第122.5話 一握りの救済
ネタばらし回です。ある意味、エルディア編の最後のリザルトとも言えます。
短編入れるくらいなら、本編を週一更新にしろよな。……すんません、偶に気晴らしの短編は必要なんです。
あ、視点は3人分です。
*** バーグ ***
―ガタガタガタ―
「はぁ……。何でこんなことになっちまったんだろうな……」
俺は馬車に揺られながら、ため息と共に呟く。
俺の名前はバーグ。
少し前まではエルディア王国、ティエゾの街で武器屋の店主をやっていたのだが、エルディア・カスタール戦争によって俺の人生は大きく変わっちまった。
今の俺は店主どころかただの商品、奴隷だからな。
それも、死亡することが確実なタイプの奴隷だ。
俺達、元エルディア王国民の奴隷を乗せた馬車は、エルディア王国……じゃないエルディア領の南側にあるブラウン・ウォール王国へと向かっている。
俺達はそこで砂漠の開墾に従事させられるらしい。
ブラウン・ウォール王国の広大な砂漠は、何をしても無駄な不毛な大地として有名だ。
これは恐らく、一種の流刑なのだろう。
俺達の母国であったエルディア王国は、隣国カスタール女王国に戦争を仕掛けた。それも、異世界から召喚した勇者を参加させた非常識な戦争だ。
魔王を倒すために呼ばれた勇者は非常に強い。普通の国相手なら勝って当然の戦争だ。
だが、エルディア王国は負けた。それも戦争に参加した勇者を全滅させての惨敗だ。
戦争に負けたエルディア王国は滅亡し、領土はカスタール女王国の物となった。
しかし、領土だけで賠償の話が済む訳がない。
とは言え、エルディア王国の国庫はすっからかんで、払える物もない。
そこで、カスタール女王国は国民の奴隷化を要求してきた。
国民を奴隷として、その代金で賠償をしなければならないことになってしまった。
その数、なんと1万。
この時点でエルディアの王家はほぼ全滅しており、マトモな権限を持った者もいなかったため、カスタールの要求を拒むことすらできなかったそうだ。
そして、この要求の恐ろしい点は2つ。
1つ目は『連れて行く奴隷はカスタール側が決める』という点だ。
簡単に言えば、街を歩いている一般人が、ある日いきなり奴隷にされてしまうのだ。
かくいう俺も、街にやって来たカスタールの騎士に、強制的に奴隷にされたクチだ。
2つ目は『エルディア王国民の国外への移動の禁止』だ。
つまり、逃がしてはくれないと言うことだ。
非人道的だと抗議の声も上がったが、宣戦布告無し、勇者の参加有りで戦争を仕掛けた国に対する温情など不要と一蹴されてしまった。
カスタールから見たら、エルディアの者は既に人間扱いではなかったのだろう。
国民の奴隷化の話が出てから、国を捨てて逃げようとした者も大勢いる。
しかし、逃走に成功した者は俺の知る限り1人もいない。どこから逃げ出そうと、必ず捕らえられており、重い罰則を受けることになった。
しかし、何故か奴隷になったという話は聞かない。
ついでに言うと、他国の人間は一切奴隷として選ばないという話も聞いた。
逆に、他国の人間の振りをして国を出ようとして、成功したという話も聞かない。
……カスタールの情報網は一体どうなってやがるんだ?
そんな憐れな仔羊となった俺達に出来たのは、自分がその1万人に含まれないことを願うことだけだった。
俺は、祈り虚しく1万人に含まれちまったけどな。
本気でツイていないと思うのは、俺のいたティエゾの街からはたった2人しか奴隷が選ばれなかったという点だ。
俺の他に選ばれたのは、可哀想な事に若い妊婦だった。
流石に非人道的と言うことで、冒険者ギルドのギルド長が、カスタールの騎士を実力行使で止めようとしたんだが、素手の一撃で何も出来ずに昏倒させられてしまったらしい。
あの人、確か元Aランク冒険者だったはずなんだが……。
しかし、不思議なのはその妊婦に悲壮感が漂っていなかったことだ。
気になって話しかけたんだが、思っていたよりも平気そうだったからな。むしろ、目に希望が宿っていたような気さえする。
余程肝が据わっているのかね?羨ましいもんだ。
*** リサ ***
―カタカタカタ―
「大分大きくなってきましたね」
私は馬車の中で大きくなってきたお腹を撫でながら呟きます。
私の名前はリサ。
少し前まではエルディア王国、ティエゾの街に住んでいましたが、エルディア・カスタール戦争によって私の人生は大きく変わってしまいました。
今はただの奴隷として、愛するお腹の子と共に馬車でブラウン・ウォール王国へと向かっています。
カスタールの騎士によって奴隷にされた時はどうなることかと思いましたが、よく考えれば、明日をも知れないのはその前から変わらなかったのです。
私の夫は結婚後1月で盗賊団に襲われて死にました。
大きな商談で王都に向かった最中の出来事でした。そして、その商談のために所有する資産のほとんどを持って行っていました。
私に残されたのはわずかな家財と個人的な貯蓄だけでした。
夫の結婚指輪も盗賊団に奪われ、残されてはいません。
盗賊討伐の依頼を出そうにも、相手は有名な盗賊団で、依頼を引き受けてくれる冒険者すらいません。
しかし、夫が死んでから1月。絶望の淵にあった私は夫を殺した盗賊団が壊滅した事を知りました。
しかも、驚くべきことに盗賊団を壊滅させたのは、ただの旅人だったそうです。
そして、その旅人さんは買戻しを請け負ってくれたそうです。
私はわずかな希望と共に買戻しをお願いしました。
運よく旅人さんは夫の結婚指輪を所持しており、本当に有り難いことに無償で返していただけました。旅人さんには感謝の言葉しかありません。
旅人さんには、買い戻したら夫の墓に入れると言ったのですが、未練からしばらく手元に置いたままでした。
今思えば、それが良くなかったのでしょうね。
少しして、私の妊娠が発覚しました。
愛する夫は死んでしまいましたが、何も残せなかった訳ではなかったのです。
生きる気力を取り戻した私は、子供を立派に育て上げることを決意しました。
ただ、大きな問題も残っていました。それは、金銭的な問題です。
夫は、お金は残してくれなかったのです。
身寄りのない私にとって、子供を1人抱えて生きていくのは大変でした。
しかし、街の人の厚意もあって、何とか日々を過ごせていました。
しかし、そんな折にカスタール・エルディア戦争が始まりました。
ルールを破って先制攻撃を仕掛けるのはどうかと思いますが、一市民に文句など言えません。
ティエゾの街はカスタール女王国に近く、戦争の際には軍隊が補給のために寄ることが考えられました。それはそれで良かったのです。
しかし、エルディア王国の軍は、私達の予想以上に悪辣でした。
エルディア王国軍は補給と称してティエゾの街で略奪行為を働いたのです。
商店の人達は無理矢理商品を奪われていました。
特に武器屋は容赦なく全ての武器を持って行かれてしまい、まともな生活すら出来なくなってしまいました。
そして、私の、私達の結婚指輪も『資金の足し』として取り上げられてしまいました。
こんな事なら、2つとも夫の墓に入れておけばよかったと後悔しました。
更に、街全体が困窮したことで、縋れる厚意すらなくなってしまいました。
どうしようもないので、僅かな家財を売り払ってやり繰りをしていたところで、エルディア王国が戦争に負けたという連絡が入りました。
奴隷になる・ならないに関係なく、私と子供の将来は明るくなかったのです。
いえ、今ならそれも否定できますね。
奴隷になったことで、私と子供の未来は明るくなったのです。
奴隷になった私に、カスタールの騎士はある物を手渡しました。
それは、私と夫の結婚指輪だったのです。
「何故!?」と問う私にカスタールの女性騎士はこう言いました。
「これを拾った方からの伝言です。『もう無くすな』だそうです」
そこで、私はこの戦争を終わらせた正体不明の騎士の名を思い出しました。
つまり、そういうことなのでしょう。
しかも、奴隷としてブラウン・ウォール王国に行く際、多少ならば荷物を持って行っていいとまで言われました。
私は迷わず夫の遺骨を持って行くことを決めました。
他に持って行ける財産もありませんからね。
私はもうティエゾの街では生きてはいけないでしょう。
私と子供が生きていくには、指輪の騎士様の厚意に縋るしかないのです。
そこで何が起こるのかは分かりませんが、きっと悪いようにはならないでしょう。
*** ルセア ***
《奴隷の方達は無事にブラウン・ウォール王国に到着しました》
《お疲れ様です。では、明日以降は予定通りに仕事を割り振ってください》
《はい》
元エルディア王国民奴隷の輸送を担当したメイドから念話連絡を受けたので、同じく念話で労いつつ、次の業務指示を出します。
アドバンス商会所属のメイド達が護衛をしているのですから、大きなトラブルは起きないと予測していましたが、無事に済んだというのなら何よりです。
元エルディア王国民である奴隷1万人。
ブラウン・ウォール王国を開墾する、という名目で連れだした彼らですが、本質的な目的はそこにはありません。
奴隷として、エルディア領から切り離すことが目的だったのです。
「主様は子供とまともな方、縁のある方を大事にされますからね」
そもそも、1万人の奴隷の内、6割以上は孤児・浮浪児なのです。
元エルディア王国民とは言え、無実の子供が被害を受けるのは忍びないと言うことで、強制的な奴隷化と言う名目でエルディア各地から孤児・浮浪児を集めたのです。
ご主人様は嫌がらせか何かのように食事を『黒パンと屑野菜のスープ』にしろと仰いましたが、孤児・浮浪児からしてみたらそれでも十分なご馳走です。
加えて言えば、お代わりは2回まで許可されています。
また、開墾に際して畑を作らせる予定ですが、その収穫物の一部は奴隷が食べてもいいと言うことにしています。
黒パンと屑野菜のスープにおかずが追加される可能性すらあるのです。
ご主人様曰く、『普通の奴隷の扱い』だそうですが、普通の奴隷が聞いたら憤慨すること間違いなしです。
奴隷の内、残る4割はご主人様の言う『まともな人間』です。
ご主人様は相手がまともな感性を持った人間の場合、相応に優遇する傾向があります。
なので、主様の指示に従い、まともな感性を持った、不利な状況に追いやられている人をエルディア中から集めて回ったのです。
不利な状況と言うのは、まず家族がいない事です。家族がいるのに奴隷として引き離すようなことは主様が許す訳がありません。相手が嫌いなエルディア王国民でも、です。
次に経済的、身体的に不利である事です。
経済的な不利で奴隷になった場合、最初は嘆くでしょうが、最終的には感謝するはずです。少なくとも、日々の食事と安全が確保されるのですから。
身体的に不利と言うのは、今更説明もいらないでしょう。信者が1人増えるだけです。
また、たった2人ですが仁様が名指しで指名して奴隷にした者もいます。
不利な状況に陥っていたら、優先して奴隷にするように言われていました。
幸いと言うか、不幸にもと言うか、2人は中々に厳しい状況に陥っていたので、奴隷化してブラウン・ウォール王国に連れて行きました。
1人は妊婦だったので、特別に揺れない馬車に乗せていますし、休憩も多めに取らせています。食事も
主様の直接の指示で連れてきた者に、何かがあったら大変ですからね。
ここまで聞いたら納得していただけるでしょう。
主様が本当に重視したのは、エルディア領に残った民ではありません。
奴隷として連れ出した1万人の方なのです。
万が一、他国とのやり取りでカスタール女王国がエルディア領を手放すことになっても大丈夫なように、事前に重要な人材をエルディア領から切り離したのです。
北門から馬車を出したのも、主様の行動をなぞりゲンを担ぐ意味があります。
エルディアと決別するのに、北門ほど相応しい場所は有りませんからね。
主様は興味のないモノにはとことん関心を持ちません。
エルディアに残った者達は主様の興味の対象にはなっておらず、今後はかなり不利な状況を強いられることになるでしょう。
もちろん、主様がどうでもいいと思っているモノに、私達メイドが心を砕くことはありません。
仁君マジツンデレ。
この作品は基本的に仁の一人称視点の為、仁が隠していることは読者の方には非常に伝わりにくいのです。
そして、ヒロイン枠ではない女性キャラはガンガン孕ませます(人聞きが悪い)。