フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

53 / 53
誤算と脅威

53

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 その竜は、500年をかけて様々な技法と能力と知識を身に着けた。

 

 

 500年前、八欲王との戦いを選んだ評議国の竜王たち──失われたのは多くの命と始原の魔法。

 400年前、「彼女」が大陸中央で葬りさった、人類の大敵たる存在と国家──ズーラーノーンの結成。

 300年前、世に溢れた魔剣と聖剣と魔法の道具の数々──虚偽の〈伝言〉で巻き起こった、大国ガテンバークの動乱。

 200年前、十三英雄によって滅ぼされた魔神たちや、『朽棺』と『吸血』の竜王たち──父たち一族の、あっけなさすぎる末路。

 

 

 それら時代の変遷を、悪しき竜王の末裔たる彼は見続けていた。「彼女」と共に。

 

 

「彼女」が──盟主が600年をかけて創りあげし、アンデッドの秘密結社・ズーラーノーンの副盟主として。

 

 

 そんな副盟主は、盟主から、「彼女」から聞いたことがある。

 

 

 それは、副盟主が生まれ、竜王の一族から棄てられる“以前”のこと。

 

 

 600年前、六大神の一柱たる“死の神”と盟主の関係──「彼女」が最も幸福だった時代。

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 血のように赤く輝く魔法陣の中心──そこにいる竜は、とても小さい。

 冒険者(フォーサイト)魔導王(アインズ)の常識に照らし合わせると、ありえないほど小さい。

 大樹を思わせる巨躯とは程遠く、魔導国にいるどの霜竜(フロスト・ドラゴン)よりも小柄だ。人間よりも巨大ではあるが、せいぜい妖巨人(トロール)と同程度というサイズ感は、むしろ飛竜(ワイバーン)と言われた方がまだ納得がいくだろう。

 そう。

 人に化け、人語を喋り、魔法を操る能力を行使できる程の年月を積み重ねたにしては──あまりにも小さすぎる。

 しかしながら、その身に宿る意気と魔力──野心の巨大さは、間違いなく、傲岸不遜を極めし竜の王者のそれであった。

 

「我が盟主はよくおっしゃっていた。『しかるべき時に骨惜しむことなく準備すれば、君は無用の手数を用意する必要を省ける』と」

 

 竜は異形の姿で微笑み、誇り高い様子で謳い続ける。

 

「この日、この時のために、すべてを用意した。

 ささやかなことも軽んじることなく、さらにささやかなことに煩わされるような事態を免れるために」

 

 己の正体を明かした副盟主は、幼竜の姿から一転して、先ほどまでと同じ人間の形状へ立ち戻った。

 漆黒のローブを、黒と銀の髪の上に被り直して、大儀式の大陸図に組み込まれたアンデッドの姿を、『朽ちはてし棺』に捕らわれた魔導王の様を、傲岸不遜に睥睨する。

 

「魔導王陛下。

 貴殿のおかげで、我が計画は万全以上の状態を構築できた。ここに深く──深く感謝を述べさせていただこう」

「……感謝、という顔色ではないが?」

 

 若い男の相貌に浮かぶ表情の軽薄さを、アインズは指摘せざるを得ない。

 竜の細い瞳をさらに細くしながら、ニタニタと嗤い続ける人竜は、盟主より授けられた死の大水晶を愛で撫でるように操作していく。

 

「この地域に、この地上に、“これほど多くのアンデッドモンスター”を跋扈させてくれたおかげで、ようやく我が宿願を成就できる。

 今回の儀式の核たる魔導国……その内部だけでも途方もない数のアンデッドが蠢き、さらにはバハルス帝国、トブの大森林、アゼルリシア山脈、聖王国やアベリオン丘陵地帯、カッツェ平野や沈黙都市、さらにはリ・エスティーゼ王国にまで、兵団規模のアンデッドを常在・派遣してくれた御身の働きによって、『死の螺旋』で必要とされる以上の規模と範囲に、濃密な死者の魂が積み上げられている。そこへ、ズーラーノーンのアンデッド兵力を急派し増幅してやれば、──ふふふふ、実に実に愉快なことになると思わないか?」

 

 副盟主は込みあがる喜悦をこらえきれないという風に笑い続ける。

 

「ふふふ。おかげで、我が儀式“始原の魔法(ワイルド・マジック)”《■■》は、こうして順調に稼働している」

「ワイルド──マジック?」

「そう。200年前、我が父たちは愚鈍にも失敗したようだが、ここには十三英雄はおらず。不確定要因だった漆黒の英雄も、ドラゴン・ゾンビの群れに苦戦する程度。そして、魔皇ヤルダバオトを討滅せしめた超常の実力者は、御覧の通り、手も足も出せない状態ときている」

 

 紫紺の輝きに明滅する大水晶は、立体パズルを組むように、あるいは曼荼羅(まんだら)(えが)くように、緻密(ちみつ)かつ壮麗な、多層構造の魔法陣を内部に秒単位で蓄積していく。その内側には、黒い力の奔流が渦を巻き、アインズの醸し出すオーラと呼応しているかのよう。

 その様子を眺め、魔導王はひとつの確信を得る。

 

「まさか、さきほどカジ──我がアンデッドを、その水晶内に取り込んだのは?」

「なかなかの慧眼じゃないか。

 無論。御身と従者の間に結ばれる支配の糸を通じて、逆に行動の自由を奪略するためだ──そういう意味では、あちらに転がっているクレマンティーヌでも、炉心にはピッタリだったことだろう。たとえ」

「たとえ二人がここへ来なくても、エ・ランテルを訪れたあたりで私のアンデッドを奪うつもりだったか。支配と従属の『反転』──確かに、おもしろい魔法術式だな」

 

 副盟主は、さすがに鼻白んだ。

 ──本当は、──本来の計画では、エ・ランテルの邸宅を訪問、ドラゴン・ゾンビの群れで都市を強襲し、魔導王のアンデッドを炉心として、今のようにアインズ・ウール・ゴウンを捕縛・連行するハラだった。

 絶体絶命の窮地に陥っているはずのアンデッドの、そのあまりにも超然とした様子が気にかかったが、すぐさま己の中で納得を得る。

 

「ああ。アンデッドは精神作用や心の高揚などを感じぬ種族だったか。故にそれほど冷静でいられるわけだな。さすがに御身ほどの強大な、我が盟主と同じ上位種であれば違うものかと勘繰っていたが──まぁいい」

 

 所詮は儀式の素材だと副盟主は言って捨てる。

 

「さぁ、順調に儀式は稼働しておる! 見よ、この大陸図を! あまねく大地でうねりをあげる紅蓮の渦を!」

 

 大陸図の要所に配された生者たち──(はりつけ)にされたイミーナ、アルシェ、気絶中のラキュース、他──が、苦悶の表情を浮かべる様が赤々と照らし出されている。儀式と共鳴・共振する生贄。彼女らの頭上に、ありえない紅蓮の気流・螺旋の渦巻きが大量に発生。旋風は目に痛いほどの輝きと速度で巡り続け、やがて台風の強風域にいるのと同じ威力を、ヘッケランたち見学者の総身に叩きつけていく。

 

「これだけの範囲にある生者と死者が、同時発生した赤い奔流に、死の螺旋に取り込まれていく様! 数千のアンデッドどころではない。一都市や一国に留まらぬ、数万規模の“魂”をもって、我が儀式──魂の魔法──始原の魔法(ワイルド・マジック)は起動する! ──今回の儀式を名付けるなら、『死の大螺旋』というべきかな? それとも『生と死の渦』だろうか? 個人的には『あらゆる魂の有効活用術』というのがしっくりくるな」

 

 どう思うかと同胞たるシモーヌの方を仰ぎ見る。

 意見を求められた幼女は、バルトロの死体を伴って二階貴賓席にのぼり、頬杖をついて悠々と儀式の進行を観覧する位置にいたが、

 

「さぁね。あんたの好きにすれば?

 ──でも、最後のだけは、絶対やめといたほうがいいわよ? ネーミングセンス最悪」

 

 素っ気なく健啖家(けんたんか)ぶりを発揮されても、副盟主は同胞の幼女に対して気を悪くした様子はない。

 

「そうか。では、やはり我等が盟主に決めていただくとしよう」

「──今のあの御方が、私たちに意見を述べてくれたら、の話だけどね」

 

 シモーヌはやるせなさそうに肩をすくめる。

 副盟主も天を仰いだ。

 

「言われずともわかっているさ。盟主の容態は悪くなるばかり。せいぜいご自身が定められた魔法の発動を、我等が願う時に発していただく程度────だからこそ、今回の儀式で、私が上位存在になることで、我等が盟主を支える一助を担うのだ……あの御方のために」

 

 悲しげで寂しげな風韻を漂わせる両者。

 副盟主は微笑みの色を強く、堅く、鋭いものに変質していく。

 

「私は、我が盟主のために行動するのみ。彼女を裏切る者は、何人(なんびと)であろうと許さない。たとえ彼女が許しても、私が絶対に許さない」

 

 どこまでも実際的で直情的な眼差し。

 竜の瞳に宿るのは、奈落の業火を思わせる金色の輝き。

 彼が横目に見たクレマンティーヌ──ズーラーノーンを裏切った元十二高弟が、強まるドラゴン・ゾンビの掌圧に、呻く。

 しかし、いまは殺さない。

 アレには、早々に退場されてはならない。

 

「大恩ある主を救う。はぐれ者であった私を助けてくれた彼女を、私が(たす)ける。

 そのために、私は、我は今以上の──“竜王以上の力”を、身につけなければ」

 

 大儀式も始原の魔法(ワイルド・マジック)も、そのための手段──過程に過ぎない。 

 

「盟主は自ら死する者を、自殺することを許さない──されど、私が上位存在へと進化することは、お許し下さることだろう──そのために、忌まわしき我が一族の邪法を発掘し、実用段階にまで改良と改善と改造を加えた──今、こうしてすべての準備は整った。あとは──魂の収束を待つのみ」

 

 死の大水晶に満ちる魔法陣は、七割を超えた。

 あと数分で、副盟主の大望が、叶う。

 満面の笑みを浮かべる竜眼の貌。

 その時だった。

 

「──フ、ハハハハハ」

 

 澄明とも言えるほど快活な笑声が、思い切り水を差す。

 魔導王は、ひとりの男に火の瞳を差し向けた。

 

「フォーサイトの、ヘッケランくん……だったな?」

「──えぇ?」

 

 何故、いま、この時に?

 呼びかけられた本人が、一番の驚愕を覚えた。

 

「な、なんで、俺の名前を?」

「いやいや。さすがに、これだけの大事件を報せてくれた、将来有望な冒険者チームの素性くらい、事前に把握しているとも。何より、モモンやクレマンティーヌが太鼓判を押すほどに優秀なチームだからな。とくにラッパスレア山の薬花採取の任務では──と、それよりも、今ここで()かせてほしい。さきほど君は、何故“私が捕まることを予見できた”?」

「え、えと、それは」

 

 ヘッケランは力なく項垂れるしかない。

 

「──すいません、俺にも、よく、わからなくて」

「もしや、突発的なものだと? ふむ、それは意外だな……いや、何らかの予知や予見、未来視の能力や魔法のアイテムかと思ったが、違うのか? ヘッケラン・ターマイトくん。そのことについて、あとで詳しく調べさせてもらいたい。ああ、もちろん、無理をさせるつもりはない。簡単な身体検査と魔法鑑定くらいだ。協力してくれたら、相応の謝礼金・ボーナスなどを用意するとも」

「え、ええと、あの」

「ああ。おそらくは君自身のレベルアップによって、新たな特殊技術(スキル)が開花した感じだろうが──否、この世界独自のもの、オリジナル武技という線も捨てがたいか? 純粋な戦士職でも、レベルの組み合わせ次第で、相手の攻撃の先読みができるとかなんとか、そんな感じなのだろう。弱点感知とか、そういう補助タイプという感じか……未来を読む力……これは、……うむ、気になるな。とても気になる情報じゃあないか?」

 

 何やら、存在しない心臓がわくわくと弾むかのように、魔導王は自由を拘束された身で今後の展望に瞳を輝かせていた。

 

「未来を読む……フォーサイト……フォーサイトか。ふふ、さすがは我が国の冒険者だ。着実にレベルを上げていき、新たな才能を開花させて……これは、おもしろいことになるかもしれない」

 

 微笑みを浮かべっぱなしでいる魔導王に、ヘッケランは生返事を返す以外に処しようがない。

 そして、さすがに副盟主も、アインズ・ウール・ゴウンの奇態に眉を顰めた。

 

「おいおい。いったい、なんの話をしている? まさか魔導王よ……貴様、この状況が判っていないのか?」

 

 当の本人は、呼びかけられて初めてそちらの方に意識を向けた感じである。

 

「ああ、すまない。こちらの話だ。しかし」

 

 アインズは、敵の語っていた内容を思い出して、ようやく鼻骨を鳴らした。

 

「はっ。……『準備は整った』、だったか? 準備……じゅんび、だと? これが? ハハ──ははははは!」

 

 副盟主は嘲弄の声をこぼす骸骨の魔法詠唱者を、魔導王を睨みつける。

 アインズ・ウール・ゴウンは、無い腹を抱え込むような勢いで、不動の姿勢のまま笑い続ける。

 

「笑わせるな。

 おまえのやっていることは、私の、このアインズ・ウール・ゴウンのやってきたことに、“タダ乗り”しているだけだろうが」

「……」

 

 確かに。その通りだった。

 ぐうの音も出ない副盟主であったが、その微笑の色は強いまま、反論。

 

「それがどうした? 状況を、環境を、時流や趨勢、敵や味方、ありとあらゆる要因を、すべて利用することに、何か文句でもあるというのか? 一国を統べる王が、その程度の戦略と認識、叡智の神髄を心得ていない、と?」

「いいや。確かに我が友人にして仲間である軍師……ぷにっと萌えさんがここにいれば、手放しに賞賛していたことだろう。自分の手を一切煩わせることなく目的を達成できるのであれば、それに越したことはない」

「……仲間である、軍師?」

「──だが」

 

 魔導王は(わら)う。

 

「あまりにも迂闊(うかつ)だな。

 我が屈強を誇るアンデッドたちが、そう容易く、他者(おまえ)の儀式とやらに利用されるものだと思い込むとは」

「はッ! 手足も動かぬくせに、口だけは良く回る! 事実として、我が儀式は稼働し、あらゆる魂の収束と収斂が進行している! この大陸図に起こることは、まさしく今、この大地の上で起こっている現象に他ならない!」

「ふむ。確かに、その通りなようだ。そのように連絡を受けている」

「貴様は終わりだ! 護衛に連れてきたモモン共は役立たず! もはや貴様には何もできまい! どうせならば、モモンと比肩する強さを示しかけたらしい、魔導国の宰相殿とやらでも連れてくるべきだった──、──な?」

「アルベドのことか。彼女には今回、別の役割があるのでな。このような雑事に使うのは、いかにももったいない。第一、この程度の苦境を乗り越えられないほど、この私、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は無能ではない──と思うぞ?」

 

 副盟主は、聞き捨てならないことを聞いた気がした。

 いま、魔導王は、何と言った?

 

「連、絡、を、受けている?」

 

 どこから。誰から。

 否。そもそもにおいて、外と隔絶された死の城と、どのようにして連絡を取っていると?

 

「うん。気づくのが遅かったようだな? だが、それも無理はない。これほどの魔法的防備に包まれた城を持っていれば、それくらい増長するのもやむを得ないところだろう」

「────は、ハッタリをかましたところで、貴様が儀式の核として使われている事実は消えはしない! 貴様は、此処へたどり着いたことで、その命運は尽き果てている!」

 

 そもそも一国の君主が、のこのこ敵の本拠に足を運ぶこと自体が愚策に過ぎるというもの。

 副盟主の言う通り、アインズは今も変わらず、紅蓮の魔法陣に捕らわれ、首の骨すら動かせない状態に陥っている。首肯も否定も一切できない──が、意思と言葉は鮮明かつ鮮烈なままだ。

 

「確かに、これほど強力な拘束は元の世界、ユグドラシルでも体験したことがない──だが」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの瞳が、人の(なり)の竜王のそれを射すくめる。

 

「なめるなよ、魔導国を──我がナザリック地下大墳墓を」

 

 副盟主たる竜王が、異論反論を述べ立てようとした、まさにその時。

 

 ズン

 

 という地鳴りと共に、大広間が……城そのものが、揺れた。

 

「な、なんだ?」

 

 微震が激震に変わるのに、数秒も要さなかった。

 しかし、地震などの自然災害など、異空間に隔絶されている死の城には発生しえない。

 

「モモンたちが何か仕掛けた? 否、奴等は城外で、我が不死の竜(ドラゴン・ゾンビ)たちと戦っている最中──?」

 

 たまらず、死の城に設置されている魔法の遠見機能で、副盟主は城の各所を観測していく。

 そして、視た。

 

「────なんだ、…………あれは?」

 

 見下ろした城の真下──

 大量のアンデッド数千体が、城の基礎部分に取りつき、数体がかりで手にした破城槌を幾度となく打ちつけていく。

 ほかにも鶴嘴(ツルハシ)円匙(シャベル)、解体作業用の大金槌(ハンマー)などで城壁を崩していくものが、獲物に群がる働きアリのように、死の城を覆い尽くそうとしていた。

 それが千単位。

 言う間でもなく、彼らは死の城の兵たち──離反の一党ではない。

 魔導王は淡々と告げる。

 

「私が召喚した〈死の軍勢(アンデス・アーミー)〉の別働隊だ。死霊術師(ネクロマンサー)を極めた私が強化した連中は、召喚時間中、この城を破壊し続けるようにという命令を実行している──貴様の儀式とやらで使われるのは、この大陸図内のアンデッドだけ──この死の城とやらにいる者は、まったく適用対象外になるということが証明されたな」

「ば、バカな! その拘束状態で、どうして!?」

「確かに、この術式は、私の身動きを完封できている。指一本分も動かせないとは、まったく恐れ入る──だが、魔導国や周辺地域に派遣していたアンデッドたちとの繋がり・支配関係が反転したところで、私には何の問題でもない」

「……な?」

「さらにひとつ大きな問題点を挙げておこう。この儀式の枢要に、私並みの上位アンデッドが必要なのは、私という存在を核とし、生者たる贄の乙女たちと接続・共鳴させつつ、強大な儀式魔法を発動に必要な中心素材とするため──つまり、“私自身が、この儀式魔法を行使する”──ということに他ならない」

 

 そう。

 

「これはスレイン法国に存在する巫女姫──“叡者の額冠”によって行われる儀式魔法と近いものだ。我が冒険者二名……イミーナくんとアルシェくんのほか、蒼の薔薇のラキュース君なども魂の収束媒体に使用するなど「発動の枢軸たるものに魔力を集約する」という単純なそれではないが──“儀式”の術式は、どこも似たようなものだと聞いているぞ?」

 

 つまるところ。

 アインズ・ウール・ゴウン自体が、魔法を発動することを阻害することは、できない。

 

「惜しかったな。実に惜しかった。

 確かに、この術式を、何の事前準備もなく絡めとられていたら、さしもの私も手も足も出せずに、事の成り行きを見守ることしかできなかったかもしれない──しかし、私は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王……“魔導王”だぞ?」

 

 言われている内容が脳に沁み込んでいく副盟主。

 だが、それでも、解せない。

 解せるわけがない。

 アインズは構うことなく論じ続ける。

 

「私の意識も魔力も、あるいは精神自体を、何もかも封印する技法であれば、あるいは違う結果を得たのかもしれないが。まぁ、それでは肝心要の魔法そのものが発動できなくなるだろうから、何の意味もないか」

「否。おかしい。間違っている──何故それに気づいた──それに気づけたとしても、他の魔法が起動しないための障壁術式も組み込んだ。それを突破した、と? 数層からなる妨害術式を、いとも簡単に……こんな事前に、何もかも、最初から、我等の手の内を先読みしていたかの、よう、な?」

 

 副盟主は、クレマンティーヌを──かつてのズーラーノーンの大幹部を──スレイン法国の枢要に近かった女を、見る。しかし、あの女は魔法に関しては門外漢もいいところ。儀式魔法の詳細を、語って聞かせるほどの理解には至れていたとは思えない。

 まさかという言葉が唇を滑り落ちるより先に、アインズ・ウール・ゴウンは解答を突き付けてきた。

 

「死の螺旋という儀式魔法……それを“発動しようとしていた者”を我がナザリックの軍門に加え、この私が直接、詳しく話を聞いていたのでな」

 

 確定した。

 魔導王は、“死の螺旋”を知っている。

 いつ、どこで、どうやって、誰を通じて、情報を得たのか──

 

「バ、カ、な……詳しい話だと」

 

 クレマンティーヌは、違う。

 絶対に違うとしか言いようがない。

 確かに、彼女はアインズ・ウール・ゴウンの麾下に降った、ズーラーノーンの裏切り者だ。

 だが、クレマンティーヌは純粋な戦士職。彼女が発動できる魔法についてはアイテムの恩恵によるもので、自分で死霊系の魔法をあつかうようなことはありえない。複雑かつ難解な儀式魔法など、理解の外に位置している。だから、クレマンティーヌが死の螺旋関連の本格的な知識や技術を、アインズ・ウール・ゴウンに供与できるはずがないのだ。何より、彼女たちのような比較的新参ものは、“死の螺旋”はズーラーノーンの盟主が発動したものだという噂に踊らされていた程度の存在──魔導王に詳細を説いて聴かせることができるほどの知識など、ありえない。

 では、いったい誰が?

 

「死の螺旋は、ズーラーノーンの中でも、最高幹部である十二高弟内でも、扱えるものが限定されるが故に、詳細を知っている、もの、──は?」

 

 急に。

 唐突に。

 思い出す。 

 

 

 

『フッフッ……おまえさんでも判らぬか、この儂が、誰なのか。それは重畳(ちょうじょう)

 

 

 

 己の手元にある宝玉を見下ろした。

 死の大水晶の中に呑み込み、炉心として、魔導王捕縛の枢として、そこに取り込んだアンデッドの声音。

 姿形が、生前のそれを全く彷彿とさせない──エルダーリッチの、なりそこない。

 

「まさか、あの、頭蓋骨(アンデッド)!」

 

 魔導王は微動だにせぬ骨の表情(かんばせ)で、微笑んだ。

 

「──“カジット”たちのおかげで、我々は『死の螺旋』という儀式魔法を、スレイン法国で“叡者の額冠”を使用し行われている『大儀式』とやらを、それなりに理解する機会を得た。研究することができた。そして、今回のような、大量のアンデッドを使用しての儀式に対する準備・対策・反撃を、あらかじめ整えることができた。いやいや、本当に思わぬ拾い物だった。奴をしとめてくれたナーベラルには、改めて感謝せねばならないな」

「ばかな! バカなバカなバカな──そんな馬鹿ナコトが!?」

 

 カジット・デイル・バダンデール。

 母親を蘇生させるという至上目的のため、独自にアンデッド化を果たそうとしていた魔法詠唱者。

 盟主によるアンデッド化の洗礼は、己の目的や目標、存在意義や根源的な欲求がすべて失われ、盟主に忠節を尽くすシモベとなり果てる魔法。それを忌避したが故に、カジットは“死の螺旋”を研究し研鑽し、リ・エスティーゼ王国などで徒弟らと共に準備に励んでいた。一見すると、「組織に反意あり」と断じられて当然の研究者であったが、そもそもにおけるズーラーノーンの十二高弟たちの性質上、そこまでの問題とは見做されなかった。仮に儀式がうまくいっても、奴は母親を蘇生させるのに必要な魔法を研究する名目で組織に留まることを確約していたため、それで良しとされたのだ。

 だが、そんな奴が──なくなった母親のためだけに生涯を賭していた男が、あろうことか魔導王に、膝を屈していたとは。

 

「奴の、カジットの所在確認──否、生存の確認を怠ったのは、痛恨のミスだったようだな」

「くっ──だとしても、今の貴様に何ができる?! 我が儀式に絡めとられ、なす術もなく棒立ちになっている貴様が!!」

 

 水晶玉に満ちる魔法陣は八割を超えた。

 あと数分どころか、一分もしないうちに、儀式は最終段階に移行する。

 そんな瀬戸際だというのに、やはり魔導王は穏やかなまま微笑み続け──

 

「それもどうかな?」

 

 轟音が儀式中の大広間を貫いた。 

 

「こ、今度は何だ!?」

 

 一転二転する状況で、三転目を迎えた副盟主が見つめた先にいるのは──漆黒の偉丈夫。

 

「モ、モモンだと? バカな! あれだけのドラゴン・ゾンビを、どうやって?!」

「奴等なら仕留めた」

 

 そういって、傍らに侍るナーベと共に、死竜たちの首級(くび)を合計十個、モモンは気安く放り投げた。

 血や肉片が一滴一片も残っていないグレートソードの双剣を両手に、漆黒の英雄は朗々と明かす。

 

「直前の戦闘、エ・アセナルでは、あえて力を温存──秘匿しておいただけの話だ。この私、漆黒の英雄に、不死の竜の軍団如き、恐るるにたらず」

「あ、ありえないだろう!?」

 

 モモンは、十二高弟──ゴーレム使いのトオム率いるゴーレム軍と戦った。その前には、エ・アセナルのズーラーノーン支部や、王国の反乱者となったアンデッドの軍団とも一戦交えていた。それだけの連戦で、力を温存するなど、いったい、それはどういう人間だ。英雄を超える英雄……それすらも軽く超越する、バケモノの所業ではあるまいか。

 

「チッ、なるほど、つまるところ貴様は、人間ではないな? このバケモノがッ!」

「──人を簡単にバケモノ呼ばわりするのは、あまり褒められることではないな?」

 

 下手な誤魔化しを。

 副盟主が実際に相対したことがある敵の中でも、最悪の部類だ。

 十三英雄……あの純白のガキ共も、大概がバケモノであった。あれが正常な人間であるはずがない。人類の形をした異常者であり異分子だ。

 少なくとも、アイツら十三英雄──リーダーの手によって、インベリアなど数国を滅ぼした『朽棺』も『吸血』も、間違いなく滅び去ることになったのだ。

 

「バケモノはバケモノだ。この人間モドキが!」

 

 痛罵に歪む声を抑えつつ、副盟主は冷静に考える。

 

「──こちらの不手際は認めよう。

 しかし、だ。

 我が儀式は今まさに、臨界点を迎える!」

 

 大水晶に満ちる魔法陣の容量は、九割九分というところ。

 もはや発動主にも止めようがない。

 あと、ほんの十数秒。

 

「すべての魂を集約集束する──王国も帝国もドワーフの国や聖王国、魔導国にすまう全魂を!」

 

 この手に!

 術者の宣告と共に、大陸図と呼応する大水晶の光量が、太陽もかくやというばかりに輝く。

 津波とも見紛う赤い魔力が大広間を旋風のごとく渦巻いた、刹那。

 

「モモン」

 

 魔導王の静やかにすぎる声と共に、漆黒の英雄が、一振りの剣を取り出す。

 彼の愛剣たるグレートソード二振りとは、全く完全に違うもの。

 それが、巨大魔法陣と魔導王を繋ぐ一線を──突き刺した。

 瞬間、広間に漲っていた紅蓮の怒涛(どとう)は、見る間に小波(さざなみ)のそれにまで減衰。

 

「な、──あ?」

 

 副盟主は両腕に抱いていた大水晶から流れ込む力の脈動を、完全に見失う。

 

「なにが──いったい、なにをしたァッ!!」

 

 始原の魔法(ワイルド・マジック)が潰れ──『死の大螺旋』が消滅したことだけは、かろうじて理解できた。

 しかし、わからない。わからないことが多すぎる。

 竜眼を剥いてがなりたてる副盟主に対し、モモンは床面を貫いた剣を抜き出し、見せた。

 鋭利さを追求し尽くした刀身に映るのは、混乱と疑念と畏怖に硬直しつつある、副盟主の表情(かんばせ)

 沈黙する英雄に代わり、魔導王が朗々と説いていく。

 

「今回の事件において、我々が助力した国──リ・エスティーゼ王国の第二王子殿から我が魔導国の宰相・アルベドを通じて借り受けた(・・・・・)逸品だ。かつて、この私と一騎打ちを望んだ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ──彼のおかげで、私は、私の知らぬ魔法(チカラ)が、この世界に存在することの足掛かりを得ていた」

 

 アインズ・ウール・ゴウンたる己の身すら、殺すことができるだろう、剣。

 リ・エスティーゼ王国の秘宝のひとつ──“剃刀の刃(レイザーエッジ)”。

 

「あの時、私が鑑定したこの剣には、本当に驚かされたよ。すべての金属を、魔化されていようとも、紙のように切り裂くことが可能──それすらこの剣の真なる力の一端に過ぎなかった。一言でいえば、私を殺すことができる力だが──この剣の本質にあるものは、私の鑑定でも読み切れていないが、いずれにせよ、私の常識を無視している。レベルやスキルという概念を超越し、『刀身に触れたすべての魔法的能力を破断・斬却する』など、ユグドラシルの法則を超えすぎている。通常、魔力量を無視して、この私を傷つけることなど、ありえない──これほどの脅威を、私は他に見たことがないな」

 

 だからこそ。

 

この剣(レイザー・エッジ)に込められた魔法について、我がシモベや、フールーダなどから、それらしい情報を集めていた。この剣と似た魔法の存在を、極秘裏に調べていた──そして、私の知らぬ魔法の中で、それらしい情報は、たったひとつだけ該当するものがあった。……フールーダ曰く、「古の魔法」「原始の魔法」「魂の魔法」として、竜王国の女王などに存在が確認されていると聞く──そして、今まさに、貴様が発動した“始原の魔法(ワイルド・マジック)”とやら──」

 

 すべての線が繋がっていくかのように、魔導王は語る口調を強めていく。

 

「実に、実に実に興味深いぞ────ズーラーノーンの副盟主────はぐれ者の竜王くん?」

 

 副盟主は総毛立った。

 自分が、何らかの実験器具や拷問装置に縛り付けられるイメージを錯覚した。

 

「まだだ!!」

 

 副盟主は大水晶に、自前の魔力を注ぎ込む。

 途端、砕け散った赤い魔法陣──大陸図を模した紋様──生贄を固縛する血色の力が、再び刻み込まれた。

 一瞬にして再停止を余儀なくされたアインズ・ウール・ゴウン──さすがの魔導王とモモンも、その手技の速度と往生際の悪さに驚きを隠せなかった。

 

「私が、我が、竜王たる存在がここにいる限り、儀式は頓挫することはない!」

 

 副盟主の人体──否、竜の肉体に蓄積された、力の本流。

 

「邪魔するものは(ころ)す! すべて殺戮(ころ)す!!」

 

 500年の歴史を見てきた竜の瞳は、己の目標と使命を遂行する意思に、決然と燃え盛る。

 

「消え失せよ、漆黒の英雄!!」

 

 男の顔面から立ちのぼる閃光。

 モモンは直感的に飛び退った。

 あれを、至近距離で受けることは憚られた。

 竜種の最大にして最高ともいうべき必殺手段──

 

「“ドラゴン・ブレス”!!」

 

 

 

 

 

 




次回「終焉の足音」
本日21:30更新予定

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。