オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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珍しく真面目なあらすじ

力に溺れ狂気に呑まれた天才剣士、エルヤー・ウズルス。
男はモモンへの復讐のため、恐るべきアンデッドを使役し帝都への襲撃を開始する。
そして運悪くエルヤーと鉢合わせしてしまったクライムとツアレ。
クライムの奮闘も空しく、ツアレはエルヤーに攫われてしまう。
連れ去られたツアレを救うべく、モモンガはエルヤーの待つ闘技場へ大慌てで向かうのだった――

長くなったので前・中・後編で分けました。


帝都襲撃のエルヤー 中編

 連日のように賑わっていた帝都アーウィンタールの大闘技場。

 しかし今の闘技場には、通路、観客席、受付に至るまで人は一人もいない。

 逃げたか、あるいは殺されたか。どちらにしてもこの闘技場に人は残っていなかった。

 そんな人気のない通路を走り抜けながら、モモンガはただひたすらにツアレの事を思う。

 

 

(ツアレが連れ去られてからそこまで時間は経っていない。人質を有効に使うなら殺されてはいないはずだ。いや、あのエルヤーなら…… くそっ!!)

 

 

 ちょうどアルシェからエルヤーの情報を聞かされたばかりなので全く安心出来ない。

 モモンガの気持ちは逸り、不安は大きくなる一方だった。

 クライムの前では平静を装っていたが、モモンガの心の中は大荒れである。

 ツアレが攫われたと聞かされた時から、実は一ミリも冷静ではいられなくなっていたのだ。

 

 

(急がねば。とにかくモモンが行けば、アイツの機嫌を損ねることもない――よな。ええい、信用できるかあんな奴!! 待ってろツアレ、今行くからな!!)

 

 

 ユグドラシル時代、モモンガは元々の性格もあって事前準備に力をいれる慎重なタイプだった。

 しかし、誰だって取り返しのつかない現実で、ゲームと同じように行動できるかと言われれば無理だ。大切な人の命がかかっているともなれば尚更だろう。

 

 

「待っていましたよ、モモン」

 

 

 決戦の地に辿り着いたモモンガを出迎えたのは、元凶エルヤー・ウズルス。

 円形闘技場のど真ん中で堂々と椅子に座っていた。いや、よく見れば椅子ではなくスケルトン系のアンデッドに腰掛けている。

 その周りには中位から下位まで、三十体を超える大量のアンデッドが待機していた。

 どれも人型という点は同じだが、強さも種類もバラバラである。

 

 

「貴方が中々来ないから、こんなにも仲間が増えてしまいましたよ。彼らも――」

 

「ツアレはどこだ」

 

 

 エルヤーに連れ去られたはずのツアレがいない。

 まさかあのアンデッドは――最悪な想像を頭から掻き消し、モモンガはエルヤーの言葉を無視して問いかけた。

 その声には隠しきれない怒りが滲み出ている。

 

 

「そんな怖い声を出さないでください。心配せずともこの中にはいませんよ。――私の使役するアンデッドの手の中ではありますがね。それも私の命令一つで、ね?」

 

 

 ここにきてモモンガは自分が想像以上に焦っていた事を自覚する。

 モモンとして呼ばれた以上、鎧姿で来るのは仕方がなかった。

 急がなければツアレに何が起こるか分からなかった。

 しかし多少なら事前に魔法で調べる事は出来たはずだと、今更ながら悔やんでしまう。

 

 

(ちっ、馬鹿か俺は。相手の戦力どころかツアレの位置すらも確認し忘れるとは……)

 

 

 モモンガのとるべき最善手は闘技場に行く事ではなく、エルヤーを無視してツアレのいる場所に行く事だった。

 しかし一度エルヤーに姿を見せた以上、逃げればどうなるかは分からない。

 魔法の使用が制限される鎧姿。

 情報収集も出来ていない現状。

 普段のモモンガなら絶対にしないミスのオンパレードである。

 

 

「ならば貴様の望み通り戦ってやる。すぐに貴様を倒してその後でツアレを救い出すだけだ」

 

 

 モモンガはこの不利な状況を覆すため、エルヤーとの直接対決に持っていこうとする。

 グレートソードを握り、挑むようにその切っ先をエルヤーに突き付けた。

 周りの雑魚アンデッドは無視すればいい。体を屈めて足に力を込め――

 

 

「何を勘違いしているんですか? まあ戦っても構いませんが、私を倒してしまうと大変ですよ? 私の制御が外れたらあのお嬢さんがどうなるか……」

 

「――っ貴様!!」

 

 

 ――作戦失敗だ。

 先手必勝で終わらせたかったが、エルヤーの言葉にモモンガの体は硬直してしまう。

 闘技場に出場していたプライドの高い剣士なら、堂々と戦って決着をつける可能性もあると思っていた。

 だが今のエルヤーにまともに戦う気はないらしい。

 以前二回ほど戦った時は嗜虐心こそあれ、自らの剣士としての実力を誇る男――戦いにおいて卑怯な事は一切しなかったはずなのに。

 

 

(どうする。一度鎧を解除して〈時間停止(タイム・ストップ)〉を使えば――駄目だ……)

 

 

 鎧を解除した時点で抵抗とみなされたらどうする?

 万が一魔法の使用を察知されたらどうする?

 〈時間停止〉の効果範囲にツアレと見張りのアンデッドがいなかったら――エルヤーの動きを封じた時点でアンデッドが暴れたらどうする?

 そもそも相手が時間対策をしていたら?

 この世界のレベルで時間対策など有り得ないと思うが、エルフ王のような例もある。

 それにこれ程の大事件を起こした男だ。入念に準備をしていても不思議ではない。

 

 

(くそっ、情報が足らない)

 

 

 どの手段もツアレの安全を確保するより先に、ツアレが傷つけられる可能性がある。

 後手に回ってしまったせいでどれも確実性に欠けており、ツアレの命で博打を打つ選択肢はモモンガの中には元からなかった。

 

 

「さぁ、その手にある武器を捨てなさい。代わりにあのお嬢さんを見捨てるというのであれば構いませんがね」

 

「外道が……」

 

 

 ツアレを心配する余り柔軟な思考は失われてしまい、モモンガは身動きが取れなくなっていた。

 今ならば妹が連れ去られて無茶苦茶な言動をしていたアルシェの気持ちがよく分かる。

 身内の危機は人を簡単に狂わせてしまう。視野が異様に狭くなり、モモンガは先程から思考が全くまとまらない。

 

 

「これで満足か」

 

 

 ゆっくりと屈めた体を戻し、グレートソードを手放すモモンガ。

 地面に転がったグレートソードを見てエルヤーは満足げに笑った。

 

 

「お優しい事です。次はそのヘルムを外してもらいましょうか」

 

「ちっ……」

 

 

 ここは一旦従うしかない。

 サンドバック確定の未来を想像しながら、モモンガはゆっくりとヘルムを投げ捨てる。

 

 

「そんな顔だったとは…… 黒髪は珍しいですが、顔は意外と地味ですねぇ」

 

「ふんっ、次はどうするつもりだ」

 

「慌てないでくださいよ。お次は質問コーナーといきましょうか。あの子との関係は何です? その顔からして血縁ではないのでしょうが…… 裏社会の情報屋に調べさせても、面倒を見ている程度しか分からなかったんですよ。さぁ、話せ」

 

 

 モモンガを思い通りに出来るのが堪らないといった様子で、エルヤーはどうでもいい事をつらつらと聞いてくる。

 口では気になると言っても、ただ命令したいだけなのが丸わかりだ。

 

 

「……それで合っている。私はただの保護者だ」

 

「あははははっ!! 情報屋がまさかの正解とは!! 血の繋がりもないオッサンが、赤の他人の子どもを育ててるんですか。そんなにあの子が大切ですか? 命を懸ける程大切ですかぁ?」

 

「貴様には関係のない事だ」

 

「いやぁ、私の趣味ではないですが、てっきりあの子で遊んでいるとばかり…… もしかして味見くらいはしましたか?」

 

 

 エルヤーは狂ったように笑いだし、下種な笑顔でモモンガの神経を逆なでする。

 モモンガは不快な表情を浮かべながらも、ツアレを救い出す機会を待ち続けた。

 

 

「反応が面白くありませんね…… まぁ、いいでしょう。お楽しみはこれからです」

 

 

 煽るのに飽きたのか、急に真顔になったエルヤーは腰の武器に手をかけ――再びニヤリと笑う。

 鞘から抜き放たれた剣は錆びた色をしており、とても切れ味が良さそうには見えない。

 だがその刀身は禍々しいオーラを放ち、魔法で鑑定せずともただの武器ではないと感じられた。

 恐らくこれがクライムの言っていたアンデッドを作り出す武器だろう。

 

 

「『腐剣・コロクダバール』――いい剣でしょう? 愚かで下等な生者の上に立つ、私に相応しい武器だ」

 

「コロクダバールだと!?」

 

 

 ロクでもない武器だと思っていたが、ここでその名前が出るとは予想外だった。

『腐剣・コロクダバール』――決して治らない呪いの傷を与えると言い伝えられた魔剣。

 かつてモモンガもツアレと一緒に十三英雄の武器を探した事がある。

 暗黒騎士が持っていたとされる漆黒の剣の一振りだ。

 

 

(決して治らない呪いの傷とはそういう事か…… 確かに一度アンデッドにされたら元には戻せない……)

 

 

 そして歴史に正しく残らなかった訳――おそらく意図的に能力がぼかされた理由も理解出来た。

 相手を殺してアンデッドにする能力なんて、どう考えても英雄が使っていい力ではない。

 

 

「私をリンチにでもするつもりか? それともアンデッドに作り変えるか?」

 

 

 それだけの特殊能力があれば、本体の攻撃力は大した事はないはずだ。

 『剃刀の刃(レイザーエッジ)』のような例外を除けば、レベル六十以下の攻撃はどうせ届かない。

 自分はそもそもアンデッドだ。作り変える能力も効くはずがない。

 モモンガからすれば意味のない武器だと思っていた――

 

 

「甘い。貴方は全てにおいて甘いですよ。それにこの剣の真の恐ろしさを知らないのですね…… ()()()()()()()を抉る能力を」

 

 

 ――だが、エルヤーは妙な事を口走った。

 

 

「これから始めるショーに観客が一人もいないのはつまらないでしょう? 特別に、あなたの最も恐れる相手をご用意しますよ。さぁ『腐剣・コロクダバール』の真の力を思い知るがいい!!」

 

 

 エルヤーは力強く魔剣を掲げ、禍々しい光とともに腐剣・コロクダバールの最恐最悪の能力が解放された。

 そしていつのまにか現れたのは一人の女性。

 ここらでは珍しい黒髪の女性で、顔の彫が少ない。酷く疲れた顔をしており、今にも倒れそうになっている。

 

 

「――っ!?」

 

「なんですかこれは? こんな死にかけの女のどこに恐れる要素が……」

 

 

 能力を使ったエルヤー自身、自分の予想とは全く違った物が出てきたため困惑していた。しかしモモンガの動揺はその比ではない。

 モモンガは現れた女性の顔を見て絶句していた。

 世界級(ワールド)アイテムが道端に落ちている事の方が、まだ驚きは少なくて済んだだろう。モモンガにとってはそれ程にありえない事であり、衝撃的だった。

 

 ――母、さん……

 

 現れた女性の髪や顔の特徴。

 そしてモモンガの枯れた喉から絞り出したような呟き。

 エルヤーは悪巧みをする顔をしながら全てを察した。

 

 

「なるほど。そういう事ですか。貴方のトラウマは自分の母親の死ですね? アンデッドよ、この女を持ちなさい」

 

「――や、やめろっ!? 何をする気だ!!」

 

 

 エルヤーを取り巻くアンデッドの内の一体、屍収集家(コープスコレクター)に両腕を持ち上げられた女性――鈴木悟の母親。

 まるで十字架に磔にされたような母親の姿を見て、モモンガは我に返るように叫んだ。

 そのまま飛びかかる勢いだったが、ツアレの事を思い出してなんとか踏みとどまっている。

 

 

「貴方が抵抗すればこの女を引きちぎります。ほっといても死にそうなくらいですから、あんな細腕簡単でしょうね」

 

「っこのクズがぁぁぁあぁあっ!! お前はそれでも――」

 

「黙りなさい。この女だけでなく、あの子も引きちぎられたいんですか?」

 

「――っ!? ……俺の事は好きにしたらいい。だから頼む。二人には、手を出さないでくれ……」

 

 

 あまりにも酷い脅し。

 アンデッドに指示を出し、エルヤーはモモンガを羽交い締めにさせて強制的に黙らせる。

 どこかで助けを待っているツアレ――そして目の前の母親。

 どちらも見捨てる事が出来ないモモンガの精神は、極限まで揺さぶられていた。

 

 

「弱い、弱いですねぇ。モモン、貴様がそんなにも優柔不断で弱かったとは…… アンデッド達よ、その男を痛めつけなさい。決して殺さず、じっくりとですよ」

 

「……」

 

(どうやら心が折れましたか…… だが、まだ終わらせませんよ。私の受けた屈辱はこんなものではない)

 

 

 ツアレに加えて母親すらも人質に取った事で、エルヤーの優位は揺らがないものとなった。

 しかしまだエルヤーは止まらない。

 心が折れて黙り込んだと思われるモモンガ相手にも容赦はしない。

 

 

「そのまま母親の前でずっとアンデッドに嬲られていなさい。……ふははははっ!! 王とは自分ではなく部下を使うもの。いい、いいですねぇ!! 自分で手を下さないというのも乙なものだ!!」

 

「……」

 

 

 数十体のアンデッドに囲まれ、なすすべも無く殴られ、蹴られ続けるモモンガ。

 黙っているため、それがどれ程の痛みなのかは全くわからない。

 しかしエルヤーの興奮は最高潮に達していた。

 

 

「もっと、もっとだ!! 滅茶苦茶にしてしまえ!! 投げろ、斬れ、締め上げろ、殴れ、蹴れ、そいつを苦しめろ!!無様な声を、悲鳴を聞かせろ!!」

 

「……」

 

 

 悲鳴を上げないのは大したものだが、その様はまさに跳ねるだけのピンボール。

 自分がアンデッドにやらせていると考えると、自分の操り人形とすら言える状態だ。

 漆黒の鎧が汚されていく光景は、エルヤーの支配欲をこれでもかと満たしてくれる。

 

 

「私は生者の上に立つ王だ!! あのモモンすらも私の掌の上だ!! あははははっ――はぁ?」

 

 

 エルヤーは額に手を当てて笑い続けたが、急に変なモノを見たような声を出した。

 分かりやすく目元を擦り、目をパチパチとまばたきさせてから、もう一度ピンボールとなっているモモンガを見た。

 見てしまった。

 

 

「――っひ!?」

 

 

 思わず息を呑む。

 エルヤーが再び見つめたモモンガの顔は、攻撃されて負荷のかかった幻術が揺らめき――骨の素顔が露わになっていた。

 

 ――エルヤー……

 

 エルヤーが待ち望んだモモンガの声。

 しかしモモンガの口から聞こえてきたのは、痛みに苦しむ悲鳴ではない――自分の名前だった。

 

 

 

 

 走る。走る。走る。

 気がつけば闘技場から無様にも逃げ出していた。

 自らの足は無意識の内に程近い倉庫街へ――そこに隠した人質の所へ行こうとしている。

 少しでも安全な場所へ近づこうとして心臓が早鐘を打ち、自らの足を極限まで急がせていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

 ただ静かに名前を呼ばれただけ。それもほとんど呟きに近い。

 攻撃された訳でも、暴れ始めた訳でも何でもない。奴は確かに無抵抗だった。

 正体がアンデッドというのは驚いたが、今の自分はアンデッド程度幾らでも支配出来る力を得ている。

 しかし、アイツの、モモンガの完全に白骨化した顔――その空虚な眼窩に浮かぶ、濁った炎のような赤い揺らめきと目が合ってしまった。

 

 

(なんだ、アレは…… ふざけるな、あんな骸骨如きに…… この私が、恐怖したとでもいうのか? あんなモノを見ただけでっ――)

 

 

 ――自身の"死"をイメージさせられた。

 逃れられぬ死を。

 絶対者から与えられる死を。

 まるで恐怖を形にしてそのままぶつけられたような錯覚に陥った。

 

 

(ありえない。気のせいだ。私はただ走りたい気分なだけだ。恐れてなんか、逃げてなんかいない!!)

 

 

 そんなはずはないと、頭を振って走り続ける。

 逃げ出した自分を正当化するまともな言い訳すら考えつかず、エルヤーはただひたすらに闘技場から離れていった。

 

 

 

 

 バハルス帝国の帝都に緊急で作られた『エルヤー・ウズルス襲撃事件』の対策本部。

 そこでは一人の少年がこの国の皇帝に詰め寄っていた。

 

 

「――ならん。お前をエルヤーの所に向かわせる訳にはいかん」

 

「何故ですか、陛下っ!? 闘技場では今この瞬間にもモモンっ――さーまが――」

 

「モモンガでよい。私は気づいている」

 

「っモモンガ様が戦っています。一刻も早く人質を救出しなければなりません。人質を取られたままでは、いくらモモンガ様でもいずれ嬲り殺しにされてしまいます!!」

 

 

 完全に武装を整えたクライムは軍に応援を要請した後、すぐにでも闘技場へ飛び出して行きたかった。

 しかし、それに待ったをかけたのはこの国のトップ――自らが仕える皇帝ジルクニフである。

 

 

「お前から聞いた話と今まで集めた情報を総合すると、殺せる人間がいればいるほどエルヤーはアンデッドを増やす。闘技場内、及び周辺の市民は避難させているが、既に相当な戦力を持っていると考えて間違いないだろう。エルヤーを討つにはこちらも最大戦力で向かう必要がある」

 

「それでしたら尚更すぐにでも行かなければモモンガ様が!!」

 

「おい、気持ちは分かるが落ち着けっ」

 

 

 モモンガのピンチがより確実だと分かり、更に焦り出すクライム。

 そんな慌てる彼を嗜めるように、少し離れて待機していたバジウッドはクライムの肩を掴んで抑える。

 ジルクニフはそんな彼をあえて叱責する事なく、落ち着いて説明を続けた。

 

 

「問題はそれだけではない。今帝都には強大なアンデッドの出現が複数確認されている。『死の騎士(デス・ナイト)』というアンデッドが現れたせいで、その対処にフールーダと魔法部隊は既に出撃済みだ」

 

 

 帝国の全軍に匹敵すると言われる、帝国主席宮廷魔術師フールーダ・パラダインの出撃。それは帝国の最大戦力を動かしているのと同義である。

 

 

「アレは放っておけばこの国を滅ぼす。それに脅威はデス・ナイト以外にもいるのだ。今は市民の避難誘導にも人手が取られてそちらに回す余裕はない。――もっとも、弱い者を送ったところで向こうの戦力を増やすだけだがな」

 

 

 僅かに眉をひそめたジルクニフの言葉は辛辣だった。

 幸いモモンガがエルヤーを闘技場で足止めしている間はアンデッドが増える事はないだろう。

 ならば帝都に放たれたアンデッドを先に片付け、民の被害を抑えなければならない。

 ジルクニフもエルヤーは討伐したいが、今は手が出せないのだ。

 

 

「そんな…… 私だけ、私だけでも向かう事を許しては頂けないでしょうか? このままではモモンガ様は殺され、用済みとなれば人質に取られたツアレ姉さんすら……」

 

「クライム……」

 

 

 クライムの必死の懇願。

 弟子の気持ちが痛いほど伝わり、バジウッドもこれ以上声をかけることは出来なかった。

 しかし、ジルクニフはこの国の皇帝。

 より多くの民を守るため、冷酷とも言える宣言を下す。

 

 

「許可は出せない。その二人は諦めろ、もはや手遅れだ。今は皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)もフル稼働させて情報を集めている。お前はバジウッドと組み、アンデッドの詳しい位置が確認でき次第、危険度の高いものから順次討伐に回ってもらう」

 

 

 ジルクニフの判断は真っ当なものだ。

 それに今は皇帝である彼の警護すら限界まで減らしている状態なのだ。

 皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)や皇帝直下の近衛兵など、全ての兵士が情報収集とアンデッドの討伐に動いている。

 

 

「エルヤーの動きにもよるが、奴は最後だ。帝都に散らばったアンデッドの討伐が完了後、これ以上アンデッドを増やせぬように闘技場を包囲してから殲滅する。分かったな?」

 

「はい……」

 

 

 皇帝陛下も命を懸けてこの事件に対処しようとしていた。

 より多くの人々を救うなら、それに従うべきだ。そもそもクライムは皇帝に仕える帝国五騎士の一人、皇帝の命令は絶対である。

 それに自分は誓ったはずだ。皇帝陛下も市民も助けると。

 だが、それでも――

 

 ――『――ツアレを頼んだぞ』

 

 クライムは拳を握りしめ、激しく苦悩した。

 そして、一瞬でも悩んでしまった己を恥じた。

 

 

「――陛下、私は騎士を辞めさせていただきます」

 

「……クライム、今なんと言った?」

 

 

 ジルクニフの鋭い眼光がクライムを貫く。

 戦士ではないが、帝国に君臨する王としての覇気がこめられた力ある視線。

 引き返すなら今だと、その目は告げていた。

 

 

「命の恩人を見捨ててしまっては、もはや私は私ではいられません。大切な人を見捨てるような男が誰かを守るなんて、語る事すら許されない…… 全ての者に救いの手を伸ばす――私は人々を助ける騎士にはなれなかったようです…… 陛下、恩を仇で返すようですが、今までお世話になりました。こちらの武装は後ほど必ずお返しいたします」

 

 

 だがクライムの意思は変わらない。

 弱々しく笑い――しかしハッキリとした口調で決意を口にし、ジルクニフに背を向けた。

 しかし、このタイミングでの離反など、そう簡単に見過ごされる訳がない。

 クライムが振り返ると、この場にいたもう一人の五騎士――自らの師匠であるバジウッドが立ち塞がった。

 

 

「待てよ、クライム。このままお前を通す訳には――」

 

「はぁっ!!」

 

 

 ――回し蹴り。

 クライムは不意を突く鋭い一撃を放ち、バジウッドを躊躇いなく豪快に蹴り飛ばした。

 蹴られたバジウッドは完全に沈黙し、起き上がってくる気配はない。

 そのまま走り去っていくクライムの背中を見送りながら、ジルクニフは盛大に溜息を吐いた。

 そして倒れているバジウッドを見て、わざとらしくもう一度溜息を吐いた。

 

 

「はぁぁぁ…… おい、バジウッド。いつまで寝たフリを続けるつもりだ」

 

「――あれ? 陛下、気づいてました?」

 

 

 鎧に付いた埃を払うように叩きながら、ムクリと起き上がったバジウッド。

 その動きはまるでダメージを受けたようには感じられない。

 一芝居かましてくれた部下を見つめるジルクニフの目はジト目になっている。

 

 

「ふんっ、私を騙そうなど百年早い。第一その鎧を装備したお前がただの蹴りで気絶する訳がない」

 

「あー、それもそうですね。いや、でもアイツ結構本気で蹴りましたよ? 流石俺の弟子。良い不意打ちでしたぜ。俺じゃなかったらやられちゃってますね」

 

「嬉しそうな顔をするな馬鹿者」

 

 

 コイツに預けたのは間違いだったか。

 やはりニンブルに預けておけば――いや、その場合クライムだと馬鹿真面目に騎士の作法に則って決闘でも始めそうだ。

 余計にややこしい事になる。

 

 

「全く、貴重な駒が一時的に離脱してしまった。部下のミスは上司の責任だぞ、()()()()()

 

「それ言われると耳が痛いですね、()()()()。でも陛下も止めなかったじゃないですか」

 

「あのまま無理やり納得させても戦力としては半減する。それならエルヤーを闘技場に引き留める駒として使った方がマシだ」

 

「なるほど。陛下も色々考えてますねぇ」

 

 

 ふいにジルクニフの耳に伝令が走ってくる音が聞こえてきた。

 自分の僅かな休憩時間はどうやら終わりのようだ。

 貴重な戦力が減ったのは本気で痛いが、馬鹿な事ばかりもしていられない。

 現実逃避はやめて仕事に励まなければ、本気で帝国が滅んでしまう。

 

 

「陛下、失礼します。皇室空護兵団、及び各騎士団より、アンデッドの位置情報が届きました。大まかな難度順の最短討伐ルートもこちらに」

 

「そら、仕事だバジウッド。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの名のもとに命じる。アンデッドを討伐し――弟子の不始末くらいちゃんと片付けてみせろ」

 

「はっ!! 畏まりました!! ――じゃあいっちょアイツの分も働いてきますかね!!」

 

 

 豪快な騎士は皇帝の命令を力強く承諾し――ニヤリと笑った。

 その身に纏うは『守護の鎧(ガーディアン)』――致命的な一撃を避ける魔化が施されたアダマンタイト製の鎧。

 その手に持つは『剃刀の刃(レイザーエッジ)』――鋭利さに特化した魔化が施され、防御系のパッシブスキルを貫通出来る魔法の剣。

 その他にも帝国の所有する国宝の武具を全て装備した男――帝国五騎士筆頭"雷光"バジウッド・ペシュメルの出陣である。

 

 

 




『腐剣・コロクダバール』はある意味で最強の武器にしてみました。
原作のアインズ様だと精神抑制あるからぼぼ効かないけど……

フールーダは弟子達と空から〈火球〉を一方的に乱射。
バジウッドは戦力底上げのために五宝物を装備してフルアーマーバジウッドに。
エルヤー産とはいえ、中位アンデッドとまともに戦えそうな人が少なすぎかもしれない。

散らばった中位・下位アンデッドとの戦いはモモンガ様ノータッチなので幕間で書く予定です。

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