#17 グラップリング・ストマック
設備は一通り揃っていて、大きな冷蔵庫の中には、新鮮な肉や野菜が山ほど入っていた。何百年前に投入した食材なのか分からないものもあるけれど、全く劣化していないのでなんかすごいハイテク技術で保存されてて大丈夫なんだろう、多分。でなきゃ
これは割と予想外。だって、こんな場所だよ? 廊下は鉄パイプ丸出しだよ?
腹が減ったならネジでも食えとか言われそうな場所で、食料が手に入るとな。
「こんな……こんな潤沢に食材を使って料理できる日が来るなんて!」
ものすごい勢いで感激しながら料理をしている榊さん。隠れ住むしかないという祭司の一族の、普段の生活がしのばれる。
現在、榊さんがふたり分の昼食を作成中。アンヘルによればここには自動調理システムがあるらしいから、人間が手を動かして調理する必要は無いんだけど……榊さんがやりたがったので、ここは任せる事にした。
別に俺が料理できないから榊さんにやらせてるってワケじゃねーぞ。母さんの帰りが遅い時に晩飯作ったりしてたし、8歳の時に山ン中を一昼夜さまよった経験を教訓として、その辺にあるものをとりあえず調理して食う技術は学んでおいたから。
閑話休題。
食卓で待ってる俺は、その間にアンヘルと話をして作戦会議だ。
『教会と戦うのであれば、主に教会軍との戦闘が発生する事が想定されます』
「昨日の基地に居たみたいな奴らか」
神様パワーであっさりぶっつぶせてしまったので、なんとかなるんじゃないかと俺は期待していた。
でも、世の中そう上手く行くとは限らない……よな。
『はい。しかし、あの基地は規模も小さく、配備されている兵器も対暴徒……民主主義者とか……および対魔物を想定したものばかりでした。神の力を以てすれば、
対して教会軍と正面から衝突する場合、教会側は対神兵装による備えを固め、さらに通常兵装も多量に投入してくるものと考えられます』
たとえ巨大ロボだろうが、俺には
「それで、対神兵装って何なんだ。さっきも言ってたけど」
『神の権能に対抗可能な武装・兵装の数々です。
筆頭は、先代の神を殺した有効射程20kmの超大出力プラズマレーザー砲『ミストルテイン』。教会本部に二基が据え付けられております。
また、光学兵器を無効化する外套である『
飛行用ガジェット『
傷口を分子レベルで分解することで身体強化による防御を無効化し、全てを斬り裂く刀『アメノハバキリ』、同じく双剣の『
傷の治癒に限って無限の
本来の用途は対神兵器とは限りませんが、ナノマシンやハイテク兵器を停止させる『三式甲型対機攻撃用電磁波発生器』なども存在します』
「……トンデモ兵器の展示会か何か?」
『これらは147年前の、先代神が祭司の一族を率いて教会と戦った際に確認されたもの。
ほとんどはロストテクノロジーの産物となりますので、現代の技術では複製不可能に近いですが、不完全な複製品が作られている可能性や、新たな対神兵装が発掘されている可能性もあります。
少なくとも、ナノマシンの行動を阻害して
うーむ……
神の力でどうにかなっちゃいそうな気もするけれど……
いやいや、それで上手く行かなかったから先代の神は負けちゃって、神の存在しない時代が始まってしまったんだ。
『広義的には、神対策として生み出された強化兵も対神兵装と言えるでしょう。147年前の戦いでは、教会軍の強化兵が大きな戦果を上げ、神の敗北をもたらしました』
ほら来た。
「なるほどな。そういう奴らが強力なアイテムを使えば、鬼に金棒ってワケだ」
『全身をサイバネ化したサイバネ強化兵。
特殊な手術によって複数の
これらはロストテクノロジーでなく、現代の技術で可能なものです。
教会軍の切り札、もしくは本当に神が復活した場合の備えとして、神無き時代の間も存在し続けていた模様』
「そいつらと真っ正面から戦ったとして……俺、勝てる?」
『敵勢力の規模にもよりますが、基本的には賢様が有利です。
ですが、敗北の可能性は無視できない程度に存在します。
教会側は失った戦力を補充することも可能ですが、こちらは賢様が倒れればお終いです。
戦闘回数が増えれば、それだけ敗北の可能性も高まると見るべきでしょう』
そりゃそうだ。
勝てるって言ってくれたのは心強いけど、いつまでも勝ち続けられるとは限らないよな。
これがRPGなら、戦えば戦うほど経験値を手に入れて強くなるところだけど、残念ながら俺はHPが初期値の10倍になったりはしないだろうし、死んでもセーブポイントで復活したりはできない。
せめて、残機が増えるキノコとかあったら良かったのに。
「……で、そういう敵がどれだけ居るんだ」
『民間向けネットワークに公開されている情報となりますが、教会軍は公称10万人。ただし、そのほとんどは賢様に敵しうる戦力ではなく、一方的な誅戮が可能でしょう。
対神を想定した強化兵は秘密色が強い部隊ですので、公開情報がありませんが、種々の情報や前回の戦いのデータから推測・概算致しますと、およそ400人ほどではないかと考えられます』
「それ全部と戦うのは、さすがに勘弁だな……」
『はい。正面から全ての敵と戦うのは得策とは言えません』
超強いやつ400人と戦ったりしたらいくらなんでも死ぬ気がするし、10万人(-400人)の兵士を殺戮するのももちろん嫌だ。
と、なれば……ゲームなんかでありがちな展開。
大将狙いが得策か。
例えば、さっき話した枢機卿のジジイ。あいつを捕虜とかにできれば一発でケリが付くんじゃ……
「……料理が完成しましたが、お召しになりますか?」
ショッキングピンクのTシャツと濃緑色のジャージズボン(やべぇセンスだ)の上に、エプロンと三角巾を付けた、調理実習スタイルの榊さんが聞きに来る。
いつの間にやら辺りには食欲をそそる良い匂いが漂っていた。ロバートじいさんには悪いけど、油粘土の親戚は二度と御免じゃい。やっぱり人間の食事はこうでなきゃ。
「わかった、ありがとう。アンヘル、続きは後でまた」
『かしこまりました』
榊さんの料理ができたので、そこで作戦会議は中断。
テーブルの上に並んだのは……ごちそうと言って差し支えないレベルの料理だった。
肉か豚かトリかも分からないステーキ(後でアンヘルに聞いたところ、サボテンを使った合成肉らしい)が、鉄板の上でジュージューと脂を踊らせていて、瑞々しいシーザーサラダが添えられている。
そして野菜がゴロゴロと入っている、肉なしのビーフシチューみたいな汁物。パンと一緒に置いてあるのは、パンを浸けて食えという事らしい。
トドメにフルーツ盛り合わせ。リンゴ、メロン、よく分からない南国フルーツ①、よく分からない南国フルーツ②、柑橘類だけど正体不明なもの。綺麗に切られてお行儀良く盛り付けられていた。
「材料が沢山あったので、嬉しくて作りすぎてしまいました……お口に合えばよいのですが……」
「い、いただきます……」
とりあえずシチューを一口飲んでみたのだが……うまい。心の中でしみじみと呟いてしまうくらい、うまい。
別に特別な美味さってわけじゃなく、見た目通りの味がして、それだけで尊い。
脳裏をよぎるのは家族の思い出。見た目が普通なのに味がハルマゲドンな料理を作ることにかけて、俺の弟の猛は天才的だった。特にカレー。あんな三年履き続けた靴下を牛の糞で煮込んだみたいな味、どうすればニンジンとタマネギと市販のルーで出せるんだ。
……いや、美味しい料理を食べながらヤバイ料理を思い出すのはやめておこう。
「美味しいよ」
「本当ですか! よかったです……! 料理人でもない私が料理をお出ししてよいものかと、心配しておりましたので……」
ほっとした表情を見せた榊さん。
料理自体はかなり乗り気だったけど、出すのは不安だったようだ。
「ところで、二人分作ったんでしょ? 榊さんも食べなよ」
「え……」
「同席するのが失礼だとか思ってるのかも知れないけどさ、そういうの本当に気にしなくていいから。
前も言ったけど、俺……神の力を持ってるだけの人間だよ。そういう相手だと思って、接してほしいんだ。できるだけ、でいいから」
「かしこまりました……」
食卓の反対側に、榊さんも自分の分を持ってきて、食べ始める。
気後れしている様子だったが、食べ始めるとご飯に集中していた。
「榊さん」
「んぐっ……! な、なんでしょう」
「ごめん、変なところで話しかけちゃって。
あのさ、俺……榊さんに何かお礼がしたいんだ。何か俺に頼みたいこととか、ある?」
俺の質問に、榊さんは割と即答で、照れたように笑いながら応える。
「私の望みは……神様がこの世界の人々を幸せにしてくださること、それだけです」
「いい子過ぎる!
……じゃなくて個人的なお願い、何か無いの? 俺も自分で何ができるか分からないんだけど、神様パワーでできそうなことだったら、何かしてあげたくて。
さっきの『みんなに会って欲しい』だって、大それたお願いだと思ってるみたいだけど……それは榊さんじゃなく、一族のみんなのためのお願いだ。
もっと個人的にいい目を見てもいいはずだと思うんだ。
しばらく考えた様子の榊さん。
かなり、かなーり控えめな小さな声で、テーブルクロスに目を落としながら呟いた。
「……もし『眷属』にしていただければこの上ない光栄ですが……」
……眷属?
「眷属ってなんだ、アンヘル」
『神が十人まで任命できる補佐役です。任命条件は、
限定的な世界システム操作能力と、一般的な
眷属となる事は神に仕える者にとって最高の栄誉であり、現在の教会でもこのシステムを模した制度が存在します』
うーん、リトル神ってとこか。まさしく眷属。
「いいよ別に」
「ああ、やっぱりダメで……えぇっ!?」
俺は即決した。
拒否されると思ってたらしい榊さんは、驚きのあまりスプーンを取り落とし、椅子を蹴倒して立ち上がる。
「そ、そそそそそそんな、ななな何故私などが……!」
「いや、だって、俺のこと起こしてくれたし、さっきは命も助けられちゃったし。
どうせ枠は十個もあるんだから、そんな気にしないで」
『眷属の任命、並びに権利の剥奪は、1ヶ月にどちらか片方、1度しかできません。つまり次の眷属を任命できるのは最短で1ヶ月後となりますが……』
「待てアンヘル。じゃあそれ最短でも枠が埋まるのに10ヶ月かかるじゃん! ますます早く増やさないと!」
今のとこ俺の補佐なんて、融通が利かない高性能ポンコツAIを除けば榊さんしか居ないし、そこに榊さんを当てはめるって事に特に抵抗とか感じなかった。
が、当の本人は自分からお願いしたにもかかわらず話の速度について行けてない模様。
「で、でも、私、その、
『眷属には、方舟の処理システム上で特別枠の
「だってさ。ならばなおさら榊さんがいい。自分より他の誰かを優先するような優しい人なのは分かった。そういう人だったら別にいいかなって」
別にお世辞とかじゃなく、思ったままを言っただけなんだけど……俺の言葉を聞いて、驚きに目を見張っている榊さんの目から、ボロボロっと真珠の粒みたいな涙がこぼれた。感情に表情が付いて行ってない感じで。
俺としちゃ何気ない一言だったんで、泣かせてしまったんだと気がつくまでに、ちょっと時間が掛かった。
「あ……っと、なんか、言っちゃいけないこと言っちゃった?」
「違うんです……嬉しくて。出来損ないで……
袖口で涙を拭いながら、微笑む榊さん。
泣き笑い、ってやつ、初めて見たかもな。
輝く涙に輝く笑顔。一枚の絵のようなその表情は、さっきバスルームで見てしまった(『見た』じゃないぞ! 『見てしまった』だ!)姿とは、別の意味でどきりとするものだった。
なんか勢いですごく重いもの、あげちゃったのかも知れない。
「ただし、交換条件。俺のことを、ちゃんと人間として扱ってほしい。俺は人間以外の何かになった覚えはない。
それも、王様相手にするみたいにへりくだるんじゃなく、対等……は無理でも、せめて学校の先輩相手みたいな感じでさ」
目をぱちくりさせる榊さん。
なんでそんな事を気にするんだろう、とでも言いたげな雰囲気だけど、これは俺にとって譲れない。
俺は他人に崇められるより、対等に近い立場で話ができる相手が居る方が嬉しいんだ。神様って役職にされたせいで、どいつもこいつも土下座系になるんじゃ、やってられない。
「わ、分かりました。カジロ様」
「……『カジロ
崇められるのとか、ホント微妙な気分になるんで……次は『様』を『さん』にできるようちょっとずつ頑張って。できればタメ口希望!」
「は、はあ……」
なんかピンと来てないみたいだったけれど……まあ、ちょっとずつでいいだろ。