第121話 精霊界と精霊女王
精霊編開始。
屋敷に戻って昼食を食べた後、腹ごなしに屋敷の中庭でドーラと戯れていると、上空から何かが接近してくるのを感じた。
危険はなさそうだが、マップで詳細を確認してみる。
「あれは……レインか」
《せーれーのレイン?》
「ああ、俺の契約精霊だな。修行の旅に出ていたみたいだけど、帰って来たんだな」
接近しているのは俺の契約精霊である『無を司る大精霊』ことレインである。
俺と『精霊化』が出来ないことにショックを受け、修行の旅に出ていたのだが、ようやくそれが終わったのだろうか。
それから間もなく、レインが俺の前に降り立った。
「お帰り。……何か、随分とボロボロになって帰ってきたな」
《おかえりー》
俺とドーラが声をかけると、レインは喜色満面の面持ちで俺に抱き着いてきた。
何故か喋らないけど、行動と表情で感情が分かり易いレインであった。
なお、先にも述べた通り、何故かレインの服(白い法衣)がボロボロになっていた。
レインが自身の魔力で生み出した服だから、直すことも出来るはずなのだが……。
ステータスを見てみるとレインの魔力はほとんど残っていなかった。
厳密に言えばエネルギー生命体なので魔力は大量にあるのだが、大精霊と言う格を維持したままで自由に使える余剰分がほとんど残っていなかったのだ。
代わりに、その他のステータスは軒並み伸びていて、色々と面白い事になっていた。
「一体、どんな修行をしてきたんだか」
レインはグッと握り拳を作り、『頑張りました!』とでも言いたげな表情を作る。
しかし、その直後にしょんぼりと肩を落とした。
どうしたと言うのだろうか?
A:ここに戻る直前、戦っていた精霊に負けてしまったのです。いえ、正確には引き分けですね。攻めきれなくなっただけで、レインも有効打を受けた訳ではありませんので。
アルタの話によると、レインは知り合いの大精霊に戦いを挑み、吸収することで力を増しつつ、俺以外の属性を得て『精霊化』を実現しようとしていたらしい。
レインの無事は確認していたが、具体的な行動までは調べなかったので少し驚く。
何でも、レインは普通の精霊とは異なり、他の精霊の魔力を触れることで直接奪うことが出来るらしい。<MP吸収>の効果だな。
しかも、
大精霊なのに対精霊に特化するとか、中々に面白い事になっている。
「でも、最後に戦った相手とは引き分けたんだろ?そんなにすごい相手なのか?」
レインの肩がさらに下がる。
悲しそうに頷くレインの頭を、飛んで行ったドーラが《よしよし》と撫でて慰める。
A:相性の問題です。相手の大精霊は結界を張る能力に長けており、直接的な接触を徹底的に回避していたそうです。反撃能力のある結界もあり、レインはそれに消耗させられました。
防御特化相手に相性の悪い武器しかなければ、攻めきれないのも無理はないだろうな。
「それで、レインの修行の旅は終わりでいいのか?」
俺が尋ねると、レインはぶんぶんと首を横に振った。
そして、俺の手を取るとキラキラした瞳で見つめてきた。
「なるほど、旅自体は終わりでいいけど、引き分けたままは嫌だから手伝ってほしいんだな」
《わかるの!?》
コクコクと頷くレイン。少しずつだが、言いたい事が何となくわかるようになってきた。
もしかしたら、精霊契約の影響かもしれないな。
A:そうです。
レインの奴、何故か頑なに喋らないからな。
これで意思疎通が可能になるなら、それに越したことはないか。
「よし。それじゃあ、今からその大精霊を倒しに行こうか」
俺がそう宣言すると、レインが再び抱き着いてくる。
ついでなので、大分魔力を消費したレインに俺の魔力を分け与える。
その途中でレインはボロボロになった法衣を修復していた。
その後、物は試しと言う事でレインとの『精霊化』をしてみる。
「意外と強化されるんだな。ふむ、悪くない……」
レインの目論見は上手く行ったようで、丁度いい具合に他の大精霊の魔力と混ざり、俺とレインの『精霊化』でも能力が強化されることになった。
消費魔力は……俺からすれば大したことはないな。かなり効率がいいな。
「しかも、『精霊化』状態なら空も飛べるみたいだな」
《ごしゅじんさますごーい!》
肉体を精霊に近づける影響か、魔力をまとった状態で空中浮遊、いや飛行が出来るようだ。
クロード達はそんなことが出来るとは言わなかったし、以前レインが試しにマリア達と『精霊化』をした時もそんなことは出来なかったはずだが……。
A:複数属性を持った大精霊独自の特性のようです。他にも独特の能力を持っています。
レイン、どんだけ特殊な精霊になるんだよ……。ああ、俺の契約精霊だもんな。当然か。
屋敷の敷地内だと目立つので、人気のないガラン山脈でピュンピュン飛んでみた。まあ、『
「さて、飛行練習も終わったし、そろそろ向かうと……」
「はぁはぁ、待ちなさいよ!」
カスタールの屋敷に戻り、出発の準備をしたところで、何処からか現れた天空竜のブルー(人間形態)が、息を切らせながら待ったを掛けた。
「どうしたんだ?ブルー、そんなに慌てて」
「はぁ、はぁ……。どうしたもこうしたも無いわよ!何でそのまま飛んで行こうとするのよ!わ・た・し・に乗りなさーい!私は貴方の騎獣でしょー!」
「あ、ゴメン。忘れてた」
空を飛ぶ練習をしていたせいで、『精霊化』をしたまま向かおうとしていた。
そうだよな。空の旅は
「もう!大事な事なんだから、忘れないでよね!ルセアが教えてくれなかったら、どうするつもりだったのよ!」
「とりあえず謝って、ご機嫌取りにナデナデかな」
「うっ、それはそれで悪くない……。いえ、一緒に空を飛ぶ方が大事ね。ほら、乗りなさい」
何か葛藤があったようだが、服を脱ぎ捨てると竜形態に変化した。人間の中で生活させているが、羞恥心はまだ芽生えていないご様子。
俺は『精霊化』をしたままブルーの背に乗り、首筋を撫でる。
「忘れて悪かったな」
「わ、分かればいいのよ!次からは気を付けてよね!」
若干不機嫌そうに言いつつ、撫でられてご機嫌なのは丸わかりである。
ほら、尻尾がフラフラと揺れているし。
「では、私も失礼します」
《ドーラもー……》
そう言ってマリアとドーラが俺の後ろに乗る。
ん?マリアは何処から出てきたって?ドーラと戯れている時からずっと横にいたよ。
屋敷内にいるからって、俺からそうそう離れる訳が無いだろう?
さくら達はまだ別行動中だし、マリアとドーラ、ブルーだけがついてくるようだ。
なお、ドーラは自前の翼で飛ぼうとしたのだが、最高速度が違いすぎるので、諦めてブルーの背に乗ることを選んだ。
「じゃあ、今度こそ出発だ」
「ちゃんと掴まってなさいよ。落ちても平気な人しか乗ってないけど……」
俺もマリアも当然ドーラも、自前の空中移動手段があるからね。
例え俺とレインが『精霊化』した状態でも、最高飛行速度はブルーに及ばないのだから、ブルーの飛行特化がどれだけ高位にあるのかがわかると言うものだ。
まあ、俺のステータスを所有する限界まで上げればどうなるかわからないけど……。
『精霊化』した状態だと、先程までよりもダイレクトにレインの意思が伝わってくる。
「もう少し右側だな」
「このくらいで良い?」
「ああ、そのまま真っ直ぐだ」
レインの意思は俺にしか届かないので、レインの指示を俺が聞き、俺の指示をブルーが聞くという伝言ゲームのような状況になってしまっている。微妙にめんどい。
俺達は現在、カスタールから見て南西の国上空を飛んでいる。もっと具体的に言うとエルディア領の南側の隣国である。名前は……どうでもいいか、そんな事。観光できるわけでもない、通過点の国だし。
レインの話によると、このまま真っ直ぐ進んだ先の
精霊の住処は件の精霊の結界に守られており、事実上の異界として存在している。
そうだな。その異界の事はファンタジー風に『精霊界』とでも呼ぶとしよう。
『精霊界』には基本的に精霊しか入ることは出来ない。
レインも普通かどうかは置いておいて、精霊であることに違いはないので入ることが出来た。しかし、『精霊界』の主に戦いを挑み、攻撃を防がれ続けて諦めた後は、『精霊界』に入れなくされてしまったようだ。
認識も出来ない様で、力を付けてまた来ようと思っていたのに、それすら出来なくなっていたことにお冠だそうだ。
「おっと、コレだな……」
しばらく飛び続けた俺は、マップ上に表示された『精霊界』への入り口を確認する。
言うまでもないだろうが、結界で隠そうが何だろうが、マップの前には無力であることに変わりはない。
ただ、その隠蔽は見事なもので、マップ上には表示されているのに、目で見ただけだとほとんど違和感を持てないレベルだ。なお、ちょっとは違和感がある。
目の良い浅井だったら、これくらいの隠蔽は看破できるかもな(親友への過度な期待)。
「はい、ドーン!」
俺はブルーの背中から『精霊界』の入り口、その結界に向けて跳び、『精霊化』したままでパンチを喰らわせる。結界パンチ、略して結パンである。
パリンと何かが砕ける様な音がして、空間に亀裂が走った。
心の中でレインが拍手している。
「よし!ブルー、突っ込め!」
「うん!」
パンチをした俺を乗せ直したブルーがその亀裂に向かって突っ込む。
「ほう……」
《きれー……》
結界を抜けた先は正しく別世界だった。
色とりどりの光に包まれた幻想的な景色。その全てが精霊の発する光なのだから驚きだ。
精霊は空を飛べるせいか、陸地と呼べるような場所はなく、ただひたすらに広大で幻想的な空間が広がっているだけだ。
マップを確認した所、直径100km程の球体上の空間らしい。明らかに外から見たサイズを超えている。
この『精霊界』はかなり濃密な魔力で満ちていて、精霊達も活発に動き回っている。
今は俺達が急に現れたせいか、全力で俺達から離れようとしているが……。
『精霊界』にいるのはほとんどが中精霊以下のそれ程力の強くない存在だ。しかし、明らかに格の違う大精霊が一体存在するのが分かる。これが、レインのターゲットだろう。
「また、来たのですか……」
『精霊界』全体に響き渡るような声が聞こえた。
「ここには2度とこないように言ったはずですよ。それも、人間や竜人を連れて来るなんて、一体何のつもりなのです?」
再び声が聞こえたと思ったら、精霊達の群れが左右に割れた。
まるで、王の通り道を空けるように……。
まるでも何も、本当に王の通り道を空けたんだけどね。
名前:ティタニエル
LV870
性別:女
年齢:23204歳
種族:大精霊
スキル:<精霊LV-><結界術LV10><
称号:精霊女王
備考:全属性と空間を司る大精霊。
と言う訳で、精霊の女王様でした。
まー、予想の範囲内かな。
マリアも使っている<結界術>をレベル10で持っているのは高評価ポイントだ。アレはかなり強力なスキルだし、レインの攻撃を止められたのも納得である。
ただ、逆に言えば精霊の女王が主力にするようなスキルを入手できる<勇者>スキルも、同じかそれ以上に凄まじいと言えるだろう。
後、用心深いのか、常に精霊女王の周囲には強力な結界が張ってあるようだ。『精霊界』の入り口にあった結界とは比べるまでもなく強力だ。
年齢はぶっちぎりの過去最高。
先日セラが倒した魔神が1万歳超えていたけど、こちらはそれすら超えているみたいだ。
見た目は人間とほとんど変わらないようにも見えるが、全身が光り輝いており、顔の造形や表情はよく見えない。体格や印象だけで考えると、20代後半の女性のように見える。
精霊としては普通なのかもしれないが、服は一切着ていない。
では、丸見えなのかと言うとそんなこともなく、一般的に見えてはいけない部位は、先ほど言った通り、自身の発する光によって見えなくなっている。リアル『謎の光』である。
精霊女王ことティタニエルは俺の方を見て首を傾げる。
「どういうことです?貴方ははぐれ精霊……の魔力を持った人間……?どうなっているのでしょう?」
どうやら、
見た目で判断すれば人間、魔力で判断すればレインと言う事になる。侵入者の魔力を判断したときはレインだったはずなのに、実際に見てみたら人間だったのだから、ティタニエルもさぞ困惑したことだろう。
「どちらでもいいだろ。俺達はアンタ達を倒しに来たんだ」
「少なくとも、今は人間のようですね。あのはぐれ精霊は人の言葉を話しませんから。それにしても、私に戦いを挑むと……。言っている意味が分かっているのですか?」
「何のことだ?」
ティタニエルの言いたい事が分からなかったので聞き返す。
そうしたら、ティタニエルは俺のことを蔑むような表情をして答えてきた。
「これだから人間は愚かなのです。私達精霊は世界の意思と言っても過言ではない存在です。貴方に世界を敵に回す覚悟があるのですか?ここから生きて帰ったとして、それ以降は世界中の精霊が貴方達の敵に回りますよ。そして、在り得ない仮定ですが、私を殺すことが出来たとして、その影響がどれほど大きくなるか考えたことがあるのですか?精霊の主たる私が死ねば、この『聖域』は消滅し、溢れ出た魔力によって、周囲に魔力の暴風雨を巻き起こすでしょう。その責任を貴方はとれるのですか?」
ペラペラとよく口の回る奴だ。
「2つ、答えてやる」
「言ってみなさい」
上から目線で先を促してくるティタニエル。イラッ☆
「1つ。世界を敵に回す覚悟くらい、この世界に来たその日の内に終わっている。今更、世界中の精霊が敵に回るくらい、大した問題じゃあない」
俺はこの世界に転移して、王宮から追い出されるときに『この世界を生きる』覚悟をした。これは実は、『この世界を敵に回す』覚悟でもあったのだ。
俺達の持つ異能の力は明らかに異常だ。
最初にこの力に気付いたとき、もしかしたらこの力を使う事によって、世界から敵視される事になるかもしれないと考えた。
漫画とかでもよくあるだろう?
なので、可能ならば異能を使わずに済ませるという道もあった。しかし、エルディアは、世界はそんな俺の
異能を使おうが使うまいが、何も変わらないと判断せざるを得なかった。なら、世界を敵に回してでも異能を使う事に、何の躊躇をする必要があると言うのだろうか?少なくとも、俺はしない。
ああ、一応言っておくと、無暗に世界に悪意を振りまくような事をするつもりはない。あくまでも、異能の使用に制限を付けるつもりはない、と言うだけである。
俺の配下には王族も少なくないし、世界が危機的状況になると、そいつらが悲しむからな。
ただ、少なくとも、世界ごと敵に回す覚悟が終わっている人間に、今更精霊程度が敵に回ることの何が脅威になるのかと問われれば、『問題ない』としか答えられない。
「貴方は……何を言っているのですか?精霊の恩恵を完全に無視して生きることなど、人間に出来る訳が無いじゃないですか」
この世界は魔力によって動いていると言っても過言ではない。なら、魔力を基にしたエネルギー生命体である精霊を無視できないと言うのも道理だ。
ただ、例外ももちろん存在する。それが迷宮だ。
迷宮のリソースは、魔力と関連はあるが、魔力ではなく、精霊とは関係が無い。
つまり、
なので、精霊が敵に回ることは、本当に何の実害も脅威も無いのである。……精々、配下のユリアが<精霊術>を使えなくなるくらいか。
「2つ目」
本当に理解できないモノを見る目で見てくるティタニエルを無視して、俺は2つ目の理由を口にする。
「この『精霊界』が消滅して誰が困る?この下には生物の存在できない砂漠が広がっているだけだぞ?魔力の暴風雨?困るのは魔力を吸収して生きているこの中の精霊だけだろ。少なくとも、人間は誰も困らないさ」
そう、この『精霊界』の周囲は人どころか魔物すら存在しない不毛の大地たる砂漠が延々と広がっている。なぜ、そんな事になっているのか?
簡単だ。『精霊界』が周囲に存在する魔力を全て吸収しているからだ。先程ティタニエル自身が言っていた、『精霊の恩恵を完全に無視した』砂漠が延々と続いているのだ。
魔力が欠片も無いから、魔物も発生しない。しかし、魔力が欠片も無いから、この世界の動植物はまともに生きていけない。
故にここ、『ブラウン・ウォール王国』は、世界最大規模の国土を持つのに、世界最大の貧国として有名な、観光に全く適さない国となっているのだ。
人が生きられる領域が、国土の1%も無ければ、当然の話ではある。……最近、アドバンス商会が進出して、
なんか、俺が女王族を配下に加える趣味があると言う、素敵な勘違いをしているらしく。砂漠の国特有のエキゾチックな美女王族を狙っているとか何とか……。
閑話休題。
本来、精霊と言うのは周囲の魔力を吸収する代わりに、その土地の魔力の循環を手助けすると言う役割がある。
しかし、この『精霊界』は全く役割が異なる。周囲の魔力を吸収するだけ吸収し、循環を一切行わずに土地に負荷を与えるだけなのだ。そりゃあ、不毛の大地にもなる。
加えて言えばこの不毛の大地、年々少しずつだが広がっているのだ。循環しないで奪い続けているのだから、当然の結末である。
さて、ここまで聞いて何となくわかるかもしれないが、この『精霊界』、有体に言って精霊以外の生命にとって、害以外の何物でもないのだ。
こうして俺は『誰の利益にもならない害悪なら潰してもいいのでは?』と考えるようになった。
本当は『精霊界』の主は殺さず、戦いに勝つだけにするつもりだった。しかし、砂漠の国の話を聞き、実際に精霊女王と話をしてみて、明確に方針転換をすることにした。
今日、この場で『精霊界』には潰れてもらいます。
「やはり、人間は愚かですね。精霊はこの世界で最も尊き存在、人間や他の生物がいくら困ろうが、死のうが、精霊さえ生きていれば関係ありません。特に人間など、放って置けばいくらでも増える様な存在、考慮に値しません。……全く、どうして他の大精霊達は、この『聖域』から出てまで効率の悪い魔力吸収を繰り返すのか……」
ティタニエルは再び蔑むような目をこちらに向ける。
ティタニエルは精霊の都合しか考えていない。もちろん、それが悪いと言うつもりはない。同族の都合を優先するのは、生き物として至極当然のことだからだ。
ただ、向こうが精霊の都合で行動するのだから、俺が人間の都合でそれを否定しても文句は言わせない。と言うか、文句を言われても俺の心は揺るぎもしないだけだ。
それでも、一応チャンスは与えてみよう。
「一応、聞いておきたいんだが、この『精霊界』……アンタは『楽園』とか言っていたか。その結界を解除するつもりはないか?もし解除するのなら、俺はアンタとは戦わない」
レインは残念がるだろうが、こちらの要求を呑んだ相手を殴るのも気が進まないからな。
当然、受け入れられるとは欠片も思っていない。
「何を馬鹿なことを。何故私が態々そんなことをしなければならないのです。この結界は、私の『楽園』は既に完成しているのです。下等な人間如き、『楽園』から出て行ったはぐれ精霊如きに私の『楽園』に何かを言う権利などありません。大人しく出て行きなさい! ……いえ、何度も結界を破壊される可能性があることを考えれば、この場で消しておいた方が無難でしょうね。さあ、大人しくここで死になさい!」
「まあ、こうなるのも無理はないよな。最初の宣言通り、アンタを倒させてもらおうか」
こうして、俺達は予定通りに精霊女王ティタニエルと戦うことになったのである。
俺はブルーから降り、『精霊化』をしたまま空中に浮かぶ。
ブルーと、ブルーに乗ったままのマリアとドーラを下がらせて、ティタニエルと相対する。
「外の結界を壊していい気になっているのかもしれませんが、アレはあくまでも隠蔽用の結界、私の本気の結界はあの程度ではありませんよ!そして、この『楽園』の中では私の魔力は大きく増大します。貴方はいつまで防げるでしょうかね」
そう言ってティタニエルは俺に手を向ける。
そこに現れたのは数10本の光の矢だ。これは<光魔法>ではなく、光属性の魔力を直接操作して攻撃に用いているだけである。
<精霊魔法>と言うスキルがあるが、実際には使用者も精霊も魔法を使わない。精霊は魔力を操作して魔法に似た現象を発生させているだけなのである。
以前、精霊について説明した時、『<精霊魔法>は微精霊が詠唱を代行する』と言ったが、厳密に言えば詠唱しているのではなく、魔力の操作に時間がかかっているだけである。
「これでも喰らいなさい!」
ティタニエルが手を振るうと、全ての光の矢が一斉に俺に向けて飛んできた。
ティタニエルの魔力攻撃は、自身が張った結界を貫通する様子。
まあ、光の矢だからと言って、光の速さで飛んでくる訳ではない。精々音速と言ったところだろう。そして、その程度ならば余裕で目視できる。
俺は飛んでくる矢を1本掴んでは投げ返し、1本掴んでは投げ返しと繰り返す。
「は!?」
-ズドドドドド!!!-
ティタニエルが呆けた声を出すよりも早く、俺の投げ返した光の矢が結界に直撃する。しかし、流石と言うべきか、ティタニエルの結界は揺らぎもしない。
ふむ、はね返した攻撃は、結界を貫通できないんだな。勉強になったよ。
「私の矢を……投げ返した?」
「じゃあ、次は俺の番だな」
ターン制のRPGと言う訳ではないけどね。
俺は<無詠唱>で『ファイアボール(普通サイズ)』を発動する。
『ファイアボール』は真っ直ぐティタニエルへと向かって行った。
「何をするかと思えば、その様な小さな火の玉で私の結界が……」
-パリン!-
結界が割れた。
「そぉい!!!」
ティタニエルは結界を割って襲い掛かって来た『ファイアボール』を横っ跳びで避ける。
今までの優雅さをかなぐり捨てての全力回避である。
「わ、割れ、割れた?わ、私の結界が、割れた!?」
目の前で起こった出来事に理解が追い付かないご様子。
<
ご丁寧にサイズは変えずに、威力だけを限界まで上げたのだ。あの程度の結界、障害物にすらなりはしない。
「どうした?そんな小さな火の玉を全力で避けて?」
「くっ」
煽るように言うと、悔しそうに呻くティタニエル。
ただ、避けたのは正解だったね。当たっていたら、100%無事じゃなかったから。
「に、人間の分際で調子に乗らないで下さい!まだ、私は全力の10分の1も出していないのです!多少はやるようですが、私が本気を出したら、一瞬で勝負がついてしまうから、遊んであげているだけなのです!」
よくある負け惜しみを言うティタニエルだが、実際に彼女は全力を出していない。
俺のことを舐めていたのか、攻撃に消費するMPは控えめだったし、防御用の結界にもまだ上の物が存在する。
「た、ただ、貴方のような小者相手にいつまでも時間をかけるのも無駄です。だから、私の本気をお見せしましょう。私を……、精霊を敵に回したことを後悔しながら死になさい!」
言い訳がましく言うティタニエルだが、その全身が今まで以上に強く輝く。
それと比例してティタニエルの存在感が増している。
灰色の世界で戦った
口調は違うが、人間を見下している点は同じと言う共通点もある。
もしかして:ポンコツ
「はあ!」
そうして繰り出したのは、……先程と同じ光の矢だった。
確かに、さっきよりは太くなっているし、魔力量も多く威力も高そうなのだが、弾速は変わらなかった。
先程よりも威力の上がった光の矢を掴み、投げ返す。
-ズドンドンドンドンドンドンドンドン!!!-
「きゃー!」
自分の投げた光の矢を、自分の張った結界に返されて悲鳴を上げるティタニエル。
もしかしなくても:ポンコツ
ああ、コイツもシューベルトと同じポンコツ枠だったのか……。
「アンタ、長く生きているけど、実戦経験がほとんどないだろう?」
「何を馬鹿なことを!『楽園』を守るため、私は長い年月戦いを続けていましたよ!」
「じゃあ、結界抜きのガチバトルの回数は?結界を壊され、自身の身一つで戦ったことは?俺の予測だがアンタ、ガチバトル回数はほぼ0だろ?」
「え!?な、何故それを!?」
激しく動揺するティタニエル。
いや、見れば何となくわかるだろう。繰り出す技のチョイスとか、攻撃を受けた時の動揺の仕方とかがなんとも素人臭い。
結界が強力すぎて、結界ありきの戦い方になっている。それでは、いくら戦っても戦闘経験は積まれない。この世界のルール的に、それでも『経験値』は入ってしまうのが問題だ。
「1枚の強力すぎる
「何を……言っているのですか……?」
「別に……大したことじゃないさ」
本当に大したことではない。
ただ、ティタニエルとの戦いで得られる『経験』はないと言う事が分かっただけだ。
そして、得られる『経験』が無い戦いを、長々と続ける意味もない。
簡単に言うと、飽きた。
「そろそろ終わりにしよう」
「な!?」
俺は<縮地法>を使わずに一瞬でティタニエルに接近する。
驚愕の声を上げるティタニエルを無視し、結界に向けて拳を突き出す。
狙うはティタニエルの頭部だ。
-パリン!-
甲高い音と共に結界が砕け、俺の拳はティタニエルの頭部を砕……かない。
ティタニエルの頭に当たる直前、俺は手を広げ、アイアンクローのように頭蓋(精霊にあるのかは知らない)を掴む。
レイン、やれ。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
レインの切り札<
徐々にティタニエルの光も弱くなっていく。顔が見えるようになったが、凄まじい形相で悲鳴を上げ続けるティタニエルの顔は見れたものではない。パーツを見れば、美人であることは分かるので残念だ。
必死に抵抗しているが、それでどうにか出来るものでもない。
元々、レインにはティタニエルの結界を越える術がなかった。しかし、触れれば勝ちと言う前提が崩れたわけではない。そこに『結界は砕く物』と言う俺が加われば、どうなるかは目に見えているだろう。
「ああ、あああ……、やめ、止めて……。お願い、け、消さないで……」
大精霊の格を保つことすらできず小型化し、抵抗する力も失い、悲鳴を上げる事すらなくなったティタニエルが命乞いをする。
レイン、全く容赦せずに<
「ああ、あ……」
身体の形を保つことすらできなくなり、ティタニエルは消滅した。
そして、レインが次代の精霊女王となるのだった。
精霊編終了。
精霊を敵とするファンタジーは少なめなので、ガッツリ敵にしてみました。
厳密に言えば、引きこもり精霊は敵、です。
あと、いよいよ執筆ペースが限界になりました。
来週までは日曜0時更新。その後は0の付く日の0時更新になります。
やっぱり、神国編で政治の話が絡むと進みが遅くなりますね(露骨な神国編アピール)。
20171111改稿:砂漠化が広がっていることを明示