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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

第一部 神なる者、方舟に目覚めしこと【更新中】

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#16 back side of the world

 荒野のど真ん中に、異常に滑らかな奇妙な材質のビルがあった。

 黒光りする金属を巨大な豆腐型に入れて成形したような外見のビルは、窓も扉も無く、ただの謎のオブジェとして放置されているそうだ。


 しかし、俺が近づいたら自動ドアみたいに入り口が開いた。


 アンヘルの案内で飛び込んだそこは、俺が最初に目覚めた部屋みたいな、黒錆色の鉄パイプ空間。

 狭い廊下にぽつんぽつんと寂しい明かりが灯っていて、なんだか分からない部屋がいっぱい並んでいる。


 実を言うとここは、『神の祠』を出て以来、ひとまずの目的地として俺達が目指していた場所なのだ。


『この場所は管理者領域バックヤード・第11領域群の一部です。神がその権限によって扉を開かない限り立ち入り不可能な領域です。

 この世界には、こうした管理者領域バックヤードがいくつも存在し、地下通路などで相互に接続された『群』となっています』


 言うなれば、世界の舞台裏ってワケだ。


「じゃ、ここに居れば安全なのか……開けっ放しの扉とか無い限り」

『現在地点を含む管理者領域バックヤードに、開けっ放しの扉は存在しません』


 アンヘルの安全宣言を聞いて、俺はさっきまで入り口だった壁(本当に継ぎ目の無い壁にしか見えない)へ背中を預け、座り込んだ。


「カジロ様、どこかお怪我を!?」

「疲れただけだから……大丈夫」


 心配そうな榊さんを制する。

 ……迫り来る教会軍とのデッドヒートを振り切り、なんとか安全地帯へ飛び込んだ安堵感で、急に疲れを感じた。

 ひとまずここまで無事に辿り着けて良かったよ。


「宣戦布告、だな……」

「はい」


 さっきの奇妙な会話を俺は思い返す。

 俺は天啓の権能で。向こうは外道極まることに、人間を通信機に仕立てて。


 当たり前だが、一筋縄じゃいかない相手だと思った。

 ……まさかトップ自ら懐柔しに来るとはね。


 向こうの主張は話に聞いた通り。世界を自分たちの好きにさせろってなもんだ。

 天災は教会関係者だって被害に遭うだろうに。仮にそれを無視するとしても、あんな洪水がしょっちゅう起こってたりしたら、この世界の人々も、それを支配する教会も、豊かにはなれないだろうに。


 だけど予想外だったのは、それが世界のためだと本気で信じてるらしいところだな。

 強大な力を持った個人が気まぐれに力を振るえば、世の中はメチャクチャになる……

 榊さんには言わないけど、正直俺、向こうの言い分にも一理あると思った。


 でも! いくらなんでもあり得ない。

 世界中ぶっ壊れてるのに神の誕生を防ぎ続け、こうして俺が目覚めてようやく交渉しようとするとか、平然と石を配ったり国民に点数を付けたりとか……それが世界の安定に必要な事だって言うんなら、ちょっと感覚が麻痺りすぎだ。

 あいつらの考える方向性が正しいかって話以前に、程度問題としてこれじゃやり過ぎだ。既に世の中メチャクチャだけど、放っておいたらもっとメチャクチャになる。


 ……まあ別に、俺も正義感で万民のため戦うことを決めたってわけじゃない。

 ただ俺は、俺のために死ぬ奴が居て欲しくないってだけだ。

 あいつらの下に居たら、絶対に、誰かを俺のために見殺しにする日が来る。それが嫌だから誘いを蹴ったんだ。


 ぶっちゃけノープランだけどさ。どうやって勝つかは。


「アンヘル……どうすれば教会に勝てると思う?」

『私は世界運営支援システム。世界統治の主体として神を導く存在ではありませんので、大局的行動指針に関して、基本的に意見を具申することはかないませんが……

 私に組み込まれている軍略支援AI『ハンニバルver3.141592』による判断を参考意見としてお聞かせすることは可能です』

「バージョン番号が円周率になるように調整したアホが居るんだな? そいつ生きてたらトイレ掃除しながらカレーを食う刑に処してるとこだ」


 まあ他にアテも無いので、怪しいAIに頼ることにしよう。

 結果的にはアンヘルの意見を聞くのとあんまり変わらないような気もするんだけど、そこはまあ大人の事情とか、世の中に必要な欺瞞とか、なんかがあるんだろう。


『ですが、今はまず休息を取るべきかと。疲労状態では思考能力が低下いたします』

「は、はくしょんっ!」


 榊さんが可愛いくしゃみをして、俺とアンヘルの会話は中断された。


 さすがにずぶ濡れのままここまで来たわけじゃなく、ふたりとも魔法コマンドで服を乾かしてから来たんだけど、それでも限界ギリギリの高速飛行は、大型扇風機の風を全身に浴び続けるようなもので……

 ありあまる魔法力コマンドリソースのお陰で体が強化されてる俺は割と平気。でも一般人に近い榊さんにはキツかったはずだ。

 あと、乾いたとは言っても、泥水に浸かったせいでふたりとも全体的に茶色い。別に俺は気にしないけど、長い髪が乾いた泥でガビガビになってる榊さんは放っておいちゃダメな気がする。


 アンヘルの言う通りだな。安全な場所まで来たんだし、まずはひと休みするべきだ。


「……アンヘル、シャワールームとかある? あと俺らの着替え!」

『ございます。

 管理者領域バックヤードには、神が必要とするであろう、様々な物品、および施設が用意されています。宿泊施設、執務室、調理室、野菜工場、数十億冊の書物をデータベース化した電子図書室、武器庫、フィットネスジム、また多様なセクサロイドを取りそろえたレクリエーション……』

「ストップ! いい、そういうのはいいから!」

『最寄りのバスルームまでは徒歩二十秒。右手に進んで階段を上った先にございます』

「……だってさ」


 『先にシャワー浴びて来なよ』というヤバ過ぎる台詞を回避するために、俺は視線だけで榊さんを促した。

 が、本人、何を言われてるかすぐには分からなかったようで、数秒間沈黙してからピンと来る。


「わ、私などにそのようにお気遣い……! だって、こ、この施設は神さ……カジロ様のためのものだと!」

「お気遣うの! 風邪とか引いたら大変でしょ! 泥で汚れちゃったし! 神様命令!」

「……は、はい」


 一刻を争うと判断した俺は、不覚にも、手っ取り早く自分の肩書きに頼ってしまった。


 * * *


 バスルームは、本当にバスルームとしか言いようがない部屋だった。

 小さな脱衣所の向こうに、湯船付きのユニットバスみたいな部屋があって、今、そこからはシャワーの水音が聞こえている。

 神様専用の施設にしてはチャチだな、と思ったけど、アンヘルによれば25mプールみたいな大浴場も他所の管理者領域バックヤードにあるそうだから、ここが狭いのは単にスペースの都合らしい。

 小さなかごの中に、汚れた服がわざわざ行儀良く畳んで入れてあった。俺はその隣の籠に、布の山を投下する。


「榊さん、服、持ってきたからね」

「えっ!? カジロ様手ずから、ですか……!?」


 扉の向こうで大げさなくらい驚く榊さん。


 ちなみに服は、この近くにあるクローゼットから持ってきたものだ。老若男女さまざまな層に合わせた一般的な服から、マリーアントワネットのドレスみたいなものまで詰まっていた。

 正直、女の子のファッションなんてよく分からないので、問題があればあとで交換しに行ってくれるだろうと、シンプルなやつを中心に数種類チョイス。

 ……下着は、どういうのがいいか分かんなかったので適当にいくつか持ってきた。サイズ合いますように。


「申し訳ありません、後で、自分で取りに行こうと思っていたのですが……」

「いいんだよ。命の恩人だ。さっき魔法コマンドで助けてくれたのもそうだし……命懸けで、俺を目覚めさせてくれたんだろ」


 榊さんは、教会に見つかったら殺されるし、教会が祠を発見済みでも殺されるという絶望的な状況で、俺の所へ来てくれた。

 だったら、近くの部屋から服を持ってくるぐらいなんでもないさ。


「私が、神であるカジロ様をお守りするのは当然のことです。カジロ様は、私たちの希望なのですから。

 遂にこの世界が『神』を得たということは……それだけで、大きな希望なのです。偽りの神を信じる、罪深き人々にすら恩恵となりましょう。

 もちろん、私にも」

「希望か……」


 確かになぁ。世界中のインフラが崩壊すりゃ、この方舟はただの宇宙に浮かぶカンオケだ。俺が世界を修理して回んなきゃ、もうどうにもなんねーぞ、これ。

 それに加えて、祭司の一族にとっては、100年以上も教会から逃げ隠れしてどうにか生き延びた末の悲願達成だ。よりによってそのタイミングで目覚めた神様が俺でよかったんだろうかという気もするが。


 シャワーの音が止まる。ぴちゃりと水のはねる音がした。


「カジロ様。もし教会と戦うのであれば……ひとまず、私たち祭司の一族の所へ来ていただけませんか?

 皆、神の再来を喜び、カジロ様の力となることでしょう」


 榊さんの提案は、アンヘルからの提案もあり、考えていた事だった。


「祭司の一族って、ずっと教会と戦ってきたんだよな?」

「はい。倒すための戦いではなく、いつの日か務めを果たすために血脈を繋ぐ、生き延びるための戦いでしたが……

 祭司の一族は、教会による神狩りが始まると同時に徹底して弾圧されて、隠れ里に暮らす私たちがほとんど最後の生き残りです」

「むごいな……」

「私たちの中に、もう、本当の神の姿を見たことがある人は居ません。それでも祭司としての誇りと役目を守り続けてきたのです。賢様に来ていただければ、皆、勇気づけられると思います」

「行くよ、もちろん。命の恩人だ。榊さんもそうだけれど、祭司の一族がずっと役目を忘れずに生き続けて、榊さんを送り出してくれたからこそ、俺がここにこうして居るわけだろ」


 祭司の一族……神を目覚めさせる権限を持った一族。

 それ故に、真の神が目覚めないよう封じ込めていた教会は、祭司の一族を根絶やしにするべく動いている。

 そんな中でずっと戦い続けてきたんだ。そりゃさすがに、助けてやらなきゃと思う。


「それに、死んだ3人への義理もある。俺が報告しないとな」

「もったいないことです。カジロ様御自らとなれば、3人の家族も慰撫されましょう」


 ま、半分は俺のためでもあるんだけどさ。

 世界中全部敵なんて、ちょっとヤだし。味方してくれる人達が居るなら、是非とも会っておきたい、っていうのもある。


「しばらく休憩したら、ここにあるもので旅の準備を整えて出発しよう。

 ……早いほうが良い。百数十年逃げ続けた祭司の一族を、もうこれ以上、危険な目に遭わせたくない」


 とか俺が言ったら唐突にバスルームの扉が 開  き  … …  …   …


「ありがとうございます……感謝の言葉もございません」


 ひざまづいて深々と礼をする肌色の塊が視界に入った瞬間、俺は全ての誇りを賭けて両目を手で覆っていた。


「ちょ、な、な、ななななな!? なんで出て、く!?」


 見なかった! 俺は何も見なかった! そういう事にしてくれ!

 シャワーを浴びて上気したツルスベの肌とか! 胸部の描くふたつの曲線美とか! 見てないから!

 胸元を伝う水滴がなんか妙にエロいとか思ってねーからっ!


「あの、お礼をするのに扉越しでは失礼だと思いましたので」

「いやでも裸じゃん!?」

「私の体、私の命、私の魂に至るまで……私は神に捧げたもの。恥じ入る必要も、隠す必要もありません」


 俺の裸見た時はめっちゃ恥ずかしがってたのにどういう感覚してんの!?


「…………お、お見苦しいものをお見せしてしまったでしょうか」


 目を塞いだまま後ずさる俺に、申し訳なさそうに榊さんが言う。


「逆! むしろ逆だから危ないんだって!」

「あっ……」


 ▼俺は にげだした!

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