#18 マッチョモヒカン肩パッド
ホログラムで青空に偽装した第一層の天井から、さんさんと照明光が降り注ぐ。
西部劇の薫り漂う荒野を、もはや崩壊してアスファルトの残骸が散らばってるだけの道路が貫いていた。
そんな道とも呼べない道を、馬ならぬ自動車で俺達は爆走していた。
一見すると『スーパーの駐車場にぴったりのギリギリ軽じゃない自動車』って感じなのに、猛スピードで悪路を走行し、かつ車内にはほとんど揺れが来ない。よく分かんないけど23世紀的なハイテクが使われていそう。
さて、こんな荒野を爆走している時点で、俺達の目的がピクニックじゃないことは誰でも分かるだろう。
『ヒャッハー! 子どもだ! 若い子どもだ! 高く売れるぞ!』
『女だぁーっ! うひゃははーっ!』
『綺麗な車じゃねーか! エンジンは俺に寄越せよ!』
方舟に備え付けられた指向性マイク『順風耳』は、後方からの非常に原始的な音声をしっかり拾って、俺の所に届けてくれている。
「引き離せません。まだ追って来ています」
後部座席から後方を睨む榊さん(本人の服のチョイスがヤバかったのでアンヘルに任せたら、ブラックフリフリのゴスロリスタイルになったけど些細な問題だよね?)の声は、緊張で張り詰めていた。
俺達の車が巻き上げる土埃の向こう。
さらに盛大な土埃を巻き上げて、スクラップを鎖で縛り上げたような外見の車が三台ほど追いかけてくる。もとは普通の車だったものに、鉄板をつぎはぎして強度を高め、さらにロケットランチャーやガトリングガンまで車載武器っぽく搭載したという世紀末クレイジーな逸品だ。車検に落ちるぞ。
「こんなとこで騒ぎを起こしたくなかったんだけどなあ」
幸いにも、教会軍に目立った動きは無し。まだ俺達のことには気がついていないらしい。
「……約2分後、峡谷地帯に突入します。本来であれば高所からの待ち伏せ攻撃を警戒すべき地形ですが、敵影が存在しないことは確認致しました。
隘路に誘い込むことは、この場合、こちらの優位となるでしょう」
先程からハリウッドばりの運転テクを発揮しているのは、細長いポニテが切れ味良さそうで、眼鏡からビーム出そうなくらい目つきの鋭いお姉様。格好もタイトスカートの黒スーツだ。
彼女の言う通り、前方にはエアーズロックの孫みたいな山が連なって谷間が出来ている。
「じゃ、そこで反撃するか。頼んだ、アンヘル」
「かしこまりました、賢様」
いかにも有能冷血な、悪のカンパニーの社長秘書みたいな雰囲気で、アンヘルは小さく頷いた。
* * *
そもそもなんでこんな事になったのかと言えば、教会の監視を避けて、無法地帯の外縁スレスレから出発したからだ。
『教会も、かつて神と協同していた時期に、
ディスプレイに表示された地図を見ながら、目的地への経路を考える中で、アンヘルはそう俺に忠告した。
「
『さらに用心するのであれば、教会の手が及ばぬ無法地帯から出発すべきでしょう。この第11群領域は、地下での繋がりが、一部のみではありますが無法地帯と俗称される地域に重なっています。
ただし、教会側に発見されるリスクの代わりに、追い剥ぎの類いなどと戦闘になる可能性もございますが』
「教会と戦うよりはマシだ。これから祭司の一族の隠れ里へ行くってのに、教会に見つかるわけにはいかない」
かくして俺達は、
移動手段となる車なんかも同じで、地下のガレージには、化石燃料で動くバイクからレーザー砲付きの電動戦車まで揃っていた。
もちろん、ロストテクノロジーなんぞ持ち出したら目立ってしょうが無いので、今乗っているのは普通に現在の世界で使われている水準の自動車だ。少なくとも、見た目は。
そして、俺達は案の定、世紀末ヒャッハー軍団に見つかってしまったわけだ。
* * *
赤茶けた崖が左右にそそり立ち、岩とタンブルウィードがゴロゴロしている狭い峡谷地帯を、猛スピードで車は進む。
ただ、猛スピードと言っても、向こうの車よりは馬力が落ちる。辛うじて逃げられているのは、アンヘルの神業的運転技能によるものでしかなかった。どこで追いつかれても不思議じゃない。
俺達を獲物と見定めたヒャッハー軍団は、車を多少ぶつけてもお構いなしの勢いで狭い道へ突っ込んで来る。
「目標地点です。迎撃なさいますか?」
「そーだな。ここならやりやすいだろ」
「危険があった際は、どうぞ私を盾としてお使いください。
私の体はあくまで仮のもの。システムを通じて操作しているに過ぎません。いくらでも代わりはあります」
「ありがと。でも、できれば危険そのものを避けたいよね……」
アンヘルが車を徐々に減速させ、停めた。いよいよアレを迎え撃たなきゃならん。
ちなみに、なんでアンヘルがこんな姿になっているかと言えば……これまで俺はどこかに設置されたスピーカーから聞こえてくるアンヘルの声に、やっぱりどこかにあるらしいマイクへ喋っていたのだけれど、この会話法、明らかに目立つ。
それどころか、もしシステムに関する知識がある奴にアンヘルとの会話を見られたら、俺が神だって丸わかりだ。
そんなわけでアンヘルはとりあえず、
服を脱がなきゃ人間と見分け付かないし、こうすれば普通に喋れる。
ちなみに『手近なレクリエーションルームにあったセクサロイドをベースにパーツ換装した』と聞かされて、俺は飲んでいたオレンジジュースを吹き出したのだが、それはそれとして。
「こちらの戦闘能力に関してですが、この車輌は戦闘用ではございませんので、護身用対戦車機銃、平和主義ガトリングビーム砲、専守防衛ハンディレールガン程度の武装しか用意しておりません」
「むしろこの車のどこにそんな仕込んでんの? しかも名称がやべぇ」
「天罰でしたら一瞬で殲滅可能であると推測。ですが、教会に居場所を察知される危険もございます」
「天罰は目立つからなあ……
正直、無力化するだけならいくらでもやりようはあるのだが、さてどうしたものかと考えていると、榊さんが車からぴょいっと飛び降りた。
「カジロ様、私にお任せください。神の兵として、涜神の徒を誅する事もまた、眷属の役目」
「……大丈夫かな?」
「はい。今の私は、眷属としての力を授かっています」
自信と不安と緊張がごっちゃになった、発表会前の吹奏楽部員みたいな顔で榊さんは言った。
俺としちゃ危ない目には遭わせたくないのだけど、眷属の力があるんなら大丈夫……なのかな?
「アンヘル、行けると思う?」
「非常に高い確率で一方的に蹂躙できるものと考えます」
「分かった、お願い。配慮する余裕があれば、だけど……できれば殺さないであげてね」
「はっ!」
決意をにじませた返答をすると、榊さんは、折れ曲がった道の先から徐々に近づく爆音の方へ向き直った。
どれくらいの力があるか分からないのに、いきなり教会軍と戦わせるわけにはいかない。
モヒカンの皆さんには悪いけど、スパーリングの相手になってもらおう。
「では……参ります」
榊さんの左手が輝くと、左右の崖が突然気まぐれを起こして地殻変動を始めたかのように、自動ドア的に突き出して追ってくる連中の前後を封鎖した。