しゃぶしゃぶは沸騰させない 〜煮る、茹でる料理のキホン

すでに料理をしている人も、これからはじめる人も、知ればみるみる料理が上達し、楽しくなる「料理のキホン」をご紹介します。どのように調理するとおいしくつくれるのか、なぜそのように調理するのか、食材はどのように扱うべきなのか、調理法と食材のキホンがわかる、料理をするすべての人に向けた料理入門です。

「煮る」「茹でる」は料理の基本中の基本。茹でるとは湯のなかで加熱することです。ジャガイモは生のままでは食べられませんが、茹でることで消化できるようになりますし、青菜は茹でることでアクが抜け、おいしくなります。

食品科学の世界には『TT管理』という言葉があります。二つ並んだアルファベットのTはそれぞれTime(時間)&Temperature(温度)の略。料理の成功如何は時間と温度という二つの要素によるものが大きいのです。その点、茹でるという調理法は水の沸点である100℃で温度を一定にすることが容易なので、時間にさえ注意すればいいのが利点。そのため「茹でる」は「焼く」や「揚げる」と比べると簡単な調理法と言えます。実際に料理をつくりながら、注意点を見ていきましょう。


青菜はたっぷりのお湯で茹でる 〜おひたし〜

1.ほうれん草は根元を切り、流水でよく洗う。長すぎて鍋に入らないようであれば、半分に切る。

2.鍋にできるだけたっぷりの湯を沸かし、沸騰を確認したら火を弱める。ほうれん草を少しずつ入れて葉側は15秒、茎側は30秒を目安に茹でて、冷水に落とす。

3.水気を絞って器に盛り付け、鰹節と醤油をかける。


ほうれん草を使ってますが、小松菜や水菜、春菊でも要領は一緒です。
まず、鍋にたっぷりの湯を沸かします。ここで大事なポイントが一つ。ガスコンロの火加減は鍋の湯が沸騰するまでは強火ですが、沸いたら火を弱めるようにしましょう。最初に述べたとおり、水の沸点は100℃が上限。それ以上、強火で加熱するのはエネルギーの無駄ですし、素材にもいい影響を与えません。温度が下がらないように少しずつ茹でれば、弱火に落としても大丈夫です。

『(液体が)沸騰したら弱火に落とす』のはすべての茹でる、煮る調理の基本です。なかには煮魚や佃煮のように強火のまま煮続ける(炊き上げといいます)例外もありますが、茹でる調理において火を弱めることは原則です。

ほうれん草や小松菜は、30秒ほどでしんなりとやわらかくなるので、あまり長い時間茹でる必要はありません。そうすることでシャキシャキしたおいしさが残ります。その後、水にとって温度を下げるのも、必要以上に火を通さないため。しかし、長い間水につけておくとほうれん草の味が水に抜けてしまうので、早めにとりだして、水気を絞りましょう。

適当な大きさに切って器に盛り付け、醤油をちろりと垂らせば『おひたし』のでき上がり。ちなみにほうれん草は一株のままでも、切ってから茹でても、味に変わりはないという実験結果があります。鍋の大きさによっては切ってから茹でた方が扱いやすいでしょう。


うま味は料理のベース

青菜のおひたしに欠かせないのは鰹節。青菜に醤油をかけるとそれなりの味ですが、そこに鰹節が加わると満足感が出ます。秘密は鰹節に含まれるイノシン酸といううま味成分にあります。

うま味は音楽におけるベース音のような存在で、料理に厚みをもたらします。様々な種類がありますが代表的なものはグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸の三つ。鰹節にはその中のイノシン酸が多く含まれています。

うま味は単独で使うよりも、アミノ酸であるグルタミン酸と核酸系うま味物質であるイノシン酸、グアニル酸を組み合わせることで舌にとどまって強く感じます。これをうま味の相乗効果と呼びます。おひたしでは鰹節のイノシン酸と醤油のグルタミン酸が相乗効果を起こすので、よりおいしく感じるのです。

このうま味の相乗効果は様々な料理に使われています。例えば日本料理の基本である鰹節と昆布の出汁はイノシン酸(鰹節)× グルタミン酸(昆布)のかけあわせ。西洋料理では野菜のセロリ、玉ねぎなどの野菜のグルタミン酸と、肉のイノシン酸を組み合わせることで味に深みを出します。中国料理では白菜やネギなどのグルタミン酸 × 鶏肉や豚肉のイノシン酸を組み合わせたりしますし、イタリア料理ではグルタミン酸の固まりであるチーズやアンチョビを料理に活用します。

味が物足りないけれどこれ以上塩は入れたくない、という場合はうま味を足すことを選択肢に加えるのがいいでしょう。うま味を使いこなすと料理は確実においしくなります。市販されているガラスープや顆粒コンソメ、顆粒だしなど様々な種類の風味調味料も便利です。ただ、市販の風味調味料は食品とは違い個体差がなく、万人受けするようにすでに味付けされていて、味が画一的になりやすいという欠点もあるので、使用する際には量に注意が必要です。


肉は沸騰させずに茹でる〜しゃぶしゃぶ〜

1.鍋に水1ℓ、昆布10g、酒大さじ1を入れ、80℃くらいまで加熱する。目安は鍋底に泡が出てきた状態。火加減は温度を保つようにごく弱火にしておく。

2.しゃぶしゃぶ用の薄切り肉を広げるように入れ、好みの加減まで肉に火を通す。

3.ポン酢をつけて食べる。ポン酢に大根おろしを加えると、たれがよく絡むのでよい。


沸点(100℃)を基準とした加熱は便利ですが、肉や魚などに火を通すときには、温度が高すぎる場合があります。魚や肉のタンパク質が凝固する温度は60℃前後なので、100℃の沸騰水で長時間加熱をすると、パサパサになってしまうのです。

そこで必要となるのが温度計。料理に慣れてくれば鍋底の泡の状態でも温度は把握できますが、デジタル温度計はAmazonなどを使えば1000円以下で購入できるので、それを使ったほうが正確です。温度計は他の料理にも使えるのでぜひ購入してください。

昔は食材の火の通り加減を手で触った感触や感覚で確かめていたので、経験から導き出される勘が重要でした。今では温度計を使うことで勘という曖昧なものに頼る必要はなくなりました。道具の進化によって料理は簡単になったのです。

さて、肉や魚のタンパク質が凝固する温度が60℃ならば、その温度で調理したくなるところ。しかし、あまりに低い温度で加熱すると、調理時間が余分にかかってしまうので、現実的ではありません。食品科学に詳しいフードライターのハロルド・マギーは「しゃぶしゃぶは温度計で測って80℃くらいが、仕上がりの食感も調理時間もほどほどによい結果になる」としています。

料理ではこの『ほどほどによい結果』というのが大事です。いつも最高の素材が手に入るわけではありませんし、忙しくて料理する時間がとれないこともあります。常にベストを選択することはできないのです。そうしたなかで現実的にベターな選択肢を選ぶこと。それが料理の本質です。


素材の性質を理解して調理する 〜完璧なゆで卵のつくり方〜

1.卵は冷蔵庫から出したてのものを使い、おしりにピンや画鋲などで穴を開ける。

2.鍋の湯を100℃まで熱し、弱火にした状態で、卵を一つ一つ静かに入れる。半熟なら6分30秒〜7分、固茹でなら9分が目安。

3.時間になったら卵を冷水にとり、急冷する。蛇口の水を殻と白身のあいだに入れるようにすると殻が剥けやすい。

卵を茹でる、という単純な料理にも気をつけるべき点がいくつかあります。
レシピに「卵と水を鍋に入れて、強火にかける。沸騰したら火を弱めて、6分茹でる」と書かれていても、卵には個体差がありますし、冷蔵庫から出したての卵と常温の卵では初期温度が大きく異なります。また、鍋の大きさや水の量などが変われば加熱温度も変わってきます。

完璧なゆで卵をつくるためにはまず、卵の性質を理解しましょう。卵の白身は63℃から固まりはじめ、65℃〜70℃で半透明のゼリー状になり、77℃からしっかりと固まりはじめ、90℃で固ゆで状態になります。これ以上、加熱すると今度はぼそぼそとしはじめ、舌触りが悪くなるので100℃で長時間、加熱してはいけません。

黄身は固まる速度が非常に早く、70℃を超えてから一気に反応が進みます。77℃でクリームチーズのように固まり、80℃を超えると表面が緑色に変色をはじめ、硫黄臭が出てきます。こうなってしまったら失敗です。やわらかめの半熟卵が好きなら黄身の温度を70℃以下に留め、やや硬いのが好みなら70℃以上にします。固ゆで卵が好きでも80℃は超さないように注意。
とはいえ理屈はわかっても、実際に卵を茹でるとなるといちいち温度を測るわけにはいきません。そこで、コツをいくつか載せておきます。

1 卵の初期温度を一定にする
料理書には「卵は常温に戻して使う」や「冷蔵庫から出したてを使う」といろいろなことが書かれています。重要なのはそれぞれの温度ではなく、常に一定の温度の卵を使うことです。卵は普通、冷蔵庫に入っていると思いますので、現実的には冷蔵庫から出したての卵を使うようにするのがベター。ちなみに冷蔵庫から出したての卵は常温に戻した卵よりも15%ほど加熱時間が長くなります。

2 卵のお尻に穴を開けておく
卵の殻が割れる原因は卵に含まれる水分の膨張です。あらかじめお尻の部分にピンで穴を開けるか、平らな面で軽く叩いてヒビを入れておくとそこから水蒸気が逃げるので、殻が割れるのを防げます(卵の底の薄皮と殻の間には気室という隙間があるので、穴やヒビを入れても中身が出てきたりはしません)。また、卵を長く保存すると白身に二酸化炭素が増えますが、穴を開けてから茹でることでそれが抜け、舌触りも滑らかになります。

3 沸騰した湯に卵を入れる
卵は「水から加熱する」と「沸騰したところに入れる」の2通りの方法がありますが、どちらがいいのでしょうか? 答えは後者です。前者は水の量によって加熱時間が異なり、仕上がりにブレが生じるので、沸騰したところに卵を入れるようにしましょう。こうすれば変数を一つ減らすことができます。

卵の大きさによっても異なりますが、一般的なM玉の茹で時間も頭に入れておきましょう。M玉の卵は6分30秒で半熟に、7分30秒で黄身から液体状の部分がほぼなくなります。8分30秒ではまだ黄身にしっとりした部分がありますが、9分30秒を超えると黄身から水分が抜けはじめ、12分で完全に凝固します。それ以上の加熱は厳禁。

たかがゆで卵ですが、されどゆで卵。おいしいゆで卵とそうではないゆで卵はちょっとした加熱時間の違いだけ。素材の性質を理解し、その性質に応じて適切な加熱を行うことで料理の味は格段に変わってくる、ということがわかります。

<今回のまとめ>
●『沸騰するまで強火、沸騰後は弱火に落とす』は煮る・茹でる料理の大原則
●うま味には相乗効果がある
●おいしい料理をつくるには、目指す料理像と食材の性質を理解することが大切

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この連載について

おいしさの「仕組み」がわかる 料理のキホン

樋口直哉

すでに料理をしている人も、これからはじめる人も、知ればみるみる料理が上達し、楽しくなる「料理のキホン」をご紹介します。どのように調理するとおいしくつくれるのか、なぜそのように調理するのか、食材はどのように扱うべきなのか、調理法と食材の...もっと読む

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