なのかな。きょろきょろと周りを見回してみた。どの戦闘員も無表情で、全員が全くおなじタイミングで体を動かしている。そうだ、それぞれ個性はあってもある程度は洗脳されてるんだっけ。嫌だな、あんなキチガイシンクロナイズド体操に同調するなんて絶対に無理! ……あれ、私もしかして洗脳されてない? いや、そんなことないよね。それよりこの熱気、もう限界なんですけど。なんとかこの全身タイツを脱ぎたい。……変身すれば涼しくなるじゃん! 私って天才! 衣装が黒化してたり、いやらしいデザインになったりしてたらどうしよう。鼻血出さないように注意しなくちゃ。
首にまだ変身アイテムのチョーカーが付いていることを確認して変身呪文を唱えると、嫌と言う程見てきた桃色の光に包まれる。はい、たった今確信しました。この悪堕ちは失敗です! 悪堕ち衣装じゃなかったのは残念だけど、普段通りのロリータとセーラー服を掛け合わせたような衣装でも全身タイツよりはずっと涼しい。初めてスカートの短さに感謝したよ。やるじゃん淫獣!
……さっきまでは暑さで脳がやられていたみたい。すぐに後先を考えないで戦闘員の群れの中で変身したことを後悔した。バッチリと準備運動をした戦闘員約1000人に、私はアッサリと倒されました。スウィートピンクご慢心! 誠に遺憾である。変身して1分も経たないうちに拘束された私は、屈強な金ライン戦闘員3人がかりで別の部屋に運ばれた。
結局、鏡は見れなかった。