伯爵一族
旅の途中、行きかう人々をアベルは観察する。
馬車が意外と多くて、樽や穀物袋が満載になっている。
その馬車をよく観察すると、サスペンションなどがついていないようだった。
木製の軸があって、金輪の嵌った車輪に通されているだけだ。
あの構造だと、激しく揺れるに決まっていた。乗り心地は最悪だろう。
道行く人は様々だった。
商売人風の人が多く、次は戦士とか冒険者のような雰囲気の人。
顔も厳つくて、ちょっと気軽に話しかけられる感じではない。
女戦士もいてアベルは少し興奮した。ビキニアーマーはしていなかったけれど。
夕方までひたすら歩き、宿場町に到着した。
呼び込みの人がいるので、一番安い大部屋の値段を聞くと、一人銅貨五十枚で晩飯と翌朝の朝食付きだという。
宿の良し悪しなど分からないのでとりあえず、そこで良いだろうとリックと頷き合い宿に入る。
子供二人組というのは珍しいらしくジロジロと見てくる人もいた。
「靴は脱いで足を洗ってから部屋に入ってください」
アベルは不愛想な女中からそう言われた。
大部屋に入る前のマナーのようだ。
追加でお金を払うと桶一杯のお湯がもらえるというが、アベルは加熱の魔法が使えるので桶だけ貸してくれるように頼んだ。
水は勝手に井戸水を汲ませてもらう。
「加熱」
桶の水が適度なお湯になる。それで足だけ洗った。
足だけでも、すっきりすると気分がいい。
残りのお湯はリックにあげる。
「やっぱ魔法は便利だな」
リックがしみじみと言った。
「リックも使えればいいのになあ……」
「ウォルター様に一度、聞いたことがある。魔法を使えるようになりたいから方法がないかって」
「なんて言われた?」
「世の中、魔法を使えない人の方が多いって。使えても初級止まりが大方だから、魔力が無いなら無いで真面目に暮らせばいいってさ」
ウォルターらしい答えだなと思い、アベルは少し嬉しくなる。
父親ウォルターは冒険者として生活していたこともあるので、世の中の裏側も見知っているわけだ。
貴族、平民、冒険者と人生経験が豊富で、それでいて人間がスレていない男……。
アベルはやっぱり憧れてしまう。
夕食は、固いパンと何かの動物の内臓の煮込みだった。
やたらと塩辛いだけで味はどうしてもアイラと比べれば落ちる。
早くも手料理が懐かしくなった。
夜、大人たちの中には酒場で飲む人もいるが、アベルたちは宿屋から渡された毛布に包まって寝た。
ウォルターから、路銀目当ての泥棒が多いから、寝ている間も荷物と財布には注意しろと言われていた。
アベルはあえて、あまり深く眠らないようにする。
前世でも、マン喫とか木賃宿で注意しながら寝たことがあったなぁ、などと思った。
幸いなことに特に何事もなく夜が明ける。
朝食は麦のお粥と野菜のスープだった。
旅人相手なので消化の良い物を出すのかもしれない。
その日の正午前、あの懐かしいカイザンの町についた。
ここは通過する予定だった。
嫌でも記憶を刺激されるのが、イースという名の異様な少女騎士。
並外れて美しい容姿をしていた。
紅色の宝石のような瞳……。
尋ねる気にはなれないが、ちょっと家の前まで行ってみようとアベルは思った。
自分の中にある、何らかの異質なものを敏感に感じ取ってきた、イースという少女。
少女にしては、強すぎた。
――俺が異常なら、あのイースってやつも異常だったな……。
ところが家は人気がしなかった。
木戸は全て閉められて、庭には雑草が伸びきっている。
一年ぐらい手入れされた気配がない。
確実に無人だった。
――なにかあったのかな?
アベルは少し気になったが、調べている時間もない。
イースという少女は、もしかしたら戦死でもしたのだろうか……とアベルは想像する。
何もわからないまま、町を後にした……。
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騎士といっても、本当に色々な役割があるらしい。
ウォルターの話しだと騎士というのは、究極の雑用だった。
まず治安維持のために魔獣を狩ったり、盗賊がいればこれを捕縛するなり討伐するなりする。
災害があれば指揮をして被害を防いで、そのあとは修復をしなくてはならない。
その他、主の命ずるところなら、大抵のことはやらないといけない。
ただし、騎士には自らを守る権利が認められている。
だから、帝国の法律では、たとえ主命でも理由なく騎士に死を求めることはできない、ということだ。
三日、四日と徒歩による旅は続く。
宿場町で喧嘩や怒鳴り合いが起きているところは何度も見た。
至るところに流浪の戦士という風体の者がいる。
そういう人物たちの中にはゴロツキと呼んだ方が的確な者も大勢いた。
当然、喧嘩っ早くて直ぐに乱闘となる。
どうやらプライドとか面子に関わることでは一歩も退かないのが原因のようだ。
町では何度か雰囲気の悪い男たちに付けられたので、そのときはリックと一緒に走って逃げた。
どういうつもりの連中なのかは分からない。
子供とみて、ちょっと金を巻き上げるつもりなのかもしれない。
あるいは攫って身柄ごと搾り尽くすのが目的かもしれない。
とにかく、素早く逃げる方針でいった。
治安が良くないのは肌で理解する。
町以外の風景は基本、畑や果樹園が続き、森林や原野が時々ある、という感じだった。
街道では、ときどき騎乗して徒士を連れた騎士に出会った。
いずれも使い込まれた鎧兜に身を包み、厳めしい気配を発散している。
彼らは主要な道を巡回して治安維持をしている騎士だ。
やがてハイワンド伯爵領の中心地、伯爵の本城があるポルトに近づくにつれて人口密度が少しずつ高くなっていく。
六日目の正午過ぎ、ついにアベルとリックは目的地に着いた。
「あれがポルトの街か……」
アベルは見たままの感想を口にする。
ポルトの街は、周囲をぐるりと壁で囲まれている。
ただ、壁はそう高くなくて、大人の背丈の倍もない。
ハシゴなどの道具がないとギリギリ越えられない高さだった。
リックは感動のあまり少し震えていた。
とにかく物流が盛んで、人間の出入りが多い様子である。
引っ切り無しに人が通過する門は夜間、閉ざされるという。
ただし検問は特別な場合を除いて無いという説明をウォルターからされていた。
入市税という名目で金を取る街もあるのだが、ポルトではその政策は取られていないと聞いていた。
アベルとリックは見咎められることもなく中に入れた。
人が非常に多い。老若男女が行きかっている。
服装もテナナに比べて派手な色が目立った。
作業着のような服ではなくて、明らかにお洒落として衣服を楽しんでいる。
やはり田舎とは違うのだなとアベルは感心してしまった。
道の両側は商店が多い。
麻は特産品の一つのようで、麻製品が多かった。
それから食料を扱う店。
豚や牛が皮を剥がれた姿で鉤に吊り下げられていた。
料理屋もある。
アベルが、ちょっと気になったのは浮浪者っぽい人間がちらほらしているところだった。
テナナでは見かけない種類の人だ。
テナナは助け合いの集落だったから、火事があって家が焼けてしまった人が出た時は、空家を所有している人が仮住まいを提供していた。
都会ではそういう気風はないのだろうと思う。
道を進んでいくと、再び城壁が現れる。
今度は本当の立派な城壁だった。
目的地はあの中だ。
「じゃあ、リック。おれはこれから城に行ってみる」
「おれも連れて行けよっ」
「いや、たぶん中に入れてくれないぞ……」
「いいから、アベルの従者だって説明しろよ」
「むりだよっ」
ごねるリックを、後から必ず呼び寄せると説得して、門番のところへ行った。
「あの……、すみません」
門番は若い兵士だった。
面倒くさそうにアベルを見た。
「なんだよ、がき」
「あの。僕はハイワンド伯爵様の準騎士を勤めているウォルター・レイの息子、アベルと申します。本日は伯爵様の命によりここに来ました。お取次ぎを願えますか?」
門番の若い男はちょっと困った顔をした。
「なんか証拠はあるのか?」
アベルは手紙を見せた。
内容ではなくて、署名の入った封筒だけである。
兵士は頷いた。
「ちょっと待っていろよ。俺は字を読めないんだよな。あと、一応教えておくと、こういうときは俺に手間賃を払うものだ」
「あっ。そうなんですか……どれぐらい?」
「気の利いた奴なら銀貨一枚だけれど、お前もっているか?」
いくらなんでも銀貨など高すぎる。
旅の間に金銭感覚が身についてきていた。
「銅貨しかないけれど」
「旅してきたなら持っているだろ?」
――しつこいなぁ。
アベルはイラッと来たが、ここで負けて大金を払うのは癪だ。
続けて説明する。
「お金はほとんど持っていません。父は貧乏な準騎士です。銅貨二十枚で勘弁してください」
「……しかたねぇな。親父が準騎士じゃ金なんかもっているわけないか」
相手が気を変えないうちに素早くアベルは銅貨を渡す。
なんとか納得させて、ほっとした。
ウォルターは決して貧乏でない。
テナナの付近には、他に魔法治療院はなかった。
アイラも腕のいい薬師だから二人の治療はかなり確かで、遠くからも患者が来るほど人気だったのだ。
ただし、ウォルターは法律で定められている金額の下限しか受け取らなかったし、時にはツケ払いも認めていた。
それでも金や食料が、方々から集まってきていた。
兵士が通用門の内側に声をかける。
待っていると、城門の中から鎧を着ていない役人っぽい中年の男が出てきた。
アベルは再び手紙を見せると、役人は内容を見てもいいかと聞いてくる。
隠すほどのものではないのでアベルは承諾した。
役人は一読すると頷いた。
アベルに問いかける。
「とりあえず、伯爵様にアベル殿が来着したことを伝える。ご用事がなければ会ってくださるやもしれない。あるいは、処置だけお伝えになるかもしれない。アベル殿は私についてまいれ」
役人に招かれて城壁の内側に入る。
内部は大部分が庭になっていて、石造りの建物がいくつも点在していた。
そんな庭のさらに先に、城の本体があった。
城壁が厳めしい。
アベルは興奮しながら城を観察する。
前世的な知識に当て嵌めると、中世の城としか形容しようがない。
山城というのではなくて、平らな地形に造られた平城というみたいだった。
しかし、城壁が三階建ての建物ほどの高さもあるから堅固な城に見える。
もっとも、城なんか初めて見るわけだけれど……。
ひたすら城に向かって歩いていく。
曲がりくねった道を歩かねばならない構造になっていた。
防御のことを考えて作られているのだとアベルは気づいた。
再び石壁と門が現れる。
そこの内側からが伯爵の本家、城の中枢にあたるようだ。
当然のことながら、門は閉じられていて、武装した門番がいる。
だが、取次ぎ役人が来ると門を開けてくれた。
門の内側にはまず馬小屋らしき建物があって、そこから先は歩きでしか行けない構造になっていた。
急な坂、狭い道。
矢狭間が壁に見えた。
城の扉が現れる。
大きい建物の割には小さな玄関だった。
きっとこれは大人数が押し寄せても、数人しか通れないようにするための工夫だと思えた。
いよいよ城の中に入る。
入り口の横にある部屋に案内された。
「ここは控室になります。アベル殿は礼服を持っていますかな」
「はい」
「ならばここで着替えなされ。それと手紙を貸してください。家令のケイファード様に渡してきます。それでは」
案内の役人が去っていった。
アベルは言われた通り、旅装を解いて礼服に着替えた。
大きな姿見があるので、おかしなところがないか調べる。
礼服はボタン留めで生地はベロアのような光沢がある。
体格に比べて長すぎる刀を、見苦しくないようにきちんと差し直す。
礼服を着込んだアベルは、貴族の子弟と言っても充分に通用する気品と可愛らしさがあった。
鏡を見て内心、己を自画自賛である。
にまにまと、笑ってしまった。
しばらく座って待っていると知らない初老の男が入ってきた。
白髪の五十歳ぐらいの人物だった。
黒いタキシードっぽい服を着ていて、なんだかよく分からないけれど「家令」という感じだった。
「アベル殿。私はハイワンド伯爵家の家令を勤めたる、ケイファードと申します。伯爵様におかれましては本日これよりアベル殿とお会いなさる。失礼のないように」
会見室に通される。
広い部屋だった。
黒い絨毯が敷かれている。
奥に五人の人物が座っていた。
中央の、一段高いところに座っているのが伯爵本人のようだ。
意外だったのは騎士団や衛兵のような者が一人もいないことだった。
血族のみ、ということだろうか。
伯爵の年齢は六十歳の手前ぐらいに見えた。
その隣に四十歳ぐらいの男。
その人物こそ直感的にウォルターの腹違いの兄だと確信した。
実際、顔が似ている。
続いて二十五歳ぐらいの青年、さらに隣に十六歳ぐらいの少年、末端に座っているのは少女だった。
少女の年齢は十歳ぐらいに見えた。
アベルは習った通り、右手を胸にあてて、一礼した。
貴族の礼だった。
「アベル・レイです。お初にお目にかかります」
誰も何も言わない。
じっと視線だけが注がれる。
-なにこれ、新しいイジメなの?
バース・ハイワンド伯爵の目線は厳しい……と感じる。
しかし、普段からあんなものなのかもしれない。
伯爵の跡継ぎで叔父にあたる中年の男にアベルは視線を移す。
こちらは、もう、あからさまに苦りきった顔をしていた。
分かりやすいと言えば分かりやすい。
冷酷で傲慢な印象を受ける。
ウォルターと似たところのある顔なのに、ここまで逆の感じがあるのかと内心、アベルは驚く。
残りの三人は伯爵の孫だろう。
長男は額の張り出した、ゴツくて厳つい顔をしていた。
やや金壺眼で目は青。
髪は金髪を短くしている。
頬に贅肉は無く、顎なども強靭に発達している。
口元は不機嫌さを感じるほど強く引き締められていて、たぶんこれで素なのだろうと思えた。
良くも悪くも武人という言葉が似合う。
父親とはあまり似ていなかった。
二十五歳ぐらいに見えたのだが、実年齢はもう少し低いかもしれない。
次男は兄貴の顔を、だらしなく緩めた感じ。
どことなく狡賢そうで、かつ軽薄な印象。
最後が長女。
おれより二歳ぐらい年上かなとアベルは思った。
兄二人とは全然、顔が似ていない。
目の色も違うし、本当に娘だろうか……。
それぐらい似ていない。
けっこうな美少女だけれども、どうしようもなく高慢な感じがした。
瞳の色がアメジストのような濃い紫色をしていた。
髪は明るい藍色に紫の色彩を僅かに感じる。
将来は恐るべき令嬢になりそうだった。
バース・ハイワンドが口を開いた。
重たい迫力のある声だった。
五十代後半と思しきバース伯爵こそ貴族なるものを強く感じさせる。
無表情で、態度は尊大。
人に命令することに慣れ切っているというか、他人を従わせる気迫が漲っていた。
きっちり切り揃えられた髪は豊かなままだが、金髪にだいぶ白髪が混じっていて錆びた風合になっている。
「わしがバース伯爵である。我が準騎士ウォルター・レイの息子アベルよ。出頭ご苦労。さて、お前は治癒魔術をどの程度使えるのか」
「はい。父上が言うには、第三階梯ほどの能力があるそうです」
「他の魔法はどうだ」
「水魔術、鉱物魔術が第二階梯ほど。火魔術は加熱と炎弾以外は教えてもらえませんでした」
アベルはいくつか嘘をついた。
実力は隠すものだ。
アベルは前世の経験を思い出す。
ブラック企業の特徴は、ごく一部の人間は楽をして多額の収入を得ているが、その他は徹底的に過重労働させられるところにある。
そういう所で特に不味いのは、仕事が少しでも上手いと、容赦なく膨大な案件が任されてしまうところだ。
さらに報酬は低い。
そんな場で能力があるなんて披露するほうが損をする。
しばらくは見に徹して、それから方針を立てるつもりだった。
「剣はどうだ? 魔力で身体強化はできるのか?」
「少し出来ます。母から攻刀流、父から防迅流を習いました。初歩の腕です」
伯爵の右隣に座る四十歳ぐらいの男、つまり伯父が口を開いた。
「戦場から逃げ出す腰抜けの子です。親父殿。期待しても無駄でしょう」
徹底的に突き放した、この口ぶりである。
ヒュ~、と冷たい空気が流れるごとしだった。
「ベルルよ。ウォルターの罪は赦している。もう終わったことだ。今更、蒸し返すでない」
伯爵は鈴を鳴らした。
さっきここまで案内してくれた家令のケイファードが扉を開けて入室してきた。
儀式用の立派な入れ物で何かを運んでくる。
伯爵は言う。
「アベル。お前はハイワンド伯爵家の家中の者とは認め難い。しかし、お前の父がウォルター・レイと分かれば、その出生を知る者も大勢いる」
ベルルが苦々しい顔をした。
「そこで、お前をごくごく遠縁の者として扱う。しかしだ、はっきり言っておくが特別扱いはしない。いま皇帝国は王道のやつめらと戦争状態である。去年、中央平原でベルルの配下の治癒魔術師を含む者らが討ち取られた。人手不足ゆえ、お前に出世の機会を与えた。上手くやって見せろ」
伯爵が合図をすると家令が恭しくアベルの前に差し出してきたのはメダルの付いた首飾りだった。
それに勲章のようなものもあった。
「そのメダルにはハイワンド伯爵家の印が刻んである。それと胸章は城雇いの従者を示すものだ。二つは常に身につけよ」
アベルは命令に従い、メダルは首にかけ、胸章はピンで服につけた。
「わしは明日にもここを離れる。帝都で皇帝陛下の執政をお助けいたす。ベルルもまた近日中に兵士どもを率いて戦場にゆく。留守は孫に任せるゆえ、お前も早く一人前になってよく働け。話しは以上だ。なにかあるか?」
「なにもありません。伯爵様。至らぬ身でありますけれども治癒魔術が使えるよう精進いたします」
それで終わりかと思い一礼をした。
退出すればいいかと思い、振り返って部屋から出ようとするアベルは呼び止められた。
ベルルが言う。
「私はハイワンド騎士団の団長である。一応、お前がどの程度なのか息子たちに量らせる。訓練場へ行くぞ」
アベルは続柄、伯父にあたるベルルに付いていく。
彼の息子たち、それに娘も一緒だった。
アベルは不安になる。
知らない人間が自分を試すというのだ。
嫌な気分になって当然だった。
城の中を歩く。
城は、たぶん上から見れば「□」の形をしているように思えた。
中庭にあたる所へ連れて行かれた。石の床である。
数人の騎士や従者が訓練をしていた。
長男らしき男が口を開いた。
「俺は騎士団の副団長。ベルル団長の長男ロペスだ。訓練ゆえ、攻撃魔法は禁じ手とする。アベル。得物は何が得意だ?」
少し考えてから防迅流でいこうと思った。
攻刀流だとガチの勝負になってしまいそうだった。
適当に、いなして済ませようと思った。
「盾と剣です。防迅流ですから」
「そこから好きなものを出せ」
訓練用の武器庫から木刀と盾を取り出した。
ロぺスは槍だった。
訓練用だから刃は無くて木で出来ているが樫材らしく、重たさ硬さ共に、武器と呼んで差し支えない代物だった
彼の体格は前世的にいえば百九十センチは確実にある。
広い胸板。
丸太のような腕と足。
鋼鉄のような筋肉が、おそろしく発達している。
大男と呼んで間違いないし、素晴らしく鍛えられた肉体の持ち主だ。
あんな体格から繰り出された攻撃は、木製の武器であっても簡単に頭を叩き割られそうだ。
「私は槍と棍棒を好む。ではいくぞ」
ロペスは間を置かず、直上から槍を振り下ろしてきた。
アベルは盾で防ぐ。
物凄い衝撃で片膝をついた。
冷や汗が出る。
防げなければ大怪我だ。
アベルはどうしようか、判断に迷う。
すると素早く槍の柄が足元から掬い上げられて、アベルの脇の下に潜り込んでくるや、物凄い力で振るわれた。
-あれ?
気がつくと、もうアベルは空を飛んでいた。
態勢を立て直すことはできず、地面に落下してそのまま二回転。
衝撃と痛み。
腹に力を込めて慌てて立ち上がる。
頭に血が上った。
-この野郎……!
アベルの中に凶暴な殺気が宿る。
常識外れの怪力は、魔力による身体強化に違いない。
ロペスは槍を突き付けるように構えていた。
アベルはウォルターやアイラとの模擬戦を思い出す。
-どうしたものか?
槍とはやったことがないしな……。
アベルが防迅流の基本姿勢、盾前の構えを崩さないでいるとロペスから攻撃してきた。
足元に突き。
足は盾に苦手な場所だ。
アベルが持っているのは体が半分ほど隠れるサイズだから、盾で足元の攻撃を防ぐと頭に隙ができる。
とはいえ防御しなくてはならない。
盾で槍を防いだ。
思った通り、すぐさま槍は顔面を狙ってきた。
アベルは全身を横っ飛びさせて槍先をかわした。
そのまま即座に踏み込んで間合いを詰める。
懐に飛び込んで木刀を食らわせようとしたが、ロペスは槍を回転させると反対側の石突きの方で突いてきた。
盾で防いだが、怪力のせいで再びアベルの体は宙に浮いて後ろに飛んだ
だが、今回は予見していたから転ばずに済んだ。
少し余裕が出来て、考えが回ってくる。
-いかん、いかん。
怒っても意味ないぜ。
適当にあしらえばいい。
すぐに飽きるさ。
アベルは攻撃を盾や木刀で防ぎ続ける。
攻撃はそれなりに激しいが、守りに徹すれば凌げるレベルだった。
しばらくそれを続けているとロペスは構えを解いた。
「防ぐので精一杯か」
「はい。ロペス様の攻撃が強すぎて隙が見つかりません」
アベルはそう答えておいたが、事実は違った。ロペスの攻撃は怪力で強力だが、やや雑だ。アイラの緻密かつ勢いのある攻撃に比べると、付け入る隙がないわけではなかった。
もっともロペスの力だけは本物だから、剣の間合いに入ってもそこからどうするか……という問題はある。
「よし。お前の程度は分かった。防迅流の第三階梯がいいところだ。まあ攻撃に取りあえず反応できたのは良しとしよう。初めから治癒魔術師に剣は期待していないからな」
「あの、ロペス様は何流なのですか? 僕は槍に疎くて。無知ですみません」
「ふん。俺は一槍流だ。第五階梯である」
ロペスが自信満々で答えた。
どの分野でも第一、第二階梯は普通にたくさんいる。
だが、第五階梯という上級の部類になると急に減るものだ。
その上の第六階梯など戦士であろうと魔術師だろうと母親アイラを除いて見たこともない。
どこにいるのだろうといった感じだ。
その点だけは、凄いと言えるのだろうが、やはりアイラやウォルターと比較してしまう。
二人の実戦経験を感じさせる、しぶとくて強かな戦法は単純に階梯制度で括れないものがあった。
その点、ロペスの槍は、いかにも試合的な強さだった。
もちろん、そんな感想は口にしない。
「では次だな。モーンケ。アベルの相手をしなさい」
ベルルは続けて次男のモーンケにも訓練させようとしたが、モーンケは腕を痛めていると素っ気なく言って断った。
「カチェ。お前はやらなくていい」
なぜか、やる気満々だったカチェという娘にベルルは言った。
木刀を準備して素振りまでしていたカチェという紫の瞳の少女は、ものすごく不満そうだった。
「なんでよっ! お父様、わたくしも試合をやりたいですっ」
「カチェ。お前はちょっと魔法が使えるからといって、調子にのるな。貴族の子女は礼儀作法を習いなさい」
「女性でも戦士や騎士がおります!」
「あれは例外だ。魔力を持った女のなかでも変わったやつらなのだ」
カチェは父親を睨むように見つめている。
紫の視線が、ギラリと光るようだった。
しかし、ベルルはそれを無視していた。
子供など相手にしていられるか、という態度にも見える。
カチェという少女は抗議しても無駄だと察してか、不満のあまり踵を返し、いずこかに走り去った。
性格は短気……。
テストはこれで終わりのようであった。
アベルは一つ気になっていることを聞いてみる。
「あの。僕、イース・アークという女性の騎士と会ったことがあるのですが、あの人は今、どうされているかご存知ですか? もしかして戦死しましたか?」
イース・アークと聞いて、ロペスもベルルも眉を顰めた。
なにか不味かったのか……。
「イースなら健在だ。魔人族に縁を持つ者が簡単に死ぬものか」
ロペスが不機嫌そうに言う。
モーンケが意地悪そうに笑っていた。
「アベル君にはさぁ、イースの従者をやってもらおうよ。アベル君の根性があるところ、見てみたいなあ。なにしろイースの従者なんか、みんな辞めてしまうから」
ロペスが父親ベルルを見た。
ベルルは嫌な笑みを浮かべていた。
「ふん。妙案だな。モーンケ、よく思いついた。どうせ父親同様に、こいつも命がけで伯爵家を支える気概もないだろう。イースの従者とは根性を試すには丁度いい。お似合いだ……。いや、すぐに諦めるかもしれん」
-失敗したか……。
アベルは内心、舌打ちした。
つい興味から聞いてしまったが、この結果とは……。
よりにもよってあのイースの従者とは。
「ロペス。あとはお前に任せる。わしは忙しいでな」
ベルルは含みのある嘲りの視線をアベルに送ったものの、そう言って素っ気なく立ち去った。
アベルに対して、もはや興味を持つつもりがないようだ。
残されたロペス、モーンケは少し相談をした後、アベルを従者に任せて自分たちもまた、いずこかに去って行った。
挨拶もなかった。
面倒を見る気など、さっぱりないのだった。
徹底的に親族として扱うつもりがないのが分かった。
むしろマイナス感情まであるようだ。
アベルは一人、溜め息をついた……。
これからどうなるのか。
まったく不安になるような事ばかりだ。