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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

第一部 神なる者、方舟に目覚めしこと【更新中】

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#20 家族に献杯

 実は賢は、その時何を話したのかまで詳しく覚えてはいない。

 覚えているのはそれよりも、小さな悟の体に繋がった何本ものチューブの、濁った透明色。


 病室は静かで、悲しいくらいに白かった。

 見舞っているうちに、白という色が苦手になってくるほどだった。


「マサにぃ


 ある日、中学校の帰りにひとり訪れた賢に、当時八歳だった悟は言った。……三男である悟は、兄たちを『マサ兄』『タケ兄』と呼び分けていた。

 ベッドの上に身を起こして座っていた悟は、借り物のタブレット端末で『銀河鉄道の夜』を読んでいた。


「マサ兄さ……高校行けよ」

「え?」


 かすれた声でそう言われたとき、賢はどきりとした。この時、賢は中学三年生。

 ただでさえ裕福と言い難い家計には、悟の医療費が重くのし掛かっていた。勉強してる場合じゃない、高校に通う金すら惜しい、という状況だった。


 離婚した父の人脈によって、ちょっとまともでない方面のツテがいくつかあったもので、(法的な問題をさておけば)コンビニバイトよりマシな稼ぎの仕事は心当たりがあったのだ。

 少なくとも一年か二年は高校へ行かずに働こう。大学には行きたいけど、それは身の回りが落ち着いてから大検でも……と思っていたのだ。

 それを悟に見抜かれているとは思っていなかった。


 母にすら話していない密かな決意だったのに、何故か悟は、それに気付いていた。


「なんだよ急に……行くよ。行くに決まってるだろ」


 賢は嘘をついた。悟は何も言わなかった。


「あれ、兄ちゃん来てたのか」


 病室の入り口の方から声がして、振り返るとそこには弟の猛が立っていた。


「おう、猛……お前、この時間、少年団やきゅうの練習じゃねーの?」

「やめた。言ってなかったっけ?」

「聞いてねーよ、いつだ」

「昨日。センパイがクソッタレなんだ」

「それは前聞いた」


 いくら安くたって、少年団もタダじゃない……

 賢は頭の片隅でその事を考えたが、もちろんそれを口には出さなかった。

 猛も、神代家の資金繰りについては察している節があった。


「さとるー、元気だったかー」

「だからぁ、元気だったら入院とかしないって」

「今日はいいもん持ってきたぞ! 通学路の土手でざっし拾っ……」

「猛? エロ本だったらさすがにぶっ飛ばすぞ?」


 三人揃えば文殊の知恵ということわざもあるが、三人揃った神代家の兄弟は急速に愚かさを加速させ、そこからはいつも調子の馬鹿話になっていった。

 内心、賢は、話が逸れて助かったと思っていた。

 母や悟に何を言われようと決意は決まっていて、返る気はもう無かったから、これ以上追及されたくなかったのだ。


 * * *


 しかし賢の決意をあざ笑うかのように、年の瀬のある日、悟は急速に容態が悪化して、そのまま幼い命を散らした。


 その死に、特に疑問があったわけではない。コードを自ら引っこ抜いていたり、服毒した痕跡などは無かった。悟が自ら死を選んだわけではないのだ。

 だが、悟の死によって神代家の家計が重荷から解放されたのは事実だった。そしてその事実は、賢にとって重かった。


「行きなさい、高校」


 賢は、母からも悟と同じ言葉を言われた。


 正月らしい要素はブラウン管テレビに映る浮かれた正月番組だけという、狭いリビング。

 家計簿を付けていた母から、賢は背中越しに言われた。


 ああ、やっぱり見抜かれていたかと、その時賢は思った。悟ならともかく、この母を欺けるとは思っていない。


「行きなさい、高校」


 もう一度、同じ事を言われた。


「お金の心配は要らないから」


 そして、より直接的な言葉を付け足した。


「……行くよ」


 賢は……働こうという決意だけが悟の死によって宙ぶらりんになっていた賢は、その母の言葉でようやく、自分は働かなくてよくなったのだと理解した。


 厳密に考えれば、それは悟が我が身を捨てて賢に道を示したというわけではないし、もちろんそれは賢自身よくわかっていた。

 だが、それと賢自身の納得は別だった。

 『悟が死んだことで、道が拓かれた』……その事実は賢にとって、十分すぎるほどに重かった。


 賢が『誰かと引き替えに己の生を得る』という事に強い忌避感を抱くようになったのは、この出来事からだった。


 * * *


『そんな事があったんだよ……これって記録されてた?』

『いいえ』


 荒野をガタゴトと走る車の中。

 俺はアンヘルを相手に、テレパシー会話の練習をしていた。


 テレパシーと分かりやすく言ったけれど、正確にはそんな魔法めいたものじゃあない。

 俺の脳内での言葉を魔晶石コンソールが読み取り、デジタルな音声としてアンヘルに届けているのだ。

 俺は頭の後ろに手を組んで、助手席でくつろぐポーズ。

 アンヘルもいつもの無表情で運転を続けている。

 後部座席の榊さんは何も気が付いていない……はずだ。


『賢様。ひとつよろしいでしょうか』


 ひと通り、身の上テレパシーを終えたところで、アンヘルが問いかけてくる。


『なんだ?』

『何故このようなお話しを私に対してなさるのか、判断が付きかねております』

『それは……』


 ……なんでだろうな?

 自分でも、その答えを出すのにちょっと時間が掛かった。


『……俺が死んだら、あいつの事を覚えてるのは、もう俺だけだ。

 だって、そうだろ? 今はもう30世紀の世界で……あれから800年以上経ってて……

 八歳で死んだあいつのことを覚えてる人なんて、もう俺以外に誰も……』


 センチメンタリズムだ。


 母さんや猛については、俺が冷凍睡眠に入ったときに生きてた縁者だからってんで、こうして方舟にも記憶が残っている。だけど、悟は違う。


 悟がこの世界に居た痕跡は、もう俺の記憶しか無い……だろう、多分。

 俺が死んだら、悟がこの世界に居たという事実は完全に消えてしまうような気がして、それは寂しすぎる気がして。

 だから、アンヘルに聞いてもらいたかったんだ。人間ではない、この方舟そのものであり、旧世界の情報のアーカイブでもあるアンヘルに……


『AIの立場から、なんか……感想はある?』


 愚にも付かないことを俺は聞いた。


『私は世界運営支援システム。コンパニオン系のオートマタAIとは異なり、感情を演算するプログラムは搭載しておりません。

 特定事象に接した際の情動……それを感想と呼ぶのであれば、私に感想を問うことは無意味でしょう』

『そうか……』

『ですが』


 アンヘルは間髪を入れず、付け加えた。


『人間関係に関して一般的な評価を行うのであれば、賢様は悟様の事を深く思いやっているのだと推測』

『そうだな……なんかありがとう、アンヘル』

『お礼には及びません。私は命令通り、質問に答えただけでございます』


 多分、アンヘル的には本当にそれだけなんだと思うけど……

 まあいいじゃないか。こっちが勝手に優しさを感じてる分には。

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