フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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残り、三話
※この二次小説は「R-15」でs


終焉の足音

54

 

 

 

 

 

 (ほとばし)る一条の烈光。

 人間の身体から発生しようのない、高密度のエネルギー。

 モモンがどこからか取り出した魔法の盾が、見る見るうちに溶解していった。

 ブレスを受け切った後、ただの残骸と化した盾は、溶鉱炉もかくやという超高熱の様相を呈していた。

 

「なるほど」それでも、モモンの声は涼やかなままだ。「竜種の固有スキル──変身のみならず、吐息(ブレス)まで扱えるのであれば、貴殿は人間種であるはずもなし……ナーベラル殿、貴女は作戦通り、援護の魔法を飛ばしつつ、戦闘記録と儀式の録画に務めてください。霜竜(フロスト・ドラゴン)炎竜(フレイム・ドラゴン)よりも、はるかに格上の竜種。これは貴重な戦闘データとなるでしょうから」

「かしこまりました、パ……モモンさん」

 

 従者への命令を終えた漆黒の英雄は、またもどこからか武装を取り出す。副盟主の鑑定眼が光る。ルーン武器とは違う。純粋な魔法をこめられた、全長2メートルは超える、青雷を纏う騎士槍(ランス)

 モモンの気声と共に、見事な投擲の直線を描く槍。

 副盟主はそれを、己の脚力のみで回避──した直後、

 

「逃がしはしない」

 

 モモンの指先が微かに動くのと同時に、騎士槍が意思を持つかのごとく、軌道を直角に変えた。

 舌打つ副盟主が魔法の障壁を展開するが、

 

「くッ?!」

 

 一瞬の抵抗の後、魔法の盾が砕け散った。槍に込められた魔法の力で、「遠隔操作」と「防御突破」を成し遂げた結果である。

 同時に、モモンの姿が消失。

 副盟主は竜の鋭敏な感覚で、その気配を背後にとらえた。

 

「なめるなぁッ!」

 

 半竜化した左腕で、悪魔のように伸びた竜の爪で、モモンの振るう剃刀の刃(レイザー・エッジ)──ではなく、モモンが常に使用するグレートソードと切り結ぶ。

 

「ほう? やはり身体能力も竜のそれということですね──のようだな?」

 

 何やら口調を改めるモモンの様子に、副盟主は気を取られる。

 

「グげぇ!」

 

 その隙をつくように、偉丈夫の蹴り足が鋭く魔法詠唱者の脇腹を抉りぬいた。

 久しく感じたことのない激痛と共に、肺中の空気が無様に押し出されていく。

 モモンは、やはり慎重かつ冷徹な声音で、己の私見を兜の内に吐き落とした。

 

「やはり、おまえのレベルは80強から90弱。種族レベルは50以上、職業レベル30台といったところ、でしょうか?」

「ナにヲ──判らヌこトを!?」

 

 昂然と吠える副盟主。彼は全身を黒竜のものに変身させて、二発目のブレスを準備。

 人間形態では出力が落ちる黒竜の必殺手段は、今の竜形態でこそ、その本領を発揮する。

 

「死ね!」

 

 二枚の小さな翼で宙を叩き、口の先から尻尾の先まで満ちる竜の力を、光線状にして敵対象に射出。

 さきほどは盾でギリギリ防がれたが、今回のエネルギー総量は文字通り、必殺の威力を誇っていた。

 同様の手は通じない。それを承知したモモンは、防御を展開せず、急速飛行によっての回避を選択。

 

「──!」

 

 兜を掠めたエネルギーの閃光が防具を半砕し、モモンの素顔を外気にさらす。どこまでも人間的な造形しかないモモンの表情は、焦りや恐れなどの感情は一切浮かばない。

 それでも、その額には赤いものが流れ落ちる。

 

「この体にダメージを与えられるとは……小型(ミニサイズ)とはいえ、さすがは(ドラゴン)というところ」

「ッ! いつまでも調子に乗るな!」

 

 死の大水晶を右腕に掴む黒竜は、重く低い咆哮をあげてブレス攻撃を連射。

 

「貴様だ! 貴様さえ殺せば! 貴様の持つ剃刀の刃(アイテム)さえ破壊すれば、すべては元通り、儀式は遂行される! アインズ・ウール・ゴウンは我が手の内にあり! 儀式の不安要素は、貴様のそのアイテムだけだ!」

「ふむ。将来併合予定とはいえ、他国からの預かりものを破壊されるのはナザリックの、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の恥となる。……私自身、話に聞くこれを鑑定したくてたまらないところですが、これは、ボックスの最重要領域にしまわせていただきますので、あしからず」

 

 竜を相手に真っ向から対立・対戦する漆黒の英雄。

 そんな彼らの眼下で、アインズ・ウール・ゴウンは独自に動く。

 

「やはり、この儀式魔法は邪魔だな……さっきはああ言ったが、妨害術式とやらのせいで、使える魔法も限られているし……仕方ない」

 

 身動きできない己の代わりを呼ぶように、魔導王はどこかの誰かに──〈伝言(メッセージ)〉で繋がっている誰かに指示を飛ばす。

 瞬間、魔法の門が開く。

 その門から転がるように現れたのは、白銀の四足獣と、その背中に騎乗する小さな人影。

 

「お呼びでござるか~!」

「こ、ここが、ズーラーノーンの、本拠地?」

 

 ヘッケランは、彼女らの名を呟いた。

 

「ハ、ハムスケさんに、イビルアイさん?」

 

 モモンが従える森の賢者と、蒼の薔薇に属する仮面のの魔法詠唱者。

 いったいどういう成り行きで二人が共に現れたのかは不明だが、フォーサイトにとっては頼もしい助っ人である。

 

「二人とも、よく来てくれた」

 

 魔導王の呼びかけに、イビルアイはハムスケの背から降りて跪きかけるが、戦闘の激音で天井を仰いだ。

 

「ブ、黒竜(ブラックドラゴン)? あ、あのサイズで、モモン殿と渡り合っているのか?」

 

 驚愕し呆然となるイビルアイ。

 吐き出されるドラゴン・ブレスやモモンの斬撃……その余波の煽りを受けて、大広間の石柱や壁、飾り窓やシャンデリアが破壊されていく。

 その尋常でない戦闘風景には、余人が介入・助力するほどの間隙すら生じない。

 ナーベが広間の隅で援護を飛ばすのが関の山というのも頷ける。

 

「二人とも。早速で悪いが、捕らわれているフォーサイトと、生贄に連れてこられたラキュース君たちの救助を頼む。生贄さえどうにかすれば、この儀式魔法は破綻し、私も動けるようになるはず」

「な、なんだかよくわかりませんが、わかりました!」

「かしこまったでござるよ~、と──魔導王どの~!」

 

 イビルアイは自分のチームリーダーであるラキュースの方に。

 ハムスケはドラゴン・ゾンビに掌握されているヘッケランの方に。

 

「行くでござるよ~、おぬし!」

 

 突進する四足獣は、何かを口の中から、頬袋の内から引きずり出した。

 

「うりゃあ! 〈不死者支配(コントロール・アンデッド)〉、でござる!」

 

 それは、ハムスケが発動した魔法ではない。

 彼女の掌中に握られている、(よだれ)まみれの石っころが、ドラゴン・ゾンビの支配権を握ったようだ。

 ハムスケの意志に従い、ヘッケランを拘束していたドラゴン・ゾンビが冒険者を解放し、他のドラゴン・ゾンビ──ロバーデイクを押し潰していた一体を襲撃。

 

「おお! はじめて役に立ったでござるな、おぬし!」

 

 その様子を眺めていたクレマンティーヌが快哉を上げた。

 

「はは!“死の宝珠”かッ!」

 

 あのアイテムでどうにかできるアンデッドは、下級のそれが数千体。ドラゴン・ゾンビほどの質量では、支配可能な数は一体が限界だろうが、その一体を支配してしまえば、結果は御覧の通り。連中を支配している副盟主がモモンとの戦闘に集中しているということも、支配権強奪に一役買っていた。

 解放されたヘッケランとロバーデイクは、戦傷の身を押して、イミーナとアルシェの解放に向かう。

 ハムスケは死の宝珠とドラゴン・ゾンビ一体共に、クレマンティーヌを捕縛中のドラゴン・ゾンビに挑みかかる。

 一方で、

 

「ラキュース、おい、ラキュース!」

 

 いまだに目を覚まさない蒼の薔薇のリーダーに、イビルアイは呼びかけを続ける。

 彼女を固縛している赤い力を破ろうと試みるが、〈拘束解除〉や〈封印解除〉などでは、結果は芳しくない。

 

「この術でも駄目か──しかし」

 

 イビルアイは、言いようのない懐かしさを感じる。

 この儀式魔法──赤い魔法の流動する様に、どこか見覚えがあるような。

 

「いや」

 

 今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「この魔法陣を破壊するしかない──だが」

 

 果たして可能だろうかという、当然の懸念。

 しかし、思い煩う時間すら惜しい。

 この『死の螺旋』とかいう魔法を鑑定・解析し、突破口を見つけ出す──決意を新たに魔法陣に手をかけた、瞬間。

 

「え?」

 

 赤い力が、イビルアイの肉体に吸い込まれた。

 それが何なのかはやはり判然としない。冷静に考えると、得体の知れない力が自分の内部に入り込むなど、形容しがたいおぞましさを感じる──だが、それでも、イビルアイの肉体には何の影響もない。

 アンデッドの身体だからこその作用──というよりも、──これは?

 

「ええい、ままよ!」

 

 亡くなった故国で味わった感覚を頼りに、200年前に喪われた祖国の香りを思い出すように、イビルアイは──キーノは儀式魔法に介入する。

 見る間に魔法陣の赤い色彩・拘束力が失われ、ラキュースへの縛りが細く弱くなる。

 

「目を覚ませ、ラキュース!」

 

 イビルアイによって大陸図から引きずり出された下着姿のラキュースは、ようやく瞼を開くことができた。

 

「い…………イビル、アイ?」

「まったく、世話をかけさせるな、バカリーダー」

「……みんな、は?」

「ガガーランたちは、王国に残してきた。あの傷じゃあ、歩くのもやっとで、作戦には邪魔だったからな──ほら」

 

 イビルアイはガガーランたちから預かっていたリーダーの得物を取り出した。

 

「魔、剣……キリネイラム」

 

 起き上がったラキュースは漆黒の魔剣を両手に抱いた。

 

「しっかり持ってろよ。ああ、そういえば、戦乙女の指輪の加護がないと、装備できないんだったか? そっちも預かってきてるが」

「──、……うぇえ、ちょ! な、なんで……それを?」

「ガガーランが心配していたぞ。闇の精神がラキュースを取り込むとかなんとか?」

「い、いやぁ、だ大丈夫、だいじょうぶ、だから!」

 

 まだ回復しきっていないのか、顔が茹で上がるほど紅潮しているラキュース。

 しかし、ここでぐずぐずしている猶予はない。

 

「しっかり立て、蒼の薔薇。他にも捕らわれている生贄と奴隷を解放しないとならん。闇の自分とやらに負けている場合ではないぞ」

「わ、わかってる!」

 

 何故か、『死の螺旋』の儀式を無力化できるイビルアイは、イミーナたちを救おうと四苦八苦するヘッケランたちのもとへ。

 アルシェたちの拘束を解き、他の生贄や奴隷たちを解放する様子を横目にして、副盟主とモモンは戦闘の手を止めた。

 

「ば、馬鹿な」

「なるほど……まさか、このような有効利用法があったとは……さすがはアインズさ──魔導王陛下というところか?」

 

 妙な納得を得るモモンとは対照的に、副盟主は納得のしようがなかった。

 

「ありえん、ありえんありえんありえん! 始原の魔法(ワイルド・マジック)に干渉する力など、それこそ始原の魔法(ワイルド・マジック)以外にありえんだろう!?」

 

 あるいはイビルアイが王国の王女にも秘め隠す異能(タレント)に何かあるのでは、とモモンは推測するが、

 

「いずれにせよ。おまえの儀式とやらは破綻寸前だ。大人しく投降すれば、命だけは助けてやる」

 

 もっとも、命以外のすべてを失うことになるだろう──とパンドラズ・アクターは確信する。

 

「ふざけるな!」

 

 イビルアイの介入で、儀式の根幹を維持するための魔法陣そのものが(ほつ)れ始める。

 このままでは、アインズ・ウール・ゴウンが自由を得てしまう。これ以上、厄介な敵が増えるのを黙って見ていることは不可能であった。

 

「ならば!」

 

 黒竜は新たなドラゴン・ゾンビを召喚。

 化け物(モモン)の相手をこなすには不十分なモンスターであるが、時間稼ぎ程度には使えよう。

 モモンが「何をする気だ」と黙考すること、数瞬……その隙に、副盟主は行動に出る。

 

「クレマンティーヌぅううううう!!」

 

 小竜の怒号と突撃の先にいるのは、アインズ・ウール・ゴウンの新たなしもべ。

 そして、ズーラーノーンの裏切り者。

 

「な」

 

 一撃。

 たったそれだけで、ハムスケに拘束を解かれたクレマンティーヌ──女戦士の鎧──胸の中心が、ブレスの直撃で失滅。

 その勢いで、彼女の首にあったオリハルコンプレートが地に落ちた。

 

「あ」

 

 それほどの重傷でも、存在し続けることができるアンデッドの戦乙女を、飛行する副盟主が掌握。

 

「クレマンティーヌ!?」

 

 魔導王がシモベの名を叫ぶ。

 

「クレマンティーヌさん?!」

 

 ヘッケランたちも口々に、捕らわれた同輩の名を呼び続けたが、

 

「──、ッ」

 

 皮肉気に苦笑するクレマンティーヌ。

 彼女は応じる間もなく、先に取り込まれたカジットと同様、死の大水晶に咀嚼・吸合されてしまった。

 

「馬鹿な」

「なんで」

 

 失意にくれるフォーサイトの面々。

 その背後で、アインズ・ウール・ゴウンを縛る術式が強度を増す。

 

「くそ、──なるほどな」

 

 魔導王は理解した。

 副盟主が、裏切り者であるクレマンティーヌを残して置いた理由──裏切り者たる彼女を拘束するだけでいた要因は、これだったのだ。

 今回の儀式が、何らかの理由で破綻・破却しても、アインズ・ウール・ゴウン魔導王を縛る術式──彼のシモベたるアンデッドを使っての特殊な拘束封印術式を再起動・強化維持するために、アインズ・ウール・ゴウンの支配下にあるアンデッド=クレマンティーヌは取り込まれる猶予を与えられていたわけだ。

 

「貴様だけは絶対に自由にはさせんぞ!」

 

 盛大に勝ち誇る副盟主の竜声。

 

「そして! 我の邪魔をする者は、()く消え失せよ!」

 

 極大のドラゴン・ブレスが、天井を這う小竜の口腔から降り注ぐ。

 さすがにモモンの力量をもってしても、直撃は免れない。

 ──これをこのまま回避すれば、ドラゴン・ブレスの射線上、広間にいるフォーサイトや蒼の薔薇、生贄や奴隷たち、そして、身動きが取れないアインズ・ウール・ゴウンへの被害は避けられないのだ。

 モモンが避けることは不可能。

 漆黒の英雄は、先ほどよりも堅い盾を取り出す暇もなかった。モモンの双剣というスタイル──両腕を塞ぐ戦法が、ここで(あだ)となった。

 意を決して、双剣を盾のごとく構えた時、彼の目の前に、一人の仲間が転移魔法を行使して現れた。

 

「ナーベっ!!?」

 

 戦闘記録に勤めさせていた同胞。

〈魔法盾〉や〈鎧強化〉などの防御魔法を幾重にも展開した、黒髪の乙女。

 竜の極大攻撃の盾となる位置に現れた、漆黒の美姫は、同胞へ振り向き様に微笑んでいた。

 その唇が、こう告げていた──申し訳ありません、と。

 彼女の全身が、爆発と燃焼と衝撃の圧力に吹き飛ばされる。

 

「  ──かはッ!」

 

 レベル80強の攻撃は、ナーベラルの本気(メイド)装備ではない、冒険者の装束では防御不能なダメージであった。

 衣服が焼け落ち、重度の火傷と墜落を余儀なくされる乙女の身体を、モモンはすんでのところで抱きとめた。

 人間であれば跡形もなく消し炭になっていただろう一撃。

 それが、この程度の傷で済んだことは奇跡とも言えた。

 ナーベは、男の腕の中で謝罪する。

 

「も、もうし、わけ、ありませ──め、命令、に、背いて──」

 

 結っていた髪をひろげ、美姫は意識を手放した。

 

「くそ雑魚が! 我の邪魔を!」

 

 もう一撃、極大のブレスを精製する副盟主……その全身を覆う鱗の上に、極低温を誘う怖気(おぞけ)を感じた。

 その発生源は、大陸図に繋がった儀式の中核。

 

「────貴様」

 

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンの、言い表しようのない憤怒。

 モモンによって床に優しく横たえられた漆黒の美姫を見て、──何故か、──魔導国の主君は怒り狂かけていた。

 しかし、

 

「クゥ、クズがぁああああああああああああ!!」

 

 激発寸前だった魔導王よりも燃え盛る怒気が、死の城全体を震撼させた。

 感情の業火を轟かせてみせたのは、魔導王ではなく、気絶したナーベの仲間────モモン。

 

「クズがクズがクズが!! クズドラゴンの分際でぇ!! 私の、私の大事な、大事な、ナ、仲間を──ゆ、許さん、許さん許さん許さん──許さんぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 常の冷静沈着な英雄の面影はどこへやら。両手の剣を荒々しく石の床に突き立てまくる男の激昂。

 広間で成り行きを見守るヘッケランやアルシェ、イビルアイたちすら予想だにしなかった、モモンの意外な憤激。

 ともすれば、声色すら常のそれとは変質しているほどの罵声と絶叫が、あの魔導王ですら込みあがる怒りの狂熱を冷却させられるほどであった。

 

「ええと、パン──モモン?」

 

 魔導王の呼びかけに、漆黒の英雄は半壊の兜から覗く表情を一変させる。

 

「その、仲間がやられた気持ちは判る。わかるが、今は、冷静に、な?」

「────言われずともわかっている」

 

 アンデッドの王に対し、常の口調で応答するモモン。

 彼の仲間思いな……それでもかなりキレていた表情から元に戻った姿に、一同は納得と安堵の息を吐いた。

 

「さて──我が冒険者たち、フォーサイトよ」

 

 儀式の祭壇から解放されたイミーナとアルシェ、二人を肩で支えるヘッケランとロバーデイクが、自分たちの国の王へ視線を向ける。

 

「誠にすまないが──これより、モモンと協力し、ズーラーノーン副盟主──黒き竜王を討伐する追加任務を与える」

 

 気を失ったナーベを心配するように、守るように傍にすり寄る森の賢王(ハムスケ)

 確かに、黒き竜王を相手に、モモン一人では荷が重い相手かもしれない。

 

「くそ……さすがに、ブレスを連発し過ぎた……シモーヌ嬢! 貴様も私と協、力……し?」

 

 大広間の貴賓席を眺めた黒竜は、そこにいたはずの十二高弟の同胞が消え失せていた事実に気づく。

 見渡せば、補助役を務めさせていたデクノボウ──ミイラ男の姿までも、ない。

 

「や、奴等め!」

 

 逃げやがった。

 副盟主の戦況が不利だと覚って、早々にとんずらしやがった。

 まぁ、そうしたくなる気持ちはわかると、ヘッケランは思う。

 

「さぁ、決着をつけるぞ──援護は任せます、フォーサイトの皆さん」

 

 モモンは足音も高く告げる。

 漆黒の英雄に背後を託されたヘッケランたちは、手に手に武装を携えて、これまでの労苦を振り払うかの如く、力の限り頷いた。

 

 

 

 ・

 

 

 

 逃亡したシモーヌは、貴賓席の裏手から通じる廊下に出て、城の最上層部──転移の部屋を目指した。

 魔導王が現れた段階で、いやな予感はしていた。

 フォーサイトとの戦闘で、連中の奉じる国の王が、超級のヤバさをもっていることをいやになるほど実感していたから。

 バルトロの死体を連れて空を飛ぶ吸血鬼の少女は、副盟主を囮として逃げることに、何の躊躇も懐かない。

 

「とにかく、本国へ戻って、体勢を立て直す」

 

 この城を失うことになるのは痛手に過ぎるが、もはやそんなことに拘泥していてよい相手ではない。他の十二高弟に連絡を取ることも考えたが、何故か、魔導王が現れて以降、〈伝言(メッセージ)〉などの連絡手段が使えなくなっている──まるで、魔導王の力が、連絡手段を断ったかのように。

 これほどの悪戦況で、強硬に抵抗することはデメリットが多すぎる。

 下手をすれば、あの御方に、盟主に、アインズ・ウール・ゴウンの魔手が迫りかねない。それだけは断固として許し難い事態である。

 最悪、ズーラーノーンのすべてを失おうとも、人類を守護する異形の集団が壊滅しようとも、盟主さえ生き残っていれば、再興など容易。

 だが、あの方を喪えば、すべてが終わる。

 シモーヌにとって、あの方こそがすべて。

 副盟主の黒竜には悪いが、せいぜい良い塩梅(あんばい)に囮役をこなして、シモーヌが盟主を逃がすだけの時間を稼いでもらう。なに、運が良ければ蘇生復活し、盟主の膝元に帰還することも可能な──はず。

 

「まぁ、あの魔導王が、副盟主を生け捕りにしたら、どうしようもないかもだけど」

 

 それでも。あいつも盟主に対し、真の忠誠と崇愛を顕示する存在。

 きっとシモーヌの逃亡も、一定の理解を示してくれることだろう。

 吸血鬼の幼女は、浮遊する武装に半ばまきつけたままの死体──愛する男の死体を撫でた。

 

「さぁ、もうすぐ転移の部屋よ、バルトロ……盟主様の(もと)に、一刻も早く逃げないと」

「逃げられる、と本気で思いんしたか?」

 

 廊下の奥の方より、可憐な足音が近づくのを聞いた。

 シモーヌは無詠唱化した〈魔法の矢〉を振り向きざまに撃ち放った。

 しかし、攻撃の魔法は誰にも当たることなく城の壁に着弾するのみ。

 足音の主は、いない。消えた。追手だろうか。追手以外ありえない。

 状況的には、アインズ・ウール・ゴウンの伏兵という線が濃厚だが。

 

「こんばんはでありんす」

 

 声が。

 首筋を舐めるかのような至近距離で。

 

「チッ!」

 

 シモーヌは反射攻撃として、背後の気配に回し蹴りを繰り出すのだが──その脚は虚しく空を切るだけ。

 翻ったドレスの裾が完全に降りきった時。

 

「ん~、見た目よりも、おてんばでありんすねぇ?」

 

 唐突に、目の前に現れたのは、少女であった。

 見た目の年齢──背丈や扁平な胸は、シモーヌと同年か、少し上か。

 漆黒のドレスとボールガウン──艶っぽい銀髪に、ルビーよりも輝かしい、紅の瞳。

 愛らしく微笑む少女は、間違いなく、人間の気配とは異なるモノであった。

 

「誰? いや、何、あんた?」

「シャルティア・ブラッドフォールン。いと尊き御身、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のシモベでありんすえ」

 

 言い終わる瞬間──回復した魔力を総動員した第六位階魔法〈炎翼(フレイム・ウィング)〉をブチ込んだ。

 アンデッドは、同じアンデッドを気配で感知する“不死の祝福”が備わっている。

 シャルなんとかと名乗った少女は、間違いなく、炎属性に脆弱な個体が多いモンスターであると踏んで、炎属性の魔法を放った──だが。

 

「な、んで?」

 

 シモーヌは目を瞠った。

 銀髪の少女は悠然と炎の翼の一撃を受け止めていた。

 細く優美な、人差し指と中指、二本で。

 

「弱点に対策を施すのは、基本中の基本でありんしょう?」

 

 艶然と微笑むシャルティア。

 その瞳に浮かぶ嗜虐と陵虐の彩を直視すれば、並の人間であれば一瞬にして(とりこ)と化すだろう。 

 しかし、シモーヌは吸血鬼(ヴァンパイア)。魅了の魔眼が効く道理などないが、その少女が、自分の扱える最高位に近い魔法を防ぎ切った段階で、相手の力量がどれほどの枠組みにあるのか、十分に理解できた。

 

「お、おねがい──許して──わたしを、見逃して!」

 

 こいつは、アインズ・ウール・ゴウンの仲間──シモベ。

 そんなものに正面切ってどうこうできる気が、シモーヌの脳にはまったく完全に浮かばなかった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! わたし、突然すぎて、びっくりして、だから、魔法で攻撃を!」

 

 謝辞を懸命にこぼす様は、幼い少女の見た目通り、実に憐れを誘うもの。

 シャルティアは悪戯をたしなめる大人のような笑みで、幼女の申し出に対し数度うなずいた。

 

「命乞いでありんすか──そうでありんすね。そうしてやりたいのはやまやまでありんすが、アインズ様のご命令・ご計画は──『殲滅』でありんすから」

「な、なんでもします。わ、わた、私は、ここで消えるわけには」

「ん? いま、なんでも、と申したでありんすかえ?」

 

 慈母のごとき白皙の美笑が、口が耳まで裂けた純黒の嗤笑(ししょう)に、一変。

 

「でありんしたら。まずは、アレの相手をしてくんなまし」

「──ア、レ」

 

 シャルティアが指さしたのは、シモーヌの背後。

 (うごめ)き荒ぶる気配に、たまらず振り返る。

 

「バル、ト……ロ?」

 

 シモーヌが己の武装に繋いでいた死体──それは変転を余儀なくされた。

 死した十二高弟に、一定の時間差で起動する、盟主の力。

 そこにいるアンデッドは、内臓の卵(オーガン・エッグ)──その上位種。

 シャルティアは告げる。

 

「私が仰せつかった御命令のうちひとつは、ズーラーノーン盟主のオリジナル魔法──アンデッド化の洗礼式?──とやらで、アンデッドになった者を支配してみること。アインズ様に可能なことが、同じアンデッド種族である(シモベ)に可能かどうかの“実験”を行えというものでありんしたが、ちょうどよかったでありんすね♪」

 

 銀髪の少女が指を鳴らした瞬間、巨大な肉の卵は無数の臓物を触手のようにシモーヌの肢体に絡みつけた。

 小さな体躯は、成す術もなく拘束される。

 

「な、なんで! や、やめなさい、やめろバルトロ! 私よ? 私がわからないっていうの!?」

 

 バルトロだったアンデッドは応じない。

 応じる口を持たないというのではない。

 

「無理でありんすね。そこもとの死体は、完全に私の支配下に“組み込みんした”から」

 

 シモーヌは否定と拒絶の言説を述べようとするが、ぬるぬるてかてかのピンク色に輝く腸が、幾重にも口や喉に巻き付いてきて、言葉を作りきれない。口に入るそれを噛み切っても噛み切っても、臓物は無限に湧き出てくるかのように、シモーヌの胃を満たしはじめた。たまらず吐き出したくなっても、幼女の臓器の中を、バルトロだった臓物が満たしていくスピードの方が早すぎる。数秒もせず、涎と涙がシモーヌの顔面を濡らし始めた。鋼の糸で編まれたドレスは、蠢く臓物でひん剥かれ、小さく細い肢体は見るも無残なありさまを呈していく。

 そんな光景を前に、シャルティアは顎に手を添え、かわいらしい小さな首肯を幾度も繰り返す。

 

「ふ~む。私を創造した御方が熱心に研究されていんした“えろげ”なるもので、『触手プレイ』というものがありんす。どうせなら、そういう感じに遊べるようなアンデッドに調整してみんしたが、具合はどうでありんす?」

『────────』

「うむ。よろしい。では、攻・め・な・ん・し」

 

 バルトロだった上位(グレーター)内臓の卵(オーガン・エッグ)と意思疎通し、命令を下した瞬間、シモーヌは自分の上にではなく下に、何かが侵入してくるのがわかった。

 

「ぎぅ、──    っ!!」

 

 それは生前の彼とは比べようもなく巨大かつ長大にすぎ、シモーヌの小さいそこを、数秒で完全に満たして膨れ上がらせるほどに。

 振り返ったそこにあるのは、見慣れた愛しい男の面影や嬌声、愛情の瞳はどこにもない。

 ──無限の臓物を溢れさせる卵が、シモーヌの四肢を宙に捕らえ、身体の中心を貫いている。

 絶望とはこのことであった。

 そんな目の前で繰り広げられる凌辱地獄を前に、シャルティアは喜悦に歪んだ笑みで、幼女の前方に回り込んで、その下腹部の稜線を優しく撫でる。

 

「ふむふむ。こういうのを確か、ぼてばら、というのでありんしたか。人間相手だと壊れかねないプレイ内容すぎて、試したことはありんせんしたが──ペロロンチーノ様はやはり偉大でありんすね。何やら新しい世界を開いてしまったような気持ちでありんす」

「ぃ、あ、ぉ、ォ、ッ?」

「ん~、意外とあっさりとアンデッドの支配権を奪えて拍子抜けしんしたが──アインズ様がクレマンティーヌやカジットとやらを支配できていたことを考えれば、できなくはないと思いんしたし」

「ぐ、ぎ、ばッ、ばか、なッ──だとすると、おまえ、あ、あんたも、奴と同じ、領域の、ち、ぢから、を?」

 

 それほどのアンデッド。

 シモーヌの同族(アンデッド)を感じとる能力は、間違いなく、目の前の少女が不死のモンスターである事実を物語っている。

 何故、どうしてこんな連中が、これほどの化け物たちが、王国の一都市に、唐突に突然に現れて、一国家を建国したのか。

 

「い、やぁ。ぃ、ぃぃや、こ、こんなの、イヤアアアアアッ!」

 

 十二高弟たる己が裏で治める高娼都市でもありえない恥辱劇──蹂躙の惨劇。

 シモーヌは薄桃色の髪を振り乱し、心の底から己の主に──盟主に──あの方に祈る。

 

「たす、け、て、ぉ、ぁ、ぉん、助けて、くださ、い、ぃや、ん、……盟主、様……盟、主サ、ァ…………××様ァッ!!!」

「んん~、いい声でありんすね。もっと鳴いて喚いて、その盟主とやらが出てくるまで、泣き叫んでくんなまし♪」

「!」

 

 言われて、シモーヌは己の弱さを呪った。

 このような化け物に……盟主の力を横から奪う技量を持つバケモノに、盟主を引き合わせることが、どれだけ危険なことか、覚る。

 

「くッ、っ、ぅ、ッ!!」

 

 声を抑えても、涙をこらえても、自分を攻め立て縛り上げる小腸と大腸の圧力は緩まることはない。

 むしろ、より強く、より硬く、より激しく、責め苦は滝のように降り注ぎ続ける。

 シャルティアは上気した頬で吸血鬼(シモーヌ)に歩み寄った。

 真祖の吸血鬼(トゥルー・ヴァンパイア)は、新しく下賜された玩具(オモチャ)の具合が気に入った様子で、同種の流す絶望の涙を、長い舌で舐め啜る。

 

「ん~、イイ……とてもイイ表情(かお)……アインズ様に差し出すまでに、どれだけ従順な(ワン)ちゃんになれるか、見ものでありんすね。ついでに、こうして遊んでいる間に、盟主とやらがのこのこと出張ってきてくれれば御の字でありんすが……もう、わかっているでありんすよ、デミウルゴス。ただ少しくらい遊んでもいいでありんしょう? 調教はしっかりとしておいた方が、今後の役に立つでありんしょうし? おぬしらは予定通り、誘き寄せられてくるかもしれん(カモ)の索敵をしておいてくんなまし。ああ、ほらそこ、休んでる暇はないでありんすよ? 次はそっちの部屋に入って、“後ろも”でありんす」

 

 

 城の一室で、くぐもった嬌声は響き続けた。

 盟主は現れなかった。

 シモーヌは納得していた──いま、本国にいるあの方には、誰かを救う余地など、全く皆無なのだと。

 

 シャルティアは新しい性玩具を十分堪能した後、十二高弟だった二人のアンデッド──名付けて、“(ワン)ちゃん”と“玉っころ”──を引き連れて、護衛役に〈完全不可知化〉していた守護者とシモベらと共に、ナザリック地下大墳墓へと帰還を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.十二高弟の吸血鬼、シモーヌの結末は?
A.web版アルシェの代わりに、ワンちゃんになるエンド

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