昨日のブログで、ニキさんを最初に自閉症圏の人だと見抜いた竹田先生が
ニキさんが成長したと言及したらしいと人づてに聞いた話をしました。
神田橋先生と最初にお会いしたときの会話もこれ。
「先生、発達障害は治りますか?」
「発達障害者は発達します。だってニキさん発達したでしょ?」
ここで私が感激したということについて、つまんない突っ込みもあったけど
当時私がどういう状況にあったかというと
片方では藤家さんがどんどん元気になっていって、世界観も切り替わっていって
社会とのつながりが芽生えていて、それを喜んで本を作っている自分がいて
片方では裁判を抱えていました。
私の裁判の被告について、支援者に相談しても「大人になってからは手遅れなんだ」としか言われない。
(そうじゃない支援者、親身に相談に乗ってくれた支援者もごく少数いましたが)
でも大人になってからでも手遅れじゃない例を私はいくつも見ていました。
だから訊いたんですね、神田橋先生に。
そこの部分、新刊から少し抜き出します。
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私はその日、一つだけ神田橋先生にお訊きしたいことがありました。
だからその質問をしました。
「先生、発達障害は治りますか?」
この質問には、万感がこめられていました。「発達障害は治らない」と言い切る人たちのこと。だから、著者や自分や家族が人権蹂躙されても、福祉にも医療にも助けてもらえず、司法に頼るしかなかったこと。社会に変わることだけを求めている支援者(の一部)。その支援者の言動を真に受け、世の中に恨みを募らせていくだけの当事者(の一部)。一方で多くの人が、当事者の社会参加に意欲的に取り組んでいること。藤家さんを初め、立ち直った多くの当事者のたくましい姿。けれども一方で、ニキさんのことを「定型発達寄り」の裏切り者として弾劾し、この世界に適応することをあたかも悪いことであるかのように感じているらしい人もいると聞く……。
そんなものが頭の中に渦巻き「発達障害は治りますか?」という一つの質問になったのでした。
それに対する先生の答えはこうでした。
「発達障害者は発達します。だってニキさん発達したでしょ」
ああ、たしかに。
それがことんと腑に落ちたのは、私がこれまで「発達障害は治らない」と言い切る人たちに違和感を感じてきたからです。だってそれは、懸命に前向きな努力を続ける当事者に失礼だから。
私は前向きに努力する自閉症の人を、たくさん見てきたから。その人たちが可能性を花開かせる様子を、たくさん見てきたから。
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夜のうちにいただいた注文メールで「専門家がいないと支援はうまくいかないのか?」みたいな疑問がコメント欄に書いてありました。
専門家がいても、うまくいかないこともある
一方で私たち一般社会人にもできる自閉症支援はあります。
そのことを書きました。私たち一般社会人に何ができるのか。
頑張れる人と頑張れない人がいる。ASDでもNTでもそれは同じ。
でも周囲にいる自閉っ子に頑張れる人になってもらう確率を高めるために
素人の私たちでもできることがあるということ。
予想よりもずっと早いペースでご注文をいただいています。ありがとうございます。
21日受け付け分まで年内発送できます。よろしくお願いいたします。