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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

第一部 神なる者、方舟に目覚めしこと【更新中】

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#19 家族に乾杯

 左右には切り立った崖。

 前後には、なぜか突然崖から生えてきた壁。

 千里眼で様子を見てみると、四角いコップの底みたいな空間に閉じ込められ、三台の武装車両は完全に立ち往生していた。


「なんだこりゃあ!? 教会軍の新兵器か!?」

「だ、だからおかしいって言ったんだよ! あんな美味そうな獲物がこんな所に居るわけねぇって!」

「うるせえ! お前も乗り気だったろうが!」


 モヒカンAがスキンヘッドAを殴りつけた。


 車に乗っていた追い剥ぎ達は、辺りを警戒しながらも、慎重に謎の壁を調べている。

 みんな戸惑ってると言うか、わけがわからないご様子。そりゃ、こんなもんを魔法コマンドで作ったなんて想像できないよなあ。


「くそっ、これが本当に教会の新兵器だったらえらいことだぞ。

 俺達ゃ捕まえられて、『良い子ルーム』行きだ!

 電子ドラッグと賛美歌で祝福的矯正をされたら、低賃金で一日十八時間文句も言わず働いて、酒も煙草も女も薬もやらず、休みの日にゃ教会で祈ってからボランティアするような人間にされるぞ!」

「ぎゃああああああっ! 嫌だああああああ!!」

「おがーぢゃーん!!」


 個性的な髪型のマッチョ達が泣き叫ぶ。

 こ……この世界の犯罪者の扱いって…………?


 混迷を極める状況の中、壁の上にふわりと降り立つ黒い影。

 比喩じゃなく、本当に黒い影だ。黒目に黒髪、そして何故かアンヘルがゴスロリ服着せたお陰でさらに黒い。ぶっちゃけ熱を吸収して暑そう。


 マッチョ達がひとり、ふたりと、睥睨する榊さんに気がつき始めた所で、魔法コマンドでちょっと拡声しながら榊さんはどやしつけた。


「あなた方の罪深き行いすら、神はお許しになります! 尊き御方に弓を引いた罪を知り、悔い改めなさい! さすれば……」

「死ねやッラアアアア!」


 恐慌状態のモヒカンBが榊さんめがけてマシンガンを乱射!

 ……まぁ、教会怖いって言ってる所に神の名前出したらねえ……

 精度はいまひとつで、壁の上まではほとんど届いてないけれど、何発かの銃弾が榊さんの魔法コマンド防御で弾かれた。


「スズネ・サカキは、あの威力の銃弾であれば身体強化によって無効化できます」

「分かってても怖くて防御しちゃうよなあ」


 アンヘルのツッコミは容赦無いけれど、俺だって、生身の体に銃弾ぶち込まれた経験(確か中三の時だった)が無ければ、身体強化をアテにして自分の体で受けるなんて度胸は出なかっただろう。

 ……いや、単に服を傷つけたくなかったのか? 銃弾で開いた穴くらいなら、修理は簡単だけどね。


 ともあれ銃弾を防いだ榊さんは、獲れたてのマグロ2本分くらいは冷凍力がありそうな視線でモヒカン達を見下ろしていた。


「神の慈悲を拒むとは、なんと悲しいのでしょう!

 ならば私がそのお力の一端を示し、あなた方に畏れる心を教えます!」


 言うなり、世界が震えた。


 小石がぱらぱら転げ落ち、モヒカンどもは何事かと辺りを見回す。


「あれ、崖が……近い?」


 誰かがつぶやいた。大正解だ。

 千里眼の俯瞰視点だとよく分かる。左右の崖がダンジョンのプレストラップのごとく迫っているのである。

 脳みそに筋肉どころかガソリンが詰まってそうな鈍い連中も、道の広さが三割引くらいになったところでさすがに気がつき、大パニックになる。


「うわあ! うわあああああ! ぎゃあ!」

「わあああああ!」


 崖に向かって銃を乱射するという何の意味があるのか分からない行動をしていた奴は自分の銃の跳弾で倒れ、ロッククライミングを始めた奴は足を踏み外して滑落する。

 やがて崖は車を挟み込み、ベキベキベキッ! と金属の折れ曲がる音が響く。なんか電気系統を破損させたようで、スパークが散る!

 もはや峡谷どころか隙間でしかない場所に取り残されたモヒカン達は、意味も無く必死で壁を押さえて踏ん張っていた。


「嫌だあああ! 助けてくれええええ!」

「ふむ、嫌ですか」

「……え?」


 いつの間にかプレス音は止まっていて、男達のすぐ近く、谷底に榊さんも立っている。

 間近で榊さんを見て、モヒカンズはビックリしていた。……そりゃ、こんな天変地異を起こして自分らを追い詰めてるのがゴスロリ服の図書委員系女子だったら驚くわ。ジャパニーズサブカルではよくある事だけど現実にはそうそう無い。


「でしたら皆様、投降して、ご自分の行いを悔いるのです。神に弓引いた大罪人であっても、命までは……」


 朗々と詩を詠むように投降を呼びかける榊さん。

 だが、脊椎でものを考える連中に、そういう感性は通用しなかった!


「うおおあああああ!」


 目の前に出て来てくれたなら好都合とばかり、モヒカンのひとりが血走った目をして叫びながら、サーベルを振りかざし榊さんに襲いかかる!


 瞬間、その男の両側の壁だけがせり出して蚊を潰すようにプレス!

 プレス部分はすぐに元通り開いていったが、モヒカン男は潰れたトマトと化していた。


「……あっ」


 ひとり減って呆然とするモヒカンズの視線を受けながら、榊さんは『やってもうた』みたいな顔をした。


「なるべく殺すなと言われていたのに……思わずやってしまいました」


 *


 そして、千里眼で榊さんの、戦いとも言えない一方的蹂躙を見ていた俺は、車のトランクからひとつの謎マシンを取り出し、魔法コマンドで飛翔して壁を越えた。


 つっかえ棒みたいに車のスクラップが挟まっている、異常に狭い谷へと降下していく。

 ちなみに左右から谷が迫ってきた分、回りの地形がごっそり削られている。魔法コマンドは無から有を生み出す力ではないのだ。


「ご苦労様」

「カジロ様! ……申し訳ありません。ひとりの命を奪ってしまいました」

「うん、まあ、あれはしょうがないよ」


 有機的な残骸が残る血だまりの方を、なるべく見ないようにしながら俺は榊さんを労った。


 ちなみに俺の額の魔晶石コンソールは包帯に加え、管理者領域バックヤードで見つけたホログラム変装機とかいうので隠蔽している。お陰で堂々と、人前だろーがモヒカン前だろーが出られるってワケだ。


「地形、戻せる? あんま変な痕跡は残さない方が良いかなと思ったんだけど」

「やってみます」


 再び榊さんの左手が光る。


 ずごごごごー、と地が揺れて、異常に狭かった谷底は、元の通りになった。ちゃんと力を制御できているようだ。崖に挟まれて宙に浮いていたスクラップがやかましい音を立てて地面に落ちた。


 そして、まだ呆然としているモヒカンズ(分かりやすくこう言ってるけど、スキンヘッドの奴とか丸刈りの奴とかも混じってる)に、俺は懐中電灯みたいな謎マシンを向けた。


「車をダメにしちゃって、どーもすいませんね。けどま、一応追い剥ぎは犯罪行為なんで、正当防衛って事にしといてください。

 それでは皆さん、さようならー」


 手元のスイッチを押すと、謎マシンから、カッ! と閃光が放たれる。

 カメラのフラッシュみたいな一瞬の明かりを見たモヒカンズは、糸が切れた操り人形みたいにどたばた倒れた。


 こいつは管理者領域バックヤードにあったアイテムのひとつ。何か知らないけど、光の加減で催眠術のような効果を発揮して、見た者の記憶を消す効果がある……らしい。


「……倒れただけなんだけど。これ本当に効いてるの?」

「おそらく効いております。

 ちなみに抹消できる記憶は、過去1時間分。つまり、我々を発見した時点も含みます。これで彼らは賢様のお姿すらも思い出せぬ事でしょう」


 開いた壁の向こうから素早くやって来て、アンヘルが補足した。

 つまりモヒカンズは、目覚めたら何故かこんな場所に居て、車はスクラップ、仲間のひとりはミンチという事態に陥るわけか。


「簡易ではありますが、それだけに、あまり強固な記憶操作ではありません。適切な手順で精神分析を行えば、記憶は簡単に蘇ります。

 やはり物理的、あるいは外科的な手段でなければ完全な記憶の消去は難しく……」

「怖ぇーよ。

 ……ま、最悪この話が教会に捕捉されるとしても、それまでの時間が稼げれば大丈夫だろ」


 何も、俺が動いた痕跡全てを抹消する必要は無い。

 要するにシッポさえ掴まれなければいいわけだ。


「おい、どうした! お前達!」


 ふと気がつけば、倒れた仲間を起こそうとしているモヒカンが居る。

 ちょうど他の人の影になっていたり、距離が遠かったりで、光が届いていなかったらしい。うーむ、簡易な手段と言うだけのことはある。


「お前ら、みんなに何を……」

「おやすみー」


 ピカッ!

 どたばた。


「……えぐいな、これ。記憶消去抜きにしても、兵器として使えそう」

「単に動きを止めるのが目的でしたら、より適切な閃光兵器がございます」

「あるのか」


 さて、他に餌食にしなきゃならん奴が居るかと見回せば、あとふたり。


 片方は迫り来る壁から逃れようとロッククライミングを試み、転落した男。足が変な方向に折れ曲がっている。

 そして、脂汗を流しながらうずくまっている男を庇うように立つ、もうひとりの男……いや、少年。

 俺と大して変わらないくらいの年の、うずくまる男の息子らしき少年が、震える手でナイフを構えていた。


「化け物め……!」


 ガチガチと奥歯を鳴らしながらの精一杯の虚勢。そして。


「し、死ねぇーっ!」


 もはや破れかぶれで特攻してくる。

 そんな少年のナイフは俺に届かず。地面から生えた巨大な腕がインターセプト! 少年はグレートな腹パンを食らって後ろ宙返りを決めた。榊さんの魔法コマンドだ。


「ごふっ……げっ、うげっ……」

「はい、おやすみ」


 悶絶中のとこ失礼して光を浴びせると、びくっと震えて動かなくなった。

 続いて、父親の方も同じような感じに。足は一応、応急手当程度に魔法コマンドで治しておいた。せっかく生かしといたのに、これが原因で死なれたりしたら寝覚めが悪いしね。


「親子、ですか……盗人にも、親子の情はあるものですね」


 倒れた少年を見て、おセンチな雰囲気で榊さんが呟く。


「みたいだな。ひょっとしたら他の人らも親戚だったり……」


 言いかけた所で気がついたのだけど……そう言えば死んでないな、この少年。

 榊さんのことだから、俺に刃を向けた奴なんて蚊を潰すように殺しかねないとも思ったのだけど。


「父のことを……思い出していました」

「榊さんのお父さんって……」


 帰りを待つ家族のことを考えていたのかな、とのんきに考えたのだが、言っちゃってから『しまった』と思った。


「里に……『居た』と言うべきでしょうか」

「……ごめん」

「いえ、お気になさらず。父は私が物心着く前に、教会の追っ手との戦いで死んだそうで、母は六年前、神の目覚めの時に目覚めの使者として旅立ち、そのまま……」

「そうだったのか……」


 重すぎて気の利いた言葉も言えない。

 榊さんは両親を、ふたりとも教会の手によって殺されているんだ。

 そして、一歩間違っていれば彼女自身も……


「それで、この子は殺しにくかった?」

「あの、カジロ様。

 私は別に敵を皆殺しにする主義というわけではなく……かと言って情にほだされたわけでもなく……

 その、彼らのような存在は、殺すのも気が引けるところがありまして……」


 辺りに倒れたモヒカンどもを、榊さんは見渡した。


「……荒野の追い剥ぎに身を落とさなければ生きられない。そういう事情を持つ人間も少なくないのです。

 彼らもまた、教会の被害者。世界を荒廃させた教会のせいで、奪うか死ぬかの二択を突きつけられる者は、日に日に増えています」

「なるほど」


 無法地帯の追い剥ぎも、環境の被害者。少なくとも榊さんはそう考えてるわけだ。

 アウトロー的な存在に追いやられた祭司の一族として、多少のシンパシーもあるのかも知れない。


「……そうだ、アンヘル。今が30世紀って事は、母さんも猛も、とっくに死んでるんだよな」


 家族の話で思い出した。って言うか、アンヘルに聞く踏ん切りが付いた。

 俺だって、家族が居たのはもう過去形なんだ。


「さようでございます」

「実感無いなあ……えっとさ、どんな人生だったか、分かったりしない?」

「神として収容された方々の肉親に関しては、詳細なデータがございます。

 まず、賢様が方舟計画の被験体となったことは当初、おふたりとも存じ上げませんでしたが、『病院の医療ミスの賠償』という名目で、多額の金銭が支給されております」

「それ、口止め料みたいなもん?」

「死因について詮索されないように、という意図もあったようですので、口止め料という表現は否定致しません」

「そうなのか。よかった・・・・……」


 心の底から俺は安堵した。

 俺が死んでしまった(正確には死んでないけど)事は、どうしても自分を許せないレベルの家族への裏切りだった。だけど、その結果として母さんや猛がちゃんとした暮らしできたなら……なんて言えばいいんだろ。自分を許せる感じ?


「弟の猛さんは、そのお金で勉強に励み、兄のような悲劇を繰り返したくないと東大医学部に進学。40代後半で開業医となり成功。その後、59歳の時に参議院議員に立候補し当選、議員を二期務めました。厚生労働政務官(※政務三役と呼ばれる中で、大臣・副大臣に次ぐ役職の人)を2年務め、その際、方舟計画について知り、コールドスリープ中の賢様とも対面しております。97歳で肺炎にて死去。


 母の伸子さんは、賢様が人として生存していた当時と同じく、スーパーのパートと趣味の小物作りで細々と収入を得る生活をしておりましたが、晩年は息子である猛さんから経済的援助を受け、悠々自適の生活でガーデニングに打ち込んでおりました。82歳で胃癌にて死去」


 俺の体感では、つい一昨日まで一緒に生きてたはずだったふたりが、とっくに年を取って死んでて、しかもその人生をダイジェスト(DIEジェスト?)で聞かされるなんて、不思議な気分だった。


「あんまり実感湧かないけど、幸せそうで良かった……母さん、結局もう再婚しなかったんだな。

 っつーか猛すげえ。病院作って議員? やべえ。俺、あいつのことアホだと思ってた」

「猛さんからのビデオメッセージがコロニーのアーカイブに保存されております。ご視聴になられますか?」

「……や、それは後でいいや。落ち着いてからで」


 そりゃ、もう二度と会えないのは悲しいけれど、wikipediaの文章みたいな機械的な説明を聞いて、胸のつかえが取れていく気分だった。

 まあ、頭が状況に追いついてないだけって気もするんだけどね。


「……家族。カジロ様にも、家族が、居たのですか」

「そりゃそうだよ! 地面から生えてきたんじゃなくて、ちゃんとお母さんから生まれたんです俺!」

「ぷっ……」


 口元を抑えて笑いをこらえる榊さん。


「なんで笑うし」

「申し訳ありま……地面から生えてくるカジロ様を想像……くっ……」

「んなウケるか?」

「すみません。……神の力を持った人間……そういう事、なんですね」


 あ、なんかやっと通じたっぽい?

 って言うか何気に、ちゃんと榊さんが笑ってるところ初めて見たかも。

 とか思ってたら、思い出したように笑いを引っ込める榊さん。


「……カジロ様にも、そのような辛い別れがあったのですね」

「あ……いや、それは、うーん。寂しいっちゃ寂しいけど……」

「私に遠慮してくださらなくても、結構ですよ」


 心を見透かされた。

 だってここは比較しちゃうだろ、さすがに。一族の使命に従って殺された榊さんの両親と、俺の家族じゃ、違いすぎる。

 なのに榊さんの前で家族との別れに想いをはせてしみじみするのは、ちょっと引け目を感じるって言うかさ。


「そんなに辛くないってのは本当なんだ。でも……ありがと」


 気遣ってくれたのは嬉しいから、その気持ちだけ貰っておこう。

 榊さんは、祈るように目を閉じて微笑んだ。


 離婚済みの親父たちや、もうひとりの家族についてアンヘルが何も言わなかったのは……気遣いと言うよりも、単に記録の対象外だからなんだろうな。

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