Oh My Load! 作:かき氷
「あ、アインズ様。こんにちは」
「アインズ様ぁ! こんにちはー!」
「おお、アウラにマーレ。こんなところで会うとはな」
ナザリック第十階層、
「うわあ、さすがアインズ様! こんな難しい本読むんですね!」
「す、すごいです!」
「はは、まあな」
(やめて、お願い! そんなキラキラした目で見ないで! 俺は「サルでもわかる部下の心理」を読もうとしただけなんだよぉ)
純粋な尊敬の眼差しを浴びて精神が沈静化される。この体で良かったと心から思える瞬間だ。このまま適当に選んだ分厚い本について聞かれてはたまらない。アインズは無理やり話題を変える。
「マーレはともかく、アウラがここにいるのは珍しいな。一緒に冒険譚でも探しているのか?」
先日、マーレが「トム・ソーヤーの冒険」を借りたと司書長の話にあった。やはり男の子なんだなとほっこりしたのを覚えている。
「いえ、あたしたちは」
「し、調べたいことがあって図書館に来たんです。でも全然載ってなくて」
「ほう」
(子供らしくていいじゃないか)
まるで夏休みの自由研究だ。アインズはほのぼのとした気持ちになる。
「何を調べているんだ?」
(俺でも分かる事柄だったら力に……いや、全部教えては成長の妨げになるかな? 少しだけヒントをあげるくらいなら──)
「はい、ぼ、僕たちは──」
「〝だいしゅきほーるど〟について調べています!」
「ン、ンン!?!?!?」
ぺかー。
あまりの衝撃にまたもや強制沈静化。アインズは目眩を覚えた。聞き間違えという一縷の望みにかけてみる。
「あ、あー、だいしゅき……ほーるど……?」
「はい、そうです!」
「アインズ様はご存知でしょうか?」
「バカね、アインズ様だよ? 何でも知ってるに決まってるじゃない」
「それもそっか」
双子の期待の眼差しが痛い。アインズはコホンとひとつ咳払いをした。状況がイマイチ飲み込めない。
「そ、そもそも何故そんな話になったのだ?」
「は、はい。以前守護者みんなで集まったとき、アルベドさんが──」
ほわんほわんほわん。
アインズの発案で給金代わりに何か欲しいものはないか守護者たちに募った時の一幕。マーレの〝アインズ様添い寝権〟を聞いた守護者統括の一言。
『だいしゅきホールドという言葉には、それはもう惹かれるものがあるわぁ』
聞き覚えのないワードに男の娘は小首を傾げた。
『だいしゅきほーるどって何ですか?』
『くふふ、アウラやマーレにはまだ早いわ。貴方たちは知らなくても良いことよ』
『何よそれ? やな感じー』
(あの時か──! というかアルベド、子どもの前で何言ってるんだよ!? ……いや、そもそも俺のせいかも)
アルベドの創造主、タブラ・スマラグディナのギャップ萌えか、それとも自分が彼女の設定を書き換えたせいか。アインズは本棚に手をつき、ズーンと項垂れた。
「あたしたちだけ知らないって何か嫌じゃないですか」
「他のみんなにも聞いたんですけど──」
ケース1、シャルティア・ブラッドフォールンの場合
紅茶の匂いが立ち込める。シャルティアはティーカップを優雅にソーサーに戻した。
「だいしゅきホールドについて知りたい? うふ、ついにチビも色を知る年頃でありんすか」
「何よ? 知ってるならさっさと教えなさいよ」
「じゃあ、実践形式で──」
「アーちゃんにはまだ早いです!」
「何事!?」
どこからともなくやってきたユリ・アルファがアウラに目隠しする。おもむろにボールガウンを脱ごうとするシャルティアから視線を隠した。
「ああん、これはこれで。ユリに見られながらだなんて興奮するでありんすぅ」
「シャルティア様!? 脱ぐのをやめてください!」
「ねえ、何も見えないんだけど? そういえばユリは知ってるの? だいしゅきほーるど」
「し、知りません!?」
答えるユリの顔は真っ赤だった。めちゃくちゃ興奮したとシャルティアは後に語る。
ケース2、コキュートスの場合
「ダイシュキホールド……寡聞ニシテ知ラヌ」
「そうですか……コキュートスさんでも分からないんですね」
第五階層、雪原にあるコキュートスの住居まではるばる答えを求めたマーレはシュンと肩を落とす。心なしか尖った耳も垂れ下がっている。
「ダガ推測スルコトハ可能ダ。アルベド曰ク〝シュキ〟トハ〝スキ〟ガ変化シタノダロ? ナラバ」
「……ごくり」
「ダイシュキホールド……ツマリハ〝大隙ホールド〟。盾役ノアルベドガ相手ノ隙ヲ逃サズ捕エル、トイウコトダロウナ」
「す、すごいです! そんな意味があったなんて」
マーレは喜び勇んで姉に報告に行くが、その場にいたシャルティアに鼻で笑われてしまった。どうやらコキュートスの解釈は違うらしい。
ケース3、デミウルゴスの場合
「だいしゅきホールドですか、そうですね……」
デミウルゴスは真剣な様子の双子に思案する。果たして自分が軽々しく真実を口にして良いものかと。告げた場合、告げなかった場合。それぞれに起こりえる事象を加味して。その時、悪魔的発想がデミウルゴスの脳裏を駆け巡った。
「ええ、もちろん知ってますよ。ですが、それは私よりもセバスに聞いた方が良いと思います。彼は経験豊富でしょうし、ね」
「そうなの? わかった、聞いてみるね!」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
大きく手を振る少女、ぺこりと頭を下げる少年をデミウルゴスは満面の笑みで見送った。眼鏡がキランと光る。
ケース4、セバス・チャンの場合
「デミウルゴスがセバスなら知ってるって! 経験豊富なんでしょ?」
「だ、だいしゅきほーるどについて教えて下さい」
(おのれおのれデミウルゴスぅ! ……嵌めやがりましたねええええ!?)
セバスは内心、冷や汗ダラダラだった。ここまで窮地に陥ったのは王都リ・エスティーゼ以来かもしれない。執事兼
(何とか切り抜けなければ……ここまで築いた私のキャラが、キャラがぁ! たっち・みー様、私に力を……力をぉおお)
「ゴホン、確かに私はだいしゅきホールドなるものを知っています」
「じゃあ早く」
「ですが」
セバスは手を大きく突き出し、アウラたちを制する。そしてある方向を指差さした。その先には
「せっかくです、ご自分の力で調べて見るのは如何でしょうか?」
「えー、セバスが知ってるなら教えてくれた方が早いじゃん」
「あいにくですが私は今からやることがございますので」
「お、お姉ちゃん、無理強いするのはよくないよ」
「ぶー」
まだ納得しかねる様子のアウラの手を引き、マーレは図書館の方へ向かう。
(よっしゃあああ、乗り切りましたぞぉおおお!! ありがとうございます、たっち・みー様! アインズ様!)
思わずガッツポーズをとり、至高の御方々へ感謝の祈りを捧げる。
「……セバス様」
「おや、ツアレ。どうしました?」
物陰からツアレが顔を出す。セバスたちの会話が終わるまで待っていたのだろう。
「あの……だいしゅきほーるどって何なんでしょうか?」
「え?」
「私に教えていただけませんか?」
「え?」
この後、めちゃくちゃだいしゅきホールドされた。
◆◇◆
「と言うわけで今あたしたちはここにいるんです!」
「でも、全然見つからなくて」
「う、うむ……そうだったのか」
(見つからなくて当然だよ! もしあったとしても薄い本だし、ユグドラシルなら即BAN対象だよ!)
グロには寛容なユグドラシルだがエロには厳しい。その点は大丈夫だと思うが。
(……待てよ?)
アインズはハッとする。ダブルピースを決めるペロロンチーノの姿を幻視した。彼が運営の目を欺き、ギリギリのラインを攻め、大量に蔵書している可能性もなきにしもあらず。純真な少年少女にあんなものを晒すわけにはいかない。どうにか誤魔化さなければ。アインズは知恵を絞る。
『モモンガさん、相手に嘘をつくときは真実を少し混ぜるのです。そうすれば信憑性が増しますから』
(ぷにっと萌えさん! ありがとうございます!)
アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明にしてアインズのPKK師匠、ぷにっと萌えの言葉が思い出された。もうこれしかない。
「よし、ひとつ私が享受しようではないか」
「えぇ!? アインズ様御自らだいしゅきほーるどを!」
「そんな、恐れ多いですぅ!」
「構わないとも。丁度そこに椅子があるな」
アインズは閲覧スペースに設けられた長テーブルと椅子に近づき、そのひとつに座る。手招きで双子を側に誘った。
「さて、どちらから体験する?」
「はい、あたし! あたしからお願いします!」
何か言いたそうな弟に先んじ、アウラが元気よく手を挙げる。
「よろしい。ではアウラよ、ここだ」
「ふぇ!?」
アインズは自身の太ももを、肉は一切ないので大腿骨をポンポン叩く。アウラを誘った。恥ずかしそうに躊躇うアウラを横坐りで座らせると、安定させるために腰に手を回す。
「あ、アインズ様!? 何を……あ」
それから頭を優しく撫でた。アウラの金髪が骨の手櫛で優しく鋤かれる。サラサラと上質な絹を思わせる手触りだった。
「よーしよし、良い子だ」
「えへへ」
とろんと蕩けた笑みを浮かべて、アウラは気持ち良さそうに目を細めた。
「しゅきとは好き、〝だいしゅきほーるど〟とは大好きホールド。つまりは愛するものを抱きしめる、慈しむことだな」
(うん、嘘は言ってないだろう。我ながら完璧な答えだ)
下手なことをすればぶくぶく茶釜にぶっ飛ばされるだろうが、これくらいならばセーフであろう。アウラ、マーレの外見や年齢的にもセクハラにはあたらないはずだ。多分。
「あ、あの、アインズ様。僕も……」
指の隙間から恥ずかしそうに覗いていたマーレがおずおずと上目遣いにやってくる。
「もちろんだ。私はお前たち皆を等しく愛しているからな」
マーレの顔がパアッと輝いた。一旦アウラを下ろし、マーレも同じように抱きしめる。同じ要領で撫でてあげる。
「はぅ……えへへ」
「マーレ、早く代わりなさいよ」
「えぇ、お姉ちゃんもっと長かったじゃない」
「ははは、喧嘩は止すのだ。私の膝は二つあるのだからな」
せがむアウラを片方の大腿骨に乗せる。右にアウラを、左にマーレを。アインズは双子を平等にその腕に抱いた。目を細める双子はやがて小さな寝息を立て始める。無理に起こすこともないかとアインズはしばらくそのままでいた。
その光景を見た司書長のティトゥスは誰にも気づかれぬよう忍び足。図書館入り口の
本日休館。
◆◇◆
「ふんふふーん」
「あら、アウラ。今日はご機嫌ね」
「ふっ、お子様は気楽でいいでありんすねえ」
今日も今日とて正妻戦争を繰り広げるアルベド、シャルティアに対し、アウラは余裕の笑みを見せる。
「へっへーんだ、もうお子様じゃありませーん」
「それはどういう意味かしら?」
「はっ、その発言自体もうお子様丸出しでありんすよ」
シャルティアの挑発にも乗らず、アウラは胸を張り踏ん反り返る。
「聞きたい、聞きたい? 実はね、昨日アインズ様に〝だいしゅきほーるど〟してもらっちゃった!」
「「は!?」」
精々がデミウルゴス辺りにだいしゅきホールドの意味を聞いたくらいだと思っていた。アルベドがアウラの肩を掴みガクガク揺さぶる。
「え、嘘! 嘘よね!? 嘘って言いなさい!!」
「あ、ああ、アインズ様が? してもらった? したではなく……ということは」
必死なアルベドと頭から煙が上りそうなシャルティア。そんな二人に気づかずアウラはさらに爆弾を投下する。
「あ、正確にはあたしだけじゃなくてマーレもだけどね」
「「マーレも!?」」
「うん、二人一緒に。図書館でね」
「「一緒に!! 図書館で!?!?!?」」
思わずその光景を想像してしまう。アインズの白亜の指先がまだ幼さを残す
「TS? 露出? ロリショタ3P、両刀……!」
「アインズ様すごかったんだよ。優しく抱きしめてくれて。気持ち良すぎて、その時の記憶が曖昧なんだけどね」
「失神するほど!?」
おかげでよく眠れたよーという言葉はもはや二人の耳には届かなかった。
「くううううう、羨ましい! 羨まし過ぎる!! アインズ様ぁああああ!! 私にもだいしゅきホールドさせてくださいませぇえええええ!!」
「私も、私も混ぜてくんなましぃいいいいい!!」
「でもなんであたしたちにだけ秘密にしたの? そこがイマイチよくわかんな──あれ?」
アルベド、シャルティア両名は忽然と姿を消していた。
「アルベド様、御乱心!」
「シャルティア様、御乱心!」
その日、
アルベドたちには三日間の謹慎処分が言い渡された。