フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

55 / 55
残り、二話


ズーラーノーン、殲滅/死の神(スルシャーナ)、第一の従者

55

 

 

 

 ・

 

 

 

「何故だ!」

 

 なぜ、こんなことになった。

 気づけば、十二高弟らへの連絡はできず、あまつさえ、綿密に計画したはずの儀式は、何もかもが御破算になりつつあった。

 

「私の、我の計画が、どうして、こんな連中ごときに阻まれる!?」

 

 死の城を進攻する魔導王の軍勢。

 大広間では漆黒の英雄モモンによって、黒竜たる副盟主は、確実に追い詰められていく。

 ただの雑魚だと思っていた。

 これまでの戦闘を観測できた限りにおいて、モモンは自分に匹敵するほどの強者とは見做せなかった。

 ヤルダバオトの討伐は魔導王の手によるもの。王国で起こした邪神教団の反乱──それに伴うアンデッド軍と、十二高弟(トオム)率いるゴーレム軍の掃討戦でも、真の強者であればあそこまで苦戦するはずもなかった。直後のドラゴン・ゾンビの群れとの戦いで片腕をもっていかれた姿を見れば、自分よりも格は下だと、判ずるよりほかになかった。

 だが、モモンは真の実力を隠し続けていた──何故か。

 強者であるならば、その強さを誇り、顕示し、世に覇を刻まんと傲り昂って当然のはず──なのに。

 

「貴様のようなバケモノが、どうして一冒険者などの地位に収まる!?」

 

 モモンは応えない。

 黒竜の翼を叩き斬ろうとする、大剣の一撃。

 死の大水晶より召喚するドラゴン・ゾンビを盾として逃げ果せても、漆黒の英雄は死竜の分厚い鱗に覆われた(くび)をバターのように断ち切っていく。

 

「逃がさん」

 

 仲間を──美姫ナーベに傷をつけたことに激昂している内心を、大地に眠るマグマのように埋めながら、モモンは果敢に果断に攻め立ててくる。

 恐怖以外の何も感じなくなりそうなほど、男の憤慨の声色が透けて見えるようだった。

 

「くそ!」

 

 遮二無二(しゃにむに)なって広間の残骸──巨大な柱などを投擲して足止めを試みるが、効果はいまひとつも生じはしない。

 加えて、目障りな冒険者が──四匹。

 武技を、毒矢を、攻撃魔法を打ち込んでくる、正真正銘の雑魚ども。

 普段であれば、通常であれば、副盟主の魔法や腕力で沈黙するだろう弱兵ども──なのに、

 

「イミーナ、右に跳べ! ロバー、左斜め後ろに二歩の位置!」

 

 冒険者のリーダー──ヘッケランという名の雑魚が発する警告によって、黒竜の一撃は悉く回避される。

 

「アルシェ、五秒後に、モモンさんの前へ〈魔法盾〉!」

「りょ、了解!」

 

 魔法使いの少女が乗る杖と共に飛行するチームリーダー。

 彼が支持したタイミングで発動した魔法は、兜や鎧を消耗した英雄を、的確に竜の爪牙などから守る一助を担っていく。

 ヘッケランの指示出しはまるで、本当に、数秒先の未来が見えているかのごとき精度だ。

 

「馬鹿なバカな──そんな馬鹿なことが!」

 

 あるものかと拡散型のブレス攻撃を浴びせかけても、リーダーの指示通り正確に飛ぶアルシェとやらは、一発も直撃をもらうことなく飛行を続ける。

 

「やはり、彼にはわずかながらに未来が見えているようですね」

 

 悪寒が背筋に噛みついた。

 鎌首を振り向ける間もなく、モモンの大剣のひとつが、勢いよく、黒竜の小さな背中に突き立てられる。

 

「げぇあぁアアアアア、がアアアアアッッ!?」

 

 500年の年月を重ねた鱗がなければ、胴を貫通していただろう一撃。

 黒竜は空中でのたうち回りながら、モモンにむかってブレス攻撃をお見舞いするも、直撃することはない。

 あまりの激痛と出血によって、副盟主はたまらず大広間から外へと脱出。

 こうなれば、城を外から攻撃し、連中を崩落の中に巻き込むことも辞さない考えだったが、

 

「な」

 

 竜の足首を掴む、何かが。

 飛空中の幼竜を捕まえていたのは、魔導王が召喚し、死の城を蹂躙していた〈死の軍勢(アンデス・アーミー)〉──その連中が、城の中枢上層部で集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)を形成して城壁に貼りつき、その巨大な掌で逃げる竜の身体を掴むように、指示を受けたのだ。

 主人(アインズ)の命令に応じるまま、死体の巨人は副盟主を大広間へと叩きつけるように帰還させる。

 

「げほ、ッ──む、無茶苦茶、な」

 

 肉体と精神への二重の衝撃によって、数瞬ほど意識朦朧を余儀なくされた副盟主。

 その隙に迫り来る、圧倒的強者の気配。

 モモンの刃を、己の鎌首の上に感じる。

 

「終わりだ、ズーラーノーンの副盟主」

 

 宣告するモモン。彼らから遠巻きに眺める位置に、冒険者チーム“フォーサイト”と、気を失ったナーベを守る位置にいるハムスケおよび蒼の薔薇の二名が、事の成り行きを見守っている。

 

「──殺すか、私を?」

「いいや」

 

 モモンは首を振った。

 

「貴様には聞かねばならないことがいくつかある。今回の事件のことのみならず、ズーラーノーンという組織の大元……貴様たちの後ろ盾になっている存在……あの国の非道を暴くためにも」

 

 だから殺さない。

 仲間を傷つけられた男は、隠しようのない怒気を押し殺した瞳で、黒竜の頸部に刃を突き付ける。

 

「諦めろ。もはや儀式は破綻寸前。魔導国と、その周辺諸国で巻き起こっていた死の螺旋も、終息しつつある」

「……くふ、ふくくく、くはははははは、あーはははははははは!」

 

 副盟主は嗤い続ける。

 あまりにも愚かしい。

 滑稽過ぎて憐れすら覚える。

 

「何も知らぬ馬鹿どもめ。我等ズーラーノーンの大元を暴くだと? そんなことをして何になる? 我等を亡き者にすれば、この近隣諸国が、人類という弱者が、どれだけの災禍に見舞われるのか、まるで理解できてない!」

 

 副盟主は説いて語った。

 

「我等という超常の存在が跋扈することで、どれほどの亜人や異形が掃滅されたか知らぬのだろう。ビーストマンやミノタウロス、他にも様々な脅威と強国を、我々がどれだけ、歴史の裏で滅ぼしてきたか!」

 

 なにを言っているという風に顔を見合わせる冒険者たち。

 その中で訳知り顔で睥睨するのは、漆黒の英雄とイビルアイのみ。

 モモンは厳かに告げる。

 

「それが事実だとしても、貴様が諸国の人間を危険にさらしてよい理由にはならない」

「貴様ら人類が存続できたのは、我等が盟主の力添えがあったからこそ! そんなことも知らずに平々凡々と日々を過ごし、安住と平楽に胡坐(あぐら)をかいて、挙句、麻薬と戦乱で互いに潰し合いを始めた愚物共をッ、我が有効利用してやって、何が悪いっ!!」

 

 轟々と吠え唸る竜の息吹──ヘッケランだけが見えた。

 

「モモンさん!」

 

 ドラゴン・ブレスの閃光。

 二瞬遅れて現実と化したその映像は──

 

「大丈夫です、ヘッケランさん」

 

 モモンは瞬時に回避してみせた。忠告のおかげというよりも、モモンも黒竜がそうするだろうと、ある程度は予想していた感じだ。

 

「で?」

 

 最後の抵抗も虚しく、副盟主は降伏を余儀なくされる。

 

「このまま(ばく)に付くか、それとも」

「……」

 

 だが、

 

「甘いな」

 

 副盟主は降伏しない。

 降伏だけはするはずがない。

 モモンが差し向けていた大剣の刃に、自分の(くび)を貫き通した。

 さすがの英雄も、突然の事態に言葉を失う。

 広間の床を転がる死の大水晶。

 竜は血の(あぶく)を吐きながら、嗤う。

 

「我が、一族、の、邪、法、……父、のアイテ、ム、『朽、棺』、──、を、受け、よ」

 

 真紅の血が、見る間にドス黒い色に染まっていく。

 同時に、奴の全身──堅牢な筋肉が、強固だった竜鱗が、竜眼が、爪牙が、尻尾が、何もかもが黒く、黒く、闇よりも黒く融けて、腐り、朽ちていく。

 

大命(たいめい)、に、背き、申し訳、ござい、ま……ぜん」

 

 彼が謝辞を送るのは、彼が奉じる盟主にのみ。

 

「××、さま、──お先、参   」

 

 黒すぎて呪わしい光景とは打って変わって、澄み切った声音が竜の口腔──黒化する牙の間から零れた。

 自ら絶命した副盟主。

 そうすることで、その身に宿る何かが、この場に、この世界に、厳かに顕現しつつあった。

 

「──なんだ、これは!?」

 

 剣を構えたモモンが、驚愕と警戒に目を(みは)る。

 十二高弟に備わる、アンデッド化の洗礼……とは、違う。

 何かが、何もかもが、まったく決定的に違っていた。

 

「奴の、た、体内から?」

 

 黒竜の骸が時間の早送りのように腐り果て、その内部にあった“(はこ)”が、腐肉と黒液の崩落の中から垣間見える。

 ヘッケランたちには理解しがたい光景──あのボロボロに朽ちた棺──そこから、何かとんでもない気配……黒竜の副盟主よりも危険で恐ろしい何かを感じる。

 

「やばい、やばいやばい、なんかよくわからんけど、やばい!」

 

 ヘッケランの脳内で、警鐘の音色がやかましく響く。

 あれが、あんなものが、いま此処に飛び出てきたら、いかにモモンと言えど、殺される。

 そう直感して当然すぎる、異常な力。

 生まれ堕ちようとしている、──死。

 絶望的すぎる状況に、逃げることすら忘れて、趨勢を見守るしかなかった──その時。

 

 

 

「案ずるな」

 

 

 

 死の気配が濁流のように溢れる空間に、その足音の主は悠然と歩を進める。

 儀式に繋がれていた()の王は、儀式の首謀者が死亡したことで、拘束を解れた。

 アンデッドの王は、己の腹部に位置するところから赤い球体を取り出し、何かを唱えた……途端、

 

「な」

 

 球体が世界を覆うほどの光量を発した。

 刹那、朽ちはてた棺が、唐突に、力の流出を停止。

 それを実行した超級のアンデッド──魔導国の王は、深く頷く。

 

「うん。竜に特効を持つアイテムなら、竜の中のモノを──竜らしきコイツを抑止できると判断したのは、間違いなかったな」

 

 アインズ・ウール・ゴウンは、副盟主の残した謎の匣と、ついでに死の大水晶を無造作に拾い上げる。

 

「た、助かった、のか?」

「どうやらそのようです……ヘッケランさん」

 

 そう言うモモンが大剣を背負い直す姿を見て、緊張の糸が切れた。

 帝都での任務実行中に起こった転移。そこから連戦に次ぐ連戦。ズーラーノーン十二高弟という強敵たち。

 ヘッケランたちは一様に力が抜けてしまった。その場にへたりこみ、武器を支えに体を起こしていられる程度。

 モモンが颯爽と歩を進め、魔導国の王と何かを小声で話し込んでいる。

 ヘッケランは感嘆せざるを得ない。

 

(あれが、漆黒の英雄と──俺たちの王)

 

 わずかに漏れ聞こえてくるのは「朽ちた竜の──、できるだけ回収したい」とか「〈上位道具鑑定〉────? この匣……まさか!」という内容。

 そうした後で、ともにナーベの容体を確認しに行く姿が遠く見える。疲労がピークに達したようだ。

 

「お、………………おわっ、たぁ」

「ああー、もー、今回、何回も、死ぬかと、思った」

「ええ。もう、ほんとうに、これまででもっとも辛い、仕事(たたかい)でした」

「────」

 

 アルシェは杖に体を預けながら、広間の隅に向かう。

 その姿を目にしたヘッケランたち三人は、その先にある男の死体をみとめて、ぼろぼろの身体をおして、少女の身を支えに向かう。

 

「…………」

 

 男の死骸を見下ろした少女は、その場に座り込んだ。

 疲労と魔力切れもさることながら、その死を目の前にしているという現実に、脳の理解が追い付いていない。

 

「……おとうさま」

 

 すっかり青白くなった父の頬に触れるアルシェ。

 末期の瞬間、娘への懺悔を口にしていた涙の跡を、拭う。

 そして、その頬に、容赦なく平手を落とす。

 ぺちん、と。

 力なく振るわれるアルシェの感情……ぺちん、ぺたん、という音が弱々しく響く。

 アルシェは、震える唇で告げる。

 

「おきろ……起きろ……こんな、ところで、寝るな……寝たら、ダメ……だから……」

 

 どんなに叩いても、揺さぶっても、父は目を開かない。

 

「自分だけ、謝って……それで、そのまま死ぬなんて……ふざけるな……ふざけないで……」

 

 ヘッケラン達は何も言えない。

 黙ってアルシェのやることを、支えることしかできない。

 アルシェは父の血で染まった胸倉を掴む。

 震える両手で──涙の滲む視界を俯けて。

 

「──私は、あなたを許さない──絶対に……ぜったいに……」

 

 それだけのことをした。

 死んでしまって当然の男だった。

 しかし、それでも、アルシェにとって、たった一人の父だった。

 ダメな父親だった。

 貴族の地位に(こだわ)り、現実を(かえり)みず、借用書を積み上げて、見栄と矜持だけは一人前で──本当にダメな父だった。

 それでも──親なのだ。

 金策を押し付け、借金を返させて、自分は働きもせず、親の権威を笠に着て、実の娘に苦労をかけまくったクズだとしても。

 アルシェの、父なのだ。

 

「あなたが私にしてくれたことを、私は、決して忘れない」

 

 生んでくれたこと。

 育ててくれたこと。

 妹たちを生んでくれたこと。

 

 優しくしてくれたこと。

 教育を施してくれたこと。

 魔法学院に通わせてくれたこと。

 

 学院で積み上げた、魔法の才能のおかげで──“フォーサイト”と出会えたこと。

 

 ──ここまで、みんなと一緒にこれたこと。

 

「だから……だから……」 

 

 アルシェは、もう、何も言えなくなった。

 イミーナに肩を抱かれて、冷たくなった父の胸に、涙を落とし続けた。 

 

「失礼、皆さん」

 

 ヘッケラン達は振り返る。

 

「モモンさん……助けていただいて、本当に、ありがとうございました」

「いえいえ──今回の任務は、予想以上に難しい仕事だったでしょうが、皆さん無事に──とはいきませんでしたか」

 

 ヘッケランは重く頷いた。

 副盟主によって、死の大水晶に取り込まれたカジットとクレマンティーヌ──せっかく加入した二人の喪失は、チームとしては手痛い失点である。

 

「アンデッドの二人……クレマンティーヌさんとカジットさんは、〈死者復活(レイズ・デッド)〉の魔法は」

「ええ。残念ながら」

 

 アンデッドに信仰系魔法の蘇生は通用しない。常識と言えば常識だ。

 沈鬱な表情で向かい合っていた両名の間に、一人のアンデッドが歩み寄る。

 ヘッケランは疲労しきった体を叩くように腰を折る。

 

「魔導王、陛下──申し訳、ありません。あなたのシモベであったアンデッドの二人を、みすみす喪うことになって」

「いいや、気にすることはない、ヘッケランくん。むしろ、諸君らが無事に任務を果たせたことを良しとすべきだろう──アンデッドの復活で必要になるのは、〈複製(クローン)〉などの魔力系に属する蘇生魔法だが、それも必要ない──」

「しかし……?」

 

 ヘッケランは、何か奇妙なことをアインズの口から聞いた気がして頭をひねった。

 

「第一、二人がやられた原因は、私を拘束するための媒体として利用するためだったようだからな。君たちが気に病むことはない」

「は、──はい」

 

 体力が擦り切れ、あちこち傷だらけの身体では、抗弁し続けるのも難しい。

 

「それよりも、そちらの、奴隷の死体は?」

「──うちのチームメイトの、アルシェの父親です」

「そうか……ここへ連れてこられた奴隷の一人だったか……だが、対象のレベルが低すぎては、復活の魔法には耐えられんが」

「──ええ。重々承知しています」

 

 いくら魔導国に蘇生の魔法があると言っても、アルシェの父の魂の強さでは、灰になって消滅する──蘇ることは不可能なのだ。

 アルシェは涙を拭って魔導王を見上げた。

 

「魔導王陛下にお願いします」

「ん? なんだね?」

「父の死体を、せめて、(とむら)わせてください……ここへ置いていくのは」

「その程度のことであれば容易(たやす)い御用だ」

 

 魔導王は新たに召喚した骸骨(スケルトン)たちに命じて、死体を搬送する準備を整える。

 

「この死の城は、我が守護者(シモベ)達のおかげで、無事に指揮権を奪い取れたことだし──今はとりあえず、ともに帰国しようではないか」

 

 王という地位にありながらも、軽妙に下々の冒険者たちの要望を聞き入れてくれる姿に感服しつつ、フォーサイトは魔導王の開いた〈転移門〉に案内される。

 

 骸骨たちの運ぶ荷台(タンカー)に乗せられ、帰還の途に就くヘッケラン達。

 

 傷を負ったナーベに寄り添うモモンの姿を見て、三人ほど複雑な表情をした乙女らがいたようだが、それも門の内側に呑まれていった。

 

 

 

 ・

 

 

 

 数日後。

 大陸中央のどこか。

 

「ねぇちょっと、どうなってるのよ、アンドリユ? この地域の、大陸中央の十二高弟が強制招集されるなんて?」

「知るかよ、ヨハンナ。それよりも副盟主のヤロウの計画ってのは、結局どうなったんだ?」

「それらしい事象は観測できましたが、結局、魔導国と周辺諸国は、特に何の死人もなし──失敗したと思われますが」

「おいおい本当かい、マ・テュー? あれだけの規模を巻きこんで失敗なんて、ありえるのかい?」

 

 その空間に座するのは、いずれも亜人──女口調のビーストマンや眼鏡をかけたミノタウロス、妖巨人(トロール)の女神官や人馬(セントール)の美青年など。

 

「さぁ……少なくとも、魔導国と帝国は(つつが)なく。事件当日は多少の混乱はあったようですが、魔導王陛下からの今回の事件の詳細……我等ズーラーノーンの犯行であるという声明が出されたようです。転倒などで負傷した国民へのアフターケアも、ばっちりこなしている模様で」

 

 頭の弱いものが多い巨人種にしては聡明無比に過ぎる女神官。「妖巨人(トロール)の王族」という出自は伊達ではない。

 

「ていうか私たちの犯行って──即バレにも程がなくない?」

「……もしかしなくとも、わざと泳がされていた可能性が?」

「しかし。我等が副盟主殿と連絡がつかない状況では、なんとも言い難いです」

「ええ。さらにアンデッドの十二高弟の方々も音信不通というのは──もしや、魔導国に捕縛されたのでは?」

「いや、ありえないでしょ。あの副盟主が捕縛て」

「確かに。奴の実力は十二高弟内でも指折りだ」

「死の大水晶を使ってのドラゴン・ゾンビ大量支配だけでも厄介だというのに、種族は地上最強の存在ですからね」

「アンデッド化の洗礼もなしに、よくぞあそこまで盟主サマに思い入れられるものだ。俗にいう“すりこみ”というものでしょうか?」

 

 亜人たちの十二高弟らが懸念と論議を交わす議場に、その声はよく通った。

 

「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」

 

 一癖も二癖もありそうな面々と巨体を前に、その人間の女性は尻込みすることなく会合を進行していく。

 

「今回の招集は、例の副盟主の計画の結果について、ご報告せねばならないことが」

「おう、早く教えてくれよジュード。このままじゃ寝込みが悪くなっちまうぜ」

「そうそう。人間どもを一斉に食べようとした副盟主は、いまどこをほっつき歩いているのよ?」

 

 牛頭に知的な眼鏡をかけたアンドリユと、手入れした爪の調子を確かめるヨハンナに促され、ズーラーノーンの財務を一手に担う十二高弟は、簡略的に結論を述べる。

 

「副盟主は死にました」

「は?」

「あ?」

「な?」

「ん?」

「ついでに、“皮剥ぎ”のバルトロも死亡。古参の一角であった“ゴーレム使い”トオムと“ノコギリ姫”シモーヌも、敵の手に堕ちました」

 

 あまりにも簡潔すぎる報告内容に、十二高弟たちは色を失う。

 

「さらに、ついでに言いますと、カジットとクレマンティーヌも諸事情により死亡しておりました」

 

 この時点で既に六名の十二高弟が潰されたことが知らされる。

 無論、そんな情報を鵜呑みにできるわけもない。

 

「じょ、冗談はよしてください……その六名のうち三名は、齢400年を超える古参組ですよ?」

「マ・テューの言う通りだ。ああ、嗤えねぇ。まったくもって嗤えやしねぇ。てめぇが身内じゃなかったら、頭から噛みちぎって喰い殺してるぞ」

「オカマライオン、口調もどってるぞ」

「ふむ。なんにせよ、何か証拠はおありなのでしょう、レディ?」

 

 人馬(セントール)が先を促すと、ジュードは事務的に手を二回打ち鳴らした。

 

「ええ、では、こちらの方にご臨席賜りましょう……アインズ・ウール・ゴウン魔導国宰相閣下……アルベド様です」

 

 告げられた内容が脳に浸透するよりも先に、女悪魔は議場に舞い降りた。

 粛々と扉を開けたのは、同じ十二高弟──木乃伊(ミイラ)のデクノボウというのが、混乱に拍車をかけていく。

 

「これは、いったい」

「どういうことだ、ジュード!」

「どうもこうも────見ての通りですよ」

 

 ジュードは冷たい眼差しで一同を睥睨した。

 

「私の治める都市国家の安寧のために、アンタらズーラーノーンの残党を売っ払っただけだが?」

「てめぇ! 人間のメスのくせに調子に乗ってんじゃ!」

 

 激昂したヨハンナが獅子の爪を閃かせるよりも先に、鋭い剣閃が奔る。

 獅子のビーストマンの跳躍力・瞬発力を飛び越えた次元で、何者かが彼の首を両断したのだ。

 しかし、その何者かの姿はどこにもない。

 吹き上がる鮮血の噴水が議場を赤く染めても、影も形も見えない。

 

「い、いったい、何が」

「ここから発言するときは、宰相閣下・アルベド様の許可を賜るように」

「きょ、許可だと──いったい、何の権限、……で?」

 

 アンドリユの眼鏡越しの視界が、赤く、黒く、染まる。

 ミノタウロスたる彼は、先に殺されたヨハンナよりも頑健かつ強靭な筋肉、さらには魔法で編まれた防刃繊維の衣服を纏い、さらに恒常的な防御魔法を体内に巡らせる稀代の魔法戦士──にも関わらず、その全身が頭頂部から縦に割断されていた。

 首を斬るよりも確実に難しい、殺しの手技。

 さすがに今回は、殺人者の一刀を……漆黒の戦斧の威力を、アルベドは微笑みながら披露してやった。

 残された二人の十二高弟は口をとざした。

 妖巨人(トロール)の雌は震える両手で唇を塞ぎながら尻餅をつき、人馬(セントール)の青年は自慢の弓矢を頭上に掲げ、それを床に放り棄てる。

 

「よろしい」

 

 魔導国宰相──アルベドは聖母のごとく頷いた。

 

「では、あなたたちも我が魔導国の支配下に組み込みます。そこに転がっている二人の死体はナザリックへ──蘇生した後、恐怖公が良いように調教してくれるでしょう」

「かしこまりました、アルベド様」

 

 ひれ伏す組織の裏切り者──帝国闇金融の総元締たる十二高弟──ジュード都市長に恭しく促され、純白の女悪魔は副盟主が座るはずの議長席に腰を下ろす。

 

「では、残ったあなたたち二人にも、一応確認します。他の十二高弟から聞いたのだけど──『あらゆる存在を完全支配下における』魔法のアイテム──それが、おまえたちの背後にいるもの──“スレイン法国にある”という情報は、本当かしら?」 

 

 

 

 ・

 

 

 

 スレイン法国。

 聖域。

 自国の人間でも入れるものが制限され尽している神殿の奥。

 600年前、この世界に降臨した神──六神の内の五柱が遺した強力な装備が眠る場所。

 使用者が死亡したことで、もとの位置に安置されたケイセケコゥクなどの脇を、その少女は興味なさそうに通過していく。

 

「ここは相変わらずだね」

 

 神々の遺産……見る者が見れば感涙に咽び泣くだろう綺羅星もかくやという眺めなど、番外席次と呼ばれる彼女には、何の関心もない。

 戦鎌(ウォーサイズ)を肩に担ぐ彼女が向かうのは、死んだ神様の武器庫の、さらに奥にある一室、──もとい異界。そこは、法国を治める神官長たちですら出入りすること叶わぬ真の神域であるが、番外席次だけは、例外的に行き来が可能であった。

 

 そこは漆黒の大聖堂。

 闇を建材としたかのような、絢爛豪華な黒の伽藍。

 只人では一歩踏み出すこともできない、重い空気。

 典雅かつ荘厳──巨大なパイプオルガンの演奏者席に座する、亡霊のごとき影。

 

「そっちも相変わらず死にそうなザマ──って、もう死んでるんだったっけ?」

 

 生まれてこの方、もやは見飽き過ぎたアンデッドの相貌。

 喪服を思わせる黒のヴェールに隠された顔面部分は、暗黒の闇一色に染まっている。

 身に帯びた黒い甲冑や手甲は、生物らしい心拍や呼吸の動きをしていない──まるで死体か、物語の死神(しにがみ)のようだ。

 

「アンタがそこから動かなくなって、もう100年だっけ? 100年前、アンタが最後の大征伐に赴いた時?」

 

 アンデッドは応じない。

 番外席次は、何の反応も示さない育ての親──その一人への愛着も何もない様子で、スレイン法国を──人類を守護し続けた、死の神(スルシャーナ)の第一の従者を指でつつく。

 

「はぁ、ここは本気で退屈……ルビクキューも飽きたし……いい加減、外に出て暴れたいわよね。アインズ・ウール・ゴウン魔王、魔統王? とかいうアンデッドは、いい暇つぶしになりそうだけど。何しろピーターを──アンタが500年前に拾ったっていう、小っちゃい竜王を、副盟主をブチ殺したって、もっぱらの噂だし?」

 

 アンデッドは応じない。

 そんな“彼女”を尻目に、番外席次はパイプオルガンの蓋を開ける。

 魔法の生きる楽器は、調律などの手入れがなくとも、最高最上の音質を約束する。

 かつて、ここに座っているアンデッドが弾いていた音色を、一音もあやまつことなく演奏してみた。

 ルビクキューのように複雑怪奇な工程を延々繰り返すのとは違い、鍵盤を一個押しただけで音が奏でられるこちらのほうが、どちらかというと単純でやりやすい。

 奏でられる旋律は、物悲しく、寂しげで、幼心に番外席次の中に刻み込まれたもの。

 一通り弾き終えた番外席次は、やはり微動だにしないアンデッドに、失望の溜息を吐き落とす。

 

「やっぱり、おもしろくない」

 

 これを弾いているときの彼女の背中は楽しげだった……たとえそれが、遠い過去を、亡き主人を偲ぶものだったとしても。

 

「アンタの創ったズーラーノーンがやらかしちゃったおかげで、神官長たちは大わらわだよ? 何とかしたらどうなの?」

 

 アンデッドは応じない。

 応じようという気配すらない。

 

「じゃあね、サラ」

 

 サラと呼ばれたアンデッドは、やはり応じることはない。

 番外席次は白黒の瞳に薄ら笑いを浮かべ、黒白の髪を(ひるがえ)して、大聖堂を後にする。

 

 

 

 

 

 サラは、永遠に意識を閉ざし続ける。一定の手順を経ることで、十二高弟に加えられた者への洗礼魔法や、死の城などへ賄われる魔力を神殿から送ったりできる程度。彼女の元の意志は今、ボロ雑巾よりも酷いありさまだ。

 

 彼女の脳裏に浮かび続けるのは、600年前のこと。

 サラと彼が、最も幸福だった時代。

 

 ユグドラシルプレイヤーと名乗った、愉快な六人組。

 その中の一人だった、優しくて優しい、骸骨の戦士。

 十字槍にも似た戦鎌(ウォーサイズ)を携えて、私を助けた超越者。

 初めて背中を預け、身も心も(ゆだ)ねられた、愛しい人。

 不器用で乱暴粗野な、口の悪い女を愛してくれた(ひと)

 

 そんな彼が好きだったのが、このパイプオルガン。

 

 リアルでもゲームでも、よくピアノを弾いていたのだと、ギルドの皆との宴の時は、決まって仲間たちに聴かせていたと。

 

 だが、もう、彼は、いない。

 

 彼が死んだあの日──八人のプレイヤーに「殺してくれ」と頼んだ、あの時、自分は、何も、できなかった。

 私が寿命で死んだ日──彼のシモベとなった時から──彼が創ったモンスターになり果てた時から──自分には、何の自由もなかった。

 そうして、彼が死んだ時に、ようやく自分自身を取り戻した──彼という創造主の(くびき)から解放された。

 

 それからサラは、彼らの代わりに世界を、国を、民と人を守り続けた。

 

 中位アンデッドとして数多くの国と戦を巡り、数多くの魔法と力を身につけ、数多くの勝利と死を平らげたことで、今では上位アンデッドへと──この死神の種族に、進化を遂げた。

 そんな月日が幾百年──サラは自分自身という人格を、失いつつあった。

 死の神たる彼が「殺してくれ」と頼んだのも頷ける、魂の摩滅。

 もはや、崩壊寸前の自分を抑え込むことは難しい──いざという時は、あの娘が、ここを護っている番外が、自分を殺して止めるだろう。

   

 過ぎ去りし思い出を懐古しながら、ズーラーノーンの盟主は死ぬこともできずに、ただ、その時を待つ。

 

 守ってくれと、導いてくれと、そう(こいねが)い縋りつく民たちのために、人を救う勇者であり──神と添い遂げし巫女であった死神(しにがみ)は、暗黒の相貌を俯けて、今も存在し続けている。

 

 死ぬことなく、消えることなく、延々と──幾百年。

 

 

 

 

 

「    あなた    」

 

 

 

 

 

 彼女(サラ)は、愛しい者のいる場所へ逝き、彼ともう一度会える時が来ることを、切に願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 




盟主とスルシャーナ──彼女と彼については、拙作『天使の澱』でも言及されていた関係です────が、当然ながら「空想」です。



次回、最終話

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。